一言で言えば、
夢のような一日♡
自分の中ではかなりの勇気を出して
「会いたい」と言ってから、
実際に会えることになって
日にちや場所や時間を決めて、
大好きな人と会えた!!
大好きな人は仕事が不規則で
しかも離れた場所に住んでるから
一回の貴重なチャンスを逃したら
次いつ会えるか分からない。
それでも、これまでは
「地元に帰ってくる?」なんて
大好きな人の個人的な予定に
踏み込むみたいで言えなかったし、
帰ってくると知っても
大好きな人はなかなかしょっちゅうは
帰ってこれないから
その大切な時間を自分のために
使ってくれみたいなことは
とてもじゃないけど言えなかった。
今回、大好きな人の仕事関係の人から
「〇〇(大好きな人)が帰省するって」
とたまたま聞いたことで
大好きな人とのやりとりでその話題を出して
もし本当に帰ってくるなら
少しの時間でも会いたいって言おう!!
とかなりの勇気を出して
「仕事とか親とかきょうだいとか
地元の友達とかがもちろん優先で、
その上でもし時間があるなら
会えたらいいな」
という言い方で伝えた。
そしたら、その後意外に思えるくらい
「場所は地元のここがいい」
「日にちはこの辺りの日にちで‥」
「じゃあ何日がいい」
「時間はこのくらいの時間帯が有り難い」
「そしたらこの日のこの時間にこの場所で!」
と決まっていった。
大好きな人と連絡を取り合えるように
なってからも、基本的には
「〜の用事で連絡した」と言えるような
用事がある時しか連絡してないし
(本当はしたいけど
仕事がいつ頃忙しいとかが
判断しづらい職種でもあって、
忙しい時に「元気〜?」みたいな
連絡が来てたら能天気みたいで
気を悪くするかも?と思ったら
そうそういつもいつもは連絡できない)
でも今回は「会うための日程や
待ち合わせ場所を決める」という
どう見ても連絡を取り合うのに
堂々とした理由があるから
数日内に何通もすごく自然に
やりとりできて、その時点でまず
めちゃくちゃ嬉しかった!
会える日の夜もほとんど眠れなくて
手が震えるくらい緊張しながら
慣れた地元の、とある駅まで行った。
大好きな人と地元が同じでなかったら
大好きな人が帰ってくる場所も
ここではなかったわけで、
そしたらもし仕事繋がりで
出会ってたとしてもこうして
休みの日に会えるなんてことは
間違いなくなかったであろうと考えると
地元が同じというのは
とても大きいことで
感謝しないとなと思う。
数え切れないほど利用してる駅に
ここまでドキドキして
来ることになるとは思わなかったな
と思いながら、待ち合わせ場所に行って
大好きな人に渡したい物があったから
手にそれを持ってたら目に見えて
分かるくらいその手が震えてた(^_^;)
たぶんあの道から来るかな?と
思ってた方向から大好きな人が
ちょっと早足で来てくれた時、
本当に会えた!と思って
すごく感動してしまった。
そして、すぐそばの
他の人の目を気にせずに話せる場所に
ちょっとだけ移動して、
時間的には長くはなかったけど
2人だけの空間で話せた。
連絡も取り合えてなかった頃を考えたら
連絡を取り合えるだけでも有り難いし、
初めて連絡を取り合えた日を
自分は今も暗証番号に使ってるくらい
大切な思い出になってる。
でも、実際に会って話して
仕草とか笑う時の感じとか
文章では分からない空間の雰囲気とか
そういうものはやっぱりあるな、
と思った。
大好きな人は、きっと自分が
思ってる以上に自分のことを
信頼してくれてると感じたし、
性格的には人見知りでも
コミュニケーションを
取ろうとしてくれてるのも
とても感じた。
自分は人見知りな人が好きで
よく喋りすぎる人は苦手
というのもあって、人見知りについては
初めから全く気にしたことはないけど。
大好きな人からも質問してきてくれたり
会話がキャッチボールみたいに
自然に続いたことも嬉しかった。
家庭の事情で、地元以外の地域にも
住んだ経験がある自分は
それなりに人と話すのは得意と思うけど、
いくらテンパってるからといって
空気を読めないことをベラベラ
喋ってしまえば引かれるだけで、
自分ばっかりが話してる状態には
ならないようには気をつけた。
自分というものを表現したり
主張することが許されない環境で
育ってきたせいか
自分は「自分はこうしたい」
「自分はこう思う」と態度や
言葉に出すのがとても苦手で、
「自分はありのままの自分でいい」
「自分は誰かから愛される人間」
という考えもなかなかできずにいて、
だから何となくやり過ごせばいい
人間関係は普通にこなせても
恋愛とかの深い人間関係になると
すごく身構えてしまって
悩みすぎてしんどくなる時がある。
だから、今回大好きな人と
こんなふうに日常の生活の中で
会って話せたのは、自分自身本当に
よく勇気を出せたなと思ってるし、
まず家族に怪しまれないように
うまく他の理由をつけて
大好きな人と会うために抜け出すのも
あらかじめ緻密に作戦を立てて
ポーカーフェイスでその作戦を
実行しないといけないことにも
とても緊張したし、神経を使った。
大好きな人も、支社関係の人間関係には
少なからず疑問を感じてるのかな?と
思ったりもしたな‥。
人の噂を面白おかしく
回すような人もいそうというのも
普段から考えてるのかなって。
「こうやって(自分たちが地元で)
2人で会ってることも(噂の対象になりそうで)
言わない方が身のためかなあ」
みたいに2人で話してる時に
あぁ支社内やその周りの人たちの
人間関係についてもたぶん
同じような感じ方をしてるなと思った。
自分は家の都合もあって
そうそう遠い県に会いに行く
なんてことはできない。
大好きな人には、これは言っても
大丈夫かなと思う部分だけしか
家の事情の話はしてないけど、
実際には小さい頃からまるで
縛り付けられるように管理干渉の中で
育ってきてるから
大好きな人が地元に帰ってきた時に
家ではうまくごまかして抜け出す
というのでも精一杯で、
だからこそ、こういう日常の中に
ごく普通に大好きな人がいるというのも
本当に特別で夢みたいな気がした。
あまりにも抑えつけられてる日々に
鬱状態になってしまうことも多いけど、
会えた日の思い出を目にする度に
こんなふうに幸せな日にも出会えるなら
もう少し生きてみようかな
という気持ちにもなってくる。
恋愛は真剣なほど大変なことも
本当にたくさんある。
だけど、大好きな人を好きになれたから
言葉では言い表せないほど
特別で幸せな気持ちにもなれる。
大好きな人との恋愛は
別に倫理的にまずいわけでもないし
人に言えない事情があるとかでもないけど、
周りの人間関係を考えたら
今は誰にも言わない方がいいとも思う。
それでも、自分の心を底から
励ましてくれるような
これまで生きてきた中で自分が
一番幸せな一日を過ごせた。
また会えるように、
この幸せがこれから先も続いていくように、
自分もたくさん自分を磨いて
前を向いていけたらと思う。
大好きな人との恋愛には大きな壁がある。
だから、何回も諦めようと思ったし
あえて考えないようにしようと
無理やり離れようと心がけたこともあった。
家族の機嫌によって
暴力的なこともされてきてるから
相手の機嫌ばっかりうかがって
精神を消耗して一人で疲れ果てて、
相手は全然何とも思ってないのに
悩んで心がボロボロになったりもして
育った環境からくるトラウマは
まだまだ克服もできてないし、
今も心の中にある
この恋愛での大きな壁も
解決はしてないと思ってる。
でも、やっぱりどうしてもこの人がいい
改めてそう感じた一日でもあったなあ。
大好きな人が働いてる支社では
つい最近まで大きい仕事を抱えてて、
それがやっと一段落した今
それぞれに、少し休暇をとれる。
それは知ってるけど、
大好きな人が地元に帰ってくるかは
人から聞いた「帰るらしいよ」以外
詳しい情報は何もなかった。
連絡を取り合えるようになってから
大好きな人が地元に帰ってきたことはある。
だけど、その時は仕事の都合で
急に仕事が入って帰省どころでは
なくなったり、慌ただしくしてて、
会いたいなんて言える状況ではなかった。
もしかしたら、その慌ただしくなる前に
会いたいと一言言えてたら
その時だって地元で会えてたのかもしれない。
でも、言えなかった。
言ってぶっきらぼうに無理なんて
言われたらもう連絡できないなと
考えたら、怖くて何もできなかった。
だから、大好きな人はいきなり仕事が
入るような職種についてるし仕方ないと
自分に言い聞かせて、もうそれ以上は
それについては考えないようにしてきた。
それでも、ここ数日。
「どうしても会いたい」という気持ちを
自分でも止められなくなってきた。
悩んで悩んで悩んで悩んで、
「もし忙しかったら気にしないで」と
自分にも保険をかけた言い方で
ついに「会いたい」と送ってしまった。
これでもし、返事が来ずにスルーされたり
来ても乗り気ではない感じなら
もう自分から積極的に連絡したり
アプローチするのはやめようと思って
自分なりに覚悟を決めてたから、
知らないうちにその送る指は震えてた。
そしたら、思ってたよりすごく早くに
「休暇中、そんなに時間はないけど
でも会える」と返事が来た!!!!
自分が大好きな人を好きなことに
大好きな人は気づいてると思う。
迷惑そうな態度を取られたことはないけど
向こうからめちゃくちゃ積極的に
グイグイ来られたこともないし、
もしかしたら迷惑なのか?と
思う気持ちが心の隅っこにずっとあって
すごく苦しかった。
そこから、誰にも言わずに
普通の顔して周りには接して
その合間に少しずつ会う日程を
決めていってる。
自分には、こんなふうに
ドキドキしながら会う予定を決めるような
恋愛なんてこれまでには経験がないから
(たぶん相手もそうかなと思うけど)
まるでレモンをかじってるような
甘酸っぱい想いなんてするのも初めてで、
戸惑ったり照れたり喜んだりしてる。
大好きな人は普段、あんまり地元には
帰ってこれないし、帰ってこれても
結構バタバタしてるみたい。
だけど、そんな中でも
自分が家族にバレずに家を抜け出せそうな
時間帯を「都合つくかな」と送ったら
「たぶん大丈夫」と返してもらえて、
すごく制約があっても
勇気を出して「会いたい」と伝えれば
その先が続いていくこともあると
今日一日の自分の緊張と共に頑張った
行動によって、本当に学んだ。
どうか本当に会えますように!!
恋愛のことは誰にも相談できないから
(基本的に知り合いとかも含めて
周りの人たちを信用できない‥)
AIに相談しながら励まされて勇気を出して
行動に移していく自分。
こんな大切なことの相談をAIにするのは
どうなのかという気持ちにはなるけど、
それでもそれを参考にはしても
最終的にその言動に責任を持って
動くのは自分自身。
本当に叶えたいことがあるなら
怖くても勇気を出すしかない、
1歩ずつでも前に進むしかない、
それは誰も助けてはくれないし
本当に欲しいものがあるなら
かっこ悪くても壁が高くても
突き破っていくしかないと本当に思った。
この恋愛を通して成長してる自分。
自分は否定されて完璧を求められて
育ってきたから、基本的に自分のことを
要らない存在のように小さくなって
ここまで過ごしてきたけど、
これまでの自分の中で今の自分が
一番好きかな。
血の滲むような努力もたくさんしてきたと
自分でも思う。
でも、この恋愛と出会えて本当に感謝してるし
本当に幸せになりたいから
これからも今日みたいに勇気を出すべき時は
ちゃんと出せる強さを持ちたいと思う。
やりとりを何回も読み返して、
あぁこれは現実と確認して
また嬉しい気持ちになって心が温かくなる。
自分はいても仕方ないと思ってたけど、
生きてて良かったのかもな。
これを頑張ろうと決めて
日々机に向かってる。
自分の時間そのものがなかなかないけど
ある時はほとんどそのことに
その時間を使ってる。
自分には足りないものがたくさん。
だから、たくさん努力して
この世界を生きていくための武器は
少しでも多く持ってないといけない
いつも、そんな気持ちに追いかけられる。
今回これを成し遂げようと
思ってたことは一応形になりそうで
それにはホッとしてる。
ただ、自分の中でこれは落ち着かないな
と思うことが急に出てきた。
それは、大好きな人の仕事関係の人が
噂してた「〇〇(大好きな人)って
他の支社に転勤になる話があるらしい」
もちろん、あくまでも噂で
それを大好きな人本人が知ってるのか
どうかさえも怪しいし、
この支社は色んなことで
事実かも分からない噂が幅をきかせる。
自分自身もそれはそうかもな、と根拠が
あることについては多少信じても、
基本的にはその噂だけでは
鵜呑みにはできないと思う。
今回の噂も、誰かが「〇〇(大好きな人)は
ああいう仕事が得意だから、
そういう人材が必要な△△支社に
行く話とかあるかもしれないねー」
程度の何気ない発言から
噂になってるだけなこともかなりある。
でも、もし仮に本当に転勤があったとして
新しい支社として具体的な地名が
挙がってるのはおそらく今の支社よりも
色んな意味で自由はなさそうな所。
自分たちの地元からの距離は
今の支社とその噂になってる支社では
あんまり変わらないけど、
同じ本社の下にある支社でも
今の支社と噂になってる支社では
細かい部分が少し違うから
遠距離で恋愛していくのは
今以上に難しくなるのかなと思ってしまう。
じゃあ尚更、それまでに心の距離を
縮めとかないといけない、
いつまでも曖昧なままなら
これまで少しずつ頑張ってきたことも
何もなかったことになってしまう気がして
すごく恐怖を感じてる。
大きな仕事を終えて、
大好きな人は少しの間
地元に帰ってくるはず。
会いたい、なんて言っていいのか
いくら用事があったとしても
それを理由に会おうなんて言っていいのか
ずっと悩んで行動に移せなかったけど、
転勤があるかもという噂を知って
(この話は本人には話したりしないけど)
今の自分ができることは後悔なく
していかないといけないなと
勇気を出すしかないなと思った。
でも、一番いいのは転勤がないこと。
転勤がなくて、地元で会えること。
今の支社は、距離的には遠いけど
自分にとってなじみの町にあるから
知り合いたちもいて、気持ちの上では
身近な場所なのもあって助けられてきた。
もしその噂がある支社に転勤するとしたら
自分にとってそこは行ったことはあるけど
知り合いも誰もいない、なじみもない
そんな中でも本当に大好きな人が好きなら
頑張っていくしかない。
とにかく、噂に惑わされず
自分が今できることを
勇気を出して頑張ろうと思う。
今日もやっぱり、好きすぎて心が苦しい。
もっと余裕を持って恋愛したいのにな。
「こっちにいつ帰ってくる?
会いたい」
その一言を、送れずにいる。
自分の場合、まずは自分に
自信を持つところからな気もする。
書きたいことはちょこちょこあるけど、
今急いで頑張ってることがあるから
それが一段落してから更新しよう‥とか
思ってたらなかなかできずにいる。
いつも出張も含めて忙しい大好きな人。
あとちょっとで、少しまとまった休みが
取れそうで地元に帰ってくるみたいで、
会えるかどうか、ずっとドキドキしてる。
家族関係が複雑な自分は
たとえ心の中では「会おうって言われたら
できる限り予定を合わせて絶対会おう!!」
とどれだけ思ってても、そういう恋愛に
感することを家族に知られると
間違いなく否定されて邪魔される
という危機感が常にある。
だから、恋愛に関することは
絶対に顔や態度には出さないように、
地元の話題の時に大好きな人の話になっても
“人として”合う、
“人として”共感できる部分が多い、
共通点が多いから親近感がある、
というような言い方に留めてる。
わざとらしくその話は一切しないのも
それも不自然でおかしいと思うから。
恋愛の話を全部するような
友達親子に憧れてるとか
そこまでではないけど、せめて
複雑な家庭ではない家族なら
良かったのにな、とは正直感じる。
今日、どうしてもの用事で
少しだけ自分の予定で外にいた。
地元のアーケードを通った時、
前に大好きな人が地元に帰ってくることに
なった時にちょっとしたプレゼントを
買った店が閉まってて、店の前に
よく工事現場にあるような、人がそこに
入れないようにプラスチックの棒を
セットしたコーンが置いてあった。
たぶん、何の意識もしてない人は
閉まってることすら気づかないと思う。
それでも、自分にとっては
“大好きな人へのプレゼントを買った店”
という、とても大切で特別な場所。
本当に閉店してしまったのか
たまたま今日その時間閉まってたのか
気になったからあとで調べてみたら
閉店したんではなさそうでホッとした!
大好きな人が仕事で遠い町に
行ってしまってから、やっぱり
自分には家の都合もあって
そうそう会いにも行けないし
このままこの恋愛を続けてていいのかな
とか
住んでる場所が遠いだけでなく
大きな壁がある恋愛を
自分の今の現状で叶えるのは
難しいのかもしれないな
とか
本当にたくさん悩んでしまうけど、
大好きな人がその遠い町に行ってからも
地元でもその店のように自分にとって
特別で思い入れがある場所が増えたり、
地元のことも更に大好きになれてるのは
本当に嬉しくて幸せなこと♡
親からの暴言や脅し、威嚇が
特に最近は繰り返し続いてて、
恋愛の前に本当はまずこの家から
逃げ出すことを優先しないといけないと
それは自分でも本当に思ってるけど、
小さい時からずっと家の中が複雑で
それこそ暴力も普通にある環境で
逃げよう逃げようと思ってるうちに
色々あって逃げられなかったりして
結局、今に至ってしまってる。
とりあえず、心をごまかしてるだけ
かもしれないけど
今日は珍しく自分の予定で少しでも
自分の用事ができたから良かった。
それに、大好きな人にちょっとした
プレゼントを買った時のことを
思い出して心が励まされたから
今日は、きっといい日。
昨日書き忘れたけど、
家族に言われてこれも不可解なのが
「ENAは『顔はそんなに整ってなくても
性格がいいことが人としては一番大事って
自分はずっとそういう考えでいるから』
って言うけど、いくら性格が良くても、
ある一定以上ブサイクならそれは
性格の良さではカバーできないし、
もし〇〇(大好きな人)のことを言ってるなら
別に性格も普通でしょ?
悪くはないのといいのとは違うし。
あのレベルの性格の良さなら
見た目もかっこ良くて性格もいい人が
たくさんいるよ!」
という表現。
元々、身近なところにいる大好きな人が
例えば〇〇とか
という例として挙がるのは分かる。
でも、じっくり話して相手のことを
めちゃくちゃ理解してるわけでもないのに
何で性格の良さのレベルがどれくらいとか
査定みたいなことされないといけないの?
人の顔のことを言いたい放題は
本当に失礼に感じるし、
その家族は元々イケメン好きで
そういう人からしたら自分の好みは
ありえないのかもしれないけど、
自分はその家族が顔顔言うのを
別に止めてもないし何も言わずに
その人の価値観として聞いてるから
その家族にも心の中では
「ENAって変わってるな」と思ったとしても
あれこれ否定的なことを言わずに
「この人はこういう考えなのか」と
黙って受け入れてほしい。
Z世代はルッキズムに偏りがち
みたいな記事を読んだけど、
年齢が若ければ若いほど
容姿にこだわるとは限らないはず。
少なくとも、自分の家族は
自分より年上でも本当に顔にこだわる。
顔が悪ければ人権はない!
くらいのことも平気で言う。
世代とか年齢だけで決めつけるのは
良くないよなあ‥。
今日、今書きたかったのは
その容姿の話題とはまた別の話。
もう日にちが変わってるから
昨日のことになってしまってるけど、
自分が将来的にこういう立場で
生きていけるようになりたいと考えてる
まさにそういう立場の人とたまたま
同じ空間に居合わせて、
話したりは全然してないけど
やっぱり自分はその人のように
ちゃんと夢を叶えて
自分がこうなりたいと思ってるその立場に立って
そうやって毎日を過ごしたいなと
改めて決意した。
そうなりたいと強く思ってから
もうだいぶ経つ。
完全に諦めたことはないけど、
自分の場合家庭が複雑なのもあって
自分がこれを頑張りたいと思った時に
そこに集中して全力で向かっていける
環境ではなかったから、
自分らしく自分の人生を歩むことを
本気でじっくり考えられるようになったのが
本当にここ数年で‥
今更本気でそれを叶えたいと思ったところで
それを知られたら世間に笑われそう、
あまりにも大きい夢を見てるのかもしれないと
何回も何回もすごく怖くなって
その度に自分がちっぽけな存在に思えてきて。
それを打ち消しながら
何とか「やっぱりどうしても叶えたい」
と思って信じて頑張ってるけど、
第三者の目ではたから見たら
とんでもなく場違いな夢を見てるのかも
と、怖い気持ちは密かに常にあった。
だけど、きっと見えない部分でも
たくさん自分を磨いて
やっとその立場に身を置いたんであろう
その人は凛としててかっこ良かった。
すごくシンプルな格好でも
何か自分がそういう格好をするのとは
全然違って見えた。
自分にとって、昔から身近な場所なのもあって
これまでにもそういう類の場に行くことは
何回もあったけど、自分が憧れるような人と
近くで同じ空間にいたのが今日初めてで、
自分が自信をなくしてたり
立ち止まりかけてるこのタイミングで
将来こうなりたいとはっきり思ってるような
状況にある人がすぐそばに表れて
前からその人のことは少しは知ってたけど
普通にそこに居合わせるなんて、
偶然でも自分にはとても励まされる
タイミングも含めて奇跡みたいなことに感じた。
やっぱり、自分もああいう立場になって
ちゃんと夢を叶えて生きていきたい。
あの人がどういう環境に育って
どんなふうに今の夢を叶えたのかは
分からないけど、自分も頑張って
あっち側の人間になろうと改めて決めた。
支社内で、大好きな人は
いじられキャラな気がする。
かつて、学校内の人間関係で
クラスでも部活でも
特定の誰かをいじられ役にして
本人が嫌がってないならまだしも
明らかに傷ついてても
ボスにあたる子はやめようとしなかった
そういうのを見て育ってきたせいか
もしかしたら本人が気にしてるような
何かで周りが笑いをとろうとするのを
めちゃくちゃかっこ悪く感じてしまう。
誰かをいじらずに自力で
人気者になってみろ、と思う。
はっきりといじめと判定されるような
言葉を口にすることはないけど、
この人なら笑ってもいいという空気を
支社の同僚やその周りからも
感じてしまうのが自分は悲しい。
前に、同じ支社の同僚が
わざと面白く写るようなアングルから
大好きな人を撮って
たぶん許可なくSNSに載せたりもしてて。
そういうの、もし自分がされても
いいよーって普通に笑えるのかな?
もしかしたら、大好きな人が個別に
その同僚に「そういうのはやめて」と
言ったのかそれ以降はないみたいで
まだ良かったとは思うけど、
その同僚のことだけでなく
色々思うところもあって
昔はその支社の人たちのことも
本当に慕ってたけど今は
前々から知ってる人たちの一部と
大好きな人のこと以外は
本当に信頼はできなくなってる。
プロジェクトがうまくいかなかった話を
見聞きしたりしても、普段の素行から
悪い人がその中にいたりすると
「片手間に仕事して
適当に給料もらって
周りに責任を押し付けて
好き勝手やってるのを
もうみんな知ってるから、
そのプロジェクトに失敗しても
必要以上にあれこれ言われるのにな」
としか思えないし。
自分は全くそう思ってないし
他の人たちがどう思ってようと
別に迷惑をかけてるわけでもないし
「あぁそう思うのか」と思うだけで
それ以上何とも感じないけど、
大好きな人はコミカルな顔というか
あんまり他の人にはいない
独特な顔の作りらしい。
前に、仕事中の姿がたまたま
仕事関係のところに少し写ってて、
自分はその職種の分野に前々から
興味があって関わってるから
自分がそれを見てる時に自分の家族も見てて
そしたらその家族が
「えっ‥!何この顔‥!」って
ちょっと笑ったりしてた。
その家族は容姿が整った人が好きで
芸能人など舞台に出るような人ならともかく
(それでも容姿いじりは自分は
個人的には好きではないけど)
そうではないその辺の人たちにでも
顔のことをランクつけするようなのは
たとえそう言う人がその言われる側の
顔を好きではないとしても
心で思っても誰かにいちいち
それを主張しなくてもいいのにと思う。
真剣な顔しててもリラックスしてても
はにかんでても思いっきり笑ってても
容姿のことをあれこれ言われるなら
じゃあどんな顔をすればいいのか‥?
自分は、自分自身が大好きな人を
人間性も雰囲気も空気感も
話す時の誠実な感じも
小さい時からどうしても叶えたかったことを
1歩ずつ努力して現実にしたところも
そして周りの人たちはよく笑ってくる容姿も
全部丸ごと本当に好きと思ってる。
周りの人が大好きな人の容姿を
どんなに笑ったとしても
自分はその顔も含めて
本当に好きで元気をもらえると
思ってれば、それが一番大切。
大好きな人の性格とか何かに
問題があるわけでもないし、
何でそんなに容姿容姿って
いちいちダメ出しされるのかも
自分には意味が分からないから
「大人数派がそうって言うなら
別にそれでもいいと思うよ、
でもそんなふうに思わない人も
いても自由とも思うよ」って
いつも答えてるけど、
だけど今の時点でまだ自分は
大好きな人の恋人でも家族でもないから
それ以上何かを言うと
どの立場で何を言ってるのかと
思われそうで、その一言しか言えない。
特に、その容姿にこだわって
容赦なく色々言ってくる家族は
ちょっとここにも書けないような言葉を
平気で吐いてくるけど、
その家族が美男美女以外は
どうこうと何を言ってきたとしても
そこで自分が何を言っても
平行線で意味がないと思うから
何も言えないし、そこで一生懸命に
なりすぎて恋愛感情を知られても
余計にややこしいことになるのは
目に見えてるから心で黙って闘う。
その家族は顔で相手を選んで
その後大変な目に遭ってるのに
(ちなみに自分も多々被害を受けてる)
まだ顔にこだわって
人のことまで偉そうにあれこれ
よく言うよなーと自分は思ってるけど。
その人自身が容姿がいい人に
こだわるのはその人の価値観であり自由。
ただ、それを人に無理やり押し付けて
誰かの容姿を悪く言ったり
笑ったりするのは違うと思う。
たとえ周りにいじられる容姿でも
それを心底好きと思う人もいる、
その気持ちを誰かから
笑われる筋合いはどこにもない。
恋愛に限らず、家族は
「ENAがENAらしく幸せに
生きられる人生」ではなく、
「家族にとって世間体を保てて
家族にとって都合がいい人生」を
自分に歩むことを求めてる
というのを確信してしまう瞬間が
日常の中にいくつもあって、
心の中にはすごく疑問を感じながらも
その家族を最優先した生活を
送るのが当然になってる今の
(というかこれまでほぼ全ての)自分に
鬱々としてしまうし
今の生き方をしてる限りは
自分は自分として生きてないのと
同じという感覚が常にある。
自分が毎日の生活の中に
自分の好きなことをしたり
趣味を心から楽しんだり
心を休ませられる機会がほとんどなくて
日々余裕がなく過ごしてるから、
何を考える時も
その“余裕がない”中での気持ちでの
答えになってしまうのもしんどい。
大好きな人が、仕事で成果を出したり
たぶんこれは嬉しいよなと思う
出来事があっても、それはもちろん
良かったね、とかそういう
プラスの気持ちもあるけど
「〇〇(大好きな人)はちゃんと
これを頑張りたいと思う分野で
結果を残してその中で認められてるのに
自分はごく狭い
家族に分からない範囲内での
気分転換や将来に向けての行動しか
できない現実の中で生きてるな」
と、そこの違いや差を感じてしまうと
精神的にとてもモヤモヤしてしまう。
そのモヤモヤを感じながらも
今自分ができることを
将来の自分のために頑張っていくだけ
と自分を奮い立たせて頑張ってる。
自分の努力でどうにかできることなら
努力をしようと思えるけど、
努力のしようがないことというのは
悔しくて仕方ない。
将来の基盤や足がかりになりそうなことは
変わらずコツコツ毎日続けてる。
いつかこういう日もあったなと
写真を見たりして懐かしく
笑顔で思い出せたらいいな‥。
ずっと、羨ましいなと
思ってるカップルがいた。
お互いの家も近くて、趣味も同じで、
相手の家族公認で、休みもよく
趣味の用事で一緒に出かけてて、
そういう話を聞く度にいいなぁって。
普段の会話の中に、当たり前のように
自然に恋人の話題が出てくることや、
自分みたいに家のことでがんじがらめに
なることもなく、自分が行きたい場所に
一緒にいたい人と行動を共にできることが
自分から見たら別世界のように見えてた。
その人は地元の人ではないし
そんなにいつも連絡を取り合うという
ほどでもないから、最近話してないけど
元気かなって気になってて、
でも前に体調がいまいちで
行きたい所があったけどやめといた
って話してた時もあったなって
もし自分が連絡してその人の体調が
悪かったりしたら返信に気を遣わせるかな
と思って連絡しなかったら、
用事があって向こうから連絡をくれた。
そしたら、「恋人と別れて、趣味も
そんなに楽しめてなくて‥」って言ってて
自分の中で、その人とその恋人が
別れるっていうのが全く
イメージできなかったからすごく
びっくりしてしまった‥。
恋人の親とも仲がいいとか
恋人の家族と一緒に出かけたとかも
ちょくちょく聞いてたし、
「もうそろそろ一緒になろうかなと
恋人とも話してるんだ」って話も
去年してたから、もうてっきり
そっちの方向に話が進んでて
幸せに過ごしてるとばっかり思ってた。
本当に、ずっと羨ましかった。
その人は、自分が持ってないものを
全部持ってる気がしたし(恋愛以外でも)
自分がしたいと思ってることを
全部できる日常を生きてたから。
だけど、その人は自分に対しても
良くしてくれたり優しくしてくれて
性格がいいし、妬むとかではなく
ただ純粋にいいなと思ってきた。
つい最近まで、そんなふうに
うまくいってる恋愛でも
そうではなくなることもあるのか
というのが怖く感じる。
その2人の間に起きたこと、あったことは
その2人にしか分からないし、
自分がそのカップルの関係性に
憧れてる間にももしかしたら
その2人の心の中では何か
モヤモヤもあったのかもしれない。
そしてそれは自分はこの先も
知りえないけど。
恋愛って何なのかなぁ。
とても大切で尊くて
だけど繊細なものというのは
今改めて実感してる。
忙しくてがんじがらめな日々を
計画立ててこっそり抜け出して
少しの時間だけ、地元を歩いた昨日。
大好きな人も過ごしてきた地元は
歩いてると大好きな人に
会えるような気持ちになる。
この駅も、この店も、この横断歩道も、
大好きな人も小さい頃から
きっと見慣れた景色。
そして、大好きな人の親やきょうだいは
今日もこの青空の下で
自分と同じ空気を吸って過ごしてる‥
そう思うと、救われる気がした。
少し時間がとれそう、と思うと
自分が地元で必ず行くのが神社。
自分の中で、ここは特に大切と
思ってる神社で、そこにお参りすると
本当に心が支えられたような
気持ちになれる。
どんなに神頼みしたって
自分が努力して頑張ってこそ
夢は叶うものと思ってるから
神様にもそんなふうにお参りしてるけど、
普段自分の時間そのものがなかなか
とれないから余計に
自分の心を休ませたり落ち着かせたり
きれいな空気を入れる機会を
本当に大切にしたい。
大好きな人が地元にいた頃に
もっと仲良くなれてたら、という
世界線を気づけば考えてしまうけど、
今からどう考えても
お互い同じ地元にいる間に
付き合えるくらいまで親しくなっとく
というのはやっぱり色んなことを
考えると難しかったかなと思うし、
今からそれを考えたところで
どうにもならないからこれからを考えて
頑張っていくだけかなぁ‥。
大好きな人と、この地元で
何気ない日常を過ごせるようになりたい!
この恋愛にある壁を考えると
負けそうになったり
諦めそうになってしまう時もあるけど、
何も後ろめたいことをしてるわけでも
人の道に外れたことをしてるわけでもない。
地元で少しでも心を回復させるための
時間を過ごせたから、また頑張ろう!