Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。

同じ名前の子

昨日、用事で家族と昼ご飯を
外で食べてる時に隣のテーブルに
おばあちゃん、お母さんと来た子は
めちゃくちゃやんちゃな子。


常に何かこれしたい!と騒いで
泣いて賑やかな子‥とちょっと
思いながらあんまり気にしないように
家族が話してくることを無難に
黙って聞いてたら(自分の家族は
普段から団欒とかできるような
環境ではないから)、隣のテーブルで

おばあちゃんとお母さんがその子に
「〇〇ちゃん」と話しかけてるのが
聞こえてきて、その名前が
大好きな人と同じ名前!と思った瞬間
すごくびっくりした。


大好きな人の名前は、そんなにたくさん
ある名前ではないし、これまでに街で
見かけたこともなかったから、

めちゃくちゃ賑やかな
めちゃくちゃ走り回る子ではあったけど
大好きな人と同じ名前の子が
隣にいたのは何か嬉しかった。


もちろん家族にこんな話できないから
一人で、心の中で喜んでた。
嬉しさ半分切なさ半分

嬉しさ半分切なさ半分

大好きな人が仕事で来てる町に
自分も用事で来てて、

大好きな人はあくまでも仕事で
来てるから仕事を頑張らないといけない

自分は用事で来てるから
その用事を緊張しながらも
ちゃんとこなさないといけない、

だから会えるわけではなくて
ただお互いの持ち場で努力する
というだけの時間でも

同じ町にいられたことというのは
2人ともが地元にいた頃以来初めてで。


だから嬉しい気持ちももちろんあるけど
会えるわけでもなく同じ町にいると
思いながら同じ空を見上げてるのは
心が千切れそうに切なくもある。


次は同じ町で同じ時間を過ごしたい。

大好きな人とはたくさん
同じものを共有したい。
自分の心をごまかす苦しさ

自分の心をごまかす苦しさ

夜、いったん目が覚めた時
つい考えて眠れなくなる理由。

それは、大好きな人をどんなに
大好きでもやっぱり恋愛となると
どうしても壁があるよな、と
つい考えてしまうから。


周りを見てても、似たような壁を
越えて(というかそれをその人たちが
壁と思ってたかは分からないけど)
幸せそうにやってる人たちも
いるにはいるし、周り以外でも

ネットでそういう悩みを検索しても
「そんなこと大した問題ではない」
「大人数派ではなくても
自分たちが幸せならそれが答え」
というような人たちもいて、

何か倫理的に問題があるとか
道徳的にどう考えてもおかしいとか
そういうことでもないなら

別に自らその壁があっても相手を
好き!というアピールをする必要は
どこにもないけど

もしかしたら自分が思うよりは
越えられるものなのかな?と
思える時もある。



それでも、これまでずっと
全てのことにおいて“こうあるべき”
“家族の価値観から外れることは
絶対に許されない”という環境で
自分を抑えて生きてきた自分には

大人数派か珍しいかの2択に分ければ
珍しい部類に入るであろうこの恋愛は

とにかく必要以上に身構えてしまう
ものなのかもしれない。



それでも、今の時点でたとえ自分が
どんなにこの恋愛を信じたいと思っても
言ってしまえば勝手に自分が相手を
好きなだけで、相手がどう思ってるかは
ある程度想像はできても、分からない。


人生の中で大切な選択に迫られたり
これも岐路なのかな?と思うような
場面に立つことになった時、心には
いつもこの恋愛のことがよぎる。


「もし〇〇(大好きな人)と進展したら
きっとこんなふうに生きることになって
じゃあ人生の中でこっち方面に
生きる可能性はなくなるなぁ」と
思いながらも、この恋愛に何の確証も
保証もない今は自分の意思や願いに
反して、“そっち方面”の可能性も
考えて動かないといけなかったり、

将来について考える時
心にすごく圧力がかかるというか

自分の心を無視して行動するのは
こんなにも苦しいのかといつも思う。


それでも、毎日の生活の中で
心の中にはいつも大好きな人がいても
顔や態度にはその恋愛を一切出さずに
多方面の選択肢を考えて
同時にあれこれ調べたり行動したり‥

まっすぐすぎる自分にとっては
ストレスがとてもかかることを
できるだけ普通の顔をして
淡々とこなしてるのは
本当はすごく頑張らないとできない。



そもそも周りは、自分が大好きな人を
恋愛の意味で好きとも知らないし、

恋愛に限らず本当は望んでることが
あったとしてもそれを隠して
生きるしかない場合もあるのは大人なら
よくあることかもしれないけど、

せめて自分だけでも自分をほんの少し
褒めてねぎらいたいと思う。
仕事人としての姿勢

仕事人としての姿勢

大好きな人の仕事の話。

大好きな人には、小さい頃から
得意に思ってたことがあって、
その仕事に就きたいけど
難しいかなと何回か迷いながら
その目標を叶えてそれを仕事にした。


自分にも、就きたかった仕事は
あったけど結局その仕事には
就けてないし、周りを見てても
小さい頃の夢を叶えてその関連の
職種に就いてる人は少ない。


もちろん、それが夢と考えてたけど
途中で何かきっかけがあって
自分から他の道に移った人も
いると思うし、思ってたのとは違う
職種に就いても結果的に
幸せな大人として人生を生きてるなら
それが一番素晴らしいとも思う。


ただ、大好きな人はいつも
どっちかというとほんわかのほほん
としてるタイプで、普段見てても

「めちゃくちゃ自分を追い込んで
休むことも惜しんでこの仕事に
就くことに懸けました」

というふうに見える感じではない。


努力なんて見せるために
するもんではないし、
誰かやどこかに「努力してます」と
いくらアピールしたところで
その努力が実を結ばなければ
その努力に関しては説得力はない
と自分は感じるから、むしろ

「ただこのことが好きで
楽しんで極めてたらこの職種に
就職できて幸運でした!」と
いうような大好きな人の
そういうところも好き、と思う。


前に、夢を叶えてすごいねと
他の人に言われてた時、
それまでのゆったりムードとは
少し違う雰囲気で

「だって、努力してきたから」と
言ったのを見て、普段は黙ってるけど
実はすごく頑張ってきたのが伝わって
かっこいい中身を持ってるなぁと
思ったことはあったけど。


それが、大好きな人が
仕事に対して実は確固たる考えを
心のど真ん中にいつも持ってる
というのを知る機会があった。


今の職種の中ではすごく
役に立つ特技を大好きな人は持ってて
それを仕事でどう活かすかを考えて、

自分が仕事場で改善できることは
頑張るしそうではないことについては
変えられない部分にとらわれるより
今その時にできることに目を向ける

それが最大限自分が今するべきこと
というような話をしてて、

こんなふうに言ってしまうと
好きと言いながら信じてないのかと
思われてしまうかもしれないけど

そこまで仕事についてしっかりした
自分のポリシーがあるとは
思ってなかったからいい意味で
すごく新鮮な気持ちになった。

しっかりしてるんやん、って。笑

自分だってそんな堂々と
自分を確立してるわけでもないのに
人のことそんな偉そうに
言える立場でもないけど。


自分は大好きな人と同じ職種では
なくても、その考えには共感もしつつ
新しい学びもあった気がした。

言い知れぬ不安との闘い

もちろん全員がそうではないけど、
大好きな人が働いてる会社には
海外に異動する社員たちがたまにいる。

その職種全体で言えば
その割合はもう少し増えるのかな。

大好きな人が働いてる会社内でも
そんなに何人もたくさんというほど
多くはないけど、たまに
海外に異動になる人がいる。


こういうことを言ってしまうと
ちょっと語弊があるかもしれないけど、
すごく仕事が優秀とか
海外に向いた性格や語学能力とか
そういうのに関係なく
色んなタイミングでその異動が
降りかかってくることもあるにはある。


今日、大好きな人の会社とも
繋がりがある人と話してる時に
その会社内から海外に異動になった
人たちの話になって、そこから心に
一気に不安が押し寄せてきた。


職種を書いてしまうと
自分を知る人が読んだ場合に
ENAが誰なのかというのがもしかしたら
特定されるかもしれないから
大好きな人の職種は書かないけど、

少し珍しい職種で
海外の支社に転勤と言っても
よくドラマとか小説とかで
あるような感じではない。


でも、それでも海外に住んで
働くという部分では同じで、
もし仮に大好きな人がそうなったら
自分の生活状況を考えたら

家族のことをまず気にかけながら
大好きな人との将来を考えるのは
たとえ両想いになれたとしても
現実的に無理なのかなって。


じゃあ、こんなに大好きな人を大好きでも
もし想いが届いたところで
叶ったところで先が見えないなら
ただ苦しいだけなのか?と考えて、

大好きな人が今の仕事をずっと続けても
海外に異動になるかなんてことは
きっと大好きな人本人にだって
分からないのにとても苦しくなった‥。


今の自分にできることは何?

大好きな人に、相手の負担に
ならない範囲で少しずつ
自分の気持ちを伝えること?

自分をたくさん磨くこと?

不安になる度にそれを打ち消して
前を向いて元気に生きること?



大好きな人がいる町は
たとえ同じ日本でも遠くて
そうそう簡単に会える場所では
ないから今もそんなに

心の距離を縮めるチャンスが
転がってるわけではないけど、

もっと頑張って
今できることに集中するべき?


これまでだって全然
そんなに多くの恋愛をしてきてないけど、

この恋愛では元々壁があるのと
今の自分の状況に基本的に自由が
あまりにも少ないのと

今すぐではなくても海外という
可能性もゼロではないのかなということ


こんなに大好きなのに
本当に殴り飛ばしたいくらい
壁やハードルがある気がしてる‥。
まるで双子

まるで双子

決められた家庭内のスケジュールに
ただ合わせて動いてる、
その繰り返しの日常。

行きたい場所があっても
我慢という選択肢しかなく、
大好きな人に会うのも一体いつ
実現するのかと考えだすと
本当に気持ちがひたすらモヤモヤする。


夜、少し時間があった時にふと
思い立って大好きな人との写真を
イラストにして!とAIに頼んでみた。


普段はほぼそういうことはしなくて
本当に珍しく。


そしたら、これ同じ顔!?と思うほど
そっくりな2人のイラストに
仕上がってて思わず笑った。


ルッキズム重視、容姿至上主義の
親からしたら、大好きな人は決して
容姿がいいと言えるタイプではなく

自分が大好きな人との共通の知り合いや
周りの人たちに「ENA〇〇」とか
名前を組み合わせた呼び方で
呼ばれてるのもめちゃくちゃ
いい顔はしてない。


大好きな人が働いてる同じ会社に
市は違うけど県は同じ地元の人がいて
その人と自分の顔のあるパーツが似てる
という方を主張してくるし、

その市は違うけど県は同じ人は
その会社内ではたぶん容姿もいいと
思われてる人というのもあって
親は「ENAはその人とパーツが似てると
言われててほしい」という気持ちも
おそらく相当ある。


でも、自分はそもそも世間的に見た
容姿がいいからという理由で
誰かを好きになることは全くなくて、

大好きな人は確かにすごく容姿に
恵まれてはいないかもしれないけど

自分にとってはすごく温かい気持ちに
なれて心が落ち着く顔と感じるから

それでいいと思ってる。


だから、今日少し時間があって、
何気なくそのイラストをAIに
作ってもらった時に本当にそっくりな
双子!?みたいなイラストになってて
すごく嬉しかった!!


イラストでもまあまあ特徴を
掴んでるように感じるから
一応顔はスタンプで隠したけど‥笑、

でもスタンプで隠してもまだ
何か雰囲気は似てる気がする。


同じ地元の大好きな人が
自分が昔から関わりがある会社で
働くようになって
大好きな人が更に身近になって、

親との会話の中で「〇〇が会社で‥」
みたいに大好きな人が話題に
出ることもある。

自分からはあんまり
話しすぎないようにはしてるけど、
それでもそういう機会はある。


そんな中で、親が自分が思ってきた以上に
ルッキズムの考えを持ってることに
本当にびっくりしてしまったけど、

自分は見た目より大切なことが
世の中にはたくさんあることを
小さい時からの家庭環境や
学校生活で痛いほど学んでるから、

顔でも何でも優れてる人や
恵まれてる人をそれはそれでもちろん
いいとは思うけど、それで人間の
価値を測ったりは絶対にしない。


だから、大好きな人と
雰囲気が似てるとか
共通項が多いねと言われても
それは自分にとっては完全に褒め言葉。


本当はこのAIが作ったイラストを
大好きな人にも見せて笑ったり
盛り上がったりしたいけど、

現状はまだまだそこまで
日常に全然関係ない話を
気軽にできるほどではないから、

そんな話もできるようになるまで
できることからコツコツ
努力していこうと思う。

不安の根本的な原因

大好きな人との恋愛には
たとえ両想いになったとしても
壁がある

というのも不安の一つではあるけど、

大好きな人がどうこうとか
大好きな人が今住んでる所が遠いとか
大好きな人に直接関係あることより

大好きな人が‥とか恋愛が‥とか
そういうくくりではなくて
自分自身がこれまで常に不安な中で
生きてきたから安心を知らない

というのが一番の不安の理由であり
原因でもあるのかなと思う。


常に家族の機嫌をうかがって
何も悪くなくても怒鳴られて
自分の気持ちなんて全く
大事にはしてもらえなかったし、

世間でさえうまく取り繕えたら
家の中でのことは正直
どんなに心を傷つけられても
それが何?という家庭で、

だから恋愛でも相手が
大切に育てられたのを感じると
それはすごく素晴らしいのに

「相手は自分より人として上、
自分はまたこの関係性でも下か」
と心で自動的に考えてしまったり。


嘘や脅しも当たり前にあったから
外で誰かが何かを言っても
それは本当かな?と心で疑ったり

この人も自分を脅してくるかもと
勝手に身構えたり、勝手に不安になって
一人で疲れてる。


大好きな人との間にある壁も
もちろん悩みやストレスの一つではある。

それがなければもう少し
気持ちの上でも楽とは思う。


だけど、もし一番大きい壁がなくても
自分はなかなか不安を払拭できずに
悩んだのかなと思うし、

それは大好きな人の性格や言動の
せいではなく自分の育ちと
それによる考えの癖の問題なのかも。


自分がまずは考え方を変えて
その癖を直していかないと。

好きで複雑な家に
生まれたんではないのに
悔しいなとモヤモヤはするけど、

恋愛がもっとうまくいくように
人生がもっと幸せになるように
まずは自分が努力を続けないと。
壁の奥に元々壁があった

壁の奥に元々壁があった

大好きな人を恋愛感情で
好きと気づいた時から
自分の中でこれは大きな壁と
感じてることについて、

ふとその悩みをそのまま
何気なく検索してみた。


そしたら、思った以上に
(といっても悩んでてもネットに
書き込んだりはしてない人も
多くいるはずで、それがそのまま
そのことで悩んでる人数と
いうわけではないけど)

その悩みについて
相談したり書き込んでる人が
たくさんいてびっくりした。


中にはリアルでも誰か人に
恋愛について相談したり
普段から話題にしてる人も
いるかもしれないけど、

真剣なことであればあるほど
なかなか言いにくい。


だからやむなくネット上で
打ち明けたりしてるのかな。



その中に、相談に答える形で

「あなたはそれを理由に
この恋愛は難しいと考えてるけど
本当にそれが理由で
前に進めないんですか?

目に見えて分かりやすいから
それがあるから難しいと
言ってるけど実際には
もしその壁がなかったとしても
そしたらまた別の理由を盾に
進展させる勇気が
出ないんじゃないですか?」

という内容の文章を
書いてる人がいて

それがすごく心に響いた。



自分はDVのある家庭育ちで、
自分の意見や気持ちを言うこと
イコール
自分の命が危険にさらされること

というのが小さい時からずっと
心に植え付けられてる。


否定や批判、暴言をずっと
聞いてきたから、自分が価値のある
人間という感覚も全く分からない。

正直に書いてしまえば
生きててごめんなさい
と毎日思ってるレベル。

しんどくて苦しくて消えたくなる。

(恋愛に関係あることなので
こうして家庭環境についても
結局書いてしまってるけど)


だから、恋愛に関しても
先に防御反応がくるというか、

誰かを好きになってその恋愛に
目に見えて壁があると
「だから、どんなに努力しても
その壁がある以上は難しい」
という自分への言い訳を先に考える。


失敗は絶対に許されない家庭で、
親から見て一つでも理想から
ほんの少しでも離れてると
何時間でも責め立てられたから、

失敗したら人間のクズ
みたいな感覚は今も消えない。



今、大好きな人を想う中で
自分が壁と思ってることは
実際、壁ではあると思う。


昨日そのことをネットで見てても
「その壁があったから諦めた」と
書いてる人もいた。



自分の家庭状況を考えると

まず「ENAは家族の世話をする人」
という位置づけで、自分の人生を
自分の希望に沿って生きるの自体
家族は想定してないと思うし、

もし自分が恋愛や結婚することを
家族が許したとしても
(というか本来は、よっぽど
とんでもない人との付き合い以外なら
家族がそこまで絶対的権限を持って
一人の人間を支配してるというのも
おかしいと思うけど)

それは家族にとって都合がいい
条件の恋愛や結婚のみの話。


そう考えると、自分が思う壁は
その壁自体に一番悩んで苦しんでる
というよりは、育った家族のことで
元々すごく悩んでがんじがらめに
なってるという基礎があって

そのことも更に悩みに繋がってる
というのが実情と気づいた。


自分は家族の所有物ではないけどな。

たぶん家族にはずっと
分かってもらえないと思う。
“ここだけの話”はたぶんない

“ここだけの話”はたぶんない

去年の夏と比べても、圧倒的に
今年の夏の方が大好きな人で更に
心が埋め尽くされてる気がする。

気がする、どころではなく絶対にそう。


こうやって大好きな人が心に
あふれ返ってるような毎日は、

顔では何でもない顔をして平然と
過ごしながらも心の中では

深い幸せを感じたり
とてつもなく悩みに思えたり
その繰り返しの日々。



自分は基本的に人を信じられない。


家族間でも、学校(特に部活)でも
人を信用したら大変な目に遭う
というのを何回も経験してきて、

今はもう人を信じないのが
ニュートラルな状態になってる。


大好きな人のことは信じたい、
それはいつも願ってしまうけど。


大好きな人が今働いてる会社にも
関係する人で、比較的普段から
話す人がいて、その人との会話で

そこまでめちゃくちゃ絶対に
秘密!というほどではないけど
できればあんまり人にはペラペラとは
話してほしくないなと思うことを

自分はその会社関係の人の中では
その人をまあ親しい人と思ってるから
何気なく話して、

「この話は〇〇(その人)にしか
してないし秘密で」と念を押した。


そのことを、その人が
他にも何人かいる場所でさらっと話して
自分は「あっ‥」と思ったけど
その人は全く気づいてない様子で、

その後自分がこれは秘密でと言ったことを
話してしまったことに気づいたらしく

「あれってENA他の人には
言ってほしくないことだったよね、
あの場で喋っちゃった、ごめんね」

と言われた。


秘密と念を押しておきながら
こういうことを言うのもおかしいけど、

自分は心から外の世界に一回でも
出してしまえばその言葉や内容は
完全に秘密が守られる方が少ないと
前から思ってる。


だから、その人がついノリでポロッと
そこで自分のその話題を出したのも
自分の中では想定内というか
そこまですごく驚く話でもなかった。


本当に絶対に誰にも知られたくない
秘密ならリアルの世界で
自分は決して誰にも言わない。


それでも、もし今回その人に
話してたことがもっと大きな秘密なら
やっぱりそれを口に出したことに
自分は本当に後悔したと思うし、

特に大好きな人の会社関係の人に
それを知られたことによって
その事実以上の無駄な尾ひれがついて
大好きな人の耳に入ったかもしれない
と考えると本当に怖い。


これまでも自分は軽々しく
その場の雰囲気で個人的なことを
人に話したりはほぼしてないけど

してこなくて本当に正解に感じるし、

これからも誰かに話したことは
たとえ「これは言わないで」と
念を押したとしても他の人にも
伝わりうるというのは常に頭に
入れとかないといけないと

改めて考えさせられた。


すごくドライな考えかもしれないけど、

例えば自分が大好きな人の会社関係で
特に親しいと思ってる人に
「実は〇〇(大好きな人)が好き」と
打ち明けたり相談したとして、

その場では「そうなんだね!
話してくれてありがとう、応援するよ!」
と言ってくれたとしても

それが本心かは分からないし
判断のしようがない。


だから言わない。
言えない。


大事なことほど誰かに話せたら
心は軽くなるのかも、と思う。

それでも。
もし誰かに言って、その人が
めちゃくちゃ口が軽かったとしたら?

悪意があったとしたら?

やっぱり黙ってずっと心の中に
留めておくという選択肢しかなくなる。
右ポケットだけが自分の世界

右ポケットだけが自分の世界

ここであんまり育った環境の話を
書いてしまうと恋愛のことを
素直に残すために始めたこのブログの
主旨が変わってしまうし、

詳しく書きすぎてしまうと
万が一にも人物を特定された場合に
やっぱり複雑すぎる家庭で育った人は
恋愛面でも敬遠されがちに思うから
全ては書けないけど

自分が育った家庭はたぶん色んな意味で
おかしいというか歪んでるというか
一言でまとめてしまうならガッツリ
機能不全家族!という家庭。


安心して親に身を委ねられる
という環境ではなかったのはもちろん
常に家族に対して気を遣い続けて
気を休められる時なんてなかった。


趣味もあれこれ文句を言われたり
ケチをつけられたりして
結局どんなジャンルの趣味でも
無理やり禁止されたり制限されたり、

ただ家族にとっての理想の存在を
求められてそれを強要されて
押し付けられて育った。


今も自分の事情や状況も家族は
お構いなしで、将来についても
「ENAは家族のために生きろ、
自分の人生なんて諦めろ」という感じ。


もちろん、いずれは今の環境からは
逃げるつもりでいるけど、
それも今すぐには難しい理由がある。


だから、恋愛での壁っていうのも
元々これは壁かなと思ってること以外にも
それとはまた違う壁があるなと
思ってしまうこともよくあって、

それがまた悩みに繋がるのも
しんどいなあと思ってしまう。


自分の努力のしようがないこと、
努力してもどうにもならないこと、
そしてそれがいくつもあること

というのは本当に行き詰まる‥。


そんな自分にとって、今の生活で
右ポケットの中のパスケースが
本当に心の支えであり癒しになってる。


このブログを始めた頃は
大好きな人にも繋がりが深い写真を
キーホルダーにして
人には見えないように持ち歩いてた。


その後、その写真以外にも
大好きな人との想い出の物を
小物だけでも持ち歩きたいと思って、

その写真と一緒にパスケースに
そういう想い出の物も一緒に入れてる。


家族の前ではもちろん出せないし
見れる機会もないけど、
家の中でも一人になれる場所に
数分でもいられる時には
必ずそのパスケースの写真や
中身を見て元気をもらうし、

家の用事でコンビニまで歩いたり
する時にも密かに見てたりする。


今の自分が心を開いて休めるのは
このパスケースを見てる時だけ
という気もしてしまうけど、

どんなに小さくてもそういう場所が
あることは有り難いし
それで自分は心を何とか保って
生きていられてると思う。