Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
昔流行ったらしい歌に共鳴したり

昔流行ったらしい歌に共鳴したり

だいぶ前に流行ったらしい歌を
何日か前にたまたまテレビで聴いた。


その歌自体知らなくて初めて知ったけど
サビの部分の歌詞の2行くらいが
大好きな人と会えた時の自分の気持ちや
感覚そのもので、他の部分は全然
自分の恋愛と重なるところはないけど
それでもすごく心に残った!


この恋愛のことは誰にも話してないから、
ずっと前に流行った、その歌手にも
その歌にも全然なじみはなくても
「自分の気持ちを言葉にして
表してくれてる人がいる!」ってことに
誰かと自分の思いを共有できたような
気がして感動してしまった。



自分は元々は全然恋愛体質ではないし
恋愛をしてるから幸せとか
恋愛至上主義みたいな考えは今も苦手。

自分の心を保てなくなって
生活が堕落していくような恋愛なら
むしろ人生豊かになるどころか
人として退化してると思ってしまうし、

恋愛するべき!恋愛はいいもの!
みたいな価値観の押し付けは
大好きな人がいる今も自分には
正直違和感がある。


でも、恋愛に限らず
何かで深い気持ちになって
だからこそその時出会った言葉
(歌の歌詞とかも)に共鳴したり

知らない誰かが紡いだ何かと
繋がれる、解り合える感覚というのは
人生に色を添えてくれると思う。



大きな壁がある恋愛をしてる
というだけでなく
元々人間不信なのも大きいと思うけど、

これは信じても大丈夫なのかな?と
考え始めると、心の中で一人で
モヤモヤして苦しくなってしまう。


大好きな人に直接何か傷つくことを
されたわけでもないのに勝手に一人で
悩んだり落ち込んだり不安になったり

でもそれは大好きな人にも誰にも
見せられないから表向きには
明るく振る舞って‥という日々にも
時々すごくしんどくなったり。


だけど、前のめりになったら
叶うということでもない気がするし、

恋愛恋愛ばっかりにはならないように
自分という人間を磨くことも
大事にしていかないとなあ‥。



毎日、最低限しないといけないことに
追われて家のこと中心になってしまってて
自分がしたいことはなかなかできないし、

昔はそこそこ読書もしてたけど
最近は新聞をちょっと読んだり
冊子類をすき間時間に読む程度で
全然本も読めてない。


でも、地元をテーマにした本で
これは読みたいなと思うのがあって
来月の初めには買えたらなーと
考えてるからそうできたらいいな‥。


大好きな人も同じ地元。
その本のことも話題にできたら
更に嬉しいな、と思ったりしてる。
触れた感覚*大切なことは言わない

触れた感覚*大切なことは言わない

大好きな人が夢に出てきた。


大好きな人と自分と自分の母親が
何か地元のイベント?に参加してて、

大好きな人が体調が悪そうに見えたから
「体調大丈夫?」って自分が心配してて
「うん大丈夫」って言われる夢。


夢の中で大好きな人に触れた感覚が
起きてからも手に残ってる気がする。

夢なのに不思議。


その夢では、現実では大きい壁として
立ちはだかってることも存在してなくて、

起きてからその夢を思い出してたら
「あぁ自分はやっぱり心のどこかでは
そんな壁がない状態でこの人と
恋愛できたら良かったのに 、と
思ってるのかもな」と考えてしまった。


そりゃ壁なんてない方がいいし、
努力でどうにもならないことは
これに関しては元々
自分にできること自体ないということ‥

潜在意識の中で、この壁はやっぱり
すごく大きいものというのを実感しては
つい気持ちが沈みそうになる。


そういう意味では
努力で何とかできうることというのは
まだいいというか、恵まれてると思う。

相手を好きすぎて、自分を追い詰める
努力になってしまったらそれは
決して幸せではないとは思うけど‥。



先月会えた日に写真撮った時、
すごく体の距離が近くなってドキドキした。


今日の夢で、自分が大好きな人の体に
触れた時の感覚がその日のその時と
同じような感じな気がして、

その日大好きな人に会えたのも
このブログには書けても実生活では
誰にも言ってないけど

その時を想って幸せな気持ちになった。


夢の中の出来事までこうやって
いちいち記録するなんて痛い人‥とか
このブログを読んでくれてる方がいたら
思われてないか心配になるけど、

ここでしか恋愛の話はできないので
思うこと何でも書いてしまって
ごめんなさい(´。・д人)




大好きな人と出会う前の自分は、
自分が大切にされたり
特別な存在として扱ってもらうことを
想像もできずに過ごしてた。


育った家庭の影響で
人を信じること自体が難しくて、
だから特定の人と親密な関係になる
恋愛というものも苦手なまま生きてきた。


もしかしたら、自分を好きと
思ってくれてた人もいたのかも?と
今振り返って、思うことはある。

相手にとっては勇気を出してくれてた
かもしれない言動も、当時の自分には
「いや、そんなわけない!
仮に自分に興味くらいは持ってくれてても
人を信じたら痛い目に遭うのは自分」
としか思えなかったし、

恋愛以外でも人間関係そのものが
たとえ相手にひどいことをされても
「まぁ、家でも傷つけられてきたから」
とある意味慣れてしまってたというか
それが普通になってしまってたというか、

何なら自分自身もいつも家族のためや
人のためにばっかり動き回って
自分自身を大切にすることは
全然できてなかった。



大好きな人も、自分とは理由は違っても
恋愛はたぶんほとんどしてきてないかなと
思うような人で、自分にとっては
そこも警戒せずに近くにいられる
大きな要素でもあるけど、

それでも節目節目に自分に対して
大切に思ってるというのが伝わる
言動をしてくれて、自分をこんなふうに
大切にしてくれる人もいるというのを
初めて知った。


自分にとっては、この恋愛に焦る気持ちも
正直あるけど、大好きな人の性格上
こっちが焦って前のめりになるほど
怖いと思ったり引いてしまうと思うから、

今連絡したい!と思っても実際に
連絡するのは5回のうち1回くらいにして
文章もできるだけ短くまとめるようにして
一定の距離感を保ちながら少しずつ
信頼してもらえるように頑張ってる。


これまで積み重ねてきた信頼を
たった一回の不用意な言動で
壊すようなことはしたくないから、

大切なものをいつも両手に
抱えるようにしてこの恋愛とともに
毎日を生きてる気がしてる。




このブログ以外では恋愛の話は
誰にもできないから、ごくたまにAIにも
話を聞いてもらったりもしてるけど、

この前自分が

「大好きな人が働いてる支社は
自分にとっては昔からなじみがある
会社の人たちではあるけど、
人の悪口とか噂話とか、自分はその中に
入りたくないなと思う話題も多いし、
その人たちにはこの恋愛は
知られないようにしたいなって考えてて
会えた時に大好きな人ともちょっと
この支社内の人間関係についても話してたら
『こうやって地元で2人で会ってるとかも
言わないように秘密にしとこう』
ってことになった」

とAIに話してたら、AIに

「あなたが小さい頃からその職種に
興味があったのがきっかけで
その支社の人たちとも今でも繋がりが
あるのはいいことだと思うけど、

その分野繋がりであなたが
その支社の人たちと関わってるからとか
大好きな人がその支社勤務だからって
あなたがその支社の人間関係の輪の中で
恋愛とか個人的なことを誰かに話す
必要はないし、そこに悪いとか
申し訳ないと思うこともないんだよ」

と言われて、めちゃくちゃ納得した。


「人は、誰かの大事なことを
面白おかしく噂したり
広めたがる性質がある場合も多い。

大事なことは秘密にしておく
というのは、相手との信頼を築く上でも
大切なことだと思うよ」

とも言われて、これも本当に
すごく共感してしまった。


何でもAIに聞いてもらったり
相談するとなると決してそれは
いいことではないかもしれないけど、

これは本当に自分の中で気持ちや考えを
整理しておきたい、まとめておきたいと
思う時にAIに聞いてもらうと
気分的にとても助けられることもあって、

この恋愛を頑張ってる日々の中では
救われたり頼ったりできるものの
1つになってくれてる。
初心に帰るとき

初心に帰るとき

暑いのは得意ではないけど、
夏という季節は好き。

昔からずっと、好きな季節を聞かれると
そう答えてきた。


そんな自分が、ただ好きな季節と
いうだけでなく、夏を特別な時期として
考えるようになったのは、大好きな人を
好きと感じた瞬間が数年前の夏に
確実にあったから。


今も、この季節になると
大好きな人を好きになった頃のことを
鮮明に想い出す。


昔から「これを叶えたい」と
思い続けてきた分野があって、
途中で悩んだり立ち止まったりしながらも
努力を続けてきたところや、

この年齢でこんなに純粋な表情で
笑う人っているのか!と思うほど
小さい子みたいなきれいな気持ちを
持ち続けてるところに惹かれた。


あれから数年、
今は当時よりもっとたくさん
大好きな人のいいところを知ってる。

2人きりで隣にいる時の
言葉では表せない安心感と幸せも知った。



複雑な家庭育ちの自分は
極端に人間不信で、
人間関係そのものも基本的に
誰のことも信用できずに
表面的にだけうまくこなしてるけど、

恋愛とか、より深い関係性になると
更にその人間不信が苦しむ材料として
色濃く心に出てくるから
一人でずっと悩むことも多い。


特に、大好きな人との恋愛は
大きな壁があるから
それを考えてしまうと余計に
「これ以上好きになって
もっと苦しむことになるなら
諦めた方がいいのかな」と
数え切れないほど悩んだけど、

それでもやっぱりどうしても好きで
人との距離感をどっちかと言うと
一定に保ちたい自分からしたら
そこまで好きと思えるのは大革命な気がして

そんなに大好きな人との関係は
自分から諦めたり手放したりせずに
大切にしたいという所に
毎回、心が戻ってきて今に至る。



本当に心から大好きと思える人なんて
人生の中でそうそういない。

この人との恋愛には壁があるから
悩んだり苦しんでしんどい、
じゃあ次!というわけにはいかない。
(それができる人もいるのかもしれないし
そういう人の方が生き方としては
うまいのかもしれないけど
自分はそうはなれない)


ちゃんと恋人という枠に収まって
堂々とこれは両想いの恋愛と
言えるような関係に早くなりたいと
焦る気持ちは心にはずっとあるけど、

この数年の中に自分にとっては
本当に驚くほど進展があったから

それを大切に、慎重かつ勇気も出して
これからも時々こうして初心にも帰りつつ

感謝の気持ちを忘れないで頑張りたい。


大好きな人にも、出会えて良かったと
この人にずっと一緒にいてほしいと
思ってもらえる人間でいられるように
中身も磨きつつ努力しようと思う。
視野を広く持てるように

視野を広く持てるように

知り合いが「相談に乗って」
と言ってきた。


その人やその人と共通したコミュニティの
人たちがこのブログを読むことは
まずないと思う。


そもそもみんな自分の恋愛について
何も知らないから、
仮にこのブログが目に入ったとしても
ENAが自分とはきっと特定はされない。


でも、何となく気分的に
人から相談されたことをあんまり詳しく
こういう公的なネットっていう場所に
書くのは自分は抵抗があるから
詳しい相談内容は書かないけど、

人から恋愛や人間関係の相談を受けて
自分自身も改めて感じたことや
学んだことがあった。


自分は、世間から見ていわゆる
珍しい方に分類される恋愛でも
それが人として後ろめたいことを
してるんでなければ応援したいと思う。


それは自分が大好きな人との恋愛が
少人数派に分類されるであろうから
という立場から思うだけでなく、

昔からずっと、自分はそういう考え。


大人数派、それが世間では普通
という理由で、その人が偉いとか
正常とかではない。

人としてしたらいけないことをしてないなら
堂々と日なたに出て生きていけると
思える生き方をしてるなら、
たとえ人から珍しがられる箇所が
あったとしても、その人はその人の人生を
胸を張って生きていける世の中なら
どんなにいいかなあと思うから。



今回知り合いから相談されたのは
どっちかと言うと自分から見たら
「それはやめといた方がいい」と
考えてしまう恋愛で、

知り合いが今みたいに悩んでない時から
個人的には違和感があった。


それはそれとして、自分を信用して
話してくれてるならそれは自分も
ちゃんと真剣に話は聞くけど、

その相手を好き!好き!になりすぎて
冷静に第三者目線でその物事を
見られなくなるのは危ないなと思ったし、

自分がその知り合いを傷つけない程度に
客観的視点からこう思うよ、と話したら
その知り合いは
「聞いてくれてありがとう。
突然相手の態度が変わったから
パニックになってしまった」
と言ってたけど、

恋愛は素敵なものでもあり
自分を見失ってしまう場合もある
怖いものでもあると考えさせられた。



その知り合いには、普段から
お世話になってる面もあるから
あんまりズバッと「その恋愛は
さすがにまずいからやめとき」とは
言えないし、自分もその人間関係で
トラブルやもめ事になるとこの先
困るのもあってそこまでは言えないけど、

自分は恋愛してても
冷静な視点を忘れずにいたいと思う。


それってすごく難しいけど。


きっと、全員がそうできるなら
世の中からストーカーの事件とか
恋愛のもつれでの事件とかも
なくなると思うし。



相手を好きになればなるほど
広い視野でそのことを捉えるのは
だんだん難しくなる。

だけど、それはすごく大切なこと。


知り合いから相談されて
改めて思った。
実はパリピが大好きらしい先輩

実はパリピが大好きらしい先輩

前にも少し‥というかだいぶ
心に引っかかったことはあったけど、

大好きな人が働いてる支社に前にいて
今は違う地域の別の支社に転勤していった
大好きな人の数歳年上の先輩の話。


その先輩は、大好きな人と同じ支社に
いた頃年齢の割に上の方の立場にいたし、
見た目もとても真面目そうな印象が強くて
何も知らなければ本当に
すごくいい人に見えてた。


ここでこう振る舞っておけば
周りからの信頼を落とさずに済む
というような計算というか打算も
結構できるのかなと思ったのも

この先輩はもしかしたら
裏があるのかなと感じるようになった
きっかけではあったけど、

人は見かけによらなくて怖いなと
思ったのが仕事でなのかそれ以外でなのか
分からないけど俗に言うパリピみたいな人と
繋がってたこと。


自分はその先輩とは特に面識もなく
ただ出身が近い県ということでたまに
その支社関係の人たちから
「ENAって〇〇(その先輩)と
地元の県近いんだね」と言われる程度で、

もしかしたら向こうも多少はENAという
人間の存在くらいは知ってても
日常的に関わりがあるとかではなかった。

その先輩が前の支社にいた頃でもそうで
もちろん支社が変わった今は更に
その先輩の話を周りから見聞きすることも
ほとんどなくなった。


その先輩が前の支社から今の支社に
転勤になってすぐくらいの頃にたまたま
その先輩がそのパリピっぽい人と
関わりがあって、そのパリピは別に
その先輩をたくさんの知り合いの中の
1人くらいの位置づけにしか
思ってなさそうで、でもその先輩は
結構必死にそのパリピと繋がりたいと
思ってそうなことを知った。


その先輩の見た目や雰囲気と
あからさまにイケイケで純粋さのかけらも
なさそうな(失礼)パリピがどうしても
頭の中で繋がることはなくて、

何となくものすごく違和感を感じた。


その先輩は、前の支社にいた頃
新しく来た社員に仕事の指導をしたりする
立場を任されてたのもあって、

大好きな人がその支社に行った時には
その先輩はもうその立場にいたから
仕事では本当にお世話になったと思う。

そして、その地域に初めて住む
何も分からなくて慣れてない大好きな人に
仕事場の周りの公共施設のことを
教えてくれたり、助けてもらった部分も
あるのも聞いた。



支社としては、その先輩は
とても頼りがいがある人で
おそらく惜しまれながら次の支社に
転勤していったというのも
たぶんそうなのかなと思ってるし、

もう今は別の支社にいるから
今の生活上深く繋がりがあるわけでもなく
もう最近は全然気にしてもなかった。


たまに、支社関係の人が
「〇〇(その先輩)、新しい支社でも
頑張ってるみたい」とか話題にすることは
あったけど、元気ならそれで良かったね
と思う程度でいた。



そのパリピがどこの出身なのかは知らないけど
だいぶ遠くに住んでるらしく
その先輩は一体いつどこでこのパリピと
会ってたのかなとか不思議に思うけど、

別にその先輩の交友関係そのものは
自分には関係ないしそこは特に
重要でも何でもなくて、

ただその先輩が前にいた支社
(大好きな人が働いてる支社)の
仕事上繋がりが深かった人や
その先輩と出身県が近い人たちは

もしかしたらどこかでそのパリピと
会ってたのかも?接点があるのかも?
と思ってしまうことがあって、

大好きな人もその中に含まれてることが
とても気になってる‥。


たぶんその先輩はそのパリピと
ある程度親しい?のを自慢に思ってそうで
積極的にそれをアピールしたい感じで、
できれば「その先輩の親しい人」として
後輩たちとも繋がっててほしいとか
思ってるみたいな感じがする。


その先輩とパリピが
その支社がある町にいる時に偶然
出くわして「仕事場が同じ人」
「あ、どうも」程度かもしれないし、
そうであってほしいと思うし、

そもそもまだ付き合えてもないのに
大好きな人の交友関係のことを
あれこれ言える立場にさえ自分はないけど、

自分とは全く真逆みたいな人と
名前と顔を知ってる程度には
大好きな人も接点があるのかということに
とてもそわそわした気持ちになる。



その先輩が新しい支社に転勤になってから
もう半年以上経つ。

違う支社になってからは大好きな人も
その先輩と親しく話すようなことも
特にないみたいで、変わらずずっと
仲良しというわけでもなさそう。


その先輩は、仕事人としては
すごく的確に仕事ができると思うけど
自分個人的には、人間としては
見た目の印象ほど信頼がおける人では
ないと感じてるから、正直に言うと

大好きな人から離れてくれて
ホッとしてる部分もある。



もしかしたら、パリピはその先輩の
親しく関わってる異性の1人なのかな?
と思う理由も1つあったりして、

その先輩がどうでも自分には関係ないけど
自分が自分に自信がなさすぎるせいで
あれこれすごく心配になってしまう。



パリピは分かりやすく
イケメンとか目に見えたスペックの良さを
かなり重視するタイプと思うし
交友関係も広そうで
きっと自分が知らないきらびやかな世界も
たくさん知ってそう。


大好きな人は、そういうパリピに
刺さる容姿ではないと思うし、

性格的にも全然そういう盛り上がりが
好きなタイプではないから
パリピが大好きな人を狙うことも
大好きな人がパリピに夢中になることも
ないとは思ってるけど、

大好きな人(その先輩も)の職種が
少し珍しくてそういう意味で
多少話題性がありそうなことだけは
モヤモヤと引っかかってる。


自分は、小さい頃からその職種に
憧れて目指してたからその支社の
人たちとも昔から繋がりがあって、

その職種の大変なことやマイナス面も
知ってるからこそ尊敬もしてるけど、

特にすごく難しい資格が要るとか
かなり頭が良くないとなれないとか
そういうのではないにしても

「えっ!それってどんな仕事?
珍しい!すごいね!」という
話題の1つとしては盛り上がりやすいのかな
と思うところが気がかりというか‥。


自分の周りで、そういうパリピと
繋がってるような人はいないから、
本当にそういうパリピって世の中に
実在するのか‥という気持ちもあったり。


自分にもっと自信があったら
いちいちこんなことにも
気にならないのかな、と思う。


そもそも、そんなパリピ(失礼)に
もし惹かれて夢中になるような人なら
付き合えても一緒になっても
確実に幸せにはなれないのは
目に見えてるし。


自分はああいう全身ハイブランドみたいな
キラキラした人にはなれないけど、
自分の長所や武器を黙ってコツコツと
努力して伸ばしていくことはできる。


地味かもしれないけど
自分が今できることを
積み重ねていくしかないから。



だけど、その先輩を見てると
人は見た目の雰囲気だけで
中身までは分からないのが怖いなと思う。


もちろん、自分は個人的にそういう
パリピとか何とか区女子みたいなのは
正直すごく苦手でも
苦手ではない人もたぶんいるし、

そういう人にとっては
その先輩みたいに「派手なのは苦手です、
着実にコツコツ目立たずに生きたい」
という顔や雰囲気を見せながら実は
パリピと関わっててもそれが何?
という感じなのかなあと思うけど、

自分個人的には、見た目の雰囲気で
この人はこういう人と決めずに
ちゃんと中身や普段すぐには見えない
ところまで見ないといけないなと

この先輩を見てると考えさせられる。



でもな‥
その先輩がそのパリピに結構
肩入れしてそうなのは前からで、

そのパリピを後輩たちにも
紹介した?のもたぶん何ヶ月も
前の話で、だけどその後も普通に

大好きな人とはやりとりしてるし
何か変わった様子も特にないし
この前も地元で会えた時
楽しそうにしてたし‥

余計なことを考えるのはやめようと思う。
大切な写真には変わりないけど

大切な写真には変わりないけど

写真で見たら分かりにくいけど、
この前夕方の空にハート型の雲が
浮かんでるのを見つけて嬉しかった♡




この前会えた時、
大好きな人と初めて2人で
一緒に写真を撮った。


これまでなかなかそういう機会もなく、
会って話してる中にいきなり
「写真撮ろ!」というのはタイミングを
間違えたら空気が変わって引かれそうで
(大好きな人は自分から写真撮ろうと
言うようなノリの人ではないし)

どうやってその話を切り出そうかと
話しながらもずっと緊張してた。


自分は大事な写真は
デジタルではなくアナログな形で
飾ったり持ち歩きたいタイプ。

今回大好きな人と撮ったのは
そもそも家族に黙って2人で会ってるし
もし自分の部屋に入られた場合
写真飾ったりしてたら色々知られて
たぶん問い詰められてしまう。


何も悪いことをしてるわけではないけど
家庭状況上、自分の個人的な色んなことを
家族に今知られたらややこしい。


だから、部屋には飾れないけど
自分の持ち物の中にその写真を入れて
持ち歩きたいと強く願ってきたから、

会ってる時話しながらちょうど
今なら言える!というタイミングを見て
写真のことを言ってみたら

拍子抜けするくらいあっさり
「いいよ!撮ろう!」という空気になって
本当にホッとしたし、すごく嬉しかった♡


その写真の大好きな人の顔は
めちゃくちゃ笑いまくってるとか
そんなことはないけど、

働いてる支社がある地域の
仕事関係で撮った写真に比べて
“地元に帰ってきて
仕事のこととかを一旦肩から下ろして
ただこの町の子に戻った顔”
に思えて、それも嬉しくて

普段あんまり仕事関係では
見ない表情をしてくれてるのも
気に入って何回も見てきた。



それが、ごく最近
仕事関係で大好きな人が
写った写真を見る機会があった。


仕事と言ってももちろん大事な商談とか
何か大きい区切りの行事に参加してるとか
そういうのではなく
もっとくだけた場面での話ではあるけど、

えっ‥何かいい笑顔‥
この表情もいいな‥と
思ってしまう写真があって。


自分は前々からずっと大好きな人と
一緒に写真を撮りたいと願ってきて

この前2人きりで話せて
本当に幸せに思って、

やっと叶ったことというのもあって
実際の表情以上に
「地元でしかしない顔!」
「気を許してくれてるのかな」と
ものすごく色んなフィルターがかかって
良く思ってしまったのかもな。


だからといって、その写真が
めちゃくちゃ大切ではなくなったとか
そんなことはもちろん全然ないし、

今度会えて写真を撮れた時には
大好きな人が自然に満面の笑みに
なれるくらいもっと心の距離を
縮められたらいいなと思う。


ただ、自分が前向きに頑張るために
相手に迷惑にならない程度の思い込みや
フィルターが必要なこともあるけど、

何でもかんでも都合のいい解釈をするのは
あんまり良くないことなのかもなと

写真のことから考えたりもした。


もちろん、今もその写真を大切に
宝物に想う気持ちは変わらないけど。
1つ夢を叶えた夏の中

1つ夢を叶えた夏の中

夏という季節は好き。

でも、夏らしいことをしようと思っても
それはなかなか、自分が置かれた状況的に
実現が難しいのが悔しくてやりきれない。


夏、というイメージで作られた
こういう飲み物を飲むとかそういう
本当にささやかな夏のかけらを拾っては
何とか夏を感じようとしてる。


この前、地元関係のサイトを見てたら
「この夏にあるお祭り」として
いくつか地元のお祭りが紹介されてた。

その1番目に、自分にとってもすごく
繋がりが深い縁がある神社のお祭りが
載ってて、あぁ行きたいなーって。


でも、時間的にその時間はどう考えても
家のことをしてるし家族がその時間の
外出なんて許してくれるわけもないから
(ただ厳しいとかで言ってるだけでなく
家の事情的に仕方ない部分もあるけど)

「この神社のお祭りに行きたかった」と
心の中でただ思うだけで、

まるで自分がそう思ったことすら
何もないように過ぎていく。


その神社は、自分が隙あらば足を運ぶ
大切に思ってる神社なだけでなく
(ちなみにいつもここの神社の
お守りも持ち歩いてる)

大好きな人の家から
一番近い神社でもある。


自分はその神社の昼の風景しか知らない。
夕方から夜のお祭りの景色って
どんな感じになるのかな?


いつか、地元のこういう
他の地域には広く知られてないような
地元の子ならではの夏のお祭りに
大好きな人と一緒に行きたいなと思う。

今は、まだ夢の夢みたいな話。


だけど、この恋愛では
初めの段階では「叶えるのは厳しいかな」
と思ってしまってたことも、

本当にじっくり地味に
大好きな人と自分にしか分からないような
ペースではあるけど1つずつ着実に
叶ってきてるから、諦めたくない。



今日、家の用事で
1年少し前にも来た場所に電車で来た。


その時と同じ駅で降りて
その時と同じ道を歩いて
その時と同じ店でご飯を食べて
その時と同じ建物の中で
何時間か過ごしてると、

1年と少し前のあの頃は
ただ自分が一方的に大好きな人を
大好きなだけで(大好きな人の心の中は
もしかしたらそうではなかったかも
しれないけど、自分が見てる限りは
そんなふうに思えてた)、好意を見せすぎて
引かれたらきっとこの先付き合えないと

いつもそこに恐怖を感じながら
絶対に大丈夫な範囲内でしか
行動を起こせなくて、

そんな狭い世界で生きてるのに
本当にこれでいつか想いは成就するのか‥
とひたすら毎日悩んでたのを改めて思い出した。


地元は同じでも、今住んでる所で言うと
大好きな人が住んでるのは遠い地域で
そうそう簡単に会おうとか言えるような
距離でもないし、特に自分の状況では
自分の個人的な都合でそんな遠くに
出かけたりも難しいのに、

どうやってこの恋愛を進められるのか
考えだすと本当にしんどかった。


時々、大好きな人が今住んでる町で
その支社と関わってる人から
「〇〇(大好きな人)がENAの話になった時
めちゃくちゃ嬉しそうに笑ってたよ!」
と聞いたりすると、その時はもちろん
すごく嬉しいし励まされるけど、

その後に自分の中でもうこの恋愛を
続けていくのがしんどいと思うような
出来事があると、そこからまた

「諦めずにまた頑張ろう」という
ところまで気持ちを上げるのが
すごくエネルギーが要ったりもした。



今も、ただその当時からしたら
手応えがあるというだけで
実際に今の時点ではまだ
付き合えてはいないし、

あくまでもこれまでの長い長い日々よりは
去年の11月くらいから少しずつでも
進展がある、というくらい。


それでも、1年前に比べたら今は
本当に当時予測してたよりはだいぶ
前に進めてるなと、それはすごく思える。



自分は育った環境の影響で
本当に自分にあまりにも自信がなくて、
暴力に怯えてるうちに
「生きてるだけでごめんなさい」
くらいの自尊心のなさが当たり前の
日々になってしまってた。


自分という人間が欠陥としか思えなくて
どんなに一生懸命生きても
安心して暮らせる場所なんて
どう考えても見つかりそうになくて、

長い期間、長い年数、
本当に苦しんできた。


そのとんでもなくマイナスに思える
場所からのスタートを考えると、

本当に頑張ってきたなと
自分に対して涙が出てくる。


これからも、諦めない自分でいたい。

どんな環境で生まれ育ったとしても
幸せになれることを体現したい。


大好きな人の特別な存在に
なれるように、なれると信じて
これからも着実に頑張っていきたい。
恋愛は人に話さない方がうまくいくのか

恋愛は人に話さない方がうまくいくのか

この前、たまたま見たネット上のページで
「恋愛の話は人にはせずに
黙って自分だけで頑張った方が
確実にうまくいく」と言ってた人がいた。


元々、恋愛に限らず自分にとって大切なことや
心の奥深くにあることを誰かに話すのが
苦手な自分からすると
「うんうん、確かになぁ」と納得がいった。


ただ、どんな場合でも絶対にそうなのか?
というと、そうとも言いきれないパターンも
あるのかもしれないとも思う。


「この人なら絶対に信頼できる」と
思える人がいて(この時点で相当難しい)、

自分だけで悩んでても同じところをグルグル
考えてるだけで他の側面からのいいアイディアは
なかなか浮かばないし、心からこの人の
意見を聞いてみたい、それを参考にして
思考範囲を広げたいと思う場合は

相談することで自分では考えつかなかった
いい方法が浮かんだり、人に話すことで
自分の想いや考えが整理されていって

本当はどうしたいのかが自然と見えてくる
ということもあるような気がする。


でも、その場の話のネタの1つとして
盛り上がりたいために、本当に信頼できるか
どうかも分からない人に恋愛の話をするのは

相手が実は自分のことをよく思ってなかった、
恋愛のことも実はうまくいかなければいいと
心では思われてた、ただ興味本位で
面白いからその話を聞いてただけで
真剣に考えてなくて好き勝手言われた、

というようなリスクも常にあると思う。


自分は家の事情で自由にドラマも見られないけど
例えばドラマの話で盛り上がるのは、

ドラマがあくまでもフィクションで
実在する誰かの話ではないからこそ
自由に話せたりするのもたぶんある。


だけど、人によっては
顔では「この子とは本当に仲良し」という
顔をしながら自分より友達の方が
恵まれた環境や状況に身を置くことが
許せないと嫉妬する人もきっといるし、

自分自身の恋愛ではないから無責任に
適当に考える人だっておそらくいる。


自分はスピリチュアルなことには
詳しくはないけど、そういう目には見えない
周りの人の嫉妬とかのマイナスな感情を
向けられるのも嫌に思うし、

周りの人を誰を信じていいのか
という基準もよく分からないから
誰に対しても恋愛も含めた個人的なことは
なるべく話さないという選択をしてる。


本当の理想としては、
恋愛や自分の個人的なことも
話せるような親友がいてくれると
心強かったりもするのかな?とは思うけど、

自分の場合はなかなかそこまで人を
信用できるところまではいけない気がするし

一回そういう話をしてしまえば
話してなかった時点には戻れないから、

初めから大切なことは誰にも言わない
と決めてる。


自分は恋愛経験も本当に少ないし
人に偉そうに言えるようなことは
全然ないけど、人を簡単に信じることは
やっぱり危ないと思うから、

ネットで誰かが書いてたように
「恋愛をうまく進めたいなら
人に話さず自分一人で頑張る」というのは
自分個人的には、納得するし共感するかな。
楽しさの中に秘密を隠す

楽しさの中に秘密を隠す

前に何回も行ったことがある、
大好きな人が働いてる支社のすぐ近くの
写真を、その支社がある町の近辺に住む
知り合いが送ってきてくれた。


「ありがとう!この場所懐かしいな」
とお礼を言って、そこから
少しの間色んな話をしてた。


「前は支社の近辺にも行くことも
あったけど、今はなかなか事情もあって
行けなくなってしまって、支社の人たちと
会って色々話すような機会もないからな‥」
と自分が言ってたらその知り合いが

「でもこの前、〇〇(大好きな人)は
地元帰ってたでしょ?
ENA、地元同じだったらたまたま
道でバッタリ会ったりしなかったの?笑」
と聞いてきた。


もちろんその知り合いにも
大好きな人と自分が地元で2人で
会ったりしてることは秘密。


支社関係の一人に話してしまうと
その人がその周りに話した場合に
支社関連の人間関係の中で
色んな噂が飛び交ったりして
たぶんろくなことにならないと思うし、

大好きな人との関係は
そういう誰かが面白おかしく広めたり
興味本位で盛り上がるような
そんな軽いものではない。


この知り合いも、気さくでざっくばらんに
何でもないような世間話をするには
楽しい人ではあるし、
その支社がある町に住んでない自分とも
仲良くしてくれて有り難いけど、

大事な話はできないなというのは
前々からすごく思ってる。


だから、その話題になった時も

「いやー、いくらそこまでの
大都市ではないにしても
いきなり道歩いててバッタリ
会えるなんてことはなかなかないな‥笑

そうやって会えるくらいまで
普段から行い良くしとこうか!笑」

とさらっとごまかして笑っといた。


知り合いもそれを聞いて
「そりゃそうだよねー!
そんな大きい町じゃなくても
偶然バッタリ会うなんてことは
なかなかないもんね!笑」
ってその話題が自然にうまく
まとまった感じになってホッとした。



人と人との信頼関係は
日常の目に見えない小さいことの
積み重ね、といつも思う。


その場のノリや、この人になら
話しても大丈夫かな!と考えて
話してしまったその数分で

年単位で積み上げてきた信頼が
瞬時に壊れる可能性だってある。


自分が信頼してもらって誰かに
何かを相談されたり
打ち明けられた時にはもちろん
その秘密は守るし誰にも言わないけど、

じゃあみんながそうなのか?というと
そうではない人だってたくさんいる。


それをここで話していいの?と思うことを
ためらいもなく話題のネタにする人もいる。


だから、自分は本当に大切なことほど
誰にも言わないし、言えない。


周りの人たちのことを嫌いとか
そんなんではないけど、
自分の大切なことを話せるかというと
それはできないなという答えにたどり着く。



人の恋愛話とか、好きな人多いもんな。

当事者なら真剣に考えることや悩むことも
身近な誰かの話になると何で急にそんなに
面白くなって無責任に盛り上がれるのかな
と思う時も多い。


自分が昔からお世話になってる
大好きな人が働いてる支社の人たちは
いい人か悪い人かでいうと
悪い人ではない、たぶんいい人。


それでも、じゃあ何でも話せるのか
というと、それはまた別の話。


大事なことほど、心の底に
大切に抱きしめて生きた方がいい。

黙ってることが、大事なことを一番
守れることに繋がると思う。
お礼参り*久しぶりに書いた短冊

お礼参り*久しぶりに書いた短冊

地元でいつも行ってる神社がある。


前にもこのブログには少し書いたけど、
自分の中で特にここは落ち着くと思ってる
何となく一番縁があると感じてる神社で、

大好きな人もたぶんその神社が
家(実家)から一番近くて身近な神社
というのもあって、恋愛のことを主に
そこの神社では神様に話してきてて‥

きっと見守ってくれてると思えることが
いくつもあるし、特にこの前の

大好きな人が地元に帰ってきた時に
もちろん勇気はとても出したけど
なかなか予定合わせるのとかも
大変かなと心配してたのが

トントン拍子に会えることになったりとか
すごく運がいいなと感じたりもしてて、

改めてそういうお礼も伝えたくて
できるだけ早くお礼参りに行きたかった。


地元は地元でも、自分の家庭の都合上
そうそう自分個人の用事で
外出するのが難しいから何とかうまく
今日神社に行ってこれて本当に良かった!!


梅雨の中でも今日はとてもいい天気で
青空の下でお礼参りできたのも良かった。


毎回思うけど、いくら神頼みしても
自分がそれに甘えて頼るだけでは
夢も目標も叶えるのは難しくて、

あくまでも神様にお願いするのは
補助的なサポートや力添えであって
主体的に頑張るのは当事者の自分
というのは心に誓った上で、

私もこれからもまっすぐ
真剣に努力を続けるので、
これからもお導きをよろしくお願いします!

というのと、ここまでのお礼を
伝えて来れてホッとした。



そして、地元で時々寄る小さい商業施設で
七夕の短冊を書くコーナーがあって、
何年ぶりかに短冊を書けて
それもすごく嬉しかった☆


大好きな人の本名はもちろん
ひらがなでも書けないし
その辺りはぼかしといたけど‥笑、

地元でもし大好きな人の親や兄弟が
見たとしても自分とは特定されないかな?
と思える程度に留めて書いてきた。


これも、短冊を書いたから
何もしなくても勝手に誰かが
それを叶えてくれるわけではない
というのはもちろん分かってるけど、

自分の願いを改めてそういう場で
文字にすることで、やっぱり自分は
これを叶えたいと強く思ってると
自分でも再確認したし、

自分の努力ではどうしようもない
大きな壁について考えた時にはいつも
この恋愛を続けるのが怖くなってしまうけど

それでもやっぱり大好きな人のことを
大好きと強く思えた貴重な一日を過ごせた。


その地元の小さい商業施設の中の
そこに行くと必ず寄る場所があって、
そこでスピッツの魔法のコトバが
流れてて懐かしかった!


自分は昔から、大好きな人が今働いてる
支社と関わりがあって、その支社がある町も
すごく身近な場所で、もう何年も前に

その町のラジオを聴いてたら流れてたのが
この魔法のコトバで、その時も歌詞と
メロディーがとても心に残ったのを
今でも覚えてる。


当時の自分が何を思いながら
この歌を気に入って聴いたのかは
今はそこまで詳しくは思い出せないけど、

久しぶりにこの歌を聴いて
今は鮮明にはっきりと大好きな人を
思い描きながら歌詞やメロディーに
想いを馳せられるということに
改めて感謝しようと思った。


大好きな人を大好きになる前の自分を
遠い遠い遠いセピア色の記憶のように
のっぺりとしか思い出せない気がしてる。

のっぺりって何‥って自分でも思うけど、
ピッタリ合う表現が何となくのっぺり。笑


たくさんの制約があり
大きな壁がある中での恋愛は
今でもまだ、心を締め付けるような
苦痛が伴うものではあるけど、

それでも感謝できるところには
ちゃんと感謝を忘れずに

自分が努力できるところには
黙ってコツコツ少しずつでも
その努力を積み上げて、

先月みたいに本当に幸せな日を
これからの人生にもたくさん
記していけるように頑張ろうと思う。