Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
こんなにも温かい電子文字

こんなにも温かい電子文字

バタバタと慌ただしく家のことをしながら
ふと何かの着信に気づいた時、

大好きな人からの連絡にだけ
心が跳ね上がるような気持ちになる。


家族の前では平然と家事の続きをする。
少しでも気を抜いたら
激しい叱責が待ってるから。

特に、家族が体調面に不安を
抱え始めた後は全面的に自分が
家事をすることになってる。


とにかく、ある程度進展して
もっと絆が固いものになるまでは
たとえ何気ないやりとりでも
決して知られてはいけない、

そんな重大な秘密を抱えるように
その時やってることを一段落させた後
隠れるようにそのメッセージを読む。



こうして連絡を取り合おうと
初めに言ってくれたのは相手からで、

それがまず自分にとっては
本当にこういう日が来たのかと
夢みたいに思えるほど嬉しかった。


それまでにもそういう話に
なったことはあったけど、

その時はまだもし自分が
前のめりに連絡を取り合いたそうにすると
大好きな人の性格上引かれるかなと
思ったから気持ちを抑えて
「いきなりそんなふうに (大好きな人の)
生活の中に入り込むようなことは
しないから大丈夫(^^)」って

本当はその時すぐにでも連絡を
取り合えるようになりたかったけど、
“ENAと連絡取り合ってもいいなと
思ってくれてからでもいいよ”という
流れでその話はその時は終わってた。


その後も、自分はなかなか自由に
個人的に家を空けるのが難しい状況が
続いてるし、大好きな人と一気に
仲良くなれるような機会もなく、

その話自体もう忘れられてるかもな、
人と関わるのがあんまり好きではない
大好きな人にとっては、誰かと新たに
連絡を取るというのは自分が思う以上に
億劫なことかもしれないもんなと
自分からはその話やその関連の話は
しないように気をつけてた。


それが、ひょんなことから
もしかしたらすごく勇気を
出してくれたのかなと思う一言で
連絡を取り合えるようになって、

それは自分にとっては奇跡みたいにさえ
思えるほどのことで。


だから、その日のことは
ずっと忘れたらいけないと思う、
初心を忘れて「もっとこうならいいのに」
なんて思わないようにしようと思う。


自分は人と話すの自体は得意で好き。

でも、生活上自分の時間がとても
限られてるのもあって、長いメッセージを
例えば一日に何回もやりとりするような
余裕はなかなかなくて。


話すのが好きとか社交的とか
人見知りとか内向的とか
そういう性格的な特徴の話だけではなくて
ゆっくり話せる気分ではないとか
状況上長々とは返事を返せないとか
色んな事情が人それぞれにあると思う。


自分は常に家族の顔色をうかがいながら
育ってきたせいか、本来ならそこまで
考える必要がない部分までいちいち
気を回しすぎてしまうところがあって

それはこれまでそうしないと
生きてこれなかったからやむを得ない
とは無理やり納得しながらも、

普段からどっちかと言うと無口な
大好きな人にとっては
「ありがとう!」とか「分かった!」
みたいな一言でも自分が思う以上に

一生懸命文字を打ってくれてて
楽しく会話してくれてるのか、それとも
「こいつよく喋ってうざい」と思いながら
会話を続けてくれてるのか
どっちなのかなぁと思う時がある。

(もちろん文字数は控えめに心がけてる)


言葉数は少ないけど、人にゴマすったり
適当にペラペラ言ってるんではない、
泣きそうになるほど嬉しい一言を
突然くれたりもするけど。


今はもう、大好きな人とやりとりする、
ということが日常になってるけど、

かつてはそんなことは無理なのかもと
すごく悩んだ過去があったのを
今の自分も忘れたらいけないし、

そうやって諦めかけたことが
今は毎日の一部としてここにある、

遠く離れて暮らしてても
連絡を取ろうと思えばすぐに
その言葉を届けられる手段がある、

そのことを決して当然なんて
思わずにいつも感謝していたい。

連絡を取れないことでのこれまでの
葛藤や悩みを忘れないように。


大好きな人からの一言一言に
心臓が止まりそうにドキドキして
感動して元気をもらえてまた頑張れる。

電子文字にもこんなにも温もりが
あるということを初めて知った日を
いつも心に大切に置いておこうと思う。
同じ気持ちでいてくれた

同じ気持ちでいてくれた

自分の元々の性格は
人とすぐに仲良くなれる社交的な性格。

実は人間不信で、自分の個人的なことは
仲良くなってからもめったに話さないけど、

表面上人間関係をうまくこなすのは
こういう言い方は何かあんまり
好きではないにしてもそれなりには得意。


だけど、大好きな人は人見知りで
おそらく自分なら相手にされても
気にならないようなことも嫌かなって
できる限り慎重に距離を少しずつ
縮めるようにずっと心がけてきた。

その人見知りなところも本当に大好き。


だから、その人見知りという個性を
大事にしてほしいとずっと願ってるし、

自分にとっては何か目に見えた形
(付き合ってるとか結婚してるとか)に
早くならないと自分の家庭環境を考えたら
宙ぶらりんの状態ではいつ家族に
壊されるか分からないという危機感が
常にあるからとても焦りはありつつも、

その人見知りという自分から見て
素敵な特長はずっと持っててほしいという
考えは変わらない。


自分なら10くらいまでなら相手に
進んでこられても大丈夫という場面でも
2くらいまでにすると、大好きな人を
好きと自覚した時から自分で決めてきた。


急いで進展しようと焦っても
絶対にろくなことはない、
これまで一つ一つやっとの思いで
積み上げてきた信頼を一気に壊すような
そんなことをしたら余計に心が離れてしまう

そう自分に言い聞かせながら
これまで大好きな人に接してきた。


本当は「普段から連絡取り合おう」と
言いたくてもそこまでは言わない、

用事がある時に連絡できる連絡手段が
あればまずはそれを大事にする、

本当はもっと直接的な言葉で
好意を伝えたくても大好きな人に
焦ってるように見られて引かれたら
むしろこれまでよりよそよそしくなるかも、

そしたら気づくか気づかないか程度の
ほんのり好意を表すくらいの
言葉だけを使うようにしよう、

全てがそんな感じで
それが良かったのか大好きな人とは
一気に何か進展するわけではなくても
後退することはなく、目に見えないどこかで
ちょっとずつ進んでると信じたい

そんな毎日を長く過ごしてきた。


自分は家庭環境と家庭事情で
自分が望むスケジュールに合わせて
予定を組むというのがほぼできなくて、

そうではなくても住んでる地域が離れてれば
そうそう簡単に会うことはできないけど
たぶん一般的に考える以上に
本当に自分の自由な外出で
ごく近隣ならともかく県や地域を越える
というのは今の自分にはほぼ不可能で。


大好きな人が仕事で引っ越したのが
自分にとってもよく知った町なのは
とても幸運で有り難くはあるけど、

昔から繋がりや関わりがあるからといって
その町にさっと行ける状況ではなく、

ここでよく書いてる恋愛においての大きな壁
という以前にまず会える機会が日常にない

用事がある時にたまに言葉を交わすだけ

という中で恋愛を進展させるのが
いかに難しいのかを考えると
恐ろしく気が遠くなった。


どこかの時点で諦めないと
そうやっていくら大好きな人にエネルギーを
かけててもどうしようもないんかな、
その大きな壁を今の状況で乗り越える
というのは現実的に可能なんかな、と

何かをきっかけに考え始めると
「行き詰まる」という言葉がこんなに
当てはまる状態も少ないと思えるほど
本当に苦しくて辛くてどうしようもなくて。


自分だけなのかもと思ってた。

勝手に自分だけがこの関係性を
恋愛とか特別とか思ってて
もしかしたら大好きな人からしたら
ただの地元が同じで他の人よりは
よく話してる知り合いくらいの
感覚なのかもしれないとか、

考えたら明らかに場違いみたいな
振る舞いをすることも怖くなった。


でも、大好きな人も少なからず
自分を他の人たちよりは特別視して、
進展したいとどれくらい思ってるかは
分からないにしても進展したい気持ちは
あるというのが目に見えて分かった!


どれくらいの割合かは分からないけど
同じ方向性でいてくれた、
同じ感覚を持っててくれた、

そのことが大げさではなく
夢みたいに奇跡みたいに嬉しくて
涙が出るほど幸せに思った。


家族の中で、ひどい態度をとられて
できるだけ心をオフにして過ごしてたら
だんだん自分の人間らしい感情に
自分自身も耳を傾ける機会が減ってきて、

もうこういう人間としての心模様は
減ってるのかなと思うこともあったけど

大好きな人のおかげで自分はまだ
人間でいられてるらしい。


もうちょっとだけ、あと1歩だけ、
これまでより押してみてもいいんかな?

まだ、大きな壁の存在が自分を悩ませてる。
だから、思いきって告白したりとか
そういうことはまだできそうにないけど。


まるで要らないもののように
暴力的に痛めつけられて育った自分。
自分がゴミのように思えて
消えたいと思ったことも数え切れずある。


だけど、大好きな人も自分を求めて
必要としてくれるなら、
これまでは信じられずに背を向けてきた
この世界を少しは信じてみようかなと思う。
心の中だけで思うこと

心の中だけで思うこと

家族の性格を思ってた以上に怖いと感じた。

その人のことを、家族の中ではまだ
穏やかで失礼なものの言い方はせずに
言葉を選んで話す人と思ってたけど、

自分とは違う価値観や考えの人には
容赦なく突き落とすような言い方を
するというのがよく分かったし、

「ENAは家族の思い通りになって当然」
という考えが家族全体に色濃くある
というのが、ここ数日でよく分かった。


細かい部分は全然違うし
自分は恋愛など個人的なことは
親しい人も含めて外には話したくない派で
そういう意味でも対極ではあるけど、

恋愛に関して積極的にネット上に
発信してる人たちがいて
その人たちは「多少法的にグレーゾーンでも
自分たちが楽しければそれでいい」という
価値観のもとに発信してるから
時々批判されたりもしてるみたいで。


恋愛の状況の一部だけに限って言えば
共通してる部分があったから
自分も参考になるかもと思って
いっとき見てたこともあったけど、

自分個人的に
「恋愛どうこうの前に
人としてそれはダメと思うことを
堂々とネット上にも載せたりしてるから、
こういう少数派の恋愛をしてる人は
常識もないし叩いてもいい」
みたいな世論になるのもある気がして
不快に感じたからもう見なくなった。


ネットの影響は良くも悪くも大きい。


初めにその人たちのことを知った時は
自分の恋愛と共通してる壁を乗り越えて
家族になってすごいなと素直に思ったし、

ドラマとか映画ではなく現実に
そういう人がいるなら自分も努力すれば
叶うかもしれないとも思った。


だけど、その人たちをちょっと人として
それはどうなの?と感じ始めて、
じゃあ恋愛でも胸を張って
人前で堂々とできるような恋愛ではなく
適当なノリでこれネットに書いたら
バズりそうくらいの感覚でしてるのかもと
思うようになったから全然見なくなって。


一部でも恋愛に共通点があることで
今の時点では誰にも言うつもりはないけど
ネットとかではなくリアルの信用できる人に
「実はこういう恋愛をしてて‥」と
話した時に、そうやって悪い意味で
ネットで話題になってる人がいると

「あー、ああいう恋愛ね。
ネットによく出てる〇〇みたいな感じ?
あの人たちすごく常識足りてないけど、
そういう恋愛の人ってそうなの?」

と思われそうで嫌やなあと思う。


自分は大好きな人と付き合えても
基本的にはその時点では人には言わないし
それより進展があった時にも
確実に信頼できる人にしか報告しないし、

もちろんネットにも詳しい状況や
個人的な話をアップするつもりはない。


また別の、自分と共通点がある恋愛を
してる人たちはそういう非常識な
グレーゾーン的にいい思いをしようとか
そんな人ではないから、心の中で密かに
励みにさせてもらってるけど、

ごく一部の人の言動で
それに少しでも近い立場にいる人までが
倫理的なことも守れない人かのように
思われるのは悲しいなと思う。


少数派の恋愛をしてて
自分もつい気にしすぎというか、

人に後ろ指をさされるようなことは
何もしてないけどそれでも
“自分は割合的には少ない恋愛をしてる”
ということを心のどこかで引け目に
感じてしまってるから、

必要以上に心に引っかかって
しまうのかなという気もしてるけど。
やっと少し自分の意見を言えた日

やっと少し自分の意見を言えた日

家族の中で、まだこの人には
多少は自分の個人的な話もしてるかなと
思う人と昼ご飯を食べてた時のこと。

知り合いの近況の話からの流れで、
「でも、別に悪いこととかではなく
自由とはいえ、そういうのはやっぱり
うまくいかないよね」と少人数派の
恋愛についての話になった。


またか、と思う。

言ってしまえば、今日話してた家族は

・年齢が同い年または近い
・いい学校を出て固い仕事に就いてる
・国籍が同じで相手もずっと日本育ち
・できれば地元で家族(親)を助けてくれる
・顔やスタイルなど容姿がいい
・同性ではなく異性

というように「もしENAが恋愛して
結婚するなら条件はこれ」という考えが
ものすごく色濃くある人。


まだ、絶対にこれだけは‥と言うなら
まだしも今の世の中で恋愛するだけでも
色々大変な上に家族が勝手に決めた条件を
全て満たさないと許さない!みたいに
言われたら永遠に無理な気がする。


それに、自分は家族のために
恋愛するんではないし、打算や計算で
人を好きになったりそういうそぶりを
見せたりなんて絶対にできない。


自分の恋愛のせいで、例えば相手が
家にまで半狂乱で押しかけてきて
家族が安心して暮らせなかったとかなら

そこに関して注意されたり
「言いたくないけど、前にそういうことが
あったから大丈夫か心配」と言われるのは
仕方ないような気もするけど、

何もない状態から勝手にあれはダメ!
これはダメ!もしそういう恋愛をENAが
したら何としても許さないし阻止する!

みたいなのは納得がいかない。


「でも、いくらこういう人がいいと
頭の中で考えててもそれが全て
思い通りになるわけではないからな‥

もしあれこれ条件をつけても
全部をクリアした人なんてたぶん
そうそういないと思うよ。

異性との恋愛なら絶対に幸せとか
歳が同い年とか近ければ確実に安泰とか
日本人同士ならトラブルがないとか
そういうのは言い切れないと思う。

年齢がたとえ同い年でも相手の精神年齢が
幼かったらきっと苦労する。

逆に年齢は年下でもその人が色んなことを
人生の中で学んで精神的に大人なら
年齢が下とは感じずに付き合えるかも。

もちろん、法的に違法になることとか
人としての道から外れたことは
どんなに相手を好きでもしたらいけない、

それは自分は正義感強いし
言われなくても絶対にしない。

でも、それ以外なら決めるのは本人やし
周りがそういう条件を理由に反対
っていうのはどうなんかなぁと思う」


今日は言えそう、と思ったから
めちゃくちゃ冷静に言ってみた。

何か言い返してくると思ったその家族は
何も言わずに黙ってた。


別に論破しようなんて思わないし、
その家族にはその家族の考えもあると思う。

だけど、その家族の言うことが世間的に
確実で完全な正解ではないとも思う。


いい学校を出てても心が未熟すぎて
不機嫌を撒き散らして人を傷つける人、

固い仕事に就いてても
社会的には肩書きがあったとしても
家など周りの人から目につかない所では
暴言を吐いたり暴力を振るう人、

世間には色々いる。


その家族がその価値観を自分自身の
人生の指針にするのは自由、

だけどそれをいくら家族とはいえ
こうあるべき!それを守れないなら
一生許さないからな!みたいな圧力で
人を無理やり従わせるのは違うはず。


一言言って十言返ってきたり
不機嫌そうに振る舞われると正直面倒
という気持ちもあって、普段から日常が
まず落ち着いて暮らせる家ではないし

普段はいくら心でモヤモヤしても
言わないようにはしてるけど、

今日は何となく言えそうと思ったから
珍しく自分の意見をその家族には
途中でやめずに言えて本当に良かった。


その家族の考えも、そう思う人は
世の中一定数いると思うし
それはそれでその人の自由とは感じるけど、

自分も決して間違ったことは言ってない。


「(家族の意見に背いて)自分勝手な
短絡的な人生を生きたら失敗するよ」
みたいなこともちょっと言われたけど、

その「こういう恋愛は失敗する」というのは
どこで統計を取ったの?って。

その家族にとって、もし自分がそういう
選択をしたら都合が悪いから
「そういう人はうまくいかない」と
言うのはただの偏見に感じられる。


そもそも、これだけ毎日悩んで苦しんでる。

家族は何もそんなこと知らなくても
これのどこが「短絡的」なのか
そういうとこもいい加減に思える。


大好きな人との恋愛も、もし表向きに
家族とかに知られてしまうと
壊されそうな気がするから水面下で
黙って頑張っていって、ある程度ちゃんと
形になるまでは家族はもちろん
誰にも言わないように気をつけよう。


今日、その家族とこんな話をしたから
もうしばらくは何も言わないけど、

この家庭環境の中で自分の意見を
緊張しながらも言えたことは
少し自分を褒めたいなと思った。
コンビニ内での密かな気持ち

コンビニ内での密かな気持ち

まあまあ近所のコンビニに行った。

ドアを入って色々見ながら歩いて、
奥に入った所のケースに陳列されてた物を
見て嬉しくなったり切なくなったり。

いや、そう言ったらたまたまそれが
そこにあったような書き方になるけど、
実はそれを無意識に自分から
探しに行ったような気もする。


大好きな人の好物。

もしかしたらこうやってコンビニで
大好きな人も買ってたりするかな?と
思ったら、こんなに大好きでもなかなか
会えない現状にとても苦しくなった。


その一方で、ほとんどの人が
大好きな人の好物なんて知らないのに
自分は知ってる、ということには
何か重大な秘密でも持ってるような
嬉しい気持ちにもなる。


家族と一緒にいて、何でもない顔をして
実は心の中では深い深い深い気持ちに
なってたコンビニでの午後の話。
好きな食べ物

好きな食べ物

大好きな人に、自分の知り合いが
好きな食べ物を聞いたら、大好きな人は
地元にいる時から好きと言ってた物を
迷わず答えたらしい。


大好きな人が好きな食べ物を自分がもう
知ってるとは知らずにその知り合いが
「これが好きらしいよ」と教えてくれたけど

変わらずそれを好きということに
何か、めちゃくちゃホッとしてしまった。


自分は家の事情で自分の自由な時間が
すごく少ないから、いくら大好きな人が
今住んでる町が昔から繋がりがあっても
なかなかそう簡単には会いに行けない。

そういうモヤモヤが心の根底にあるからか
大好きな人がそうそう会えない所に
住んでるのは本当に心が苦しい。


だけど、大好きな人が地元にいた頃と
変わってないなーと思える時、密かに
心の中でものすごくホッとする。
客観的視点

客観的視点

大好きな人と同じ支社の人が
複数人で出張に行ってて、その移動中に
個人的には「えっ?」と思うような‥

正直引くというか、ちょっと常識的に
どうなんかなと思うことをしてたのを
たまたま知ってしまった。


実際にその行動をしてたのはたぶん
その複数人全員ではなくその中でも
本当に少ない人数のはず。

そして、そもそもその出張に
大好きな人は行ってないから
正直、絶対にその人たちの中には
入ってないことに安心してしまった。


その支社関係の知り合いとその話になって
「〇〇(大好きな人)がその中に確実に
入ってなくて正直ホッとしたよ」と

その知り合いは大好きな人と自分が
色々元々の共通点が多いことも知ってるし
自分がその程度なら話しても怪しまれないと
思ったから話したら、その人が

「〇〇は常識的な行動しかしないよ。
この支社の中ではまだ新入りだけど、
そういう振る舞いは絶対にする人じゃない」

と言い切ってくれたことが
自分には本当に嬉しかった。


いくら第三者目線を忘れないようにと
意識したところで、その人に恋愛感情を
持ってればどうしてもそういうフィルターが
かかってその人を見てしまう気がする。


だから、例えば自分が大好きな人のことを
「こういうところが愛嬌がある」とか
「この仕草が魅力的」とか思ってても、
周りの人からしたら「‥そうかな?」と
思われることも多々あると思う。


そういうことならいいけど、
もし「これは人としてどうなのかな」と
思うことを自分が恋愛感情を持ってる人が
した時にそのフィルターのせいで

「他の人なら嫌でも、この人なら
別に多少の非常識はいいか」と
思ってしまうのは良くないこと、と
自分は考えてしまう。


好き、という理由で
本来なら良くないことでも何でも許される
そんな恋愛はしたくないし。


だから、大好きな人を特別な目で見ない
フラットな目線を持つその知り合いが
大好きな人のことを迷いなく
そう言い切ってくれたことが

本当に救われた気がしたし嬉しかった。


自分は基本的に人を信じられない。

数知れず驚くような裏切りがある家に
育ってきたし、人を信じてもいいと
思える経験が極端に少なくて、

今もこうしてこのブログでは
大好きな人への想いや、恋愛を通して
日々思ったことを書きながらも

こんなに誰かのことを恋愛の意味で
好きなことや、その恋愛には目に見えて
壁があることに深く悩んだり
戸惑ってしまう時も本当にたくさんある。


だけど、大好きな人のことは
人としても、恋愛対象としても
少しずつ信じていく努力をしたいと
すごく思うきっかけになった。
会社の裏側を知る

会社の裏側を知る

大好きな人の職種が、自分が昔から
関わってきたことに大きく関わること、
大好きな人が今働いてる支社が
自分が昔から繋がりがある町にあることで

その支社の色んな事情はそれなりに
前から聞くこともあった。


だけど、最近は前よりもそういう話が
耳に入る機会が増えた。


前から、その支社の上の人たちの
顔ぶれが長く変わらないのもあって
色んな意味でなあなあになってるというか

いきなり外から来た人が肩書きのある
立場に就いたらびっくりしそうな
悪い意味で慣れすぎてる感じはあった。


でも、経営上それでいいの?と思うほど
何となくごまかしごまかしで何年も
やり過ごしてきてるのを今年改めて知って

もしかしたら自分が思う以上に
その支社はやばいのかなと思い始めた。


自分は実際にその町に住んでないし、
その町在住の人たちよりは全然その支社の
実情もまだまだ知らないとは思う。

それに、大好きな人がこういう話を
どこまで知ってるのかも分からない。


昔は、自分はそこの支社の人たち‥
立場的には偉い肩書きがあっても
町で会えば気さくに話してくれるような
いい意味で「こんな大人もいるのか」と
思わせてくれるような人たちに憧れてたし、

実際にその支社にお邪魔したことも
あったけど、風通しのいい明るくて
温かい雰囲気がすごく新鮮で

自分は家の中でも常にビクビクして育ったし
何なら家よりこの会社の方がよっぽど
家庭的に思えたくらいで。


その当時の社員さんたちが
色んな理由でその支社を離れて、

人がそれだけ移り変われば
同じ雰囲気の維持は難しいのかも
しれないけど、今は前とは違う状況に
なってるのをつくづく感じて
寂しいなと残念に思ってしまった。



自分が昔から関わってる会社
というだけでなく、今は
大好きな人の職場でもある所。

目に見えて何か不正があるとかでは
なさそうでも、何となく色んなことが
これで大丈夫なのかと言いたくなるのが、
本当に複雑で悲しいなと感じる。
何で操縦しようとするのか

何で操縦しようとするのか

家の事情もあって、家にいる時間も
自分は慌ただしく家事してることが多いけど
昼にリビングで少し休憩してた時の話。


その時の話の流れで、親と自分の価値観や
考えが違うような内容を話になって
親が言ったことに、すごく違和感を感じた。


一言で言ってしまえば、

親も好きで気に入って
見た目も性格も他の条件も親が納得して
認めた人以外はENAがいくら好きでも
許さないからって宣言しておくからね

というようなこと。


何でそこまで親が決めるのか、
何でそういう言い方が当然に
まかり通ると思ってるのか、
そこまで操縦されて自分が本当に
納得すると親は本気で考えてるのか、

前にも2、3回同じような言い方を
された時も思ったけど
そこまで自分を管理したがるのは
だいぶ異常というかおかしいよな‥。


特に、自分は家が複雑な中で育ってるから
こういうふうに言ってくる方の親にとっては
(もう一方の親が更にとんでもなかったから)

「大変な中でも自分はENAを育てた、
だからENAの人生や将来に関しても
自分に意見の決定権がある」

と思ってるのかもしれないけど、

家がムチャクチャな中でも
暴力や暴言などはあったとしても
一応大人になれるくらいまでには
食べ物、着る物、住む場所が
あったことには感謝してても

だからといって自分の人生を
親が決めて当然とか
親が言ったことはその通りにしないと
どういう目に遭うか覚えとけとも
言いたげな圧力をかけてくるのは

とてもおかしな話に感じられる。


大好きな人は、同じ地元なのもあって
親も知ってるけど、外見のことを
すごく失礼な言い方でダメ出ししたり
(本人の前ではないけど)

何か無理矢理な理由をつけては
「そういうのをいいと思ったり
気にしないのはENAだけで
ENAはおかしい、普通ではない」
とか、全面的に批判されると

親の考えが何でそんなに世間的に
正しい答えみたいになってるの?

親にとって親と全く同じではない、
都合が悪い考えをしてるからって
自分や大好きな人そのものを
完全に否定するのはおかしくない?

という気持ちになってくる。


「もし、〇〇(親)が言うように
〇〇の考えがもし世の中の大多数でも、
その考えはそれはそれとして
尊重されるべきと思うしその人たちが
それを変える必要もないと思うけど、

親と考えが違うからといって
自分の意見は取り下げるべき、
聞き入れなくても当然みたいなのは
違うとも思ってるから、

自分は自分の考えを大切にしたい」

と言ったら、何も言えなくなったのか

「何言ってもENAは分からないね!
もう何を言っても無駄ってことか」
といきなり違う話に変えられて
もうそれ以上は何も言えなくされた。


半ば脅しという圧力をかけて
子どもを親の言う通りに動かそうとする。

それはすごく卑怯な気がする。


親という立場に感謝するべき部分も
あるとは思ってるけど、
親という立場が魔法のように
子どもを思い通りにさせる
免罪符と思ってるなら、それは違う。


大変な中で、色んな気持ちになったり
血の滲むような悔しい思いもしてきて
そうやって生きてきて
大切なものが何かも痛いほど学んできた。


その結果、自分は大好きな人を好きになって
この人と生きていきたいと
いつしか強く願うようになった。

自分に自信はまだまだないけど、
自分がそんなふうに決意した覚悟は
信じたいと思う。
自分の人生は自分のもの

自分の人生は自分のもの

今日、たまたま見かけて
心に残った言葉。

「大事なのは、他人がどう思うかより
自分がどう感じるか」


いつも周りのことを優先して
自分が思うことやしたいことをつい
遠慮してしまう人に向けて書いてた。


いつも基準が親、
親は絶対、親は偉い、
何があっても親の言うことは
全て聞いて当たり前という家庭に育って、

筋が通ったことをしてても
親にとってそれが都合が悪いことなら
許されなくて当然という環境で
暴力もあって恐ろしかったのもあって、

自分の気持ちは言わない
自分の意見や意志も言えない
それが日常という中で長く生きてきた。


自分の人生、だから自分の気持ちを
一番に大切にしろ、という内容に触れると
あぁそうか、そうなんよなぁと改めて
本来なら普通のはずのことに気づく。


やっぱりどうしても自分は
大好きな人と恋愛関係になって
お互い特別な人になって
一緒に生きていきたい。