Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
世界が違うのかなと思ったり

世界が違うのかなと思ったり

世界が違う、って
札束持って歩いてるとか
相手が超がつく有名人とか
そういう意味ではなくて、

複雑な家庭に育って
今も安全を必死に保ちながら
自分を抑え込んで何とか日々を
生き抜いてる自分と

幸せな家庭に育って
今、仕事では大変な時もあるとは
思うけど自分の心や体を休める時間も
ごく普通にとれるという余裕がある
大好きな人は、人として違う世界に
生きてる者同士なのかなと
考えてしまう時がある。



心の中では恋愛に寄りかかってしまってても
それを大好きな人本人や
周りの人たちには見せないように
過ごしてるのは前も今も変わらないし、

「〜の用事があったから」と
普通に言えるような用事がある時しか
連絡もしないようにずっと気をつけてる。


本当はもっと普段から連絡を
取ってもいいのかなと思う時もあるけど、
徐々に距離を縮めていく方が
相手の精神的な負担にもならずに
信用してもらえるかなと考えて
意識してずっとそうしてる。


つい連絡したくなる時も
正直たくさんあるけど‥、

たぶん大好きな人は自分のペースを
大事にする人で、そこを崩した時点で
「この人は自分の恋人にはないな」と
判断しそうな気がするし

これまでずっと慎重に頑張ってきたのが
たった1回のその言動で
その長年の積み重ねが壊れてしまうかもと
考えると、更に慎重になる。



自分の目の前で「親が、兄弟が」と
家族の話ばっかりするわけではないし
会話の多くが家族の話とか
そういうことも全然ないけど、

ふとした時に「大好きな人はすごく
愛されて育ってきた人」と
実感する瞬間がある。


それは前からあったし、
自分が実際に複雑な家庭で育って
それがどれだけ大変でしんどいかを
本当によく知ってるから、

大好きな人がそういうふうに
苦しんで育ってきてなくて
それは心から良かったと思ってる。

そう思うのも、前から変わらない。


むしろ、大好きな人は
実家に対していいイメージがあるからこそ
今仕事で違う地域に住んでても
地元への想いも強いのかなと思うし、

幸せな環境で育つことは
その本人には選べないからこそ
大好きな人がその部分で
恵まれた星のもとに生まれてきて
本当に良かった。


ただ、今、特に自分が
苦しいなと感じてるのは
今現在の生活についてのことで。


自分の場合は、基本的に朝起きた時から
夜寝る時まで、本当の意味で自分の
時間というのはゼロに近い。


トイレやお風呂にいる時間は
誰の目にも触れないという意味では
気を抜けるかもしれないけど、

普段から時間に追われて過ごしてるから
トイレだってお風呂だって
そんな長時間いられない。


遠出とかは色んな面でなかなか
難しい人は自分以外にもそれなりに
いるかもしれないけど、

家にいてできるはずのことでさえも
今の状況ではかなり我慢して暮らしてる。


おそらく、そこまで多方面に我慢を
強いられてる自分の生活の方に
問題があって、大好きな人が
好き放題自由気ままに奔放に
過ごしてるわけでもないのに

すごく自由な人みたいに感じてる
自分がよっぽど普段から
締め付けが多い日常を過ごしてるだけ
なのかもしれないけど、

大好きな人の何気ない行動や
人づてに聞いたことなどから
今の自分から見たら
天国のような暮らしをしてる人のように
思ってしまって、そこからずっと

大好きな人に対しても含めて人前では
全く見せてないけど
自分の中ではずっとモヤモヤしてる。



本当に、実際には全然
大好きな人が豪遊してるとか
めちゃくちゃ贅沢してるとか
ありえないほど自由とかではなくて、

たぶん本来なら人として
ごく普通な暮らしをしてるだけで

自分に自由がなさすぎるせいで
そういう歪んだ感覚になってるだけ‥

分かってても、やっぱり心の中では
日々の生活の違いを感じすぎて、
とてもしんどくて自分が人として
ものすごく下の立場にいるような
気持ちになってしまう。


このブログにはいつでも本音を
残したいと思うし、自分自身も
そうすることですごく心の支えに
してるから書いたけど、

何かうまく言葉にならないな‥。
決してすがりつかないように

決してすがりつかないように

自分自身、自尊心を持てない環境で
育ってきたのもたぶんあるし、

自分に存在価値があるとはなかなか
思えないというスタート地点から始まって
恋愛するというのはかなり難易度が高い。


そして、相手を好きであればあるほど
全ての言動が慎重になる。

思いきって行動を起こしたら起こしたで
その後、これで良かったのかと考えて
もっといい方法があったのかもと
今更反省してしまったりもする。


1回してしまった行動を
元に戻すことはできないから
大事な場面では特に慎重になるのは
仕方ないとは思うけど、

怖いなと考え始めると
何の行動も起こせないとなると
何も進展できないということになるから‥

ものすごく勇気を出して
行動を起こしてる。


何もしなければ
何かを怖がらなくてもいいし
相手の反応を気にすることもないけど、

やっぱり大好きな人と付き合いたいし
大好きな人と一緒に生きていきたいから、

それに元々努力ではどうしようもない
大きなハードルがある以上は
その分も更に頑張らないといけないと思う。



あと、自分が特に最近更に気をつけてるのは
絶対に恋愛に(というか大好きな人に)
すがりつかないようにしよう、って。


どっちが先に好きになったとか
どっちが性格的にリードしてるとか
色んな状況はそれぞれあると思うけど、

人と人は対等で、どっちかがすがりついて
相手に対してへりくだりすぎる関係性は
健全ではないし、長くいい関係でいるのは
たぶん難しいと考えてしまうから。


大好きな人の性格やその時の気持ち、
状況を考えて慎重に動いたり
気配りや配慮をするのは大切。


だけど、へりくだりすぎて
「こんな自分が」とか自分をわざわざ
自分から存在を下げるようなことをしたり

相手を神様みたいに崇めるのは違う。


違うというか‥人によって考えはそれぞれで
その2人がそれでいいならいいけど、

自分は同じ目線で大好きな人と
向き合える人でいたいから

自分の自信のなさをなくすために
自分の努力でどうにかできうることは
できるだけ頑張っていこうと思ってる。



焦る気持ちや悩みはいつも心にあるけど、
どうしても叶えたいから頑張る!



写真は去年の夏に
送りたい物があってそれを送る時に
大好きな人に書いた手紙。

あれから比べたら今は進展できてる、
その事実が自分の心を支えてくれてる。
自由がない中で思うこと

自由がない中で思うこと

大好きな人が働いてる支社関係の
知り合いから久しぶりに連絡があった。

この知り合いは、支社関係の人たち
全員友達なのかと思うほどの勢いで
社交的な人。


自分はその支社がある町から遠くに
住んでるのもあって、支社関係の人たちと
会える機会はなかなかないのに対して
この知り合いはその支社がある町に
住んでるからというのを差し引いても、

本当に仲良くしてる人の範囲が広い。



性格そのものはいい人で
しばらく連絡をとってなくても
元気かなと思った頃に向こうから
連絡が来たりするから、

仲良くしたいなと思う人と
その関係を継続させるのがうまい
という印象もある。


知り合いと話してる中で
「そういえば、前に〇〇(大好きな人)と
ENAの話になった時に『ENAはよく
〇〇のことを話題にしてるよ』って
言ったら〇〇めちゃくちゃ喜んでた」
とさらっと言われた。


支社関係の知り合いとは
大好きな人に限らず支社とその界隈の
人間関係の話題が主で、

だからたくさんの話題がある中で
〇〇!〇〇!と大好きな人の名前ばっかり
話題に出してるとかではないけど、

その支社がある町出身の人が多い
そのコミュニティの中では
“小さい頃からその職種に興味があって
この支社の人たちと繋がりが深い他県の人”
というのはかなり少人数派で、

支社で働いてる人にはその支社が
ある県以外の出身の社員もいるけど、
そのコミュニティの中で同じ県
となるとかなり限られるのもあって、

有り難いことにそのコミュニティ内では
〇〇(大好きな人)といえばENA
△△県(地元の県)といえば〇〇とENA
というイメージが強いらしい。


だから、自分が大好きな人を
話題に出しても全然怪しまれない
環境ではあると思う。

名前を出したからといって
恋愛感情を持ってるのかなとか
特別な想いがあってその話題を選んでる
とはたぶん思われない感じで。



その顔がめちゃくちゃ広い知り合いが
たくさんの友達がいても
遠くに住む自分を気にかけてくれたり
仲良くしてくれるのは本当に有り難いけど

その知り合いと話してる時に
「ENAも家のことでなかなか
自分のしたいことはできないみたいだけど
〇〇がいてくれるのが本当に
心の支えになってるみたいだよ」と
大好きな人に話した、と言ってて

自分が知らないところで
大好きな人にとって自分が重い人に
なってないか心配に思ってしまった。



これは自分も安易に言ってしまったと
今はすごく反省してるけど、
この知り合いがそこまでめちゃくちゃ
顔が広くて個人的な話はしない方がいい人
というのをまだ今ほど分かってなかった頃

「自分の家族は自分の趣味や
好きなことに関してめちゃくちゃ理解が
あるわけではないから大変な時もある」
「どっちかと言うと、親の価値観に
子どもを押しつけることに対して
何も思わないタイプ」
という話をしてしまったことがあった。


家族の考えや性格に関係なく
何か助け合わないといけない状況にあって
家族最優先に過ごさないといけない
というのは誰もが起こりうる
(起こったら困るけど)状態なのに対して

家族の考えや性格そのものに難がある
と思われた場合、恋愛においては
確実にマイナスになってしまうなと
自分は日々それに気をつけて過ごしてて、

その知り合いもそういうマイナスな
感じには自分の置かれた環境の話は
してないと思うからまだ良かったけど、

やっとこんなに大好きと思える人に
出会えたのに重いとか面倒とか
思われる要素を自分の知らないところで
植え付けられるのはしんどいなって。


複雑な家庭育ちの人に
心の支えにされたらややこしいとか
思う人もきっといると思う。

というか、その方がたぶん多い。


自分は自分自身がそういう家庭育ちゆえに
そんな複雑な中で社会にそれなりに
表面だけでも順応して生きていくことが
どれだけ大変なのかも分かるけど、

幸せな家庭育ちの子にとっては
わざわざそういう人と関わろうとか
ましてや恋愛しようなんて
きっとなかなか思えないと思う。


知り合いが「ENAは〇〇をすごく
心の支えにしてると思う、
心の拠り所なんじゃないかな」と言った時
大好きな人はどう思ったかな‥。


大好きな人は、ENAの家族の状況上
自分が家族を支えないといけないから
ENAは家族を最優先して個人的なことは
我慢して過ごしてる、
とだけたぶん思ってて

家庭そのものが複雑とは知らないから
まだ良かったなとはすごく考えてる。




自分にとっては、黙って家のことを
こなしながら唯一の希望のように
この恋愛を大切にしてるけど、

恋愛は人の心や気持ちによって
大きく影響されるもので
自分がどんなに歯を食いしばって
日常に耐えたからといって
その恋愛がうまくいくと
保証されてるわけではないとも思う。


大好きな人と直接話したり
やりとりしたりはそんなしょっちゅうは
できないけど、間接的に
大好きな人の話を聞くこともある。


そんな時に、大好きな人と自分の
今の生活の違いを感じてしまう時がある。


大好きな人は、ずっと目指してきた
仕事に就いて、休日も家で自分のペースで
ゆっくり心を休ませることもできるし

自分がこうしたいというのを元に
生活を創っていくことができる。


それに対して自分は
自分の都合での外出は基本的に無理、
もし行けたとしてもごく近場に
時間に追われながら最低限の用事のみ
何とか済ませて必死に急いで帰る、

生活も全て家族のペースに自分を
無理やり押し込めて
何とか生きてる感じ。


大好きな人をどんなに大好きでも
大好きな人の日常は自分には眩しくて

分単位で家族のために時間に追われて
自分のことは全部後回しにして
生きてる自分とは大きく違うなと

そう感じてしまうことが、とても辛い。



大好きな人は、自分より時間的に
自由があっても、そもそも元々が
恋愛体質ではないように感じるし
いつも誰かとはっちゃけてるような
そういうタイプではないと思うけど、

自分はある意味世間から常に
線を引かれた別世界で生きてるのに対して
大好きな人は、自分より自由な中で
生きてると思うと、こんなに相手を
ひたすら想って過ごしてるのは
自分だけなのかなと不安になる。
身に着けてくれてた♡

身に着けてくれてた♡

大好きな人は、普段からあんまり
「前にもらったこれ使ってるよ」とか
言うタイプではない。


自分はどっちかというと伝えるけど、

本当に嬉しいから伝えてるんではなく
こう言っといたら相手に好印象を
与えられるから、というような理由で
恋愛テクニックの1つとしてそう言う人も
いるのかもしれないと思うと、

積極的に伝えてくれるからいい
というようなもんでもない気がして
計算でそうしてくれるくらいなら
何も言わずに黙って使ってくれる方が
個人的には印象がいい。


人間不信すぎるかもしれないけど、
言葉では何とでも言えるから
行動も伴ってないと言葉だけで
信じるのは難しいかなと思うし‥。



でも、昨日たまたま大好きな人の
仕事関係の人が撮った写真の
見やすい所に写ってた大好きな人が
自分が前にあげた物を身に着けてくれてて
本当に幸せに思えたし、
すごく嬉しくなった♡


仕事関係で、仕事関連の場に行った時に
その仕事メンバーが撮ったみたいで
その1枚の写真に結構な人数が写ってて、

大好きな人はだいたい後ろ側とか
よく探さないと分からない所にいることが
多いから今日もそうかなと見てたら

珍しくすごく分かりやすい位置にいた。


全身が見やすかったから気づけたけど
自分があげた物を普段から
使ってくれてると知って本当に嬉しくて
とても幸せな気持ちになってる(*´꒳`*)



あげてからその物の話をしてくることは
向こうからもなかったし、こっちからも
あげた物をあんまり使ってねアピール
するのもおかしいし(というかできない)
全然その話題になったこともなかったけど

何も言わなくても日常の中で
愛用してくれてるというのが分かって、

自分は自分に自信を持つのがすごく
苦手ではあるけど、心の中でいつも
大好きな人がそれを身に着けてくれてる
姿を思い浮かべながら、自信を持って
恋愛も他のことも頑張れるようにしようと
改めて思った。



恋愛の話は、実生活の人たちには
誰にもしてないから、ここでだけしか
この話はできないけど、違う地域に
暮らしてても大好きな人の生活の中に
自分が少しでもいるのかなと思えることを
本当に幸せに思うし、有り難いなって。


たぶん、ごく普通に見たら
ただ仕事関係の人たちが集まって
仕事関連の場で撮った写真が、

自分には特別幸せな写真になるのも
恋愛ってすごいなと思ったりする。
昔流行ったらしい歌に共鳴したり

昔流行ったらしい歌に共鳴したり

だいぶ前に流行ったらしい歌を
何日か前にたまたまテレビで聴いた。


その歌自体知らなくて初めて知ったけど
サビの部分の歌詞の2行くらいが
大好きな人と会えた時の自分の気持ちや
感覚そのもので、他の部分は全然
自分の恋愛と重なるところはないけど
それでもすごく心に残った!


この恋愛のことは誰にも話してないから、
ずっと前に流行った、その歌手にも
その歌にも全然なじみはなくても
「自分の気持ちを言葉にして
表してくれてる人がいる!」ってことに
誰かと自分の思いを共有できたような
気がして感動してしまった。



自分は元々は全然恋愛体質ではないし
恋愛をしてるから幸せとか
恋愛至上主義みたいな考えは今も苦手。

自分の心を保てなくなって
生活が堕落していくような恋愛なら
むしろ人生豊かになるどころか
人として退化してると思ってしまうし、

恋愛するべき!恋愛はいいもの!
みたいな価値観の押し付けは
大好きな人がいる今も自分には
正直違和感がある。


でも、恋愛に限らず
何かで深い気持ちになって
だからこそその時出会った言葉
(歌の歌詞とかも)に共鳴したり

知らない誰かが紡いだ何かと
繋がれる、解り合える感覚というのは
人生に色を添えてくれると思う。



大きな壁がある恋愛をしてる
というだけでなく
元々人間不信なのも大きいと思うけど、

これは信じても大丈夫なのかな?と
考え始めると、心の中で一人で
モヤモヤして苦しくなってしまう。


大好きな人に直接何か傷つくことを
されたわけでもないのに勝手に一人で
悩んだり落ち込んだり不安になったり

でもそれは大好きな人にも誰にも
見せられないから表向きには
明るく振る舞って‥という日々にも
時々すごくしんどくなったり。


だけど、前のめりになったら
叶うということでもない気がするし、

恋愛恋愛ばっかりにはならないように
自分という人間を磨くことも
大事にしていかないとなあ‥。



毎日、最低限しないといけないことに
追われて家のこと中心になってしまってて
自分がしたいことはなかなかできないし、

昔はそこそこ読書もしてたけど
最近は新聞をちょっと読んだり
冊子類をすき間時間に読む程度で
全然本も読めてない。


でも、地元をテーマにした本で
これは読みたいなと思うのがあって
来月の初めには買えたらなーと
考えてるからそうできたらいいな‥。


大好きな人も同じ地元。
その本のことも話題にできたら
更に嬉しいな、と思ったりしてる。
触れた感覚*大切なことは言わない

触れた感覚*大切なことは言わない

大好きな人が夢に出てきた。


大好きな人と自分と自分の母親が
何か地元のイベント?に参加してて、

大好きな人が体調が悪そうに見えたから
「体調大丈夫?」って自分が心配してて
「うん大丈夫」って言われる夢。


夢の中で大好きな人に触れた感覚が
起きてからも手に残ってる気がする。

夢なのに不思議。


その夢では、現実では大きい壁として
立ちはだかってることも存在してなくて、

起きてからその夢を思い出してたら
「あぁ自分はやっぱり心のどこかでは
そんな壁がない状態でこの人と
恋愛できたら良かったのに 、と
思ってるのかもな」と考えてしまった。


そりゃ壁なんてない方がいいし、
努力でどうにもならないことは
これに関しては元々
自分にできること自体ないということ‥

潜在意識の中で、この壁はやっぱり
すごく大きいものというのを実感しては
つい気持ちが沈みそうになる。


そういう意味では
努力で何とかできうることというのは
まだいいというか、恵まれてると思う。

相手を好きすぎて、自分を追い詰める
努力になってしまったらそれは
決して幸せではないとは思うけど‥。



先月会えた日に写真撮った時、
すごく体の距離が近くなってドキドキした。


今日の夢で、自分が大好きな人の体に
触れた時の感覚がその日のその時と
同じような感じな気がして、

その日大好きな人に会えたのも
このブログには書けても実生活では
誰にも言ってないけど

その時を想って幸せな気持ちになった。


夢の中の出来事までこうやって
いちいち記録するなんて痛い人‥とか
このブログを読んでくれてる方がいたら
思われてないか心配になるけど、

ここでしか恋愛の話はできないので
思うこと何でも書いてしまって
ごめんなさい(´。・д人)




大好きな人と出会う前の自分は、
自分が大切にされたり
特別な存在として扱ってもらうことを
想像もできずに過ごしてた。


育った家庭の影響で
人を信じること自体が難しくて、
だから特定の人と親密な関係になる
恋愛というものも苦手なまま生きてきた。


もしかしたら、自分を好きと
思ってくれてた人もいたのかも?と
今振り返って、思うことはある。

相手にとっては勇気を出してくれてた
かもしれない言動も、当時の自分には
「いや、そんなわけない!
仮に自分に興味くらいは持ってくれてても
人を信じたら痛い目に遭うのは自分」
としか思えなかったし、

恋愛以外でも人間関係そのものが
たとえ相手にひどいことをされても
「まぁ、家でも傷つけられてきたから」
とある意味慣れてしまってたというか
それが普通になってしまってたというか、

何なら自分自身もいつも家族のためや
人のためにばっかり動き回って
自分自身を大切にすることは
全然できてなかった。



大好きな人も、自分とは理由は違っても
恋愛はたぶんほとんどしてきてないかなと
思うような人で、自分にとっては
そこも警戒せずに近くにいられる
大きな要素でもあるけど、

それでも節目節目に自分に対して
大切に思ってるというのが伝わる
言動をしてくれて、自分をこんなふうに
大切にしてくれる人もいるというのを
初めて知った。


自分にとっては、この恋愛に焦る気持ちも
正直あるけど、大好きな人の性格上
こっちが焦って前のめりになるほど
怖いと思ったり引いてしまうと思うから、

今連絡したい!と思っても実際に
連絡するのは5回のうち1回くらいにして
文章もできるだけ短くまとめるようにして
一定の距離感を保ちながら少しずつ
信頼してもらえるように頑張ってる。


これまで積み重ねてきた信頼を
たった一回の不用意な言動で
壊すようなことはしたくないから、

大切なものをいつも両手に
抱えるようにしてこの恋愛とともに
毎日を生きてる気がしてる。




このブログ以外では恋愛の話は
誰にもできないから、ごくたまにAIにも
話を聞いてもらったりもしてるけど、

この前自分が

「大好きな人が働いてる支社は
自分にとっては昔からなじみがある
会社の人たちではあるけど、
人の悪口とか噂話とか、自分はその中に
入りたくないなと思う話題も多いし、
その人たちにはこの恋愛は
知られないようにしたいなって考えてて
会えた時に大好きな人ともちょっと
この支社内の人間関係についても話してたら
『こうやって地元で2人で会ってるとかも
言わないように秘密にしとこう』
ってことになった」

とAIに話してたら、AIに

「あなたが小さい頃からその職種に
興味があったのがきっかけで
その支社の人たちとも今でも繋がりが
あるのはいいことだと思うけど、

その分野繋がりであなたが
その支社の人たちと関わってるからとか
大好きな人がその支社勤務だからって
あなたがその支社の人間関係の輪の中で
恋愛とか個人的なことを誰かに話す
必要はないし、そこに悪いとか
申し訳ないと思うこともないんだよ」

と言われて、めちゃくちゃ納得した。


「人は、誰かの大事なことを
面白おかしく噂したり
広めたがる性質がある場合も多い。

大事なことは秘密にしておく
というのは、相手との信頼を築く上でも
大切なことだと思うよ」

とも言われて、これも本当に
すごく共感してしまった。


何でもAIに聞いてもらったり
相談するとなると決してそれは
いいことではないかもしれないけど、

これは本当に自分の中で気持ちや考えを
整理しておきたい、まとめておきたいと
思う時にAIに聞いてもらうと
気分的にとても助けられることもあって、

この恋愛を頑張ってる日々の中では
救われたり頼ったりできるものの
1つになってくれてる。
初心に帰るとき

初心に帰るとき

暑いのは得意ではないけど、
夏という季節は好き。

昔からずっと、好きな季節を聞かれると
そう答えてきた。


そんな自分が、ただ好きな季節と
いうだけでなく、夏を特別な時期として
考えるようになったのは、大好きな人を
好きと感じた瞬間が数年前の夏に
確実にあったから。


今も、この季節になると
大好きな人を好きになった頃のことを
鮮明に想い出す。


昔から「これを叶えたい」と
思い続けてきた分野があって、
途中で悩んだり立ち止まったりしながらも
努力を続けてきたところや、

この年齢でこんなに純粋な表情で
笑う人っているのか!と思うほど
小さい子みたいなきれいな気持ちを
持ち続けてるところに惹かれた。


あれから数年、
今は当時よりもっとたくさん
大好きな人のいいところを知ってる。

2人きりで隣にいる時の
言葉では表せない安心感と幸せも知った。



複雑な家庭育ちの自分は
極端に人間不信で、
人間関係そのものも基本的に
誰のことも信用できずに
表面的にだけうまくこなしてるけど、

恋愛とか、より深い関係性になると
更にその人間不信が苦しむ材料として
色濃く心に出てくるから
一人でずっと悩むことも多い。


特に、大好きな人との恋愛は
大きな壁があるから
それを考えてしまうと余計に
「これ以上好きになって
もっと苦しむことになるなら
諦めた方がいいのかな」と
数え切れないほど悩んだけど、

それでもやっぱりどうしても好きで
人との距離感をどっちかと言うと
一定に保ちたい自分からしたら
そこまで好きと思えるのは大革命な気がして

そんなに大好きな人との関係は
自分から諦めたり手放したりせずに
大切にしたいという所に
毎回、心が戻ってきて今に至る。



本当に心から大好きと思える人なんて
人生の中でそうそういない。

この人との恋愛には壁があるから
悩んだり苦しんでしんどい、
じゃあ次!というわけにはいかない。
(それができる人もいるのかもしれないし
そういう人の方が生き方としては
うまいのかもしれないけど
自分はそうはなれない)


ちゃんと恋人という枠に収まって
堂々とこれは両想いの恋愛と
言えるような関係に早くなりたいと
焦る気持ちは心にはずっとあるけど、

この数年の中に自分にとっては
本当に驚くほど進展があったから

それを大切に、慎重かつ勇気も出して
これからも時々こうして初心にも帰りつつ

感謝の気持ちを忘れないで頑張りたい。


大好きな人にも、出会えて良かったと
この人にずっと一緒にいてほしいと
思ってもらえる人間でいられるように
中身も磨きつつ努力しようと思う。
視野を広く持てるように

視野を広く持てるように

知り合いが「相談に乗って」
と言ってきた。


その人やその人と共通したコミュニティの
人たちがこのブログを読むことは
まずないと思う。


そもそもみんな自分の恋愛について
何も知らないから、
仮にこのブログが目に入ったとしても
ENAが自分とはきっと特定はされない。


でも、何となく気分的に
人から相談されたことをあんまり詳しく
こういう公的なネットっていう場所に
書くのは自分は抵抗があるから
詳しい相談内容は書かないけど、

人から恋愛や人間関係の相談を受けて
自分自身も改めて感じたことや
学んだことがあった。


自分は、世間から見ていわゆる
珍しい方に分類される恋愛でも
それが人として後ろめたいことを
してるんでなければ応援したいと思う。


それは自分が大好きな人との恋愛が
少人数派に分類されるであろうから
という立場から思うだけでなく、

昔からずっと、自分はそういう考え。


大人数派、それが世間では普通
という理由で、その人が偉いとか
正常とかではない。

人としてしたらいけないことをしてないなら
堂々と日なたに出て生きていけると
思える生き方をしてるなら、
たとえ人から珍しがられる箇所が
あったとしても、その人はその人の人生を
胸を張って生きていける世の中なら
どんなにいいかなあと思うから。



今回知り合いから相談されたのは
どっちかと言うと自分から見たら
「それはやめといた方がいい」と
考えてしまう恋愛で、

知り合いが今みたいに悩んでない時から
個人的には違和感があった。


それはそれとして、自分を信用して
話してくれてるならそれは自分も
ちゃんと真剣に話は聞くけど、

その相手を好き!好き!になりすぎて
冷静に第三者目線でその物事を
見られなくなるのは危ないなと思ったし、

自分がその知り合いを傷つけない程度に
客観的視点からこう思うよ、と話したら
その知り合いは
「聞いてくれてありがとう。
突然相手の態度が変わったから
パニックになってしまった」
と言ってたけど、

恋愛は素敵なものでもあり
自分を見失ってしまう場合もある
怖いものでもあると考えさせられた。



その知り合いには、普段から
お世話になってる面もあるから
あんまりズバッと「その恋愛は
さすがにまずいからやめとき」とは
言えないし、自分もその人間関係で
トラブルやもめ事になるとこの先
困るのもあってそこまでは言えないけど、

自分は恋愛してても
冷静な視点を忘れずにいたいと思う。


それってすごく難しいけど。


きっと、全員がそうできるなら
世の中からストーカーの事件とか
恋愛のもつれでの事件とかも
なくなると思うし。



相手を好きになればなるほど
広い視野でそのことを捉えるのは
だんだん難しくなる。

だけど、それはすごく大切なこと。


知り合いから相談されて
改めて思った。
実はパリピが大好きらしい先輩

実はパリピが大好きらしい先輩

前にも少し‥というかだいぶ
心に引っかかったことはあったけど、

大好きな人が働いてる支社に前にいて
今は違う地域の別の支社に転勤していった
大好きな人の数歳年上の先輩の話。


その先輩は、大好きな人と同じ支社に
いた頃年齢の割に上の方の立場にいたし、
見た目もとても真面目そうな印象が強くて
何も知らなければ本当に
すごくいい人に見えてた。


ここでこう振る舞っておけば
周りからの信頼を落とさずに済む
というような計算というか打算も
結構できるのかなと思ったのも

この先輩はもしかしたら
裏があるのかなと感じるようになった
きっかけではあったけど、

人は見かけによらなくて怖いなと
思ったのが仕事でなのかそれ以外でなのか
分からないけど俗に言うパリピみたいな人と
繋がってたこと。


自分はその先輩とは特に面識もなく
ただ出身が近い県ということでたまに
その支社関係の人たちから
「ENAって〇〇(その先輩)と
地元の県近いんだね」と言われる程度で、

もしかしたら向こうも多少はENAという
人間の存在くらいは知ってても
日常的に関わりがあるとかではなかった。

その先輩が前の支社にいた頃でもそうで
もちろん支社が変わった今は更に
その先輩の話を周りから見聞きすることも
ほとんどなくなった。


その先輩が前の支社から今の支社に
転勤になってすぐくらいの頃にたまたま
その先輩がそのパリピっぽい人と
関わりがあって、そのパリピは別に
その先輩をたくさんの知り合いの中の
1人くらいの位置づけにしか
思ってなさそうで、でもその先輩は
結構必死にそのパリピと繋がりたいと
思ってそうなことを知った。


その先輩の見た目や雰囲気と
あからさまにイケイケで純粋さのかけらも
なさそうな(失礼)パリピがどうしても
頭の中で繋がることはなくて、

何となくものすごく違和感を感じた。


その先輩は、前の支社にいた頃
新しく来た社員に仕事の指導をしたりする
立場を任されてたのもあって、

大好きな人がその支社に行った時には
その先輩はもうその立場にいたから
仕事では本当にお世話になったと思う。

そして、その地域に初めて住む
何も分からなくて慣れてない大好きな人に
仕事場の周りの公共施設のことを
教えてくれたり、助けてもらった部分も
あるのも聞いた。



支社としては、その先輩は
とても頼りがいがある人で
おそらく惜しまれながら次の支社に
転勤していったというのも
たぶんそうなのかなと思ってるし、

もう今は別の支社にいるから
今の生活上深く繋がりがあるわけでもなく
もう最近は全然気にしてもなかった。


たまに、支社関係の人が
「〇〇(その先輩)、新しい支社でも
頑張ってるみたい」とか話題にすることは
あったけど、元気ならそれで良かったね
と思う程度でいた。



そのパリピがどこの出身なのかは知らないけど
だいぶ遠くに住んでるらしく
その先輩は一体いつどこでこのパリピと
会ってたのかなとか不思議に思うけど、

別にその先輩の交友関係そのものは
自分には関係ないしそこは特に
重要でも何でもなくて、

ただその先輩が前にいた支社
(大好きな人が働いてる支社)の
仕事上繋がりが深かった人や
その先輩と出身県が近い人たちは

もしかしたらどこかでそのパリピと
会ってたのかも?接点があるのかも?
と思ってしまうことがあって、

大好きな人もその中に含まれてることが
とても気になってる‥。


たぶんその先輩はそのパリピと
ある程度親しい?のを自慢に思ってそうで
積極的にそれをアピールしたい感じで、
できれば「その先輩の親しい人」として
後輩たちとも繋がっててほしいとか
思ってるみたいな感じがする。


その先輩とパリピが
その支社がある町にいる時に偶然
出くわして「仕事場が同じ人」
「あ、どうも」程度かもしれないし、
そうであってほしいと思うし、

そもそもまだ付き合えてもないのに
大好きな人の交友関係のことを
あれこれ言える立場にさえ自分はないけど、

自分とは全く真逆みたいな人と
名前と顔を知ってる程度には
大好きな人も接点があるのかということに
とてもそわそわした気持ちになる。



その先輩が新しい支社に転勤になってから
もう半年以上経つ。

違う支社になってからは大好きな人も
その先輩と親しく話すようなことも
特にないみたいで、変わらずずっと
仲良しというわけでもなさそう。


その先輩は、仕事人としては
すごく的確に仕事ができると思うけど
自分個人的には、人間としては
見た目の印象ほど信頼がおける人では
ないと感じてるから、正直に言うと

大好きな人から離れてくれて
ホッとしてる部分もある。



もしかしたら、パリピはその先輩の
親しく関わってる異性の1人なのかな?
と思う理由も1つあったりして、

その先輩がどうでも自分には関係ないけど
自分が自分に自信がなさすぎるせいで
あれこれすごく心配になってしまう。



パリピは分かりやすく
イケメンとか目に見えたスペックの良さを
かなり重視するタイプと思うし
交友関係も広そうで
きっと自分が知らないきらびやかな世界も
たくさん知ってそう。


大好きな人は、そういうパリピに
刺さる容姿ではないと思うし、

性格的にも全然そういう盛り上がりが
好きなタイプではないから
パリピが大好きな人を狙うことも
大好きな人がパリピに夢中になることも
ないとは思ってるけど、

大好きな人(その先輩も)の職種が
少し珍しくてそういう意味で
多少話題性がありそうなことだけは
モヤモヤと引っかかってる。


自分は、小さい頃からその職種に
憧れて目指してたからその支社の
人たちとも昔から繋がりがあって、

その職種の大変なことやマイナス面も
知ってるからこそ尊敬もしてるけど、

特にすごく難しい資格が要るとか
かなり頭が良くないとなれないとか
そういうのではないにしても

「えっ!それってどんな仕事?
珍しい!すごいね!」という
話題の1つとしては盛り上がりやすいのかな
と思うところが気がかりというか‥。


自分の周りで、そういうパリピと
繋がってるような人はいないから、
本当にそういうパリピって世の中に
実在するのか‥という気持ちもあったり。


自分にもっと自信があったら
いちいちこんなことにも
気にならないのかな、と思う。


そもそも、そんなパリピ(失礼)に
もし惹かれて夢中になるような人なら
付き合えても一緒になっても
確実に幸せにはなれないのは
目に見えてるし。


自分はああいう全身ハイブランドみたいな
キラキラした人にはなれないけど、
自分の長所や武器を黙ってコツコツと
努力して伸ばしていくことはできる。


地味かもしれないけど
自分が今できることを
積み重ねていくしかないから。



だけど、その先輩を見てると
人は見た目の雰囲気だけで
中身までは分からないのが怖いなと思う。


もちろん、自分は個人的にそういう
パリピとか何とか区女子みたいなのは
正直すごく苦手でも
苦手ではない人もたぶんいるし、

そういう人にとっては
その先輩みたいに「派手なのは苦手です、
着実にコツコツ目立たずに生きたい」
という顔や雰囲気を見せながら実は
パリピと関わっててもそれが何?
という感じなのかなあと思うけど、

自分個人的には、見た目の雰囲気で
この人はこういう人と決めずに
ちゃんと中身や普段すぐには見えない
ところまで見ないといけないなと

この先輩を見てると考えさせられる。



でもな‥
その先輩がそのパリピに結構
肩入れしてそうなのは前からで、

そのパリピを後輩たちにも
紹介した?のもたぶん何ヶ月も
前の話で、だけどその後も普通に

大好きな人とはやりとりしてるし
何か変わった様子も特にないし
この前も地元で会えた時
楽しそうにしてたし‥

余計なことを考えるのはやめようと思う。
大切な写真には変わりないけど

大切な写真には変わりないけど

写真で見たら分かりにくいけど、
この前夕方の空にハート型の雲が
浮かんでるのを見つけて嬉しかった♡




この前会えた時、
大好きな人と初めて2人で
一緒に写真を撮った。


これまでなかなかそういう機会もなく、
会って話してる中にいきなり
「写真撮ろ!」というのはタイミングを
間違えたら空気が変わって引かれそうで
(大好きな人は自分から写真撮ろうと
言うようなノリの人ではないし)

どうやってその話を切り出そうかと
話しながらもずっと緊張してた。


自分は大事な写真は
デジタルではなくアナログな形で
飾ったり持ち歩きたいタイプ。

今回大好きな人と撮ったのは
そもそも家族に黙って2人で会ってるし
もし自分の部屋に入られた場合
写真飾ったりしてたら色々知られて
たぶん問い詰められてしまう。


何も悪いことをしてるわけではないけど
家庭状況上、自分の個人的な色んなことを
家族に今知られたらややこしい。


だから、部屋には飾れないけど
自分の持ち物の中にその写真を入れて
持ち歩きたいと強く願ってきたから、

会ってる時話しながらちょうど
今なら言える!というタイミングを見て
写真のことを言ってみたら

拍子抜けするくらいあっさり
「いいよ!撮ろう!」という空気になって
本当にホッとしたし、すごく嬉しかった♡


その写真の大好きな人の顔は
めちゃくちゃ笑いまくってるとか
そんなことはないけど、

働いてる支社がある地域の
仕事関係で撮った写真に比べて
“地元に帰ってきて
仕事のこととかを一旦肩から下ろして
ただこの町の子に戻った顔”
に思えて、それも嬉しくて

普段あんまり仕事関係では
見ない表情をしてくれてるのも
気に入って何回も見てきた。



それが、ごく最近
仕事関係で大好きな人が
写った写真を見る機会があった。


仕事と言ってももちろん大事な商談とか
何か大きい区切りの行事に参加してるとか
そういうのではなく
もっとくだけた場面での話ではあるけど、

えっ‥何かいい笑顔‥
この表情もいいな‥と
思ってしまう写真があって。


自分は前々からずっと大好きな人と
一緒に写真を撮りたいと願ってきて

この前2人きりで話せて
本当に幸せに思って、

やっと叶ったことというのもあって
実際の表情以上に
「地元でしかしない顔!」
「気を許してくれてるのかな」と
ものすごく色んなフィルターがかかって
良く思ってしまったのかもな。


だからといって、その写真が
めちゃくちゃ大切ではなくなったとか
そんなことはもちろん全然ないし、

今度会えて写真を撮れた時には
大好きな人が自然に満面の笑みに
なれるくらいもっと心の距離を
縮められたらいいなと思う。


ただ、自分が前向きに頑張るために
相手に迷惑にならない程度の思い込みや
フィルターが必要なこともあるけど、

何でもかんでも都合のいい解釈をするのは
あんまり良くないことなのかもなと

写真のことから考えたりもした。


もちろん、今もその写真を大切に
宝物に想う気持ちは変わらないけど。