Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
この夏は*割合のバランスの変化

この夏は*割合のバランスの変化

家族が気まぐれに買ってきて
「あとはENAが飲んだら?」と
置いてあったスコール。


スコールって、デンマーク語で
乾杯っていう意味らしい。

それと、熱帯地方のスコール(夕立)の
意味もあるとか。

渇きを癒して潤すからスコール。


自分はもう、家族の中では
生き抜くためにひたすら自分という
存在を消すように過ごしてるから、

渇いてるなんてもんではないなー、
とてつもなく心に潤いが欲しいと
真面目に思ってしまった。笑


普段はこういうジュース系は
なるべく飲まないようにしてるから

(自分個人的には別に相手の体型とか
そういうのはあんまり気にしないけど
一般的には恋愛する上で
やっぱりできるだけ細い方が
いいのかなと考えて意識的にそうしてる)

スコールもかなり久しぶりに飲んで
このスコール、何か夏の味がした!



夏っぽいことを何かするわけでもなく
ただ必死に生きてるだけで
貴重な1日ずつが過ぎてしまうのが
とても名残惜しいけど、

今年の夏は、夏の始まりに
帰省してた大好きな人と会えて
それが本当に本当に本当に嬉しくて
特別で、それだけでもすごく
心にずっと残る夏になってくれた♡


毎日、安心して暮らせる日はなくて
ずっと何かに追われるように過ごして
そんな日々に心が負けそうになるけど、

それでも大好きな人に会えた日のことを
心の支えにして踏ん張ってる。




ふと、大好きな人が今の支社に
行くことになった頃を思い返してた。


新しい生活が始まる大好きな人に
自分は悩みに悩んで
ちょっとした物をプレゼントした。


大好きな人が、同じ地元から
自分にとって小さい頃から繋がりがある
地域に行くのがとても不思議な
運命のように思えて、

「〇〇(大好きな人)がいつも元気で
仕事場にも慣れて過ごせるように
△△(地元)からいつでも応援してる!

もし何かあったら何でも聞くよ(^^)」

という内容の手紙も添えた
そのプレゼントを、大好きな人は
とても喜んでくれて、

それを知った自分もとても嬉しくて。



あの頃は、初めて地元を離れて
仕事で遠い地域に住むことに
不安が大きかった大好きな人を

たとえ遠くに住んでても
いつも地元から応援してるからと
励ます立場という立ち位置の度合いが
今より濃かった気がする。


今も、大好きな人が遠い地域にいても
元気でいるのを願う気持ちは
あの頃と変わらなくずっとあるし、

もし何か困った時には
自分にできることがあれば頼ってほしい
という気持ちも変わらない。


でも、月日を経るごとに
自分が大好きな人を引っ張る、
元気づけるという立場というのが
割合としては少し減ってきて

大好きな人が自分を救ってくれたり
守ってくれたりする割合が
その分多くなったような気がする。


これは大好きな人から見てもそうなのか
勝手に自分が思ってるだけなのか
それは分からないけど‥。
心の居場所は見つかるのかな

心の居場所は見つかるのかな

よく、本当にいい恋愛をすると
不安でどうしようもないとか
そういうマイナスな感情にさえならない、

というような話を聞いたりする。


じゃあ、大好きな人を好きと自覚してから
もちろん嬉しいとか楽しいとか
幸せという感情もたくさんありながらも、
いつも心のどこかに不安が渦巻いて
とても苦しい気持ちになってるこの恋愛は

いい恋愛ではないってこと?


自分にどれだけ自問自答したって
これという決まった答えは出てこない。


これは自分が個人的に思うことで
誰かがその通りと断言したわけではないけど、

元々その人の心に安定感という基盤や
基礎がしっかり整ってなければ

いくらその恋愛相手が誠実でも
その人に合う人でも、やっぱりどうしても
心の中にあるグラグラした何かを
恋愛を通して自覚してしまうというか‥

「この人は本当に信頼してもいい人?」
「自分はいつも条件つきでしか
家族に認めてもらえなかったけど
この人はどんな自分でも受け入れて
大切に想ってくれるのか‥?」

と、好きになればなるほど
相手を特別な存在として想い続けることに
とてもエネルギーを必要としてしまう。


大好きな人がいてくれるのは
複雑な家庭育ちの自分にとって
色んな面で学びもあったり
こんな素晴らしい世界もあるのかなと
思えるような素敵なこと、

という感謝はずっと持ち続けてる。


だけど、心の中でだけでも
大好きな人に寄りかかったり
支えや救いにしてしまうことは
すごく怖くて、いつも戸惑ってしまう。



大好きな人が仕事でうまくいった時とか
それを「連絡するための用事」と
言っていいのかは分からないけど

そういう時に連絡したりするのも
自分の今の立場ではまだ付き合えてもないのに
していいのかなあと、最近前より考える。


大好きな人は、人と関わるのがあんまり
得意ではないし、心の距離を縮めることは
前々からとても慎重にしてるけど、

たった1回大きく踏み出しすぎたことで
これまでコツコツ積み上げた信頼を
壊してしまうかもしれないというのが
怖くて怖くて仕方ない自分がいる。



別に大好きな人に何かをされたとか
すごく引っかかることがあったとか
そういうのはないけど、

しばらく自分から連絡したり
小さい一歩でも近づくのはやめてみようかな
と考えたりしてる。


たまたま読んだ文章に
「“余白”を作ることが大事」
というのがあって、いくら相手を好きでも
その好きな気持ちで埋め尽くすのは
きっと逆効果で、むしろ意味がないのかもと

思ったのもきっかけかもしれない。


どうしても、早く付き合いたいとか
この曖昧な関係ではなくちゃんと
恋人というカテゴライズをされたいという
焦る気持ちがあるから余計に
色々思い悩んでしまうのもあると思う。


恋愛は、素晴らしいけど難しい。
難しいけど、だからこそ尊い。
ポケットの中身まで監視される怖さ

ポケットの中身まで監視される怖さ

昨日の夜、寝る前になって
すごく怖いなと思ったことがあった。


自分はいつも、大好きな人との
想い出のものや地元の神社のお守りなど
大切なものをまとめてパスケース
(ちょっと小物も入りそうなやつ)に
入れて持ち歩いてる。


寝る時も、ルームウェアのポケットに
普段の服のボトムに入れてるのと
同じように入れてる。


普通に過ごしてる分には
外からは絶対に見えないけど、
昨日は家のことをしてる時に
たまたまポケットの中身が少し見える
姿勢をしてたみたいで、

家族に突然
「ポケットに入れてるのは何?」と
不機嫌そうに問い詰められた‪Σ( ˙꒳​˙ ;)


ここには少し書いてるけど
自分の家庭は複雑で
ざっくばらんに団欒できるような
雰囲気の家族ではなくて、
いつも家族の機嫌や態度に
怯えて暮らしてる。


だから、いきなり厳しい口調で
それを聞かれて恐怖を感じた。


「大事なものをまとめて入れてるだけ」
と短く答えても、まだ納得いかない様子で
「親にも言えないようなものなのか?
何を黙ってコソコソ持ってるのか」
という態度をとられたけど、

そこでベラベラ何かを言ってしまうと
余計に言い訳みたいに聞こえるかなと
思ったのと、そもそも何か他に言えるような
言葉も出てこなかったからもう黙ってた。


寝る前の時間というのもあって
とりあえず昨日は解放されたけど、

普段は見えなくても何かの拍子に
ポケットの中身が見えてしまうこともある

そして少しでも何かが見えてしまえば
やましいことは何もなくても
しつこく問い詰められる

ということを学んだ。


家族は、自分が家族の希望通りに
生きないことを絶対に許さない
という空気感が凄まじい。

だから昨日のことでも
「家族の知らない所で
ENAは何を大切にしてるのか!?
中身を確認するまでは納得できない」
と思ったに違いない。


もちろん、大好きな人との
想い出が詰まった色んなものは
家族には見せられないし
また、自分の意志に反して
見せないといけないものでもないから
見せなかったけど、

自分がこうしてケースに入れて
大切なものを持ち歩いてることを
家族の一人に知られてしまったのは
めんどくさいなぁとすごく思う。


いつからそのポケットの中身を
家族が気にしてたのかは分からなくて
もしかしたら自分が言われたのは昨日でも
それ以前からチェックされてたのかも‥?

そう考えたら怖くて眠れなかった。



大好きな人とは共通項が多くて
日常生活の中で大好きな人の話題を
避けるのは余計にわざとらしいというか
そしたら余計に怪しまれると思う。


だから、流れでその話題になった時は
普通に無難なことだけは言うけど
自分からは家族に批判や非難のネタを
わざわざ提供しないようにしたい。



自分の家でも、ここまであれこれと
気をつけないといけないのはしんどいな。

自分の部屋で過ごせる時間も少ないけど
その時とトイレの中くらいしか
そのケースを出せる機会もないなんて、
家も公共の場所みたいな気がしてくる。


これは恋愛に限った話ではないけど
自分を休ませられる場所、
安心して過ごせる場所がないことに
日々、鬱々としてしまう。
隣が似合う人でいたいから

隣が似合う人でいたいから

去年の自分を振り返る機会があった。

それで思ったことの1つが
「去年ってこんなにアイス食べてた?」
ってこと。苦笑


元々めちゃくちゃ甘党で
運動量も多いから何とかなってたけど
今から振り返ったらそんなに
甘い物毎日でも食べたかったのかー、
とちょっと不思議に思った。


今も甘い物は好き。

でも、今年の夏は今のところ1回も
アイスは食べてないし、
お菓子も前に比べて
本当に食べなくなった。


家にいても、家族の機嫌とか
ビクビクする要素が大きくて
ストレスが多すぎて落ち着いて
何かを食べたりする気分には
なれないというのもとてもあるけど、

大好きな人をどんなに好きでも
去年の途中までは目に見えた進展は
あんまりなかったし、具体的に
大好きな人と会って話すとかも
普段は違う地域に住んでるし難しいよなと
現実として隣で一緒に時間を過ごす
というのはなかなか考えられなかったのが

去年の後半、秋くらいから急に
それまでよりは進展し始めて
大好きな人が帰ってきた時には
地元で会えたりもして、

やっぱり大好きな人の隣にいるのが
似合う人になりたいと改めて思った時に
育った環境やこれまでに抱えてきた
トラウマなど自分で変えられない
どうしようもないことはそれはそれとして

体型とかの自分磨きは
自分で変えられる部分で
努力しだいというのをすごく感じて
意識が変わったな。



アイスを食べなくなった代わりに
このブログでも前に載せた
無印のゼリーを凍らせたやつは
もうずっと常備してある。笑


これなら、甘い物が食べたくなったり
暑くて暑くてどうしようもない時も
1つ15kcalと思うと1つなら気軽に
食べられる気がするから。


夏の間は、家の都合上
自分の時間がほとんどなくなるから
ストレッチや筋トレもほぼできないけど
一番暑い季節以外はサボらずに
毎日頑張っていこうと思うし、

少しでも自分を磨いて
自分に自信を持てるように
自分を好きになれるように
努力していこうと思う。
お参り*想い出のおにぎり

お参り*想い出のおにぎり

前から、行けそうな機会をうかがって
地元の神社に時々お参りに行ってるけど、

最近特に恋愛のことで
モヤモヤすることが多くて
早めにまたお参りに行けたらと考えてて、

元々自分の予定を入れるのが
とても難しい環境にあるから
もう今日行かなかったら今月は
行けそうにないかもしれないと思って
今日行けて本当に良かった!


すごく暑かったけど天気も良かったし
自分にとって特に思い入れが強い
その神社にお参りできて、
ちょっと心のモヤモヤが
少なくなったような気がした。


恋愛の悩みがあるのはしんどいけど、
そういう時にお参りできる神社が
地元にあることはとても幸せ。

有り難く思わないといけないな。



大好きな人が働いてる支社がある町に
住んでる知り合いから少し前に
大好きな人の職種に関係する写真の
チェキをもらって、それが気に入って

スマホの裏に入れようと思ったけど
そのものを入れてしまうともし万が一
汚れたり傷ついたりした時に
困るな‥と考えて、チェキをチェキくらいの
サイズになるように複製して

いかにもチェキそのものかのように
入れることにして‥笑、

その神社の最寄り駅の近くの
コンビニでプリントできて良かった。


その職種関係に昔から自分は興味があって
中にはそれを笑う人もいたけど
自分はずっとその職種を好きでいて
良かったなと思う。


自分自身は今のところその分野で
生活できてるわけでもないし
ただ“その分野を昔から好き”なだけ。


それでも、好きなことをずっと
家族に遠慮しながら
時には罵倒されながらでも
好きでい続けたからこそ、

大好きな人が働いてる支社との
繋がりもできたし、大好きな人と
ここまで心の距離を縮めることも
できたような気がしてる。



その帰りに、大好きな人と会えた日も
寄った場所でまた同じように
おにぎりを食べて、お茶を飲んできた。


あの日は辛子明太子と梅わかめ。

でも今日は梅わかめがないみたいで
初めて牛めしにしてみた。


座ってた席は違うけど、
あの日と同じ場所にいると
あの日のことを改めて色々と
想い出して、心が励まされた!


家のことで身動きが取りづらい日々。

そうやって家族のために頑張ってても
容赦なく傷つけられたり脅されたり、
いつしか心のバランスを崩してしまった。


それでも、大好きな人とあの日の
少し前から会う日にちや時間を
こっそり相談して決めて、

家族には知られないように
知り合いにも知られないように
何でもない顔をして
大好きな人と会うために出かけた。


出かけた、といっても大好きな人の
帰省中で、すごく慣れてるいつもの
場所での待ち合わせ。


それでも心臓が飛び出るくらい緊張して
そして心が空まで届くほど幸せで
本当に嬉しくて生きてて良かったなと
感動して震えるくらい泣きそうになった。


今日、あの日と同じように
同じ場所でおにぎりを食べながら
そんな幸せな日をまた積み重ねるために
生きていかないといけないと思った。
大好きな人が書いた「えな」

大好きな人が書いた「えな」

家族には何とかうまくごまかしながら
こっそり受け取った郵便物。


実際に言葉として音に出しては
「えな」と呼ばれたことはまだないけど、
文字として書かれたその字を何回も見る。


自分の日々の生活を考えたら
この恋愛が少しずつでも進展して
ちょっと前まで「これを叶えたい」と
思ってることが着実に叶っていってるのは
それだけでも本当に特別で
奇跡なのかもな、と思う。


恋愛のことで、どんなに嬉しいことが
あっても家族の前では何もなかったように
淡々と家事をして、個人的なことは
黙って過ごしてるけど、心の中では
大げさではなく生きる支えになってる。


郵便物一つでこんなに家族からは
干渉されてまるで何か悪いことを
してるかのように追い詰められるけど、

考えたら自分は何も悪いことなんか
してないし堂々としてればいい。


わざわざ家族に邪魔されるような
自己開示をする必要はないけど、

この恋愛を守るためにうまく立ち回って
夢が叶うように頑張ろうと思う。
世界が違うのかなと思ったり

世界が違うのかなと思ったり

世界が違う、って
札束持って歩いてるとか
相手が超がつく有名人とか
そういう意味ではなくて、

複雑な家庭に育って
今も安全を必死に保ちながら
自分を抑え込んで何とか日々を
生き抜いてる自分と

幸せな家庭に育って
今、仕事では大変な時もあるとは
思うけど自分の心や体を休める時間も
ごく普通にとれるという余裕がある
大好きな人は、人として違う世界に
生きてる者同士なのかなと
考えてしまう時がある。



心の中では恋愛に寄りかかってしまってても
それを大好きな人本人や
周りの人たちには見せないように
過ごしてるのは前も今も変わらないし、

「〜の用事があったから」と
普通に言えるような用事がある時しか
連絡もしないようにずっと気をつけてる。


本当はもっと普段から連絡を
取ってもいいのかなと思う時もあるけど、
徐々に距離を縮めていく方が
相手の精神的な負担にもならずに
信用してもらえるかなと考えて
意識してずっとそうしてる。


つい連絡したくなる時も
正直たくさんあるけど‥、

たぶん大好きな人は自分のペースを
大事にする人で、そこを崩した時点で
「この人は自分の恋人にはないな」と
判断しそうな気がするし

これまでずっと慎重に頑張ってきたのが
たった1回のその言動で
その長年の積み重ねが壊れてしまうかもと
考えると、更に慎重になる。



自分の目の前で「親が、兄弟が」と
家族の話ばっかりするわけではないし
会話の多くが家族の話とか
そういうことも全然ないけど、

ふとした時に「大好きな人はすごく
愛されて育ってきた人」と
実感する瞬間がある。


それは前からあったし、
自分が実際に複雑な家庭で育って
それがどれだけ大変でしんどいかを
本当によく知ってるから、

大好きな人がそういうふうに
苦しんで育ってきてなくて
それは心から良かったと思ってる。

そう思うのも、前から変わらない。


むしろ、大好きな人は
実家に対していいイメージがあるからこそ
今仕事で違う地域に住んでても
地元への想いも強いのかなと思うし、

幸せな環境で育つことは
その本人には選べないからこそ
大好きな人がその部分で
恵まれた星のもとに生まれてきて
本当に良かった。


ただ、今、特に自分が
苦しいなと感じてるのは
今現在の生活についてのことで。


自分の場合は、基本的に朝起きた時から
夜寝る時まで、本当の意味で自分の
時間というのはゼロに近い。


トイレやお風呂にいる時間は
誰の目にも触れないという意味では
気を抜けるかもしれないけど、

普段から時間に追われて過ごしてるから
トイレだってお風呂だって
そんな長時間いられない。


遠出とかは色んな面でなかなか
難しい人は自分以外にもそれなりに
いるかもしれないけど、

家にいてできるはずのことでさえも
今の状況ではかなり我慢して暮らしてる。


おそらく、そこまで多方面に我慢を
強いられてる自分の生活の方に
問題があって、大好きな人が
好き放題自由気ままに奔放に
過ごしてるわけでもないのに

すごく自由な人みたいに感じてる
自分がよっぽど普段から
締め付けが多い日常を過ごしてるだけ
なのかもしれないけど、

大好きな人の何気ない行動や
人づてに聞いたことなどから
今の自分から見たら
天国のような暮らしをしてる人のように
思ってしまって、そこからずっと

大好きな人に対しても含めて人前では
全く見せてないけど
自分の中ではずっとモヤモヤしてる。



本当に、実際には全然
大好きな人が豪遊してるとか
めちゃくちゃ贅沢してるとか
ありえないほど自由とかではなくて、

たぶん本来なら人として
ごく普通な暮らしをしてるだけで

自分に自由がなさすぎるせいで
そういう歪んだ感覚になってるだけ‥

分かってても、やっぱり心の中では
日々の生活の違いを感じすぎて、
とてもしんどくて自分が人として
ものすごく下の立場にいるような
気持ちになってしまう。


このブログにはいつでも本音を
残したいと思うし、自分自身も
そうすることですごく心の支えに
してるから書いたけど、

何かうまく言葉にならないな‥。
決してすがりつかないように

決してすがりつかないように

自分自身、自尊心を持てない環境で
育ってきたのもたぶんあるし、

自分に存在価値があるとはなかなか
思えないというスタート地点から始まって
恋愛するというのはかなり難易度が高い。


そして、相手を好きであればあるほど
全ての言動が慎重になる。

思いきって行動を起こしたら起こしたで
その後、これで良かったのかと考えて
もっといい方法があったのかもと
今更反省してしまったりもする。


1回してしまった行動を
元に戻すことはできないから
大事な場面では特に慎重になるのは
仕方ないとは思うけど、

怖いなと考え始めると
何の行動も起こせないとなると
何も進展できないということになるから‥

ものすごく勇気を出して
行動を起こしてる。


何もしなければ
何かを怖がらなくてもいいし
相手の反応を気にすることもないけど、

やっぱり大好きな人と付き合いたいし
大好きな人と一緒に生きていきたいから、

それに元々努力ではどうしようもない
大きなハードルがある以上は
その分も更に頑張らないといけないと思う。



あと、自分が特に最近更に気をつけてるのは
絶対に恋愛に(というか大好きな人に)
すがりつかないようにしよう、って。


どっちが先に好きになったとか
どっちが性格的にリードしてるとか
色んな状況はそれぞれあると思うけど、

人と人は対等で、どっちかがすがりついて
相手に対してへりくだりすぎる関係性は
健全ではないし、長くいい関係でいるのは
たぶん難しいと考えてしまうから。


大好きな人の性格やその時の気持ち、
状況を考えて慎重に動いたり
気配りや配慮をするのは大切。


だけど、へりくだりすぎて
「こんな自分が」とか自分をわざわざ
自分から存在を下げるようなことをしたり

相手を神様みたいに崇めるのは違う。


違うというか‥人によって考えはそれぞれで
その2人がそれでいいならいいけど、

自分は同じ目線で大好きな人と
向き合える人でいたいから

自分の自信のなさをなくすために
自分の努力でどうにかできうることは
できるだけ頑張っていこうと思ってる。



焦る気持ちや悩みはいつも心にあるけど、
どうしても叶えたいから頑張る!



写真は去年の夏に
送りたい物があってそれを送る時に
大好きな人に書いた手紙。

あれから比べたら今は進展できてる、
その事実が自分の心を支えてくれてる。
自由がない中で思うこと

自由がない中で思うこと

大好きな人が働いてる支社関係の
知り合いから久しぶりに連絡があった。

この知り合いは、支社関係の人たち
全員友達なのかと思うほどの勢いで
社交的な人。


自分はその支社がある町から遠くに
住んでるのもあって、支社関係の人たちと
会える機会はなかなかないのに対して
この知り合いはその支社がある町に
住んでるからというのを差し引いても、

本当に仲良くしてる人の範囲が広い。



性格そのものはいい人で
しばらく連絡をとってなくても
元気かなと思った頃に向こうから
連絡が来たりするから、

仲良くしたいなと思う人と
その関係を継続させるのがうまい
という印象もある。


知り合いと話してる中で
「そういえば、前に〇〇(大好きな人)と
ENAの話になった時に『ENAはよく
〇〇のことを話題にしてるよ』って
言ったら〇〇めちゃくちゃ喜んでた」
とさらっと言われた。


支社関係の知り合いとは
大好きな人に限らず支社とその界隈の
人間関係の話題が主で、

だからたくさんの話題がある中で
〇〇!〇〇!と大好きな人の名前ばっかり
話題に出してるとかではないけど、

その支社がある町出身の人が多い
そのコミュニティの中では
“小さい頃からその職種に興味があって
この支社の人たちと繋がりが深い他県の人”
というのはかなり少人数派で、

支社で働いてる人にはその支社が
ある県以外の出身の社員もいるけど、
そのコミュニティの中で同じ県
となるとかなり限られるのもあって、

有り難いことにそのコミュニティ内では
〇〇(大好きな人)といえばENA
△△県(地元の県)といえば〇〇とENA
というイメージが強いらしい。


だから、自分が大好きな人を
話題に出しても全然怪しまれない
環境ではあると思う。

名前を出したからといって
恋愛感情を持ってるのかなとか
特別な想いがあってその話題を選んでる
とはたぶん思われない感じで。



その顔がめちゃくちゃ広い知り合いが
たくさんの友達がいても
遠くに住む自分を気にかけてくれたり
仲良くしてくれるのは本当に有り難いけど

その知り合いと話してる時に
「ENAも家のことでなかなか
自分のしたいことはできないみたいだけど
〇〇がいてくれるのが本当に
心の支えになってるみたいだよ」と
大好きな人に話した、と言ってて

自分が知らないところで
大好きな人にとって自分が重い人に
なってないか心配に思ってしまった。



これは自分も安易に言ってしまったと
今はすごく反省してるけど、
この知り合いがそこまでめちゃくちゃ
顔が広くて個人的な話はしない方がいい人
というのをまだ今ほど分かってなかった頃

「自分の家族は自分の趣味や
好きなことに関してめちゃくちゃ理解が
あるわけではないから大変な時もある」
「どっちかと言うと、親の価値観に
子どもを押しつけることに対して
何も思わないタイプ」
という話をしてしまったことがあった。


家族の考えや性格に関係なく
何か助け合わないといけない状況にあって
家族最優先に過ごさないといけない
というのは誰もが起こりうる
(起こったら困るけど)状態なのに対して

家族の考えや性格そのものに難がある
と思われた場合、恋愛においては
確実にマイナスになってしまうなと
自分は日々それに気をつけて過ごしてて、

その知り合いもそういうマイナスな
感じには自分の置かれた環境の話は
してないと思うからまだ良かったけど、

やっとこんなに大好きと思える人に
出会えたのに重いとか面倒とか
思われる要素を自分の知らないところで
植え付けられるのはしんどいなって。


複雑な家庭育ちの人に
心の支えにされたらややこしいとか
思う人もきっといると思う。

というか、その方がたぶん多い。


自分は自分自身がそういう家庭育ちゆえに
そんな複雑な中で社会にそれなりに
表面だけでも順応して生きていくことが
どれだけ大変なのかも分かるけど、

幸せな家庭育ちの子にとっては
わざわざそういう人と関わろうとか
ましてや恋愛しようなんて
きっとなかなか思えないと思う。


知り合いが「ENAは〇〇をすごく
心の支えにしてると思う、
心の拠り所なんじゃないかな」と言った時
大好きな人はどう思ったかな‥。


大好きな人は、ENAの家族の状況上
自分が家族を支えないといけないから
ENAは家族を最優先して個人的なことは
我慢して過ごしてる、
とだけたぶん思ってて

家庭そのものが複雑とは知らないから
まだ良かったなとはすごく考えてる。




自分にとっては、黙って家のことを
こなしながら唯一の希望のように
この恋愛を大切にしてるけど、

恋愛は人の心や気持ちによって
大きく影響されるもので
自分がどんなに歯を食いしばって
日常に耐えたからといって
その恋愛がうまくいくと
保証されてるわけではないとも思う。


大好きな人と直接話したり
やりとりしたりはそんなしょっちゅうは
できないけど、間接的に
大好きな人の話を聞くこともある。


そんな時に、大好きな人と自分の
今の生活の違いを感じてしまう時がある。


大好きな人は、ずっと目指してきた
仕事に就いて、休日も家で自分のペースで
ゆっくり心を休ませることもできるし

自分がこうしたいというのを元に
生活を創っていくことができる。


それに対して自分は
自分の都合での外出は基本的に無理、
もし行けたとしてもごく近場に
時間に追われながら最低限の用事のみ
何とか済ませて必死に急いで帰る、

生活も全て家族のペースに自分を
無理やり押し込めて
何とか生きてる感じ。


大好きな人をどんなに大好きでも
大好きな人の日常は自分には眩しくて

分単位で家族のために時間に追われて
自分のことは全部後回しにして
生きてる自分とは大きく違うなと

そう感じてしまうことが、とても辛い。



大好きな人は、自分より時間的に
自由があっても、そもそも元々が
恋愛体質ではないように感じるし
いつも誰かとはっちゃけてるような
そういうタイプではないと思うけど、

自分はある意味世間から常に
線を引かれた別世界で生きてるのに対して
大好きな人は、自分より自由な中で
生きてると思うと、こんなに相手を
ひたすら想って過ごしてるのは
自分だけなのかなと不安になる。
身に着けてくれてた♡

身に着けてくれてた♡

大好きな人は、普段からあんまり
「前にもらったこれ使ってるよ」とか
言うタイプではない。


自分はどっちかというと伝えるけど、

本当に嬉しいから伝えてるんではなく
こう言っといたら相手に好印象を
与えられるから、というような理由で
恋愛テクニックの1つとしてそう言う人も
いるのかもしれないと思うと、

積極的に伝えてくれるからいい
というようなもんでもない気がして
計算でそうしてくれるくらいなら
何も言わずに黙って使ってくれる方が
個人的には印象がいい。


人間不信すぎるかもしれないけど、
言葉では何とでも言えるから
行動も伴ってないと言葉だけで
信じるのは難しいかなと思うし‥。



でも、昨日たまたま大好きな人の
仕事関係の人が撮った写真の
見やすい所に写ってた大好きな人が
自分が前にあげた物を身に着けてくれてて
本当に幸せに思えたし、
すごく嬉しくなった♡


仕事関係で、仕事関連の場に行った時に
その仕事メンバーが撮ったみたいで
その1枚の写真に結構な人数が写ってて、

大好きな人はだいたい後ろ側とか
よく探さないと分からない所にいることが
多いから今日もそうかなと見てたら

珍しくすごく分かりやすい位置にいた。


全身が見やすかったから気づけたけど
自分があげた物を普段から
使ってくれてると知って本当に嬉しくて
とても幸せな気持ちになってる(*´꒳`*)



あげてからその物の話をしてくることは
向こうからもなかったし、こっちからも
あげた物をあんまり使ってねアピール
するのもおかしいし(というかできない)
全然その話題になったこともなかったけど

何も言わなくても日常の中で
愛用してくれてるというのが分かって、

自分は自分に自信を持つのがすごく
苦手ではあるけど、心の中でいつも
大好きな人がそれを身に着けてくれてる
姿を思い浮かべながら、自信を持って
恋愛も他のことも頑張れるようにしようと
改めて思った。



恋愛の話は、実生活の人たちには
誰にもしてないから、ここでだけしか
この話はできないけど、違う地域に
暮らしてても大好きな人の生活の中に
自分が少しでもいるのかなと思えることを
本当に幸せに思うし、有り難いなって。


たぶん、ごく普通に見たら
ただ仕事関係の人たちが集まって
仕事関連の場で撮った写真が、

自分には特別幸せな写真になるのも
恋愛ってすごいなと思ったりする。