知り合いが「相談に乗って」
と言ってきた。
その人やその人と共通したコミュニティの
人たちがこのブログを読むことは
まずないと思う。
そもそもみんな自分の恋愛について
何も知らないから、
仮にこのブログが目に入ったとしても
ENAが自分とはきっと特定はされない。
でも、何となく気分的に
人から相談されたことをあんまり詳しく
こういう公的なネットっていう場所に
書くのは自分は抵抗があるから
詳しい相談内容は書かないけど、
人から恋愛や人間関係の相談を受けて
自分自身も改めて感じたことや
学んだことがあった。
自分は、世間から見ていわゆる
珍しい方に分類される恋愛でも
それが人として後ろめたいことを
してるんでなければ応援したいと思う。
それは自分が大好きな人との恋愛が
少人数派に分類されるであろうから
という立場から思うだけでなく、
昔からずっと、自分はそういう考え。
大人数派、それが世間では普通
という理由で、その人が偉いとか
正常とかではない。
人としてしたらいけないことをしてないなら
堂々と日なたに出て生きていけると
思える生き方をしてるなら、
たとえ人から珍しがられる箇所が
あったとしても、その人はその人の人生を
胸を張って生きていける世の中なら
どんなにいいかなあと思うから。
今回知り合いから相談されたのは
どっちかと言うと自分から見たら
「それはやめといた方がいい」と
考えてしまう恋愛で、
知り合いが今みたいに悩んでない時から
個人的には違和感があった。
それはそれとして、自分を信用して
話してくれてるならそれは自分も
ちゃんと真剣に話は聞くけど、
その相手を好き!好き!になりすぎて
冷静に第三者目線でその物事を
見られなくなるのは危ないなと思ったし、
自分がその知り合いを傷つけない程度に
客観的視点からこう思うよ、と話したら
その知り合いは
「聞いてくれてありがとう。
突然相手の態度が変わったから
パニックになってしまった」
と言ってたけど、
恋愛は素敵なものでもあり
自分を見失ってしまう場合もある
怖いものでもあると考えさせられた。
その知り合いには、普段から
お世話になってる面もあるから
あんまりズバッと「その恋愛は
さすがにまずいからやめとき」とは
言えないし、自分もその人間関係で
トラブルやもめ事になるとこの先
困るのもあってそこまでは言えないけど、
自分は恋愛してても
冷静な視点を忘れずにいたいと思う。
それってすごく難しいけど。
きっと、全員がそうできるなら
世の中からストーカーの事件とか
恋愛のもつれでの事件とかも
なくなると思うし。
相手を好きになればなるほど
広い視野でそのことを捉えるのは
だんだん難しくなる。
だけど、それはすごく大切なこと。
知り合いから相談されて
改めて思った。
前にも少し‥というかだいぶ
心に引っかかったことはあったけど、
大好きな人が働いてる支社に前にいて
今は違う地域の別の支社に転勤していった
大好きな人の数歳年上の先輩の話。
その先輩は、大好きな人と同じ支社に
いた頃年齢の割に上の方の立場にいたし、
見た目もとても真面目そうな印象が強くて
何も知らなければ本当に
すごくいい人に見えてた。
ここでこう振る舞っておけば
周りからの信頼を落とさずに済む
というような計算というか打算も
結構できるのかなと思ったのも
この先輩はもしかしたら
裏があるのかなと感じるようになった
きっかけではあったけど、
人は見かけによらなくて怖いなと
思ったのが仕事でなのかそれ以外でなのか
分からないけど俗に言うパリピみたいな人と
繋がってたこと。
自分はその先輩とは特に面識もなく
ただ出身が近い県ということでたまに
その支社関係の人たちから
「ENAって〇〇(その先輩)と
地元の県近いんだね」と言われる程度で、
もしかしたら向こうも多少はENAという
人間の存在くらいは知ってても
日常的に関わりがあるとかではなかった。
その先輩が前の支社にいた頃でもそうで
もちろん支社が変わった今は更に
その先輩の話を周りから見聞きすることも
ほとんどなくなった。
その先輩が前の支社から今の支社に
転勤になってすぐくらいの頃にたまたま
その先輩がそのパリピっぽい人と
関わりがあって、そのパリピは別に
その先輩をたくさんの知り合いの中の
1人くらいの位置づけにしか
思ってなさそうで、でもその先輩は
結構必死にそのパリピと繋がりたいと
思ってそうなことを知った。
その先輩の見た目や雰囲気と
あからさまにイケイケで純粋さのかけらも
なさそうな(失礼)パリピがどうしても
頭の中で繋がることはなくて、
何となくものすごく違和感を感じた。
その先輩は、前の支社にいた頃
新しく来た社員に仕事の指導をしたりする
立場を任されてたのもあって、
大好きな人がその支社に行った時には
その先輩はもうその立場にいたから
仕事では本当にお世話になったと思う。
そして、その地域に初めて住む
何も分からなくて慣れてない大好きな人に
仕事場の周りの公共施設のことを
教えてくれたり、助けてもらった部分も
あるのも聞いた。
支社としては、その先輩は
とても頼りがいがある人で
おそらく惜しまれながら次の支社に
転勤していったというのも
たぶんそうなのかなと思ってるし、
もう今は別の支社にいるから
今の生活上深く繋がりがあるわけでもなく
もう最近は全然気にしてもなかった。
たまに、支社関係の人が
「〇〇(その先輩)、新しい支社でも
頑張ってるみたい」とか話題にすることは
あったけど、元気ならそれで良かったね
と思う程度でいた。
そのパリピがどこの出身なのかは知らないけど
だいぶ遠くに住んでるらしく
その先輩は一体いつどこでこのパリピと
会ってたのかなとか不思議に思うけど、
別にその先輩の交友関係そのものは
自分には関係ないしそこは特に
重要でも何でもなくて、
ただその先輩が前にいた支社
(大好きな人が働いてる支社)の
仕事上繋がりが深かった人や
その先輩と出身県が近い人たちは
もしかしたらどこかでそのパリピと
会ってたのかも?接点があるのかも?
と思ってしまうことがあって、
大好きな人もその中に含まれてることが
とても気になってる‥。
たぶんその先輩はそのパリピと
ある程度親しい?のを自慢に思ってそうで
積極的にそれをアピールしたい感じで、
できれば「その先輩の親しい人」として
後輩たちとも繋がっててほしいとか
思ってるみたいな感じがする。
その先輩とパリピが
その支社がある町にいる時に偶然
出くわして「仕事場が同じ人」
「あ、どうも」程度かもしれないし、
そうであってほしいと思うし、
そもそもまだ付き合えてもないのに
大好きな人の交友関係のことを
あれこれ言える立場にさえ自分はないけど、
自分とは全く真逆みたいな人と
名前と顔を知ってる程度には
大好きな人も接点があるのかということに
とてもそわそわした気持ちになる。
その先輩が新しい支社に転勤になってから
もう半年以上経つ。
違う支社になってからは大好きな人も
その先輩と親しく話すようなことも
特にないみたいで、変わらずずっと
仲良しというわけでもなさそう。
その先輩は、仕事人としては
すごく的確に仕事ができると思うけど
自分個人的には、人間としては
見た目の印象ほど信頼がおける人では
ないと感じてるから、正直に言うと
大好きな人から離れてくれて
ホッとしてる部分もある。
もしかしたら、パリピはその先輩の
親しく関わってる異性の1人なのかな?
と思う理由も1つあったりして、
その先輩がどうでも自分には関係ないけど
自分が自分に自信がなさすぎるせいで
あれこれすごく心配になってしまう。
パリピは分かりやすく
イケメンとか目に見えたスペックの良さを
かなり重視するタイプと思うし
交友関係も広そうで
きっと自分が知らないきらびやかな世界も
たくさん知ってそう。
大好きな人は、そういうパリピに
刺さる容姿ではないと思うし、
性格的にも全然そういう盛り上がりが
好きなタイプではないから
パリピが大好きな人を狙うことも
大好きな人がパリピに夢中になることも
ないとは思ってるけど、
大好きな人(その先輩も)の職種が
少し珍しくてそういう意味で
多少話題性がありそうなことだけは
モヤモヤと引っかかってる。
自分は、小さい頃からその職種に
憧れて目指してたからその支社の
人たちとも昔から繋がりがあって、
その職種の大変なことやマイナス面も
知ってるからこそ尊敬もしてるけど、
特にすごく難しい資格が要るとか
かなり頭が良くないとなれないとか
そういうのではないにしても
「えっ!それってどんな仕事?
珍しい!すごいね!」という
話題の1つとしては盛り上がりやすいのかな
と思うところが気がかりというか‥。
自分の周りで、そういうパリピと
繋がってるような人はいないから、
本当にそういうパリピって世の中に
実在するのか‥という気持ちもあったり。
自分にもっと自信があったら
いちいちこんなことにも
気にならないのかな、と思う。
そもそも、そんなパリピ(失礼)に
もし惹かれて夢中になるような人なら
付き合えても一緒になっても
確実に幸せにはなれないのは
目に見えてるし。
自分はああいう全身ハイブランドみたいな
キラキラした人にはなれないけど、
自分の長所や武器を黙ってコツコツと
努力して伸ばしていくことはできる。
地味かもしれないけど
自分が今できることを
積み重ねていくしかないから。
だけど、その先輩を見てると
人は見た目の雰囲気だけで
中身までは分からないのが怖いなと思う。
もちろん、自分は個人的にそういう
パリピとか何とか区女子みたいなのは
正直すごく苦手でも
苦手ではない人もたぶんいるし、
そういう人にとっては
その先輩みたいに「派手なのは苦手です、
着実にコツコツ目立たずに生きたい」
という顔や雰囲気を見せながら実は
パリピと関わっててもそれが何?
という感じなのかなあと思うけど、
自分個人的には、見た目の雰囲気で
この人はこういう人と決めずに
ちゃんと中身や普段すぐには見えない
ところまで見ないといけないなと
この先輩を見てると考えさせられる。
でもな‥
その先輩がそのパリピに結構
肩入れしてそうなのは前からで、
そのパリピを後輩たちにも
紹介した?のもたぶん何ヶ月も
前の話で、だけどその後も普通に
大好きな人とはやりとりしてるし
何か変わった様子も特にないし
この前も地元で会えた時
楽しそうにしてたし‥
余計なことを考えるのはやめようと思う。
写真で見たら分かりにくいけど、
この前夕方の空にハート型の雲が
浮かんでるのを見つけて嬉しかった♡
この前会えた時、
大好きな人と初めて2人で
一緒に写真を撮った。
これまでなかなかそういう機会もなく、
会って話してる中にいきなり
「写真撮ろ!」というのはタイミングを
間違えたら空気が変わって引かれそうで
(大好きな人は自分から写真撮ろうと
言うようなノリの人ではないし)
どうやってその話を切り出そうかと
話しながらもずっと緊張してた。
自分は大事な写真は
デジタルではなくアナログな形で
飾ったり持ち歩きたいタイプ。
今回大好きな人と撮ったのは
そもそも家族に黙って2人で会ってるし
もし自分の部屋に入られた場合
写真飾ったりしてたら色々知られて
たぶん問い詰められてしまう。
何も悪いことをしてるわけではないけど
家庭状況上、自分の個人的な色んなことを
家族に今知られたらややこしい。
だから、部屋には飾れないけど
自分の持ち物の中にその写真を入れて
持ち歩きたいと強く願ってきたから、
会ってる時話しながらちょうど
今なら言える!というタイミングを見て
写真のことを言ってみたら
拍子抜けするくらいあっさり
「いいよ!撮ろう!」という空気になって
本当にホッとしたし、すごく嬉しかった♡
その写真の大好きな人の顔は
めちゃくちゃ笑いまくってるとか
そんなことはないけど、
働いてる支社がある地域の
仕事関係で撮った写真に比べて
“地元に帰ってきて
仕事のこととかを一旦肩から下ろして
ただこの町の子に戻った顔”
に思えて、それも嬉しくて
普段あんまり仕事関係では
見ない表情をしてくれてるのも
気に入って何回も見てきた。
それが、ごく最近
仕事関係で大好きな人が
写った写真を見る機会があった。
仕事と言ってももちろん大事な商談とか
何か大きい区切りの行事に参加してるとか
そういうのではなく
もっとくだけた場面での話ではあるけど、
えっ‥何かいい笑顔‥
この表情もいいな‥と
思ってしまう写真があって。
自分は前々からずっと大好きな人と
一緒に写真を撮りたいと願ってきて
この前2人きりで話せて
本当に幸せに思って、
やっと叶ったことというのもあって
実際の表情以上に
「地元でしかしない顔!」
「気を許してくれてるのかな」と
ものすごく色んなフィルターがかかって
良く思ってしまったのかもな。
だからといって、その写真が
めちゃくちゃ大切ではなくなったとか
そんなことはもちろん全然ないし、
今度会えて写真を撮れた時には
大好きな人が自然に満面の笑みに
なれるくらいもっと心の距離を
縮められたらいいなと思う。
ただ、自分が前向きに頑張るために
相手に迷惑にならない程度の思い込みや
フィルターが必要なこともあるけど、
何でもかんでも都合のいい解釈をするのは
あんまり良くないことなのかもなと
写真のことから考えたりもした。
もちろん、今もその写真を大切に
宝物に想う気持ちは変わらないけど。
夏という季節は好き。
でも、夏らしいことをしようと思っても
それはなかなか、自分が置かれた状況的に
実現が難しいのが悔しくてやりきれない。
夏、というイメージで作られた
こういう飲み物を飲むとかそういう
本当にささやかな夏のかけらを拾っては
何とか夏を感じようとしてる。
この前、地元関係のサイトを見てたら
「この夏にあるお祭り」として
いくつか地元のお祭りが紹介されてた。
その1番目に、自分にとってもすごく
繋がりが深い縁がある神社のお祭りが
載ってて、あぁ行きたいなーって。
でも、時間的にその時間はどう考えても
家のことをしてるし家族がその時間の
外出なんて許してくれるわけもないから
(ただ厳しいとかで言ってるだけでなく
家の事情的に仕方ない部分もあるけど)
「この神社のお祭りに行きたかった」と
心の中でただ思うだけで、
まるで自分がそう思ったことすら
何もないように過ぎていく。
その神社は、自分が隙あらば足を運ぶ
大切に思ってる神社なだけでなく
(ちなみにいつもここの神社の
お守りも持ち歩いてる)
大好きな人の家から
一番近い神社でもある。
自分はその神社の昼の風景しか知らない。
夕方から夜のお祭りの景色って
どんな感じになるのかな?
いつか、地元のこういう
他の地域には広く知られてないような
地元の子ならではの夏のお祭りに
大好きな人と一緒に行きたいなと思う。
今は、まだ夢の夢みたいな話。
だけど、この恋愛では
初めの段階では「叶えるのは厳しいかな」
と思ってしまってたことも、
本当にじっくり地味に
大好きな人と自分にしか分からないような
ペースではあるけど1つずつ着実に
叶ってきてるから、諦めたくない。
今日、家の用事で
1年少し前にも来た場所に電車で来た。
その時と同じ駅で降りて
その時と同じ道を歩いて
その時と同じ店でご飯を食べて
その時と同じ建物の中で
何時間か過ごしてると、
1年と少し前のあの頃は
ただ自分が一方的に大好きな人を
大好きなだけで(大好きな人の心の中は
もしかしたらそうではなかったかも
しれないけど、自分が見てる限りは
そんなふうに思えてた)、好意を見せすぎて
引かれたらきっとこの先付き合えないと
いつもそこに恐怖を感じながら
絶対に大丈夫な範囲内でしか
行動を起こせなくて、
そんな狭い世界で生きてるのに
本当にこれでいつか想いは成就するのか‥
とひたすら毎日悩んでたのを改めて思い出した。
地元は同じでも、今住んでる所で言うと
大好きな人が住んでるのは遠い地域で
そうそう簡単に会おうとか言えるような
距離でもないし、特に自分の状況では
自分の個人的な都合でそんな遠くに
出かけたりも難しいのに、
どうやってこの恋愛を進められるのか
考えだすと本当にしんどかった。
時々、大好きな人が今住んでる町で
その支社と関わってる人から
「〇〇(大好きな人)がENAの話になった時
めちゃくちゃ嬉しそうに笑ってたよ!」
と聞いたりすると、その時はもちろん
すごく嬉しいし励まされるけど、
その後に自分の中でもうこの恋愛を
続けていくのがしんどいと思うような
出来事があると、そこからまた
「諦めずにまた頑張ろう」という
ところまで気持ちを上げるのが
すごくエネルギーが要ったりもした。
今も、ただその当時からしたら
手応えがあるというだけで
実際に今の時点ではまだ
付き合えてはいないし、
あくまでもこれまでの長い長い日々よりは
去年の11月くらいから少しずつでも
進展がある、というくらい。
それでも、1年前に比べたら今は
本当に当時予測してたよりはだいぶ
前に進めてるなと、それはすごく思える。
自分は育った環境の影響で
本当に自分にあまりにも自信がなくて、
暴力に怯えてるうちに
「生きてるだけでごめんなさい」
くらいの自尊心のなさが当たり前の
日々になってしまってた。
自分という人間が欠陥としか思えなくて
どんなに一生懸命生きても
安心して暮らせる場所なんて
どう考えても見つかりそうになくて、
長い期間、長い年数、
本当に苦しんできた。
そのとんでもなくマイナスに思える
場所からのスタートを考えると、
本当に頑張ってきたなと
自分に対して涙が出てくる。
これからも、諦めない自分でいたい。
どんな環境で生まれ育ったとしても
幸せになれることを体現したい。
大好きな人の特別な存在に
なれるように、なれると信じて
これからも着実に頑張っていきたい。
この前、たまたま見たネット上のページで
「恋愛の話は人にはせずに
黙って自分だけで頑張った方が
確実にうまくいく」と言ってた人がいた。
元々、恋愛に限らず自分にとって大切なことや
心の奥深くにあることを誰かに話すのが
苦手な自分からすると
「うんうん、確かになぁ」と納得がいった。
ただ、どんな場合でも絶対にそうなのか?
というと、そうとも言いきれないパターンも
あるのかもしれないとも思う。
「この人なら絶対に信頼できる」と
思える人がいて(この時点で相当難しい)、
自分だけで悩んでても同じところをグルグル
考えてるだけで他の側面からのいいアイディアは
なかなか浮かばないし、心からこの人の
意見を聞いてみたい、それを参考にして
思考範囲を広げたいと思う場合は
相談することで自分では考えつかなかった
いい方法が浮かんだり、人に話すことで
自分の想いや考えが整理されていって
本当はどうしたいのかが自然と見えてくる
ということもあるような気がする。
でも、その場の話のネタの1つとして
盛り上がりたいために、本当に信頼できるか
どうかも分からない人に恋愛の話をするのは
相手が実は自分のことをよく思ってなかった、
恋愛のことも実はうまくいかなければいいと
心では思われてた、ただ興味本位で
面白いからその話を聞いてただけで
真剣に考えてなくて好き勝手言われた、
というようなリスクも常にあると思う。
自分は家の事情で自由にドラマも見られないけど
例えばドラマの話で盛り上がるのは、
ドラマがあくまでもフィクションで
実在する誰かの話ではないからこそ
自由に話せたりするのもたぶんある。
だけど、人によっては
顔では「この子とは本当に仲良し」という
顔をしながら自分より友達の方が
恵まれた環境や状況に身を置くことが
許せないと嫉妬する人もきっといるし、
自分自身の恋愛ではないから無責任に
適当に考える人だっておそらくいる。
自分はスピリチュアルなことには
詳しくはないけど、そういう目には見えない
周りの人の嫉妬とかのマイナスな感情を
向けられるのも嫌に思うし、
周りの人を誰を信じていいのか
という基準もよく分からないから
誰に対しても恋愛も含めた個人的なことは
なるべく話さないという選択をしてる。
本当の理想としては、
恋愛や自分の個人的なことも
話せるような親友がいてくれると
心強かったりもするのかな?とは思うけど、
自分の場合はなかなかそこまで人を
信用できるところまではいけない気がするし
一回そういう話をしてしまえば
話してなかった時点には戻れないから、
初めから大切なことは誰にも言わない
と決めてる。
自分は恋愛経験も本当に少ないし
人に偉そうに言えるようなことは
全然ないけど、人を簡単に信じることは
やっぱり危ないと思うから、
ネットで誰かが書いてたように
「恋愛をうまく進めたいなら
人に話さず自分一人で頑張る」というのは
自分個人的には、納得するし共感するかな。
前に何回も行ったことがある、
大好きな人が働いてる支社のすぐ近くの
写真を、その支社がある町の近辺に住む
知り合いが送ってきてくれた。
「ありがとう!この場所懐かしいな」
とお礼を言って、そこから
少しの間色んな話をしてた。
「前は支社の近辺にも行くことも
あったけど、今はなかなか事情もあって
行けなくなってしまって、支社の人たちと
会って色々話すような機会もないからな‥」
と自分が言ってたらその知り合いが
「でもこの前、〇〇(大好きな人)は
地元帰ってたでしょ?
ENA、地元同じだったらたまたま
道でバッタリ会ったりしなかったの?笑」
と聞いてきた。
もちろんその知り合いにも
大好きな人と自分が地元で2人で
会ったりしてることは秘密。
支社関係の一人に話してしまうと
その人がその周りに話した場合に
支社関連の人間関係の中で
色んな噂が飛び交ったりして
たぶんろくなことにならないと思うし、
大好きな人との関係は
そういう誰かが面白おかしく広めたり
興味本位で盛り上がるような
そんな軽いものではない。
この知り合いも、気さくでざっくばらんに
何でもないような世間話をするには
楽しい人ではあるし、
その支社がある町に住んでない自分とも
仲良くしてくれて有り難いけど、
大事な話はできないなというのは
前々からすごく思ってる。
だから、その話題になった時も
「いやー、いくらそこまでの
大都市ではないにしても
いきなり道歩いててバッタリ
会えるなんてことはなかなかないな‥笑
そうやって会えるくらいまで
普段から行い良くしとこうか!笑」
とさらっとごまかして笑っといた。
知り合いもそれを聞いて
「そりゃそうだよねー!
そんな大きい町じゃなくても
偶然バッタリ会うなんてことは
なかなかないもんね!笑」
ってその話題が自然にうまく
まとまった感じになってホッとした。
人と人との信頼関係は
日常の目に見えない小さいことの
積み重ね、といつも思う。
その場のノリや、この人になら
話しても大丈夫かな!と考えて
話してしまったその数分で
年単位で積み上げてきた信頼が
瞬時に壊れる可能性だってある。
自分が信頼してもらって誰かに
何かを相談されたり
打ち明けられた時にはもちろん
その秘密は守るし誰にも言わないけど、
じゃあみんながそうなのか?というと
そうではない人だってたくさんいる。
それをここで話していいの?と思うことを
ためらいもなく話題のネタにする人もいる。
だから、自分は本当に大切なことほど
誰にも言わないし、言えない。
周りの人たちのことを嫌いとか
そんなんではないけど、
自分の大切なことを話せるかというと
それはできないなという答えにたどり着く。
人の恋愛話とか、好きな人多いもんな。
当事者なら真剣に考えることや悩むことも
身近な誰かの話になると何で急にそんなに
面白くなって無責任に盛り上がれるのかな
と思う時も多い。
自分が昔からお世話になってる
大好きな人が働いてる支社の人たちは
いい人か悪い人かでいうと
悪い人ではない、たぶんいい人。
それでも、じゃあ何でも話せるのか
というと、それはまた別の話。
大事なことほど、心の底に
大切に抱きしめて生きた方がいい。
黙ってることが、大事なことを一番
守れることに繋がると思う。
地元でいつも行ってる神社がある。
前にもこのブログには少し書いたけど、
自分の中で特にここは落ち着くと思ってる
何となく一番縁があると感じてる神社で、
大好きな人もたぶんその神社が
家(実家)から一番近くて身近な神社
というのもあって、恋愛のことを主に
そこの神社では神様に話してきてて‥
きっと見守ってくれてると思えることが
いくつもあるし、特にこの前の
大好きな人が地元に帰ってきた時に
もちろん勇気はとても出したけど
なかなか予定合わせるのとかも
大変かなと心配してたのが
トントン拍子に会えることになったりとか
すごく運がいいなと感じたりもしてて、
改めてそういうお礼も伝えたくて
できるだけ早くお礼参りに行きたかった。
地元は地元でも、自分の家庭の都合上
そうそう自分個人の用事で
外出するのが難しいから何とかうまく
今日神社に行ってこれて本当に良かった!!
梅雨の中でも今日はとてもいい天気で
青空の下でお礼参りできたのも良かった。
毎回思うけど、いくら神頼みしても
自分がそれに甘えて頼るだけでは
夢も目標も叶えるのは難しくて、
あくまでも神様にお願いするのは
補助的なサポートや力添えであって
主体的に頑張るのは当事者の自分
というのは心に誓った上で、
私もこれからもまっすぐ
真剣に努力を続けるので、
これからもお導きをよろしくお願いします!
というのと、ここまでのお礼を
伝えて来れてホッとした。
そして、地元で時々寄る小さい商業施設で
七夕の短冊を書くコーナーがあって、
何年ぶりかに短冊を書けて
それもすごく嬉しかった☆
大好きな人の本名はもちろん
ひらがなでも書けないし
その辺りはぼかしといたけど‥笑、
地元でもし大好きな人の親や兄弟が
見たとしても自分とは特定されないかな?
と思える程度に留めて書いてきた。
これも、短冊を書いたから
何もしなくても勝手に誰かが
それを叶えてくれるわけではない
というのはもちろん分かってるけど、
自分の願いを改めてそういう場で
文字にすることで、やっぱり自分は
これを叶えたいと強く思ってると
自分でも再確認したし、
自分の努力ではどうしようもない
大きな壁について考えた時にはいつも
この恋愛を続けるのが怖くなってしまうけど
それでもやっぱり大好きな人のことを
大好きと強く思えた貴重な一日を過ごせた。
その地元の小さい商業施設の中の
そこに行くと必ず寄る場所があって、
そこでスピッツの魔法のコトバが
流れてて懐かしかった!
自分は昔から、大好きな人が今働いてる
支社と関わりがあって、その支社がある町も
すごく身近な場所で、もう何年も前に
その町のラジオを聴いてたら流れてたのが
この魔法のコトバで、その時も歌詞と
メロディーがとても心に残ったのを
今でも覚えてる。
当時の自分が何を思いながら
この歌を気に入って聴いたのかは
今はそこまで詳しくは思い出せないけど、
久しぶりにこの歌を聴いて
今は鮮明にはっきりと大好きな人を
思い描きながら歌詞やメロディーに
想いを馳せられるということに
改めて感謝しようと思った。
大好きな人を大好きになる前の自分を
遠い遠い遠いセピア色の記憶のように
のっぺりとしか思い出せない気がしてる。
のっぺりって何‥って自分でも思うけど、
ピッタリ合う表現が何となくのっぺり。笑
たくさんの制約があり
大きな壁がある中での恋愛は
今でもまだ、心を締め付けるような
苦痛が伴うものではあるけど、
それでも感謝できるところには
ちゃんと感謝を忘れずに
自分が努力できるところには
黙ってコツコツ少しずつでも
その努力を積み上げて、
先月みたいに本当に幸せな日を
これからの人生にもたくさん
記していけるように頑張ろうと思う。
財布の中のレシートの整理をしてた。
日にち的にはどっちもつい最近。
だけど、自分の中では
“これは大好きな人に会える前”
“これは大好きな人と会えた後”
という境が、最近のその数日の間に
確実に心にあるように思える。
この日は〇〇(大好きな人)に
地元に帰ってくるなら会おう!って
連絡してもいいかずっと悩んでたなとか
この日はかなりの覚悟を決めて
口から心臓出そうになりながら
勇気を出して連絡したなとか
手帳を見なくてもその頃のことは
鮮明に全部細かく記憶に残ってる。
地元で、大好きな人のことを
昔から知ってて、大好きな人も
その人たちを慕ってたという人が
「この前、昔から可愛がってる
〇〇が地元に帰ってきててねー‥」と
多くの人たちが見聞きする場で話してた。
同じ地元なのもあって
自分もその人たちのことは
特別親しくはなくても知ってるし、
その人たちに対して
何か嫌な印象があるとか
悪く思ってるとかは全然ないけど、
あぁそんなふうに人がたくさんいる所でも
そうやってその話ができるのはいいなと
正直、羨ましく思った。
その人たちは、大好きな人や自分の
地元の人ではあるけど、大好きな人が
働いてる支社とは繋がりがない人たち。
その支社関連の人間関係が
信用できないと思う状況なのを考えると、
支社とも関わりがある自分は
地元でも、大好きな人が今住んでる町の
人たちにも、大好きな人と地元で2人で
会ってるのとかは誰にも言えない。
大好きな人は
仕事がカレンダー通りではなくて
今回もプロジェクトが一段落して
まとまった連休を取れるってことで
やっと地元に帰ってこれて、
それを分かってるから
まだ付き合えてるわけでもない立場で
「会いたい」ってその貴重な時間を
自分に分けてほしいみたいなことを
言っても大丈夫なのかすごく悩んだし
本当に迷ったけど、
何も後ろめたいことはしてないのに
支社の人間関係をあれこれ考えて
誰にも何も言えないというのは
ちょっと苦しいなとも思い始めてきた。
自分たちの地元にはその支社と
関わりがある人たちはほぼいないから
(その職種の関連会社はあるけど
そこの人間関係がどうなのかまでは
詳しくは分からない)
2人で会ってても即誰かに知られたり
それを面白おかしく広められたりする
ということはないと思うけど、
子どもの頃はその支社と関わってても
そこまで知りもしなかった
人間関係の怖さをここ数年で改めて
実感してしまうことが何回もあるから
仕事に関してみんなそれぞれに
ちょっと珍しい職種をテキパキと
こなしてたりすごいなと思いながらも
自分の個人的なことはこの界隈には
不用意に知られないようにしよう、とは
本当に本当に考えるようになった。
支社内での人間関係のことについては
数年前からずっとそんなふうに
身構えててもうそれが習慣づいてるけど、
地元の人たちがそれはもう堂々と
思いのままに「〇〇(大好きな人)に
前々からずっと慕われてる」という話を
してたのを見て、自分はすごく
嬉しいことも楽しいことも幸せなことも
外の誰かはもちろん家の中でも
誰にも言えない立場にあるのを
改めて実感してしまった。
その支社は、名前を聞けばみんなが
分かるような有名な会社ではないけど、
職種的にはちょっと珍しいから
それに興味がある人から見たら
話題にはなるのかなと思うようなもので
その地元の人たちが
「珍しいでしょ?
そういうのを仕事にしてるって
本当にすごいよね!
あの子のこと、うちは昔から知ってて
面倒も見てきたから」
とすごく自慢げに言ってるのを見聞きすると
もし大好きな人がそういうちょっと
珍しい職種に就いてるのも
言葉は悪いけどその話題を出して
自分たちの価値も高めたいと
思うような人たちなのかもなと
感じてしまう部分もある‥。
もし、大好きな人が今の仕事に
就いてなかったらきっとその人たちも
そこまでわざわざ大好きな人の話を
出したりするのかなー、とか。
あくまでも自分が思ってるだけで
人には絶対に言えないけど。
それでも、これまでの自分なら
大好きな人に対して
ああしたい、こうしたいと自分の希望を
言葉に出すことはできなかったから、
この夏は勇気を出して
行動に移せたのは本当に良かったし
今は誰にも言えなくても
大好きな人と2人で会えたことは
これまでと比べてきっと
数え切れないほど前進できてるはず。
自分には人としての価値がないと
思いながら必死に生き延びてきたことを
思えば自分も成長できてるし、
大好きな人と2人だけの秘密があるのも
少し前の自分から見たら
まるで夢みたいなこと♡♡
その感動や感激は忘れずにいたい。
あと、前に書いた転勤の噂のこと‥
そもそも上司が本当に言ってたのか
どこから出た話なのか
そういうことも分からないけど、
自分がたまたま聞いたのは
どこそこの支社にいつから行くという
話がある、というすごく具体的な
ものなのもあって、真実味があって
しばらく緊張して落ち着かなかった。
でも、また新しいプロジェクトの
話の時に結構主なメンバーとして
大好きな人の名前も出てたし
転勤の話はひとまず
気にしなくても良さそう。
本当に良かった!!
この前、親戚と会った時
「ENAにもいい人いたらいいのにな」
と帰り際に言われた。
この親戚、性格的には
全然悪い人ではないけど、
ちょっと人の事情に無配慮に
踏み込みすぎる傾向にある。
たぶん、同じ会社に勤めてたら
無意識にハラスメントとか
してしまうタイプなのかもしれない。
ちなみに、おそらくこの親戚の
そういうところが耐えられなくて
いとこはあからさまに
この親戚から距離をおいてる。
いとこの両親は
いとこが「どうしてもこれは嫌」と言えば
ある程度話に耳を傾けて
一定の理解は示してくれるタイプ。
だからいとこもきっとそうできる。
もし自分が同じことをすれば
親戚は絶対という考えの親から
何をされるか分からないから。
その日、その親戚にそう言われた時
「あー‥うん。笑」という
何とも曖昧な答えしかできなかった。
大好きな人は、地元の中でも地元の人で
実はこの親戚と小学校が同じ。
この親戚が生まれ育った町と
大好きな人が生まれ育った町は
最寄り駅も同じで
町同士ももちろん徒歩圏内。
そしてその親戚と距離をおいてるいとこも
大好きな人と学校が同じ。
(学年的にはかぶってない)
これだけ地元が同じという
環境にあるからこそ
色々慎重にしたいという思いもあって、
まだ付き合えてる状況でもないから
今あれこれ言うこともないと考えて
そうやって親戚に何か言われても
無難な笑顔で乗り切るしかない。笑
だけど、この前のその出来事があって、
自分の中ではコツコツと努力を重ねて
前よりはものすごく進んだ!と思っても
第三者目線で見たらまだまだ堂々と
言える状態にまでは来てないのかと感じた。
付き合えて、将来的なことも
見えてきてるくらいなら
「同じ地元で将来を考えられると
思ってる人がいる」とか
言えるかもしれないけど、
今の時点では、まだまだ全然
人に言えるようなところまでは
進めてないなと改めて気づかされた。
それでも、まだ他の人たちから見たら
全然大きな進歩はなかったとしても
自分の(自分たちの?)中では
前よりも何十歩くらいは進めてると
思いながらまた着実に頑張ろうと思う。
親戚の話とは全然変わるけど、
大好きな人が働いてる支社関係の人と
昨日久しぶりに話す機会があった。
夜に「ENAと最近話してないなって。
元気にしてる?」って連絡が来て、
そこからしばらくやりとりしてた。
その人との会話の中で
「〇〇(支社長)さんと自分の知り合いが
仲が良くて個人的にも連絡を
取り合ってるから、△△(仕事関連)の件でも
早めにそれとなく伝えて危ないことには
ならずに済んだらしいんだよね!
あ、自分の知り合いと〇〇さんが
仲がいいのはこの支社関係の人には
秘密にしといてね!」
と言われたけど、この人はよく
“実はこうなんだけど”
“他の人には内緒ね”
という内容の話をしてくる。
自分を信頼して話してくれてるなら
そこに関しては有り難いけど、
もし例えば自分が支社関係のことを
何かこの人に話して「内緒にして」と
言ったとしても、他の仲いい人には
色んな話を自分に話してくるみたいに
得意げに話してしまいそう
というのは、めちゃくちゃ思うし
自分が話す内容にも
気をつけないとなといつも思う。
この人がいくら
「他の人には言えないけどENAにだけ」
「これは絶対に内緒で!」
みたいな話をしてきたとしても、
自分は大切なことをこっそりその人に
話すことはないなあ。
絶対言わないけど、もし自分が
「他の人には絶対秘密にしてほしいけど、
実は〇〇(大好きな人)と休暇中に
地元で会ってる」なんて話したとしたら
支社関係の人たちに嬉々として
「自分はENAと仲がいいから
本人から聞いたんだけど、
ENAと〇〇って地元で2人で会ってるよ」
なんて広められるのは目に見えてる。
その人が自分に周りの秘密を話してくる
ということは、
もしその人に自分が秘密を話せば
周りの人にもそれを広められる
ということ。
その人は知り合いもかなり多いし、
支社関係の場で直接話すだけでなく
普段から支社関係の人たちと
連絡もそこそこ取り合ってるらしいから
本当に無難なこと、仮に周りに
広められても構わないこと以外は
話さないようにしないとなと
いつもすごく意識してる。
社会人になってからはもちろん
学生の頃を思い返しても
“ここだけの話”が本当に
“ここだけ”で済むことなんてなかった。
自分は、誰かに聞いたことでも
その誰かが自分に対して話してくれたことを
他の人に広めるというのは
自ら信頼を捨てること、と思ってきたから
決して人にバラすようなことは
しなかったけど、まるでそういう人の秘密を
知ってることが自分自身の価値かのように
考えてる人もいるのかなと
感じてしまうことも何回もあった。
人付き合いは怖いな、
人間って怖いなと思うことって
生活の中に結構ある。
でも、あからさまにあなたとは
距離を置いてます!という態度を
知られてしまうとそれはそれでまた
面倒なことになりそうで、
だから支社関係の人たちに対しても
明るく元気に感じ良くは接するけど
基本的には聞き役に徹して
自分の個人の話はできるだけしない、
もしするとしても大事なことや
大切な人との信頼関係に関わる話は
絶対にしないと心に深く決めてる。
大好きな人と会えた日の食事。
バタバタと会って
本当はもうちょっとゆっくりしたかったけど
大好きな人だってそんなに余裕のない
限られた中で時間を作ってくれてるから、
それだけでも有り難いと思わないとな。
付き合えて、一緒に地元でご飯食べたり
何でもないような平凡な日常を
ごく普通に一緒に過ごせるようになりたい。
これまで家に色々ありすぎて、
きらびやかなSNS映えなんかより
心が本当の意味で安心して温まるような
普段の生活を大事にできる
地に足が着いた恋愛に憧れてる。
安心、安全、平凡、平穏。
暴力的な家庭に育った自分にとって
小さい頃から喉から手が出るほど
ずっと欲しいと思い続けてるもの。
このおにぎり食べてた場所は
今よりはまだ自由に出かけたりできてた頃に
たまーに行ってた所。
数年前から、家の都合で
それまでより更に自分に自由はなくなった。
大好きな人と会えた日、
地元でもしばらく行ってなかった
その場所に久しぶりに寄ったら
当時と何も変わってなくて。
この6年くらいで家の状況は変わって
本当に紐で縛り付けられたかのような
自由が極端に少ない生活になってるけど、
その間に大好きな人を好きと気づいて
それまでは自分に自信がなさすぎたのが
本気でこの人を好きなら
自分の気持ちを伝えていかないと!とか
見た目も中身も自分磨きをしないと!と
思えるようになって
自分の心がマイナスになりそうなことからは
なるべく離れたり目に入らないようにしたり
どうしてもそこから逃げられないこと
(家の問題とか)については少しでも
考え方を変えたりうまくやり過ごす術を
身につけたりなるべく工夫するようになった。
元々、家族からのDVがある中で
生きてきたから、人を信じられなくて
「自分は心が空っぽのまま
ただ表向き明るい人、元気な人、で
大切な時間を棒に振っていくのかな」と
心のどこかで考えてきたけど、
家族にも誰にも言わずに
自分で決めて動いて
大好きな人と会えて話せて笑い合えて
「またね!」って言えた帰りに
かつてたまに行ってた場所に寄る
というのが、自分の中では少し
成長を感じられて嬉しかった!
もしかしたら、そうやって前より
成長して次のステージに来たから
思うことなのかもしれないけど、
最近、前より思うようになったというか
改めて気づいたことがある。
自分はこれまで、本当に家族にとって
都合がいいように操縦されてきた
ということ。
家族にとって大事な価値観や
これは譲れないという考えがあるのは自由で
それも家族の個性の一部分。
ただ、それを
「これが世間の中での常識」
「家族が言うことを聞いてれば間違いない」
「家族が勧めること以外は甘い考え」
「家族に背くなんてありえないからね」
「そんなに自分が正しいと思うなら
そんなおかしい子、うちには要らない」
とか、洗脳や脅迫で都合良く
家族の望むように生きさせようとするのは
今考えたら、すごくおかしい。
今でもまだ、そういう圧力を感じる。
大好きな人を好きになっただけでなく
周りにいる人たちを見たり
自分とは違う環境で育った人と話したり
そういう日々の中で、
しつけが厳しいとかそういうレベルの
内容ではないよな‥?と思うようになった。
厳しくして恐怖感を与えれば
家族の思い通りになる自分は
家族にとってどんなに都合がいい存在かと
今の自分はすごく思う。
大好きな人に対して自分が恋愛感情を
持ってることは当然家族には
今のところは言ってないけど、
そこまで言う?と疑問に思うくらい
大好きな人の容姿や学歴などに
文句をつけたり否定や批判をするのは
大人になった自分が家族が望む生き方とは
別の人生を歩むことが怖いから、
困るからという理由もあるような気がする。
いつも思うけど、法律に反してたり
倫理的に許されない恋愛なら
たとえいくら本人が「自分は真剣です」
「本気で好き」と言ったとしても
それは堂々とはできないこと、と
自分の考えではそう思う。
好きを理由に何でもありになったら
規律も倫理観もめちゃくちゃになる。
そうなると、必ず未来をぶち壊すような
トラウマを理不尽に抱えるような
人が出てくるのは明白な話。
自分は家族の歪んだ恋愛観で
小さい頃から本当に苦労したし、
恋愛に夢なんて持てずに育った。
もしそういう育ち方をしてなければ
自分はきっとこんなに恋愛で悩み苦しむことは
なかったと思ってるし、そこに関しても
家族を恨んでも恨み切れないから。
自分は人に言えないような恋愛はしてない。
今は自分と大好きな人の身を守るために
誰にも言ってないだけで、
後ろめたいことがあるから
言えないんではない。
ちゃんと社会や世間のルールを守った上での
恋愛なら、何か少人数派に分類される要素が
あったとしても、だからといって
後ろ指を指す人がいたとすれば
その指を指す人が間違ってる。
これまで家族に洗脳されてたな、
自分の人生を生きれてなかったな、と
今改めて気づいたところで
これまでの日々を生き直すことはできない。
家族に支配された日々は
ENAの仮面を被ったどこかの誰かの歴史。
それは今自分がどんなに悔やんでも
変えられないのは本当にやりきれない。
ただ、だからこそこれからの人生は
自分が本当に生きたい道を
自分の手で切り拓いて生きたいと思う。
この前、大好きな人と会えた時
「写真撮ろう」とずっと言いたくて、
でも会ってる間お互い全くスマホなんて
出さないしひたすら顔見て喋ってて、
どのタイミングで写真撮りたいと
言い出せばいいのかを事前から悩んでた。
勇気を出して言ったら
笑顔ですんなりOKしてくれて
その写真を見る度に、
本当に欲しいものがあるなら
その欲しいものが尊ければ尊いほど
簡単に手には入らないし
それなりの勇気や努力を積み重ねないと
得られないというのをすごく感じる。
そんな勇気の先にやっと手にした
その写真を見ながら、これからも自分は
自分らしい人生のためにそんな勇気を
使える人でいたいと思う。
うちは家族がめちゃくちゃ厳しくて
教育虐待の家庭でもあったけど、
勇気を出す大切さや
本当に大好きになると特定の人に対して
どんな気持ちになるのか
心の距離を縮めるためにはどんなふうに
気を遣ったり思いやればいいのかという
どんなに勉強を頑張っても
それだけでは知れないことも
自分はこの恋愛からたくさん学んでる。
これまでの人生は大変なことの方が
圧倒的に多くてしんどかったけど、
大好きな人と出会えたこと
大好きな人を好きになれてることには
本当に感謝するし、有り難いと思ってる。