Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
人間関係も恋愛の進展も慎重に

人間関係も恋愛の進展も慎重に

大好きな人が働いてる支社関係の中に
すごく知り合いが多い人がいて、
その人は支社の近くに住んでるのもあって
その支社のことにも色々詳しくて、

初めのうちはただ社交的でいい人
という印象が強かったから
そんなに警戒はせずに話してた。


だけど、知り合いになってから
月日が経つごとに、人の噂話が多いなとか
何でそんなこと知ってるの?
もし知っててもそれ人に言う‥?と
自分は思うようなことを平気で
話してくるなあと感じるようになって、

それまでは多少は個人的なことも
無難な範囲では話したりしてたけど
安心して仲良くするのは危ないかもと
考え始めて、心の中で少しずつ
その人とは密かに距離を置くようにした。


そしたら、昨日その支社界隈で
前々から自分勝手に生きてるような人が
仕事関連でトラブルに巻き込まれてるのを
その人がすごく興味本位であれこれ
聞いてるのを知って、

まず「ああいう自分勝手に人を
振り回すタイプの人とも友達なのか‥」
と思ってしまったし

誰かが何かに巻き込まれたり
いわゆる“良くない話”もたぶん
その人にとっては面白いネタでしか
ないのかもしれないなと感じた時に

あぁやっぱり自分は途中で何か
違和感を感じて少しずつ離れて
良かったと心底思った‥。



その人に限らず、特に支社界隈みたいな
狭い人間関係には特に気をつけないと

一回個人的なことを話してしまえば
それはどういう形で広まるか分からないし

表面上は気にかけたり心配したり
というふりをしても心の中では
人の大変なことや苦労、災難を
楽しんでるような人もいるのを前提に
初めからあんまり自分の全てを
伝えないようにすることが

自分を守ることに繋がるのかなと思う。


自分の場合は、家が複雑な環境で
家族にも自分のことはなるべく
話さないようにして生きてきたから

家族にでさえそうなら
知り合いになんて更にそうよなー

ともう慣れた感じで思えるけど、

そんなふうにすごく考えて
人付き合いをしないといけない
というのは結構しんどいことでは
あるのかもしれない。




話は変わるけど‥

日常の会話の中で
「〇年前は〜」「何ヶ月前は〜」
というような話が出てくると、

その話を聞きながら頭の中でつい

「あの頃にこんな出来事があって
大好きな人と結構進展したな」とか
「あの頃はめちゃくちゃ勇気を出して
すごく怖くて緊張したけど
その結果本当に嬉しいことがあった」とか
その当時の恋愛模様を思い出してしまう。


大好きな人は、人とコミュニケーションを
とるのがあんまり好きではないというか
苦手な人で、だから自分にとっては
「これくらいなら大丈夫かな?」と
思うような距離の縮め方でも
相手からすれば「何でこの人こんなに
距離を縮めてくるの?」ということにも
なりかねないと考えて、

かなり慎重に
かなりその関係を大切に
少しずつ少しずつ距離を縮めてる。


自分が勇気を出して行動を起こすと
大好きな人は喜んでくれるし、

「一応考えてるつもりではいるけど、
迷惑になってないかなって心配になる」
と話の中で自分が言った時も
「全然!全然迷惑になんかなってない!」
と答えてくれたけど、

今でもまだ、これというはっきりした
用事がない時に何気ない連絡をするのは
戸惑われないかな、嫌われたくないと
考えてしまって、いつも心の中で

「話したいな、元気にしてるのかな」と
モヤモヤ気になるのが
しんどくなる時も正直ある。


この前(初夏)に会えた時のことを
今もずっとずっと心にその映像を
何回再生するのかってくらい思い返して、

その時すごく嬉しそうに
照れたように笑って大好きな人の方からも
話してくれた時の様子とか

初めの雨予報が曇りになってくれた
あの日の空とか

地元の落ち着く優しい空気感とか

誰にも言えないけど思い出しては
とても励まされてる。


不安になってこの先どんなふうに
これ以上仲良くなればいいのかなと
悩んでモヤモヤする→

会えた日のことを思い返したり
その日に一緒に撮った写真を見て
また頑張ろうと励まされる

の繰り返しで過ごしてる気がする。



でも、恋愛だけでなく何でも
本当に大切なものは
決して簡単には手に入らない、

自分は本当にそう感じてるから

大切なものを手に入れるために
今自分にできることは何なのかを
考えながらまた頑張っていこうと思う。
花火を見ながら想ったこと

花火を見ながら想ったこと

人混みが嫌いで、みんなが集まる所で
一緒に楽しむというのも好きではない
家族の中で育ってきて

大きくなってからも家族が絶対という
威圧的、暴力的な環境にいたから、

夏に花火大会に行くという
習慣も全くないままここまできた。

(でも実は花火好き)


地元で花火大会があったり
何かのイベントがある時、
遠くで花火の音がすることがある。


家事の合間に、花火が見えそうな窓から
見ようとするけど、音は聞こえても
花火そのものは見えなくて、

花火を見に行ける人はいいなと思うし
もっと本音を言っていいなら
大好きな人と一緒に花火を見たい。



この前、家の用事で出かけた先で
たまたま花火の打ち上げがあった。

花火大会ではなくて、イベントの一環で
花火もあったという感じで、
でもタイミング良くその時にその場所に
いたから10分くらいでも
花火を見られて嬉しかった!˗ˋˏ❊ˎˊ˗


花火を見られたこと自体も
嬉しかったけど、自分が更に
嬉しかったのは、去年も家の用事で
ちょうどこの季節に近隣県に出かけて
そこでも数分間花火を見た日があって、

その時よりも今の方が
この恋愛が進んでるなと実感できたこと♡



複雑な家庭育ちで
未だそこから抜け出せてない自分は
この1年の間にも家族からの暴言や
脅迫を何度も受けてきた。

逃げたいと何回も何回も思うけど、
精神的にもうボロボロで
正直どこから動けばいいのかも
分からなかったりする。


そんな中でも、何とか金銭的にも
生活できて、家族に知られないように
水面下で少しずつこの恋愛を
進展させてきたというのは

状況を考えればよく頑張ってきたなと
自分で思って泣きそうになった。



小さい頃からこれまでずっと、
多くの時間を家族に捧げて生きて
自分が本来ならできたこと、
行けた場所、見られたはずのものも

こういう言い方は良くないかも
しれないけど身を守るために
犠牲にしてきたと思う。


自分がこれまで、暴力的なことをされたり
必死に這いつくばって生き抜いてきた
この世界には、自分が知らないだけで

きれいなものや心を励ますもの、
自分に響くものはたくさんあるはず。


自分はただ、勉強と習い事に追われて
家のことをひたすら頑張って
自分の人生よりも家族に自分の日々を
差し出すようにここまで生きてきた。


当然、自尊心なんてゼロに近かったし
自分に自信なんてあるわけがなかった。

家族に脅されたり圧力をかけられて
どんなに勉強や何かを頑張ったって
それは怖いから必死にやってるだけで
自分の幸せや本来の姿ではない。


恋愛も、そもそも家に縛られて
自由な時間自体ほとんどないから
恋愛に限らず自分が自分らしく
何かを楽しむ機会がほぼなかったし、

もし誰かに好かれても
「何でこんな自分を好きになる‥?」
と不思議に思ってしまったり

逆に自分がこの人素敵かなあと
感じる人がいて、ぞんざいな態度を
とられても「まあ自分なんてきっと
その程度の価値でしょ」と自分でも
思って多くを諦めてきた。



そんな頃から比べたら今は
いい意味で変わったなと思う。


育ち方は変えられなくても
過去は変えられなくても
自分の考えを変えることはできる、

そしてこの先の人生を創っていくことは

トラウマだらけの自分には
決して簡単ではなくても
努力していけば少なくとも前よりは
確実に幸せな自分になれる。


本当に時間もかかったし葛藤もあるけど
前に比べたらそう思えるようになった。


大好きな人と出会ってなければ
きっとこんなふうには
まだ思えてなかったと思う。


愛されて育った大好きな人は
心底両親と兄弟のことが好き!
というのが伝わってきて、

そんなに幸せな家庭に育ったのに
こんな自分が好きになってごめん
という気持ちは今も消えないけど

自分も大好きな人と
釣り合う人間になりたいと

心から思ってできる努力は
たとえ小さくても毎日していこうと

大好きな人のことを本当に大好き
という想いがあるからこそ
それができるようになった。



この前、家の用事の途中で見た花火は
その日元々は雨予報で
台風の影響もあるかも?と言われてたのが
いざその日になったら晴れ間もあって

家の用事でなければ自由に
その近隣県にも来れなかったし
花火も見られなかったと考えると

色んな偶然が重なって今年も
短時間でも用事の合間でも
花火を見られて有り難かったし、

ちょうど1年越しに花火を見て
去年とは違う状況、気持ち、立場で
こうして空を見上げられたことを
本当に幸せに感じた。


家族や周りに知られないように
少しずつ進展するのは
とても神経を使うし大変でもあるけど、

来年また花火を見られるとしたら
その時はもっともっと幸せな
晴れやかな気持ちでその瞬間にいたい。
改めて深い愛を知る

改めて深い愛を知る

週末、用事があって出かけた時
短時間だけ通ったのが
大好きな人と初めて一緒に
同じ空間に居合わせた場所で、

家族と一緒にいたから
そういうことを考えてるのを
知られないように心の中で
思うだけにしたけど色々と感慨深かった。



初めてその空間に一緒にいた時も
お互いに知ってはいたけど、

今に比べたら(と言っても今でも
すごく仲良くなれてるとまでは
言えないかもしれないけど‥)
まだまだ今よりもっと全然距離が
そこまで近くはなれてなかったなと
今振り返ったら思う。


特に、自分みたいに本当に
自分の好きなことやしたいことを
する時間が限りなく少ない状況で、

恋愛で相手と進展しようと望むと
とても難しいし、かなりの工夫が要る。



初めて同じ場所に居合わせた時、
ただ“同じ空間にいる”だけで
すごく緊張したけど本当に嬉しくて、

でもあんまりその嬉しい!嬉しい!
というのを出しすぎて引かれないように
しないといけないなとあえて冷静に
意識して過ごすのを頑張った記憶が
今でも鮮明に残ってる。笑



今も自分は全然自由ではないし、
とにかく家のことをまず背負って
周りの人たちが自分自身の好きなことに
時間を使えて楽しめるの羨ましいと
感じる気持ちも変わらないけど、

あの頃に比べたら大好きな人からも
目に見えて自分に歩み寄ってくれてるし
分かりやすい形での進展はまだなくても
自分側の事情や状況を考えたら
本当にここまでよく恋愛も
頑張ってきたなとしんみりしてしまった。



同じ場所に居合わせた日からの日々を
考えても、大好きな人からもらった言葉は
手のひらから溢れるほどに多くはなくても
その1つ1つはいつも自分を支えてくれてる。


あまりに自由のない環境を自覚する度に
恋愛も含めて、自分が自分の人生を
生きるのは難しいのかも‥とつい
弱気になってしまうこともあるけど、

ただ“初めて一緒の空間にいた場所”と
いうだけでこれだけ深い気持ちに
なるくらいに大好きな人を好きな自分に
改めて気づいたし、自分にとって

初心に帰れる場所の1つに久しぶりに
短時間でも行けて、自分の中の
深い愛を再確認できて良かったと思う。
あの日と同じような空

あの日と同じような空

大好きな人と初めて会ったのは
地元でそれ以前からよく利用してきた
すごく慣れてるおなじみの場所。


その後も、その場所に行く度に
その時のことを思い出して
「あの時は〇〇(大好きな人)も地元にいたのに
今は遠い町にいるもんなあ‥」と
とても切なくなったり、苦しくなったり、

それでも大好きな人と同じ地元っ子というのは
ずっと変わらないということに励まされたり。


やっぱり、晴れた日が一番好きなのは
昔から変わらないけど、
あの日は元々雨予報を気合で
曇りにした日でもあったから
今でもあの曇り空の色はずっと覚えてる。笑



今日の朝、コンビニに行く用事があって
家の近所を歩いてた時、
大好きな人のかつての習い事と同じと思われる
小学生を見かけて、心の中で
「頑張れ!」と思った。


大好きな人も、地元でこんなふうに
この習い事に通ってたかなと思うと、

何となく嬉しくなった。
この夏は*割合のバランスの変化

この夏は*割合のバランスの変化

家族が気まぐれに買ってきて
「あとはENAが飲んだら?」と
置いてあったスコール。


スコールって、デンマーク語で
乾杯っていう意味らしい。

それと、熱帯地方のスコール(夕立)の
意味もあるとか。

渇きを癒して潤すからスコール。


自分はもう、家族の中では
生き抜くためにひたすら自分という
存在を消すように過ごしてるから、

渇いてるなんてもんではないなー、
とてつもなく心に潤いが欲しいと
真面目に思ってしまった。笑


普段はこういうジュース系は
なるべく飲まないようにしてるから

(自分個人的には別に相手の体型とか
そういうのはあんまり気にしないけど
一般的には恋愛する上で
やっぱりできるだけ細い方が
いいのかなと考えて意識的にそうしてる)

スコールもかなり久しぶりに飲んで
このスコール、何か夏の味がした!



夏っぽいことを何かするわけでもなく
ただ必死に生きてるだけで
貴重な1日ずつが過ぎてしまうのが
とても名残惜しいけど、

今年の夏は、夏の始まりに
帰省してた大好きな人と会えて
それが本当に本当に本当に嬉しくて
特別で、それだけでもすごく
心にずっと残る夏になってくれた♡


毎日、安心して暮らせる日はなくて
ずっと何かに追われるように過ごして
そんな日々に心が負けそうになるけど、

それでも大好きな人に会えた日のことを
心の支えにして踏ん張ってる。




ふと、大好きな人が今の支社に
行くことになった頃を思い返してた。


新しい生活が始まる大好きな人に
自分は悩みに悩んで
ちょっとした物をプレゼントした。


大好きな人が、同じ地元から
自分にとって小さい頃から繋がりがある
地域に行くのがとても不思議な
運命のように思えて、

「〇〇(大好きな人)がいつも元気で
仕事場にも慣れて過ごせるように
△△(地元)からいつでも応援してる!

もし何かあったら何でも聞くよ(^^)」

という内容の手紙も添えた
そのプレゼントを、大好きな人は
とても喜んでくれて、

それを知った自分もとても嬉しくて。



あの頃は、初めて地元を離れて
仕事で遠い地域に住むことに
不安が大きかった大好きな人を

たとえ遠くに住んでても
いつも地元から応援してるからと
励ます立場という立ち位置の度合いが
今より濃かった気がする。


今も、大好きな人が遠い地域にいても
元気でいるのを願う気持ちは
あの頃と変わらなくずっとあるし、

もし何か困った時には
自分にできることがあれば頼ってほしい
という気持ちも変わらない。


でも、月日を経るごとに
自分が大好きな人を引っ張る、
元気づけるという立場というのが
割合としては少し減ってきて

大好きな人が自分を救ってくれたり
守ってくれたりする割合が
その分多くなったような気がする。


これは大好きな人から見てもそうなのか
勝手に自分が思ってるだけなのか
それは分からないけど‥。
心の居場所は見つかるのかな

心の居場所は見つかるのかな

よく、本当にいい恋愛をすると
不安でどうしようもないとか
そういうマイナスな感情にさえならない、

というような話を聞いたりする。


じゃあ、大好きな人を好きと自覚してから
もちろん嬉しいとか楽しいとか
幸せという感情もたくさんありながらも、
いつも心のどこかに不安が渦巻いて
とても苦しい気持ちになってるこの恋愛は

いい恋愛ではないってこと?


自分にどれだけ自問自答したって
これという決まった答えは出てこない。


これは自分が個人的に思うことで
誰かがその通りと断言したわけではないけど、

元々その人の心に安定感という基盤や
基礎がしっかり整ってなければ

いくらその恋愛相手が誠実でも
その人に合う人でも、やっぱりどうしても
心の中にあるグラグラした何かを
恋愛を通して自覚してしまうというか‥

「この人は本当に信頼してもいい人?」
「自分はいつも条件つきでしか
家族に認めてもらえなかったけど
この人はどんな自分でも受け入れて
大切に想ってくれるのか‥?」

と、好きになればなるほど
相手を特別な存在として想い続けることに
とてもエネルギーを必要としてしまう。


大好きな人がいてくれるのは
複雑な家庭育ちの自分にとって
色んな面で学びもあったり
こんな素晴らしい世界もあるのかなと
思えるような素敵なこと、

という感謝はずっと持ち続けてる。


だけど、心の中でだけでも
大好きな人に寄りかかったり
支えや救いにしてしまうことは
すごく怖くて、いつも戸惑ってしまう。



大好きな人が仕事でうまくいった時とか
それを「連絡するための用事」と
言っていいのかは分からないけど

そういう時に連絡したりするのも
自分の今の立場ではまだ付き合えてもないのに
していいのかなあと、最近前より考える。


大好きな人は、人と関わるのがあんまり
得意ではないし、心の距離を縮めることは
前々からとても慎重にしてるけど、

たった1回大きく踏み出しすぎたことで
これまでコツコツ積み上げた信頼を
壊してしまうかもしれないというのが
怖くて怖くて仕方ない自分がいる。



別に大好きな人に何かをされたとか
すごく引っかかることがあったとか
そういうのはないけど、

しばらく自分から連絡したり
小さい一歩でも近づくのはやめてみようかな
と考えたりしてる。


たまたま読んだ文章に
「“余白”を作ることが大事」
というのがあって、いくら相手を好きでも
その好きな気持ちで埋め尽くすのは
きっと逆効果で、むしろ意味がないのかもと

思ったのもきっかけかもしれない。


どうしても、早く付き合いたいとか
この曖昧な関係ではなくちゃんと
恋人というカテゴライズをされたいという
焦る気持ちがあるから余計に
色々思い悩んでしまうのもあると思う。


恋愛は、素晴らしいけど難しい。
難しいけど、だからこそ尊い。
ポケットの中身まで監視される怖さ

ポケットの中身まで監視される怖さ

昨日の夜、寝る前になって
すごく怖いなと思ったことがあった。


自分はいつも、大好きな人との
想い出のものや地元の神社のお守りなど
大切なものをまとめてパスケース
(ちょっと小物も入りそうなやつ)に
入れて持ち歩いてる。


寝る時も、ルームウェアのポケットに
普段の服のボトムに入れてるのと
同じように入れてる。


普通に過ごしてる分には
外からは絶対に見えないけど、
昨日は家のことをしてる時に
たまたまポケットの中身が少し見える
姿勢をしてたみたいで、

家族に突然
「ポケットに入れてるのは何?」と
不機嫌そうに問い詰められた‪Σ( ˙꒳​˙ ;)


ここには少し書いてるけど
自分の家庭は複雑で
ざっくばらんに団欒できるような
雰囲気の家族ではなくて、
いつも家族の機嫌や態度に
怯えて暮らしてる。


だから、いきなり厳しい口調で
それを聞かれて恐怖を感じた。


「大事なものをまとめて入れてるだけ」
と短く答えても、まだ納得いかない様子で
「親にも言えないようなものなのか?
何を黙ってコソコソ持ってるのか」
という態度をとられたけど、

そこでベラベラ何かを言ってしまうと
余計に言い訳みたいに聞こえるかなと
思ったのと、そもそも何か他に言えるような
言葉も出てこなかったからもう黙ってた。


寝る前の時間というのもあって
とりあえず昨日は解放されたけど、

普段は見えなくても何かの拍子に
ポケットの中身が見えてしまうこともある

そして少しでも何かが見えてしまえば
やましいことは何もなくても
しつこく問い詰められる

ということを学んだ。


家族は、自分が家族の希望通りに
生きないことを絶対に許さない
という空気感が凄まじい。

だから昨日のことでも
「家族の知らない所で
ENAは何を大切にしてるのか!?
中身を確認するまでは納得できない」
と思ったに違いない。


もちろん、大好きな人との
想い出が詰まった色んなものは
家族には見せられないし
また、自分の意志に反して
見せないといけないものでもないから
見せなかったけど、

自分がこうしてケースに入れて
大切なものを持ち歩いてることを
家族の一人に知られてしまったのは
めんどくさいなぁとすごく思う。


いつからそのポケットの中身を
家族が気にしてたのかは分からなくて
もしかしたら自分が言われたのは昨日でも
それ以前からチェックされてたのかも‥?

そう考えたら怖くて眠れなかった。



大好きな人とは共通項が多くて
日常生活の中で大好きな人の話題を
避けるのは余計にわざとらしいというか
そしたら余計に怪しまれると思う。


だから、流れでその話題になった時は
普通に無難なことだけは言うけど
自分からは家族に批判や非難のネタを
わざわざ提供しないようにしたい。



自分の家でも、ここまであれこれと
気をつけないといけないのはしんどいな。

自分の部屋で過ごせる時間も少ないけど
その時とトイレの中くらいしか
そのケースを出せる機会もないなんて、
家も公共の場所みたいな気がしてくる。


これは恋愛に限った話ではないけど
自分を休ませられる場所、
安心して過ごせる場所がないことに
日々、鬱々としてしまう。
隣が似合う人でいたいから

隣が似合う人でいたいから

去年の自分を振り返る機会があった。

それで思ったことの1つが
「去年ってこんなにアイス食べてた?」
ってこと。苦笑


元々めちゃくちゃ甘党で
運動量も多いから何とかなってたけど
今から振り返ったらそんなに
甘い物毎日でも食べたかったのかー、
とちょっと不思議に思った。


今も甘い物は好き。

でも、今年の夏は今のところ1回も
アイスは食べてないし、
お菓子も前に比べて
本当に食べなくなった。


家にいても、家族の機嫌とか
ビクビクする要素が大きくて
ストレスが多すぎて落ち着いて
何かを食べたりする気分には
なれないというのもとてもあるけど、

大好きな人をどんなに好きでも
去年の途中までは目に見えた進展は
あんまりなかったし、具体的に
大好きな人と会って話すとかも
普段は違う地域に住んでるし難しいよなと
現実として隣で一緒に時間を過ごす
というのはなかなか考えられなかったのが

去年の後半、秋くらいから急に
それまでよりは進展し始めて
大好きな人が帰ってきた時には
地元で会えたりもして、

やっぱり大好きな人の隣にいるのが
似合う人になりたいと改めて思った時に
育った環境やこれまでに抱えてきた
トラウマなど自分で変えられない
どうしようもないことはそれはそれとして

体型とかの自分磨きは
自分で変えられる部分で
努力しだいというのをすごく感じて
意識が変わったな。



アイスを食べなくなった代わりに
このブログでも前に載せた
無印のゼリーを凍らせたやつは
もうずっと常備してある。笑


これなら、甘い物が食べたくなったり
暑くて暑くてどうしようもない時も
1つ15kcalと思うと1つなら気軽に
食べられる気がするから。


夏の間は、家の都合上
自分の時間がほとんどなくなるから
ストレッチや筋トレもほぼできないけど
一番暑い季節以外はサボらずに
毎日頑張っていこうと思うし、

少しでも自分を磨いて
自分に自信を持てるように
自分を好きになれるように
努力していこうと思う。
お参り*想い出のおにぎり

お参り*想い出のおにぎり

前から、行けそうな機会をうかがって
地元の神社に時々お参りに行ってるけど、

最近特に恋愛のことで
モヤモヤすることが多くて
早めにまたお参りに行けたらと考えてて、

元々自分の予定を入れるのが
とても難しい環境にあるから
もう今日行かなかったら今月は
行けそうにないかもしれないと思って
今日行けて本当に良かった!


すごく暑かったけど天気も良かったし
自分にとって特に思い入れが強い
その神社にお参りできて、
ちょっと心のモヤモヤが
少なくなったような気がした。


恋愛の悩みがあるのはしんどいけど、
そういう時にお参りできる神社が
地元にあることはとても幸せ。

有り難く思わないといけないな。



大好きな人が働いてる支社がある町に
住んでる知り合いから少し前に
大好きな人の職種に関係する写真の
チェキをもらって、それが気に入って

スマホの裏に入れようと思ったけど
そのものを入れてしまうともし万が一
汚れたり傷ついたりした時に
困るな‥と考えて、チェキをチェキくらいの
サイズになるように複製して

いかにもチェキそのものかのように
入れることにして‥笑、

その神社の最寄り駅の近くの
コンビニでプリントできて良かった。


その職種関係に昔から自分は興味があって
中にはそれを笑う人もいたけど
自分はずっとその職種を好きでいて
良かったなと思う。


自分自身は今のところその分野で
生活できてるわけでもないし
ただ“その分野を昔から好き”なだけ。


それでも、好きなことをずっと
家族に遠慮しながら
時には罵倒されながらでも
好きでい続けたからこそ、

大好きな人が働いてる支社との
繋がりもできたし、大好きな人と
ここまで心の距離を縮めることも
できたような気がしてる。



その帰りに、大好きな人と会えた日も
寄った場所でまた同じように
おにぎりを食べて、お茶を飲んできた。


あの日は辛子明太子と梅わかめ。

でも今日は梅わかめがないみたいで
初めて牛めしにしてみた。


座ってた席は違うけど、
あの日と同じ場所にいると
あの日のことを改めて色々と
想い出して、心が励まされた!


家のことで身動きが取りづらい日々。

そうやって家族のために頑張ってても
容赦なく傷つけられたり脅されたり、
いつしか心のバランスを崩してしまった。


それでも、大好きな人とあの日の
少し前から会う日にちや時間を
こっそり相談して決めて、

家族には知られないように
知り合いにも知られないように
何でもない顔をして
大好きな人と会うために出かけた。


出かけた、といっても大好きな人の
帰省中で、すごく慣れてるいつもの
場所での待ち合わせ。


それでも心臓が飛び出るくらい緊張して
そして心が空まで届くほど幸せで
本当に嬉しくて生きてて良かったなと
感動して震えるくらい泣きそうになった。


今日、あの日と同じように
同じ場所でおにぎりを食べながら
そんな幸せな日をまた積み重ねるために
生きていかないといけないと思った。
大好きな人が書いた「えな」

大好きな人が書いた「えな」

家族には何とかうまくごまかしながら
こっそり受け取った郵便物。


実際に言葉として音に出しては
「えな」と呼ばれたことはまだないけど、
文字として書かれたその字を何回も見る。


自分の日々の生活を考えたら
この恋愛が少しずつでも進展して
ちょっと前まで「これを叶えたい」と
思ってることが着実に叶っていってるのは
それだけでも本当に特別で
奇跡なのかもな、と思う。


恋愛のことで、どんなに嬉しいことが
あっても家族の前では何もなかったように
淡々と家事をして、個人的なことは
黙って過ごしてるけど、心の中では
大げさではなく生きる支えになってる。


郵便物一つでこんなに家族からは
干渉されてまるで何か悪いことを
してるかのように追い詰められるけど、

考えたら自分は何も悪いことなんか
してないし堂々としてればいい。


わざわざ家族に邪魔されるような
自己開示をする必要はないけど、

この恋愛を守るためにうまく立ち回って
夢が叶うように頑張ろうと思う。