Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
1つ夢を叶えた夏の中

1つ夢を叶えた夏の中

夏という季節は好き。

でも、夏らしいことをしようと思っても
それはなかなか、自分が置かれた状況的に
実現が難しいのが悔しくてやりきれない。


夏、というイメージで作られた
こういう飲み物を飲むとかそういう
本当にささやかな夏のかけらを拾っては
何とか夏を感じようとしてる。


この前、地元関係のサイトを見てたら
「この夏にあるお祭り」として
いくつか地元のお祭りが紹介されてた。

その1番目に、自分にとってもすごく
繋がりが深い縁がある神社のお祭りが
載ってて、あぁ行きたいなーって。


でも、時間的にその時間はどう考えても
家のことをしてるし家族がその時間の
外出なんて許してくれるわけもないから
(ただ厳しいとかで言ってるだけでなく
家の事情的に仕方ない部分もあるけど)

「この神社のお祭りに行きたかった」と
心の中でただ思うだけで、

まるで自分がそう思ったことすら
何もないように過ぎていく。


その神社は、自分が隙あらば足を運ぶ
大切に思ってる神社なだけでなく
(ちなみにいつもここの神社の
お守りも持ち歩いてる)

大好きな人の家から
一番近い神社でもある。


自分はその神社の昼の風景しか知らない。
夕方から夜のお祭りの景色って
どんな感じになるのかな?


いつか、地元のこういう
他の地域には広く知られてないような
地元の子ならではの夏のお祭りに
大好きな人と一緒に行きたいなと思う。

今は、まだ夢の夢みたいな話。


だけど、この恋愛では
初めの段階では「叶えるのは厳しいかな」
と思ってしまってたことも、

本当にじっくり地味に
大好きな人と自分にしか分からないような
ペースではあるけど1つずつ着実に
叶ってきてるから、諦めたくない。



今日、家の用事で
1年少し前にも来た場所に電車で来た。


その時と同じ駅で降りて
その時と同じ道を歩いて
その時と同じ店でご飯を食べて
その時と同じ建物の中で
何時間か過ごしてると、

1年と少し前のあの頃は
ただ自分が一方的に大好きな人を
大好きなだけで(大好きな人の心の中は
もしかしたらそうではなかったかも
しれないけど、自分が見てる限りは
そんなふうに思えてた)、好意を見せすぎて
引かれたらきっとこの先付き合えないと

いつもそこに恐怖を感じながら
絶対に大丈夫な範囲内でしか
行動を起こせなくて、

そんな狭い世界で生きてるのに
本当にこれでいつか想いは成就するのか‥
とひたすら毎日悩んでたのを改めて思い出した。


地元は同じでも、今住んでる所で言うと
大好きな人が住んでるのは遠い地域で
そうそう簡単に会おうとか言えるような
距離でもないし、特に自分の状況では
自分の個人的な都合でそんな遠くに
出かけたりも難しいのに、

どうやってこの恋愛を進められるのか
考えだすと本当にしんどかった。


時々、大好きな人が今住んでる町で
その支社と関わってる人から
「〇〇(大好きな人)がENAの話になった時
めちゃくちゃ嬉しそうに笑ってたよ!」
と聞いたりすると、その時はもちろん
すごく嬉しいし励まされるけど、

その後に自分の中でもうこの恋愛を
続けていくのがしんどいと思うような
出来事があると、そこからまた

「諦めずにまた頑張ろう」という
ところまで気持ちを上げるのが
すごくエネルギーが要ったりもした。



今も、ただその当時からしたら
手応えがあるというだけで
実際に今の時点ではまだ
付き合えてはいないし、

あくまでもこれまでの長い長い日々よりは
去年の11月くらいから少しずつでも
進展がある、というくらい。


それでも、1年前に比べたら今は
本当に当時予測してたよりはだいぶ
前に進めてるなと、それはすごく思える。



自分は育った環境の影響で
本当に自分にあまりにも自信がなくて、
暴力に怯えてるうちに
「生きてるだけでごめんなさい」
くらいの自尊心のなさが当たり前の
日々になってしまってた。


自分という人間が欠陥としか思えなくて
どんなに一生懸命生きても
安心して暮らせる場所なんて
どう考えても見つかりそうになくて、

長い期間、長い年数、
本当に苦しんできた。


そのとんでもなくマイナスに思える
場所からのスタートを考えると、

本当に頑張ってきたなと
自分に対して涙が出てくる。


これからも、諦めない自分でいたい。

どんな環境で生まれ育ったとしても
幸せになれることを体現したい。


大好きな人の特別な存在に
なれるように、なれると信じて
これからも着実に頑張っていきたい。
恋愛は人に話さない方がうまくいくのか

恋愛は人に話さない方がうまくいくのか

この前、たまたま見たネット上のページで
「恋愛の話は人にはせずに
黙って自分だけで頑張った方が
確実にうまくいく」と言ってた人がいた。


元々、恋愛に限らず自分にとって大切なことや
心の奥深くにあることを誰かに話すのが
苦手な自分からすると
「うんうん、確かになぁ」と納得がいった。


ただ、どんな場合でも絶対にそうなのか?
というと、そうとも言いきれないパターンも
あるのかもしれないとも思う。


「この人なら絶対に信頼できる」と
思える人がいて(この時点で相当難しい)、

自分だけで悩んでても同じところをグルグル
考えてるだけで他の側面からのいいアイディアは
なかなか浮かばないし、心からこの人の
意見を聞いてみたい、それを参考にして
思考範囲を広げたいと思う場合は

相談することで自分では考えつかなかった
いい方法が浮かんだり、人に話すことで
自分の想いや考えが整理されていって

本当はどうしたいのかが自然と見えてくる
ということもあるような気がする。


でも、その場の話のネタの1つとして
盛り上がりたいために、本当に信頼できるか
どうかも分からない人に恋愛の話をするのは

相手が実は自分のことをよく思ってなかった、
恋愛のことも実はうまくいかなければいいと
心では思われてた、ただ興味本位で
面白いからその話を聞いてただけで
真剣に考えてなくて好き勝手言われた、

というようなリスクも常にあると思う。


自分は家の事情で自由にドラマも見られないけど
例えばドラマの話で盛り上がるのは、

ドラマがあくまでもフィクションで
実在する誰かの話ではないからこそ
自由に話せたりするのもたぶんある。


だけど、人によっては
顔では「この子とは本当に仲良し」という
顔をしながら自分より友達の方が
恵まれた環境や状況に身を置くことが
許せないと嫉妬する人もきっといるし、

自分自身の恋愛ではないから無責任に
適当に考える人だっておそらくいる。


自分はスピリチュアルなことには
詳しくはないけど、そういう目には見えない
周りの人の嫉妬とかのマイナスな感情を
向けられるのも嫌に思うし、

周りの人を誰を信じていいのか
という基準もよく分からないから
誰に対しても恋愛も含めた個人的なことは
なるべく話さないという選択をしてる。


本当の理想としては、
恋愛や自分の個人的なことも
話せるような親友がいてくれると
心強かったりもするのかな?とは思うけど、

自分の場合はなかなかそこまで人を
信用できるところまではいけない気がするし

一回そういう話をしてしまえば
話してなかった時点には戻れないから、

初めから大切なことは誰にも言わない
と決めてる。


自分は恋愛経験も本当に少ないし
人に偉そうに言えるようなことは
全然ないけど、人を簡単に信じることは
やっぱり危ないと思うから、

ネットで誰かが書いてたように
「恋愛をうまく進めたいなら
人に話さず自分一人で頑張る」というのは
自分個人的には、納得するし共感するかな。
楽しさの中に秘密を隠す

楽しさの中に秘密を隠す

前に何回も行ったことがある、
大好きな人が働いてる支社のすぐ近くの
写真を、その支社がある町の近辺に住む
知り合いが送ってきてくれた。


「ありがとう!この場所懐かしいな」
とお礼を言って、そこから
少しの間色んな話をしてた。


「前は支社の近辺にも行くことも
あったけど、今はなかなか事情もあって
行けなくなってしまって、支社の人たちと
会って色々話すような機会もないからな‥」
と自分が言ってたらその知り合いが

「でもこの前、〇〇(大好きな人)は
地元帰ってたでしょ?
ENA、地元同じだったらたまたま
道でバッタリ会ったりしなかったの?笑」
と聞いてきた。


もちろんその知り合いにも
大好きな人と自分が地元で2人で
会ったりしてることは秘密。


支社関係の一人に話してしまうと
その人がその周りに話した場合に
支社関連の人間関係の中で
色んな噂が飛び交ったりして
たぶんろくなことにならないと思うし、

大好きな人との関係は
そういう誰かが面白おかしく広めたり
興味本位で盛り上がるような
そんな軽いものではない。


この知り合いも、気さくでざっくばらんに
何でもないような世間話をするには
楽しい人ではあるし、
その支社がある町に住んでない自分とも
仲良くしてくれて有り難いけど、

大事な話はできないなというのは
前々からすごく思ってる。


だから、その話題になった時も

「いやー、いくらそこまでの
大都市ではないにしても
いきなり道歩いててバッタリ
会えるなんてことはなかなかないな‥笑

そうやって会えるくらいまで
普段から行い良くしとこうか!笑」

とさらっとごまかして笑っといた。


知り合いもそれを聞いて
「そりゃそうだよねー!
そんな大きい町じゃなくても
偶然バッタリ会うなんてことは
なかなかないもんね!笑」
ってその話題が自然にうまく
まとまった感じになってホッとした。



人と人との信頼関係は
日常の目に見えない小さいことの
積み重ね、といつも思う。


その場のノリや、この人になら
話しても大丈夫かな!と考えて
話してしまったその数分で

年単位で積み上げてきた信頼が
瞬時に壊れる可能性だってある。


自分が信頼してもらって誰かに
何かを相談されたり
打ち明けられた時にはもちろん
その秘密は守るし誰にも言わないけど、

じゃあみんながそうなのか?というと
そうではない人だってたくさんいる。


それをここで話していいの?と思うことを
ためらいもなく話題のネタにする人もいる。


だから、自分は本当に大切なことほど
誰にも言わないし、言えない。


周りの人たちのことを嫌いとか
そんなんではないけど、
自分の大切なことを話せるかというと
それはできないなという答えにたどり着く。



人の恋愛話とか、好きな人多いもんな。

当事者なら真剣に考えることや悩むことも
身近な誰かの話になると何で急にそんなに
面白くなって無責任に盛り上がれるのかな
と思う時も多い。


自分が昔からお世話になってる
大好きな人が働いてる支社の人たちは
いい人か悪い人かでいうと
悪い人ではない、たぶんいい人。


それでも、じゃあ何でも話せるのか
というと、それはまた別の話。


大事なことほど、心の底に
大切に抱きしめて生きた方がいい。

黙ってることが、大事なことを一番
守れることに繋がると思う。
お礼参り*久しぶりに書いた短冊

お礼参り*久しぶりに書いた短冊

地元でいつも行ってる神社がある。


前にもこのブログには少し書いたけど、
自分の中で特にここは落ち着くと思ってる
何となく一番縁があると感じてる神社で、

大好きな人もたぶんその神社が
家(実家)から一番近くて身近な神社
というのもあって、恋愛のことを主に
そこの神社では神様に話してきてて‥

きっと見守ってくれてると思えることが
いくつもあるし、特にこの前の

大好きな人が地元に帰ってきた時に
もちろん勇気はとても出したけど
なかなか予定合わせるのとかも
大変かなと心配してたのが

トントン拍子に会えることになったりとか
すごく運がいいなと感じたりもしてて、

改めてそういうお礼も伝えたくて
できるだけ早くお礼参りに行きたかった。


地元は地元でも、自分の家庭の都合上
そうそう自分個人の用事で
外出するのが難しいから何とかうまく
今日神社に行ってこれて本当に良かった!!


梅雨の中でも今日はとてもいい天気で
青空の下でお礼参りできたのも良かった。


毎回思うけど、いくら神頼みしても
自分がそれに甘えて頼るだけでは
夢も目標も叶えるのは難しくて、

あくまでも神様にお願いするのは
補助的なサポートや力添えであって
主体的に頑張るのは当事者の自分
というのは心に誓った上で、

私もこれからもまっすぐ
真剣に努力を続けるので、
これからもお導きをよろしくお願いします!

というのと、ここまでのお礼を
伝えて来れてホッとした。



そして、地元で時々寄る小さい商業施設で
七夕の短冊を書くコーナーがあって、
何年ぶりかに短冊を書けて
それもすごく嬉しかった☆


大好きな人の本名はもちろん
ひらがなでも書けないし
その辺りはぼかしといたけど‥笑、

地元でもし大好きな人の親や兄弟が
見たとしても自分とは特定されないかな?
と思える程度に留めて書いてきた。


これも、短冊を書いたから
何もしなくても勝手に誰かが
それを叶えてくれるわけではない
というのはもちろん分かってるけど、

自分の願いを改めてそういう場で
文字にすることで、やっぱり自分は
これを叶えたいと強く思ってると
自分でも再確認したし、

自分の努力ではどうしようもない
大きな壁について考えた時にはいつも
この恋愛を続けるのが怖くなってしまうけど

それでもやっぱり大好きな人のことを
大好きと強く思えた貴重な一日を過ごせた。


その地元の小さい商業施設の中の
そこに行くと必ず寄る場所があって、
そこでスピッツの魔法のコトバが
流れてて懐かしかった!


自分は昔から、大好きな人が今働いてる
支社と関わりがあって、その支社がある町も
すごく身近な場所で、もう何年も前に

その町のラジオを聴いてたら流れてたのが
この魔法のコトバで、その時も歌詞と
メロディーがとても心に残ったのを
今でも覚えてる。


当時の自分が何を思いながら
この歌を気に入って聴いたのかは
今はそこまで詳しくは思い出せないけど、

久しぶりにこの歌を聴いて
今は鮮明にはっきりと大好きな人を
思い描きながら歌詞やメロディーに
想いを馳せられるということに
改めて感謝しようと思った。


大好きな人を大好きになる前の自分を
遠い遠い遠いセピア色の記憶のように
のっぺりとしか思い出せない気がしてる。

のっぺりって何‥って自分でも思うけど、
ピッタリ合う表現が何となくのっぺり。笑


たくさんの制約があり
大きな壁がある中での恋愛は
今でもまだ、心を締め付けるような
苦痛が伴うものではあるけど、

それでも感謝できるところには
ちゃんと感謝を忘れずに

自分が努力できるところには
黙ってコツコツ少しずつでも
その努力を積み上げて、

先月みたいに本当に幸せな日を
これからの人生にもたくさん
記していけるように頑張ろうと思う。
君と私の物語と

君と私の物語と

財布の中のレシートの整理をしてた。

日にち的にはどっちもつい最近。

だけど、自分の中では
“これは大好きな人に会える前”
“これは大好きな人と会えた後”
という境が、最近のその数日の間に
確実に心にあるように思える。


この日は〇〇(大好きな人)に
地元に帰ってくるなら会おう!って
連絡してもいいかずっと悩んでたなとか

この日はかなりの覚悟を決めて
口から心臓出そうになりながら
勇気を出して連絡したなとか

手帳を見なくてもその頃のことは
鮮明に全部細かく記憶に残ってる。




地元で、大好きな人のことを
昔から知ってて、大好きな人も
その人たちを慕ってたという人が

「この前、昔から可愛がってる
〇〇が地元に帰ってきててねー‥」と
多くの人たちが見聞きする場で話してた。


同じ地元なのもあって
自分もその人たちのことは
特別親しくはなくても知ってるし、

その人たちに対して
何か嫌な印象があるとか
悪く思ってるとかは全然ないけど、

あぁそんなふうに人がたくさんいる所でも
そうやってその話ができるのはいいなと
正直、羨ましく思った。


その人たちは、大好きな人や自分の
地元の人ではあるけど、大好きな人が
働いてる支社とは繋がりがない人たち。


その支社関連の人間関係が
信用できないと思う状況なのを考えると、
支社とも関わりがある自分は
地元でも、大好きな人が今住んでる町の
人たちにも、大好きな人と地元で2人で
会ってるのとかは誰にも言えない。



大好きな人は
仕事がカレンダー通りではなくて
今回もプロジェクトが一段落して
まとまった連休を取れるってことで
やっと地元に帰ってこれて、

それを分かってるから
まだ付き合えてるわけでもない立場で
「会いたい」ってその貴重な時間を
自分に分けてほしいみたいなことを
言っても大丈夫なのかすごく悩んだし
本当に迷ったけど、

何も後ろめたいことはしてないのに
支社の人間関係をあれこれ考えて
誰にも何も言えないというのは
ちょっと苦しいなとも思い始めてきた。


自分たちの地元にはその支社と
関わりがある人たちはほぼいないから

(その職種の関連会社はあるけど
そこの人間関係がどうなのかまでは
詳しくは分からない)

2人で会ってても即誰かに知られたり
それを面白おかしく広められたりする
ということはないと思うけど、

子どもの頃はその支社と関わってても
そこまで知りもしなかった
人間関係の怖さをここ数年で改めて
実感してしまうことが何回もあるから

仕事に関してみんなそれぞれに
ちょっと珍しい職種をテキパキと
こなしてたりすごいなと思いながらも

自分の個人的なことはこの界隈には
不用意に知られないようにしよう、とは
本当に本当に考えるようになった。



支社内での人間関係のことについては
数年前からずっとそんなふうに
身構えててもうそれが習慣づいてるけど、

地元の人たちがそれはもう堂々と
思いのままに「〇〇(大好きな人)に
前々からずっと慕われてる」という話を
してたのを見て、自分はすごく
嬉しいことも楽しいことも幸せなことも
外の誰かはもちろん家の中でも
誰にも言えない立場にあるのを
改めて実感してしまった。


その支社は、名前を聞けばみんなが
分かるような有名な会社ではないけど、

職種的にはちょっと珍しいから
それに興味がある人から見たら
話題にはなるのかなと思うようなもので

その地元の人たちが
「珍しいでしょ?
そういうのを仕事にしてるって
本当にすごいよね!
あの子のこと、うちは昔から知ってて
面倒も見てきたから」
とすごく自慢げに言ってるのを見聞きすると

もし大好きな人がそういうちょっと
珍しい職種に就いてるのも

言葉は悪いけどその話題を出して
自分たちの価値も高めたいと
思うような人たちなのかもなと
感じてしまう部分もある‥。


もし、大好きな人が今の仕事に
就いてなかったらきっとその人たちも
そこまでわざわざ大好きな人の話を
出したりするのかなー、とか。


あくまでも自分が思ってるだけで
人には絶対に言えないけど。



それでも、これまでの自分なら
大好きな人に対して
ああしたい、こうしたいと自分の希望を
言葉に出すことはできなかったから、

この夏は勇気を出して
行動に移せたのは本当に良かったし

今は誰にも言えなくても
大好きな人と2人で会えたことは
これまでと比べてきっと
数え切れないほど前進できてるはず。


自分には人としての価値がないと
思いながら必死に生き延びてきたことを
思えば自分も成長できてるし、

大好きな人と2人だけの秘密があるのも
少し前の自分から見たら
まるで夢みたいなこと♡♡


その感動や感激は忘れずにいたい。



あと、前に書いた転勤の噂のこと‥

そもそも上司が本当に言ってたのか
どこから出た話なのか
そういうことも分からないけど、

自分がたまたま聞いたのは
どこそこの支社にいつから行くという
話がある、というすごく具体的な
ものなのもあって、真実味があって
しばらく緊張して落ち着かなかった。


でも、また新しいプロジェクトの
話の時に結構主なメンバーとして
大好きな人の名前も出てたし

転勤の話はひとまず
気にしなくても良さそう。


本当に良かった!!
親戚の一言*口が軽い知り合い

親戚の一言*口が軽い知り合い

この前、親戚と会った時
「ENAにもいい人いたらいいのにな」
と帰り際に言われた。


この親戚、性格的には
全然悪い人ではないけど、
ちょっと人の事情に無配慮に
踏み込みすぎる傾向にある。

たぶん、同じ会社に勤めてたら
無意識にハラスメントとか
してしまうタイプなのかもしれない。


ちなみに、おそらくこの親戚の
そういうところが耐えられなくて
いとこはあからさまに
この親戚から距離をおいてる。


いとこの両親は
いとこが「どうしてもこれは嫌」と言えば
ある程度話に耳を傾けて
一定の理解は示してくれるタイプ。

だからいとこもきっとそうできる。


もし自分が同じことをすれば
親戚は絶対という考えの親から
何をされるか分からないから。



その日、その親戚にそう言われた時
「あー‥うん。笑」という
何とも曖昧な答えしかできなかった。


大好きな人は、地元の中でも地元の人で
実はこの親戚と小学校が同じ。


この親戚が生まれ育った町と
大好きな人が生まれ育った町は
最寄り駅も同じで
町同士ももちろん徒歩圏内。


そしてその親戚と距離をおいてるいとこも
大好きな人と学校が同じ。
(学年的にはかぶってない)


これだけ地元が同じという
環境にあるからこそ
色々慎重にしたいという思いもあって、

まだ付き合えてる状況でもないから
今あれこれ言うこともないと考えて
そうやって親戚に何か言われても
無難な笑顔で乗り切るしかない。笑



だけど、この前のその出来事があって、

自分の中ではコツコツと努力を重ねて
前よりはものすごく進んだ!と思っても
第三者目線で見たらまだまだ堂々と
言える状態にまでは来てないのかと感じた。


付き合えて、将来的なことも
見えてきてるくらいなら
「同じ地元で将来を考えられると
思ってる人がいる」とか
言えるかもしれないけど、

今の時点では、まだまだ全然
人に言えるようなところまでは
進めてないなと改めて気づかされた。


それでも、まだ他の人たちから見たら
全然大きな進歩はなかったとしても

自分の(自分たちの?)中では
前よりも何十歩くらいは進めてると
思いながらまた着実に頑張ろうと思う。




親戚の話とは全然変わるけど、

大好きな人が働いてる支社関係の人と
昨日久しぶりに話す機会があった。


夜に「ENAと最近話してないなって。
元気にしてる?」って連絡が来て、
そこからしばらくやりとりしてた。


その人との会話の中で

「〇〇(支社長)さんと自分の知り合いが
仲が良くて個人的にも連絡を
取り合ってるから、△△(仕事関連)の件でも
早めにそれとなく伝えて危ないことには
ならずに済んだらしいんだよね!

あ、自分の知り合いと〇〇さんが
仲がいいのはこの支社関係の人には
秘密にしといてね!」

と言われたけど、この人はよく
“実はこうなんだけど”
“他の人には内緒ね”
という内容の話をしてくる。


自分を信頼して話してくれてるなら
そこに関しては有り難いけど、

もし例えば自分が支社関係のことを
何かこの人に話して「内緒にして」と
言ったとしても、他の仲いい人には

色んな話を自分に話してくるみたいに
得意げに話してしまいそう
というのは、めちゃくちゃ思うし

自分が話す内容にも
気をつけないとなといつも思う。


この人がいくら
「他の人には言えないけどENAにだけ」
「これは絶対に内緒で!」
みたいな話をしてきたとしても、

自分は大切なことをこっそりその人に
話すことはないなあ。


絶対言わないけど、もし自分が
「他の人には絶対秘密にしてほしいけど、
実は〇〇(大好きな人)と休暇中に
地元で会ってる」なんて話したとしたら

支社関係の人たちに嬉々として
「自分はENAと仲がいいから
本人から聞いたんだけど、
ENAと〇〇って地元で2人で会ってるよ」
なんて広められるのは目に見えてる。



その人が自分に周りの秘密を話してくる
ということは、
もしその人に自分が秘密を話せば
周りの人にもそれを広められる
ということ。


その人は知り合いもかなり多いし、
支社関係の場で直接話すだけでなく
普段から支社関係の人たちと
連絡もそこそこ取り合ってるらしいから

本当に無難なこと、仮に周りに
広められても構わないこと以外は
話さないようにしないとなと
いつもすごく意識してる。


社会人になってからはもちろん
学生の頃を思い返しても
“ここだけの話”が本当に
“ここだけ”で済むことなんてなかった。


自分は、誰かに聞いたことでも
その誰かが自分に対して話してくれたことを
他の人に広めるというのは
自ら信頼を捨てること、と思ってきたから

決して人にバラすようなことは
しなかったけど、まるでそういう人の秘密を
知ってることが自分自身の価値かのように
考えてる人もいるのかなと
感じてしまうことも何回もあった。


人付き合いは怖いな、
人間って怖いなと思うことって
生活の中に結構ある。


でも、あからさまにあなたとは
距離を置いてます!という態度を
知られてしまうとそれはそれでまた
面倒なことになりそうで、

だから支社関係の人たちに対しても
明るく元気に感じ良くは接するけど
基本的には聞き役に徹して
自分の個人の話はできるだけしない、

もしするとしても大事なことや
大切な人との信頼関係に関わる話は
絶対にしないと心に深く決めてる。
だからこそ、これからは

だからこそ、これからは

大好きな人と会えた日の食事。

バタバタと会って
本当はもうちょっとゆっくりしたかったけど
大好きな人だってそんなに余裕のない
限られた中で時間を作ってくれてるから、

それだけでも有り難いと思わないとな。


付き合えて、一緒に地元でご飯食べたり
何でもないような平凡な日常を
ごく普通に一緒に過ごせるようになりたい。


これまで家に色々ありすぎて、

きらびやかなSNS映えなんかより
心が本当の意味で安心して温まるような
普段の生活を大事にできる
地に足が着いた恋愛に憧れてる。


安心、安全、平凡、平穏。

暴力的な家庭に育った自分にとって
小さい頃から喉から手が出るほど
ずっと欲しいと思い続けてるもの。


このおにぎり食べてた場所は
今よりはまだ自由に出かけたりできてた頃に
たまーに行ってた所。

数年前から、家の都合で
それまでより更に自分に自由はなくなった。


大好きな人と会えた日、
地元でもしばらく行ってなかった
その場所に久しぶりに寄ったら
当時と何も変わってなくて。


この6年くらいで家の状況は変わって
本当に紐で縛り付けられたかのような
自由が極端に少ない生活になってるけど、

その間に大好きな人を好きと気づいて
それまでは自分に自信がなさすぎたのが

本気でこの人を好きなら
自分の気持ちを伝えていかないと!とか
見た目も中身も自分磨きをしないと!と
思えるようになって

自分の心がマイナスになりそうなことからは
なるべく離れたり目に入らないようにしたり

どうしてもそこから逃げられないこと
(家の問題とか)については少しでも
考え方を変えたりうまくやり過ごす術を
身につけたりなるべく工夫するようになった。


元々、家族からのDVがある中で
生きてきたから、人を信じられなくて
「自分は心が空っぽのまま
ただ表向き明るい人、元気な人、で
大切な時間を棒に振っていくのかな」と
心のどこかで考えてきたけど、

家族にも誰にも言わずに
自分で決めて動いて
大好きな人と会えて話せて笑い合えて
「またね!」って言えた帰りに

かつてたまに行ってた場所に寄る
というのが、自分の中では少し
成長を感じられて嬉しかった!



もしかしたら、そうやって前より
成長して次のステージに来たから
思うことなのかもしれないけど、

最近、前より思うようになったというか
改めて気づいたことがある。


自分はこれまで、本当に家族にとって
都合がいいように操縦されてきた
ということ。


家族にとって大事な価値観や
これは譲れないという考えがあるのは自由で
それも家族の個性の一部分。

ただ、それを
「これが世間の中での常識」
「家族が言うことを聞いてれば間違いない」
「家族が勧めること以外は甘い考え」
「家族に背くなんてありえないからね」
「そんなに自分が正しいと思うなら
そんなおかしい子、うちには要らない」

とか、洗脳や脅迫で都合良く
家族の望むように生きさせようとするのは
今考えたら、すごくおかしい。

今でもまだ、そういう圧力を感じる。



大好きな人を好きになっただけでなく
周りにいる人たちを見たり
自分とは違う環境で育った人と話したり
そういう日々の中で、

しつけが厳しいとかそういうレベルの
内容ではないよな‥?と思うようになった。


厳しくして恐怖感を与えれば
家族の思い通りになる自分は
家族にとってどんなに都合がいい存在かと
今の自分はすごく思う。


大好きな人に対して自分が恋愛感情を
持ってることは当然家族には
今のところは言ってないけど、

そこまで言う?と疑問に思うくらい
大好きな人の容姿や学歴などに
文句をつけたり否定や批判をするのは

大人になった自分が家族が望む生き方とは
別の人生を歩むことが怖いから、
困るからという理由もあるような気がする。


いつも思うけど、法律に反してたり
倫理的に許されない恋愛なら
たとえいくら本人が「自分は真剣です」
「本気で好き」と言ったとしても

それは堂々とはできないこと、と
自分の考えではそう思う。


好きを理由に何でもありになったら
規律も倫理観もめちゃくちゃになる。

そうなると、必ず未来をぶち壊すような
トラウマを理不尽に抱えるような
人が出てくるのは明白な話。


自分は家族の歪んだ恋愛観で
小さい頃から本当に苦労したし、
恋愛に夢なんて持てずに育った。

もしそういう育ち方をしてなければ
自分はきっとこんなに恋愛で悩み苦しむことは
なかったと思ってるし、そこに関しても
家族を恨んでも恨み切れないから。


自分は人に言えないような恋愛はしてない。

今は自分と大好きな人の身を守るために
誰にも言ってないだけで、
後ろめたいことがあるから
言えないんではない。


ちゃんと社会や世間のルールを守った上での
恋愛なら、何か少人数派に分類される要素が
あったとしても、だからといって

後ろ指を指す人がいたとすれば
その指を指す人が間違ってる。


これまで家族に洗脳されてたな、
自分の人生を生きれてなかったな、と
今改めて気づいたところで
これまでの日々を生き直すことはできない。


家族に支配された日々は
ENAの仮面を被ったどこかの誰かの歴史。


それは今自分がどんなに悔やんでも
変えられないのは本当にやりきれない。


ただ、だからこそこれからの人生は
自分が本当に生きたい道を
自分の手で切り拓いて生きたいと思う。



この前、大好きな人と会えた時
「写真撮ろう」とずっと言いたくて、

でも会ってる間お互い全くスマホなんて
出さないしひたすら顔見て喋ってて、

どのタイミングで写真撮りたいと
言い出せばいいのかを事前から悩んでた。


勇気を出して言ったら
笑顔ですんなりOKしてくれて
その写真を見る度に、

本当に欲しいものがあるなら
その欲しいものが尊ければ尊いほど
簡単に手には入らないし

それなりの勇気や努力を積み重ねないと
得られないというのをすごく感じる。


そんな勇気の先にやっと手にした
その写真を見ながら、これからも自分は
自分らしい人生のためにそんな勇気を
使える人でいたいと思う。


うちは家族がめちゃくちゃ厳しくて
教育虐待の家庭でもあったけど、

勇気を出す大切さや
本当に大好きになると特定の人に対して
どんな気持ちになるのか
心の距離を縮めるためにはどんなふうに
気を遣ったり思いやればいいのかという

どんなに勉強を頑張っても
それだけでは知れないことも
自分はこの恋愛からたくさん学んでる。


これまでの人生は大変なことの方が
圧倒的に多くてしんどかったけど、

大好きな人と出会えたこと
大好きな人を好きになれてることには
本当に感謝するし、有り難いと思ってる。
何でそれを家族が決めるの?

何でそれを家族が決めるの?

少し前に、知り合いからもらった手紙の
返事を今日こそは書こうと思う。

大好きな人にもまた手紙書きたいな‥。

手紙に限らず、あんまりしょっちゅう
連絡したらしつこいと思って、
意識的に明らかに迷惑にはならない
回数にセーブするようにしてる。



この前、家族と話してる時に
隣の県出身で、今は西側に数県離れた所に
仕事で転勤して住んでる人の話になった。


その人は特に親しいわけでもないし
お互いに好きな人がいなかったとしても
2人で会うような関係性ではないけど、

あくまでも例えばの話として
「あの人もゆったりして
良さそうな人に思えるよね」と
家族が言ってきて「うん」と自分が答えて

その時にいきなり家族が

「でも、やっぱり何と言っても
全ての面でパーフェクトなのは
どう考えても□□くんしかいない!」と
熱く語り始めて、あぁまたかー‥って。。


その□□くんというのは
ほぼ自分と同い年の
自分が親の事情で住んでたことがある町に
住んでた人で、いかにも家族が好きそうな
学歴と仕事と容姿と性格の持ち主。


特技もいくつもあって
確かに□□くんは立派な人という
家族の意見には自分も納得する。


家族の中の一人が、とにかくその□□くんを
自分とうまくいかせたくて仕方なくて、
前々から事あるごとに□□くんを
しつこいくらいに勧めてきてしんどい‥。


確かに□□くんは、おぉ!と思う大学を
出てるし仕事も安定してて、容姿も性格も
いいというのはよく分かる。

でも、恋愛は条件ではない、と思う。


そりゃ、家がありません!とか
今日今食べるものもありません!という人と
「でもこの人が好き」という理由で
一緒に生きていくというのは
誰もができることではない。


だけど、優秀な大学を出てるからとか
容姿が多くの人から見てかっこいいからとか
特技が多くて周りにも自慢できそうとか

自分はそういうことで恋愛はしたくない。


□□くんが立派な人、というのは
分かるし、全く否定するつもりはないけど、

家族が自分に対して
「□□くんもたぶんまんざらでもない、
だから□□くんにアプローチしろ!
付き合え!結婚しろ!」みたいな
プレッシャーをかけてきたりとか、

「□□くんと一緒になるために
紛らわしい言動はするな、
異性と2人きりで外で過ごすのは
□□くん以外は絶対にダメ」

と念を押してくるのはおかしいと思う。


□□くんにも選ぶ権利があるのはもちろん、
何で自分の恋愛を家族が操縦するの?

そしてそれを何で当たり前みたいに思うの?


自分にはよく分からない。


家族がその家族自身の人生を考えて
これを頑張ろうとかこうなりたいなとか、
決めたことに進むのはその人の人生を
責任を持って生きればいいけど、

ENAの人生も自分のもの
みたいな考えを何でできるのか?

人の人生を勝手に決めつけて
奪わないでほしい。


自分はもう、昔も今も充分
家族のために本当に尽くしてきた。

あんまりこういうことを言うのは
良くないかもしれないけど、
自分がしたいことも好きなことも
たくさん犠牲にして我慢してきた。


それでもまだ自分の人生を搾取するの?

自分の人生を生きさせてほしい。


これまでとんでもない環境に身を置いて
心を壊して人間不信になって、
それでもこの人となら寄り添いたいと
思えた人を、尊重してほしい。


家族には分からないと思うけど、
自分がこんなふうに恋愛できるのは
奇跡みたいなこと。


恋愛する上で、これだけは譲れないと
思う条件というのはたぶん誰にでもあるし

(ちなみに自分の場合は

・誠実
・心が穏やか
・金銭感覚がしっかりしてる
・暴力的なことを一切しない

というのは絶対的な条件で
どこの学校を出てるとか
世間に自慢できるイケメンとかは
全然その条件内には入らない)

家族が勝手に心の中で
「ENAがこういう人と
恋愛してくれたらいいな」と
理想を描くのは自由かもしれないけど、

それを言葉や態度に出して押し付けないで。



大好きな人とは、地元が同じで
地元の話題の時には名前が出てきたりする。


地元以外にも共通項が多いから
家族の前でもそうやって話題になるのは
ごく自然というか、むしろ全く話題に
しない方が不自然なくらいで、

ただ、自分が大好きな人に恋愛感情を
持ってることは家族はたぶん知らない。

もし感づかれてたら
意地でも阻止したいと思われると思うし、

自分は家族に対して警戒してるから
余計に思うのかもしれないけど
たぶん暴力とか脅しとかも使われそう‥。


これまでは、大好きな人が自分を
どう思ってるかが分からないというか、

嫌われてはないとは分かってたけど
いいと思ってくれてる確信はなかった。


でも、この前会って話して
大好きな人も自分のことを好きなのかな?
と思う場面がいくつかあって‥

まだ付き合えてるとかではないし
慎重に頑張りたいけど、

その大きな壁も越えられるほど
自分を好きになってくれるなら
自分は大好きな人と生きていくことを
迷わないな、と思う。


恋愛経験が少ないから
前と比べてどうとか
そういうのはあんまりないけど、

隣にいて体が触れてる時の
すごくしっくりくる感覚とか

話してる時のドキドキするけど
ゆったりした落ち着いた優しい空気感とか

他とは全然違うなというのは
本当にすごく感じるから。


こういうのを、外の知り合いには
話せなかったとしても家族の誰か
一人でもいいから話せたとしたら、

また違うのかもな‥。


何も悪いこともしてないのに
まるで何かまずいことをしてるみたいに
コソコソしないといけないのは
本当に苦しい。
なじみの町名*信頼関係はコツコツと

なじみの町名*信頼関係はコツコツと

昨日は、自分にとって本当は
気が進まない用事で出かけたけど、

やっとのことでそれが終わって
帰る時にふとそのバス停の時刻表を
見てたら行き先表示の所に
大好きな人の住所と同じ町名を
通るって書いてあって、

ただそれだけで、自分の地元での生活に
繋がってるなと思えてすごく嬉しかった!



大好きな人が働いてる支社関係の
知り合いから今日連絡があった。

その連絡の中で、大好きな人の
話題にもなったけど、無難に返して
大好きな人と地元で会ってるのは
絶対に言わないようにした。


その知り合いが信用できないのか
どうかは分からないけど、

その支社関係のコミュニティの中で
誰が誰と繋がってるか分からないし

この人は信用できると勝手に信じて
個人的なことを言ってしまった場合に
その知り合いが仮にその周りに広めれば
気づいたら支社関係の人たちみんな
知ってる、みたいなことにも
なりかねないと考えたりする。


それに、昔から支社の人たちとは
関わりがあるけど、正直に言って
口が軽い人もそこそこいる。

(転勤とかで人が入れ替わって
ずっと全く同じメンバーが
その支社にいるわけではないけど)


大好きな人は、昔からその支社を
詳しく知ってはいなかったから
たぶん実際にその支社に配属されて
「人間関係には気をつけよう」と
思った部分もあったと思う。


会って話してた時に
そんなはっきりと「この支社の人は
信用しない方がいいよね」みたいな
そこまではお互い言ってないけど、

仕事に関係ないこと、
個人的なことは言わない方がいいし
これからもそうしようって話はして

たぶん、自分と同じように
思ってそうと確信した。



今日連絡をくれた知り合いは前から

「ENAちゃんって小さい頃から
この職種に興味あったんだね!

住んでる地域は遠いのに
この支社のこともよく知ってるし
同じ分野にずっと興味あるって
ほんとすごいよね!」

と言ってくれたり、色々と
気遣ってくれる人で、自分が恋愛してる
相手がその支社に関係ない人なら
別に個人的な話はしなくても良くても

相手が支社関係の人なのに
何も言わずに黙ってるというのも
何か悪いかなとは考えてしまうけど、

この知り合いとのやりとりの中で
「えっ!そこでそんなこと言うの?」
と思ってしまうようなこともポロっと
言ってしまったりする人なのかな
というのは何回か思ったこともあるし、

言わずにいようと約束したことは
自分は必ず守る。

約束を守るのは人として
絶対的な条件、本当に必要なこと。


大好きな人との関係性は
日々大切に大切に育ててきたもの。

それを誰それに悪いからとか
そんなことで壊すなんてありえない。


自分にとって、大好きな人との関係は
何より大切なもので
絶対的に守り抜きたいもの。




最近すごく思うことがあって。


その支社関係のまた別の知り合いが
ある時ふと

「例えばこれを叶えたいとか
あの場所に自分の身を置きたいと思ったら
結局は自分を成長させないといけない、
それしかそれを実現する方法はないよ」

というようなことをネット上で書いてて
自分はそんなにネットは見ないけど
たまたま見た時にそれが書いてあったから
なるほどなぁとその時はあんまり
あーそうそう!とまでは思わなかったけど

それがその後もずっとなぜか
頭から離れなくて、何かの時にはいつも
その言葉を思い出すようにして
自分の言動を振り返って
変えられるところは変えてみたら、

その後の自分の生活は確かに
それまでより変わった気がする。



複雑な家庭に育った自分には
たくさんのトラウマもあるし
普通の状態ではゼロどころか
マイナスからのスタート。


どんな家庭に生まれ育つかは
その子自身は決められないし、
好きでトラウマを背負って
生きてるわけでもない。


だけど、本当に叶えたい夢があるなら
立ち上がって強く生きていかないとと
自分はこの恋愛と出会って
改めて思うようになった。


元々、人を傷つけたり苦しめたり
都合がいいように扱っても
罪悪感も何もないような家族に
あれこれ訴えかけても時間と
エネルギーの無駄とも思う。


大好きな人との恋愛も含めて
自分がこれまでとは違う環境で
生きていきたいと本気で強く願うなら

その目標にふさわしい人間になって
そういう生き方をしないといけないと
前より身にしみて思うようになった。
自分磨きをしようと思う

自分磨きをしようと思う

大好きな人と会えることになる少し前から
バタバタと忙しかったのもあって疲れてて
あんまり食欲がなかった。

家族に知られるとまたややこしいから
分からない程度に食べる量を減らしてた。


大好きな人と会えるかもしれない!と
いうことが分かってからは、

会えることを信じてパックをしたり
自分は暑がりというのもあって
制汗剤を色々調べたり、

いきなり明日会おう!とか
大好きな人の仕事の都合で突然予定が
決まったりしても困らないように

少しずつ準備をしてた。


結果的に会えたのもあって、
やっぱりいきなりあれもこれも!と
思っても一気にはできないし
たぶん間に合わなかったと思うから、

普段からいつでも会えるような状況に
自分をもっていっとかないと
いけないなぁと学んだ。



無印の小さいゼリーを凍らせて食べるのは
前から好きで去年もしてたけど、

去年は暑すぎてこれ以外にも
アイスもあれこれ(特に氷菓系)食べてた。


氷菓系はそんなにカロリーは高くないけど
たぶんこの無印のゼリー一択にすれば
摂取カロリーもアイスより少ない!


大好きな人と会えると決まった時、
自分があと1億倍くらい可愛かったら
良かったのになと思った瞬間、

自分は相手の容姿には
イケメンとか全然こだわらないけど
自分の容姿は良ければ良いほど
恋愛の世界では有利というのを

無意識に考えてると気がついた。


ストレッチも頑張ってきたし
摂取カロリーもなるべく少なくして
普段から家にストレスがとても多いから
せめて自分でできるケアはしようと
肌の手入れもしてきたつもり。


それでも、大好きな人と会った時
もっと自分磨きを頑張ってれば良かった
とすごく思ってしまったから‥

次に大好きな人と会えるまでには
今より痩せて顔も多少は整った感じに
なれたらいいなと思うし頑張ろう!


自分に自信をもっと持って、
自信がある人ならではの
振る舞いをできるようになりたい。



明日は、地元での家の用事がある。

今も地元に住んでるけど、
明日家の用事で行く所は更に
大好きな人の実家に近くて
それだけで嬉しくなってくる。


ただ、家の用事の内容そのものは
自分にとっては楽しみでもない、
本当にそれってしないといけないの?
という用事‥。


大好きな人に会いに行く時に
うまくごまかして会いに行けなくなると
面倒という理由で、やむなく家の用事を
こなさないといけないっていうだけ。苦笑


大好きな人は今も帰省中。

いつもより近くにいるということだけ
考えて、明日も無難に乗り切りたい。