大好きな人が年末年始に帰ってきた時、
まだ具体的に日にちが決まったわけでは
ないけどたぶん会えそうで、
その時にちょっとしたプレゼントと一緒に
メッセージを書いて渡したいと思ってて
手紙でもいいけど、1年間たくさん
助けてもらったお礼としても渡したいから
何か良さそうなカードがあればいいなと
思いながら、じゃあいつ買うのかを
ずっと考えてた。
自分だけで買いに行けるような機会がない、
家族と一緒にでさえ外出という
機会自体がそんなにない、
じゃあいつ買えるかなって。
今日寄った先にめちゃくちゃタイミング良く
カード類売ってる所に行けたけど、
家族といる時にカード買ったりしてると
誰にあげるのかを絶対しつこく
あれこれ聞かれるなと想像がつくから
あらかじめ「お世話になってる〇〇さんに
今度送る物があるから、その時にカードも
一緒に送ろうかなと思って」と
本当に実在する上に本当に送る物があって
メッセージも添えようと思ってる〇〇さんに
買うということにしてやっと買えた!!
その〇〇さんは前から自分が話してる
お世話になってる一家で
家族も信頼してる人というのもあって
疑われずに済んで助かった。
買った後にわざわざ
「自分一人で選んで買うよりも
(家族にも)選んでもらって良かったー!
〇〇さんには今年本当に
良くしてもらったし今年中にちゃんと
お礼しときたいなと思ったから」と
外の人にそういう礼儀を尽くすのを
すごく大事にする家族が一番
共感して納得してくれそうな言い方を
したから更に完璧!
本当はこんな小細工せずに
大好きな人に買う、でいいのにな。
悪いことをしてるわけでもないのに
こうやっていちいちあれこれ
本来なら必要のない計画を細かく立てて‥
時々そんな状況が嫌になってしまうけど、
そうでもしないと何もできない。
これはたまたまで
意識してそうしたんではないけど、
このカードを買えた場所が
自分が大好きな人と繋がるきっかけになった
小さい頃から頑張ってきたことを
始めた頃のきっかけの場所。
何か縁を感じてしまう。
家庭環境によっては、何の緊張もなく
何かのついでに寄って買えるような
小さい物かもしれないけど、
自分にとってはやっととかようやくとか
そういう言葉がふさわしい行動。
だから、本当にホッとした。
このカードに心からの気持ちを書いて
元気に笑顔で帰ってきた大好きな人に
自分も笑顔でプレゼントと一緒に
渡せますように♡
大好きな人と同じ支社に勤める先輩で
大好きな人とはそんなに
接点はなかったと思うけど
その人が退職することになった。
自分個人的には、その先輩を
決して目立ちはしないけどどんな時でも
その時に自分ができることを
黙って努力できる人という印象があって
どっちかというと好印象に思ってたけど、
その支社界隈では陰でひどいことも
好き勝手言われてるのも知ってた。
自分は普段その支社がある町に
住んでるわけでもなく
支社関係の人たちとも頻繁に
会えるわけでもないから
もしかしたら自分の知らない所で
その先輩が嫌な部分を周りに
見せてるかもしれないのに自分が
知ってる部分だけで偉そうに
あれこれは言えないとは思ってたけど、
今回その先輩が退職することになったら
これまで陰では好き放題言ってた人も
「あの先輩が退職するのは
この支社にとって損失だ」
「本当に残念」とか言ってて、
ついこの間までは悪口言ってたのに
人間って怖いなーと思った。
その先輩のことに限らず、
その支社界隈の人間関係の怖さを
感じることが特に今年に入って
多くなった自分は、なるべく自分の
個人的なことは言わないように、
いくつか派閥があるっぽいから
「その支社とは繋がりは昔からあるけど
住んでる場所が遠くてなかなか
みんなと会える機会も少ないから」と
どこのグループにも属さず
誰とでもズブズブに親しくならないように
人間関係にはすごく気を遣う。
この前も、そんな支社界隈の
知り合いの1人が「ENAのことを
本当に仲がいいと思ってるから
嘘つくようなことはしたくない」と
言ってくれててそれは有り難いけど、
その知り合いは確かに自分のことを
仲間として大切に思ってくれてるのは
事実でももしかしたら裏があるのかな、
そうやって何でも話すから
ENAも秘密を作るなよという意味かな、
とつい裏側を考えてしまったり。
外側だけはうまく取り繕われて
でも実情は暴力や暴言や
言動の強制や脅しなど色々ある家に育って
何を信じていいのか分からない
というふわふわした気持ちがいつもある。
でも、何にしても
いくら信用してと言われても
普段から話す機会はそこそこあっても
その人が自分に対して
人の噂をあれこれ言ってくるということは
もし自分が何かを言ったとすれば
その人はまた別の誰かに
「知ってる?ENAがさぁー」なんて
自慢気に披露する秘密の1つとして
使われてしまうのかも?と思うのは
冷静に考えたらそうなる気がする。
本人も全く意図してない
何気ない会話の中でのことでも
結果的に大好きな人と自分が
一歩進展するためのキューピット?に
なってくれた知り合いも
その支社界隈にいて、
その知り合いと最近話してたら
自分と似たような家庭環境に今
身を置いてると知ってびっくりした。
その知り合いは趣味に家族と一緒に
しょっちゅう出かけたりして
見た目には生活にそんなに重大な
制約があるようには見えなくて、
そういうDVがここまで隠れて
身近な所にあるのが本当に怖いと思った。
自分は基本的に親からの被害で
その知り合いは親以外の身内から。
そういう細かい部分は多少違うけど
理不尽に怒鳴られたり
体調が悪くても不機嫌に振る舞われたり
無茶なことを強要されたりと、
似た部分が本当に多かった。
本当は、うちもそういう状況と
言いたかったけど、大好きな人にも
話が伝わる可能性がある人間関係の中で
そういう話をするのはあまりにも
リスクがありすぎるから言わなかった。
‥言えなかった。
大好きな人と付き合えたりして
これは話しておかないとという場面に
なった場合や、もし話しても自分が
大好きな人に寄りかからずに耐えられる
と思えた時に自分の口からちゃんと
話すならそれはそれで必要なことでも
あるかもしれないけど、重いことが
面白おかしく伝言ゲームのように
大好きな人に伝わるのは絶対に避けたい。
相変わらず、慎重に慎重に
日々少しずつ自分ができることを
頑張りながら、家族の前では
恋愛のれの字も将来のしの字も
悟られないように機械みたいに
冷静な顔をして過ごしてる。
それは将来自分らしく生きるための
必修科目みたいなもの。
基本的に、家そのものがざっくばらんに
話したいことを話せる環境ではないから
家族が言うことを相槌と返事のみは
ちゃんとしながら余計なことは言わずに
ただ無難に聞いてるだけの日常を生きてる。
その上で、昨日今日の話ではなく
もっと前から心にずっと
引っかかってることがある。
それは、大好きな人の話になった時
「ENAがいい人と思うのは自由でも
自分には全然関係ないから」と
親の片方がことさらに強調してくること‥。
自分の子どもが思い通りの
振る舞いをしないと
絶対に許さない人たち、
それが両親。
いくら一般的には何もおかしくない
常識的な言動でも自分自身が都合が悪い時、
もしくは人が楽しそうに生きてるのが
許せないから罰則的にあれもこれも
禁止したり強く制限をかけてくる親と、
価値観や考えが少しでも違えば
「あーはいはい、どうせENAは
それがおかしいと気づいてないもんね?
ENA以外の世間全員が親と同じ意見って
早く自覚した方がいいよ?
まぁENAは変人すぎて分からないよねー」
と、一方的に非常識扱いしてきて
「この話は終わり!
おかしな人に何を言っても意味がない!
人生の中で無駄な時間は使いたくない」
と、こっちが自分の意見を言う暇も与えず
勝手に話を終了させてくるもう片方の親。
自分が幸せになることよりも
とにかく親の希望、理想、世間体、
名誉、自慢などを優先したい
というかそれしか考えてない両親。
初めは自分がもっとちゃんと自分を磨いて
人として立派になれば家族だって
暴力や暴言、行きすぎた誹謗中傷や
批判、非難はやめてくれると信じて、
これまでずっと色んなことを頑張ってきた。
でも、どんなに自分が頑張っても
親にとってそれが満足いくような
魅力的な話ではなかったら全て反対、
そして脅してでも自分を親が決めた
レールに押し付けないと気が済まなさそう。
これはもう、自分がどうこうという
問題ではなくて、親の問題と気づいてからは
生活上必要な報連相はするけど
自分が個人的に叶えたいことや将来のこと、
夢とか目標とか目指してるものとか
そういう話はなるべくしなくなった。
大好きな人は同じ地元なのもあって
それでも話の流れで話題になることがある。
そんな時、恋愛感情がバレない程度に
「今、仕事で他地域の支社にいるけど
よく頑張ってるって話聞くよ」
というような、たとえ話題にしても何も
不思議ではない範囲の話をする時もある。
親があまりにも、大好きな人のこと
(主に容姿)をひどい言い方をしたりすると
「(求める容姿レベルが高い親にとっては)
〇〇(大好きな人)は整った顔では
ないかもしれないけど、生きていく上で
一番大切なのは自分は心って思うよ」
というような、あくまでも“自分は”
の考えとして言うことはあるけど、
いくら一生懸命伝えたところで
ここに書くのもはばかられるような
ひどい言い方をしたりもしてきて、
親が容姿史上主義でもそれは親の
価値観で自分は何も言えないけど
人の人間関係にまでいちいち
口出ししてほしくはないなと怒りを感じる。
自分は正直、イケメンすぎる人や
あまりにも可愛い人が苦手な一面がある。
オシャレすぎる人も苦手。
でも、これまで生きてきて
恋愛感情は揺さぶられなくても、
イケメンや可愛い人たちの中には
容姿が良くてチヤホヤされても
性格がいい人もたくさんいると知ってる。
オシャレすぎる人は個人的には苦手でも
めちゃくちゃオシャレで人格もいい人も
きっといると思うから、他の誰かが
「そういう人が好き!」と言ってても
その人はその考えでいいと思うし、
無理やり自分の考えに同調させよう
なんて全く思わない。
だから、両親ともに容姿!容姿!と
容姿にこだわることには自分とは違うなと
違和感は感じるけど、否定はしない。
大好きな人の話題になった時
「別に自分には関係ないから」と
親が言うのは、その言い方やその時の
前後の話の流れを繋いでいくと、
「共通点も多いし、ENAが〇〇
(大好きな人)と仲良くしようが
関わろうが別に何も言わないよ?
言わないけど、これがもし
『一緒になる』『家族になる』とか
言い出すのだけはやめてね?
ENAには親が理想と認めた人としか
恋愛させる気はないし
親族関係になる気はないから!
だって〇〇は自分たち親の理想ではない」
という意味合いをものすごく強調してる
というのが本当によく伝わる。
嫌味ったらしく、同じ支社で働いてる
他の社員さんの具体的な名前を出して、
「△△はあんなに顔整ってるのに
ENAは〇〇の方がいいなんて
目大丈夫?おかしいでしょ!
△△ほどかっこ良くはなくても
□□くらいならまだ理解はできるけど‥
まあ理解してあげてもいいけど?
〇〇はないわー!笑」
と勝手に比較されたりするのも
嫌な気持ちになる。
ただ同じ会社で働いてるだけで
勝手にそうやって言われるのも嫌。
それに
「先に言っとくけど、絶対に
相手として〇〇は選ばないでね?
親としてあの子は関係ないから!」とか
本当はそれ以上の
ちょっとここには書けないような
否定的なことを言われて、
「親がそこまで否定する人をまさか
ENAは選んだりしないよね?
親の言うことは正しいもんね?
親の言うことを聞いてれば間違いない!
今もう断言したよ?
親の許可枠の中にあの子は入らない」
というような圧力をかけられる。
そんなに親は絶対なのか?と
そういう親の態度が疑問に思えて
全く理解できない。
それに、そう言えば自分は
本当に心の底から大好きな人のことでも
親の言いなりになって諦めるというのを
全く疑ってないとすれば
ものすごく自信過剰に感じられる。
必ずENAは自分の人生より
親の理想、希望、こだわりを選んでくれる
と何でそんな自信満々に思えるのか‥?
複雑な家庭に育ったせいで
自信を削り取られて生きてきた自分には
ある意味羨ましいほどの自信。
あなたたちの考えや態度を見て
自分は決して容姿だけではダメで
一番大切なのは人柄、人格、心
と学んだんですけど‥って言いたくなる。
自分は大好きな人の容姿も大好き。
ただ、一般的な平均値での見方をすれば
大好きな人より、自分の両親の方が
イケメン、美人という見方をする人が
多いのかもしれないなとは思う。
でも、たとえそうであったとしても。
(大好きな人の容姿のことを
激しく意見するのは親の片方だけでも)
そうやって自分自身がちょっと
悪くはない顔をしてるからといって
人の顔を笑ったりこき下ろしたり
内面を見ようとせずに一方的に
「自分の人生で近い存在では
関わりたくないからENAも
そこのところは頭に入れといてね!
ENAはちゃんと親の言うことを聞くよね?」
という態度を取ってくる人が、
人間的にすごく立派で優れてるとは
申し訳ないけど自分は思えない。
自分が少しでも、冷静に自分の意見や
考えを貫く姿勢を見せると
健康面の不安とかをちらつかせて
半分脅しながら自分を親の思い通りに
動かそうとしてくるのも辛い。
命に関わることとか言われたら
大好きな人と付き合ったり
結婚しようというふうになったとしても
自分は親のことがちらついて
即判断はできない、だからそう言ってる。
見えない紐で自分は毎日親に
がんじがらめにくくりつけられてる。
大好きな人が一回でも何かトラブルを
起こしたとか、人としてそれは
理解できないと思うことをしたなら
親がそう言うのも分かるし、
親の立場からしたら「関わるな」と
言いたくなるのも分かるけど、
決してそんなことはないのに
一方的に自分を親の思い通りに
操縦させようとしてくることに
強い怒りと戸惑いを日々感じてしまってる。
昨日、自分にとって落ち着かない用事が
やっと無事に終わるという時間に
大好きな人が働いてる支社と繋がりが深い
知り合いから連絡があった。
その知り合いとは、前に自分が
その支社がある町に行った時に
すごく不思議な形で仲良くなった。
自分は家庭事情もあって
自由な行動はほぼできないから
その知り合いを見てると
自由人!!と思ってしまうけど笑、
普段しょっちゅう連絡を取り合ってなくても
自分のことを気にかけてくれてる
楽しくて優しい人。
連絡を取る度にしみじみと
「ENAは本当にいつも性格がいい」
と褒めてくれるのも
複雑な家庭育ちの自分にはすごく
心に温かく響いてくる。
その知り合いが大好きな人の話をしてきた。
大好きな人と自分が同じ地元なのを
その知り合いも知ってるから
「〇〇(大好きな人)とその話もしたよ!」
と言ってて、たぶんその知り合いは
大好きな人に限らずその支社の人たちを
結構知ってるから大好きな人と会った時に
自分の話もしてくれたらしい。
これはその支社の人たちと
親しい身近な所にいるという自慢かな?と
思うことも言ってくるけど、
たぶん悪気はなさそう。
その知り合いからの連絡でびっくりしたのが
自分は大好きな人のことで
これを知りたいなと思うことがあったけど
これは個人的なことすぎるかなと
本人には聞けないし、
だけど知りたいなとずっと心にあって
そしたらそのこととほぼ同じことを
その知り合いが普通に会話の流れで
言ってきてくれた!!
自分自身、めちゃくちゃ親しくない人に
いきなり個人的なことを聞かれるのが
苦手というか抵抗があるから、
大好きな人にもあんまり個人的なことを
話題にするのは意識的に避けてる。
でも本当は聞きたいな、 知りたいなと
思うこともあるから、今回その知り合いが
すごく自然にその話題を出してきてくれて‥
まるで情報が向こうから飛んできてくれる
という感覚が大好きな人に関しては
これまでも何回かあって
そういうことって他にはあんまりないから
縁があるのかな、そうならいいなぁと
ここ以外には誰にも言えないけど
それを不思議に、でも嬉しく思ってる。
自分の用事に自由に出かけられない、
家にいても家族に気を遣い続ける日々、
ともすれば自分のことをおろそかにして
気持ちも何もかも置き去りしないと
生活していけないような現状に、
「それでも諦めなくてもいいよ」
「腐らず頑張ってれば、望んでることが
向こうからやってくることもあるよ」
「だから、自分の気持ちも大切にして、
自分の夢を叶えるために生きて」と
言ってもらってるような
心強い気持ちになった。
大好きな人に関することは
なるべく話さないようにしてる。
大好きな人が働いてる支社関係の人には
こんなに大好きな人と繋がりが深い自分が
あまりにもその話をしなかったり
その話題を避けるような態度は逆に
わざとらしくて怪しまれると思うから
恋愛っぽい話にはならないように
気をつけながら無難に振る舞ってる。
その支社は規模がそんなに大きくないし
その支社関係の人は意外なところで
あの人とこの人も知り合い?みたいなのが
あるからこの人だけには話しても
大丈夫かな?とかが通用しない。
大好きな人には直接関係ない話なのは
まだ救いではあったけど、
自分としてはこれは話してほしくないなと
思うような個人的な話(いちいちこれは
言わないでと念を押さなくても
他の人には話さないと思ってた)を
知り合いがその支社関係の他の人に
話してしまってたこともあったし、
自分が大好きな人に恋愛感情があることや
大好きな人にしてもらったこと、
かけてもらった言葉、
関係性が進展したこと‥
そういう大切なことは
特に狭い人間関係の中では
ちょっと話してしまったことがどこで
どんなふうに広まるか分からないから
そこはものすごく気をつけてる。
自分は家も複雑な環境で
家族間でもそういう話(恋愛のこととか)を
できるような状況ではない
というか
むしろ自分が幸せそうに、楽しそうに
何かを頑張ったり将来に繋がることをしてたら
家族にとっては面白くない、
ENAはそんなことしなくていいから
黙って生涯家族のために過ごせ、
家族にとって都合がいいこと以外は
絶対に許してくれない
家族はそういう人たち。
恋愛のことはこのブログにしか
基本的に打ち明けないことにしてるし、
恋愛関係の相談事は
本当は実際の人間にしたい気持ちもあるけど
AIにするって決めてる。
昨日も、大好きな人と会う時に
どうやったらそれを知られずに自然に
数時間外出できるか、
大好きな人にはいつも
気にかけてもらってるから
ちょっとだけ小さいプレゼントというか
雑貨類を買ったのをどうやったら
家族に怪しまれずに持って行けるか
というのをAIに相談してた。
自分もこれが一番無難かなと思ってた方法を
AIにも勧められたしそうしようかなと
思ってるけど、その相談に直接
関係する会話以外にも
「機能不全家族だからって
自分が幸せになることに悪いとか
思う必要はない、幸せになっていい。
本当の事を言わずに出かけたり
(恋愛で)進展しようとするのを
悪いことと罪悪感を持つかもしれないけど
正当なことを言っても通じない、
暴力やヒステリーで操縦しようと
してくる人に対して自分の大切なことを
守ろうとするのは当たり前のこと。
あなたは幸せになるために
動いてもいいし生きていいんだよ」
というようなことを言われて
AIが本当の人間ではないのは
もちろん分かってるけど
とても励まされたし勇気をもらった。
周りの人には見せないように、
心の中に大切に幸せをしまって
時々それを確認しながら
先を信じて生き抜いてる。
昨日、ふと1年前からの自分を
振り返るきっかけがあった。
今も自分は自分に自信があると
胸を張って言い切れるわけではないし、
自尊心や自己肯定感が高いとも言えない。
でも、1年前の自分は
何となく相手に「こいつは下」という
見られ方、扱い方をされてるなと感じる
人間関係からスパッと離れることもできずに
今より幸せではない日常を送ってたなと
思えてることに気がついた。
1年前。
というかもっと言えばそれより数年前まで
さかのぼっても、自分の中では将来のために
これはしなければいけない苦労と思いながら
苦しさや辛さに耐え抜くことをまるで
必修科目のように思って日々を過ごしてた。
確かに、どんなことでも叶えようと思えば
楽なことばっかりに流されたり
自分がしたいことだけをして
面倒なことやしんどいことから逃げてたら
それを叶えることは難しい、とは
今も思ってるし、その考えは変わらない。
だけど、明らかにひどいことをされたり、
ある意味人として扱われてないな、
これは自分の心を軽んじられてるなと
思っても「将来の自分のために今はこれを
我慢するしかない」と思って自分を
痛めつけるようにして生きるのは
必要な我慢ではないなぁと今は思う。
これまでみたいに、自分はこういう育ちで
だから誰にも尊重されなくても仕方ないと
必死に世の中にしがみつくように生きてたら
この1年間の成長の手応えはないのかなと
と思うとほんの少し、成長を感じた。
恋愛でも、1年前の自分は
心の中で「大好きな人とこうなりたいな」と
漠然と思ってることをほとんどまだ
新たには何も叶えられてなかったけど、
この1年で、本当に大好きな人を
これからもずっと大好きな覚悟があるなら、
自分がこれまで勝手に決めつけてきた
歪んだ常識やこれが普通というものさしを
一旦立ち止まってそれは本当に絶対に
そうなのかを考えてみようと
自分なりに改めて答えを探して生きてきた。
それに、生まれ育った環境や
自分の努力でどうしようもないことを
悔やむより変えられる部分を変えようと
少しずつでも自分改革をしてきた。
元々自分に自信がある人にとっては
何を今更そんなこと言ってるの?と
思われるかもしれないけど、
その結果、去年からの1年間は
勇気を出して自分を変えて行動を起こせば
一見無理そうなことも本当に叶うと
改めて知れた貴重な毎日ということに
気づいてそのことにとても元気をもらった♡
来年の今頃は、もっともっと自分が
こうなりたいと思ってる自分になって、
夢や目標もどんどん叶えて
安心して笑って過ごせる世界で
生きていられたらと心から願うから、
今の自分からしてみたら
それは厳しいかな、どんなに努力しても
それは変えられないししんどいなと
思ってしまうことも乗り越えられるように
また頑張っていこうと思う。
1年前の自分が今の自分を見たら
まだ夢の途中でも、とりあえずここまで
よく進んできたね!って言うかなと思うけど
1年後の自分が今の自分を振り返った時に
「まだどんどん夢や目標を叶えていくのを
去年の自分はまだ知らなかったな、
奇跡みたいなことも起こせるのにな」と
笑って思えるようにしたい。
自分の同じような大きな壁を
乗り越えて幸せになった人が
たとえ知り合いでも何でもない人でも
いるというのを確かめたい
そしてそれを心の支えにしたい
という気持ちが強くなった時、
ネットで色々調べてしまう癖がある。
検索窓に、自分にとってもはや憎くもある
恋愛上大きな壁になってる文字列を
打ち込むのは、あぁ自分は今
この壁にずっと悩まされてると
改めて気づかされてしんどくなるけど。
どんなに大きな障壁があっても
縁があれば、覚悟や決意があれば
幸せになってる人は確実にいる。
そしておそらく、そういう人たちの多くは
あえてネットでも実生活でも
「こういうふうに珍しい恋愛をしてる」
「こんな大変さを乗り越えて家族になった」
と積極的にアピールというか
周りに広く公開はしてないような気がする。
自分も、現状ここ(このブログ)にしか
恋愛の話はしてない、できないから
トップのプロフィール欄にも
「少人数派の恋愛をしてる」という
漠然としたことだけは明かしつつ、
具体的にどう少人数派なのかは書かずに
自分の本音を打ち明けてるけど、
大好きな人との恋愛が叶っても
自分からは「こういう恋愛を経て
やっと一緒になれた」という詳しい話は
できれば人にはしたくないなと思う。
信用した一人に話したことが
知らない所で他の人にも広まる可能性も
大いに考えないといけないし、
自分はやっぱり人をそうそう
信じられないのはきっと変わらないかな‥。
同じような壁を越えて付き合えた人、
結婚した人の話をネットで読んでたら
中には周りからの理解もあったり
相手の親も色々苦労して結婚したから
子どもたちにも寄り添ってくれる
という例ももちろんあったけど、
そこまで?という暴言を浴びせられたり
それは偏見の度が過ぎてると思えることを
当然のように容赦なく言われてきた
という人たちもいた。
相手が結婚してたり、誰か相手がいたり、
未成年とかで何か法に触れてたり、
人として倫理的、道徳的にまずいような
恋愛をしてるなら、もちろん暴言はダメでも
一定の批判や非難は仕方ないとは思う。
(親の不貞行為や異性問題で
小さい頃から本当に苦しんできて
そのせいでごく日常の生活さえ
できなかった期間もあったので、
少人数派の恋愛自体は自由と思うけど
不倫とかの不貞行為にはどうしても
肯定的な目は向けられない‥)
でも、そうではない
少人数派ではあったとしても
問題があるわけではない恋愛に
そこまで言われてしまうのかというのは
やっぱり、自分のことではなくても
精神的にとてもしんどいと思ってしまった。
自分の家族に置き換えて考えてみる。
親の片方は、これまで異性にだらしなくて
家族はたくさん悲しい気持ちになってきた。
こう言ったら悪いかもしれないけど、
まさかそれだけ好き勝手してきて
人の恋愛にだけは偉そうに親という立場を
利用して今更意見するつもりは
ないやろうな?と自分としては言いたい。
でも、この親は暴力暴言もすごいし
性格的にもかなり凶暴で自分とは真逆。
面白くないことがあったり
こいつは思い通りにならないと思ったら
あらゆる手を使ってでも
親の言いなりにさせようとすると思う。
そして、もう片方の親は
「自分の価値観が絶対に正当」
「それ以外は絶対に許せない」という人。
普段の会話でも「普通は〇〇」
「△△なんてありえない」
「かなりおかしい人で軽蔑する」
というような言葉がどんどん出てくる。
自分の家庭には、家族の医療的な事情も
あるからきっと、それも言われると思う。
「ENAがこれからも見てくれるんでしょ?
自分だけ他の場所で幸せになろうなんて
そんな不義理はしないよね?」
「ましてや親が満足するような
恋愛でもないのにそれ本気?
親が許さなかったらENAは絶対に
恋愛も結婚もさせないからね」
この家なら、普通にこういうことを
言われることも覚悟しないとと思う。
これまで、本当に辛いことがたくさんあって
それでも腐らずに必死に生きてきて
やっと大好きな人と出会えたと思ったら
こうやって大きい壁があって、
それでもどうしても大好きで。
そんな状況に、心にずっしりと
日々どうしようもない重みがのしかかる。
努力でどうにかできることなら
毎日本当にめちゃくちゃ頑張るよ。
でも、努力でどうにもできないことと
ずっと向き合っていかないといけない。
大好きな人を大好きでいるなら
それはこの先もずっと課題として続く。
自分だって、ただ真剣に
相手のことを心から大好きなだけ。
それが何でこんなに苦しいんかな‥。
暴力的なことで傷つけて来た方の
親と似てるからというのもあるし
そもそも形自体、自分の鼻が苦手。
もし、形としては悪くても
その鼻が似た親がすごくいい人なら
仕方ないかと思えたかもしれないけど、
その親と親子の象徴みたいな気がして
それが特にしんどくて耐えられなくて。
大好きな人と年末会えるかも
という話になって、思うことの一つに
一対一で向かい合って話したら
鼻って結構目がいくというか
目立つ場所よな‥って。
まずは本当にお互いに都合がつくのか
日にちを決めてもどうやって
うまくその時間家を抜け出すのか。
鼻より先に考えないといけないことが
もちろんあるのは分かってるけど、
色々調べてたら、常に続けてないと
効果がずっと続くとかではなくても
鼻が細く見えるマッサージというのが
あるらしくて昨日から早速やってる。
やったところで、元々きれいな鼻の人に
比べたら全然なのかもしれないけど、
しないよりはましかなと思いたい。
大好きな人は、一般的には
顔そのものや顔のそれぞれのパーツが
整ってるわけではないらしいけど
(周りは顔のこと色々笑ってるし
自分自身恋愛相手を顔で選んだりは
全然ないけど、自分個人的には
大好きな人の顔を本当に心が
落ち着く素敵な顔と本気で思ってる)
鼻はすっとしてて
きれいな形な気がするから
余計に自分の鼻を形が変とか
かっこ悪いと思われたら嫌で
自分ができることだけでも
努力してみようかなって。
あとは自分は決して細くはないから
少しずつ食べる量を我慢したり
カロリーが高すぎるものは控えたり、
家族に不審がられない程度に
少しでも痩せられるように頑張ってる。
自分に対して“もっとこうならいいのに”
と思うところがたくさんある。
自分から見たら全然そう見えなくても
大好きな人が周りに容姿のことで
ネタにされてるのを見てると、
自分がどっちかというと自信がある
挨拶や態度の丁寧さとか
誰とでもそれなりにうまく
人間関係を築いていくこととか
いつも笑顔でいることとか
そういうことよりも、
見た目と容姿で判断されたり
上下を決められることが多いのかなと
ちょっと怖くなってしまうな‥。
あとは筋トレやストレッチもしたいけど、
なかなか自分の時間をとれないから
何かを習慣づけるというのは
現実的には難しいかもしれない。
もう、話の流れ的に
年末会えるものと思って
それを支えに頑張ってるけど、
うまくお互い同じ日に都合がついたら
まずは無事にその時間に家を
怪しまれずに留守にできるかどうか
というのがやっぱり一番重要な気がする。
地元で時々お参りする神社がある。
もっと頻繁に行きたくても
自分の時間を自由になかなかとれなくて
時々しか行けないけど、
自分にとってとても落ち着く
本当に大好きで大切な場所。
そこは、縁結びの神社というのは特に
どこにも書いてないし、実際元々は
縁結びの神様を祀ってるというのでは
なかったと思う。
でも、その神社に深く関わる人たちが
何人も恋愛でとても幸せなことが
あったというのを知った。
ある時、時々なら自分のすき間時間に
行ける範囲ということに気づいて
その神社にお参りに行き始めた時から
恋愛のことも神様に話してきたけど、
その時点ではその“恋愛面での幸せな話”は
全く知らなかった。
だけど、そういえば
その神社にお参りするようになって
自分の恋愛運はそれまでに比べて
明らかに上向きになってる
と改めて気づいた!
もちろん、いくら神様にお参りして
恋愛のことをお願いしても
その本人が努力も自分磨きも何もせず
ただ「叶えて!叶えて!」と頼んでる
という状況では無理なはずで
まずは自分ができる努力はする
恋愛面以外でも自分を向上させる
というのは大事というのは分かった上で、
あの神様はきっと本当に自分を
いつも見守ってくれてるのかなと思うと
すごく心強くて、心が温かくなる。
その神社のお守りを、大好きな人との
写真を入れたパスケースに一緒に入れて
毎日大切に持ち歩いてる。
自分が苦しんだり辛い気持ちでいる時も
見えなくても力をくれてるのかな。
これまでは、今以上に自分に自信がなくて
だからというのもあるかもしれないけど
いくら自分の心を強く持とうとしても
本当にぞんざいに扱われたり、
今思い返しても自分の人間関係の一部は
「そんなに無下に接されるなら離れようよ」
と今なら言いたくなるようなもので、
それでも当時は必死にしがみついてた。
それはその人たちだけが悪いとかではなく
自分もそういう人間関係にまで
何とか体裁を保とうとしすぎてた。
大好きな人とは、関係性が対等というか
立場や年齢関係なくどっちもがどっちもを
特別に扱ったり、気持ちのやりとりが
片道ではなく両側通行という実感がある。
恋愛に限らず、これまでは経験のない
自分を大切にしてもらってるという感覚。
大きなハードルはあっても
この人とならうまくやっていけるかもと
思うのは、そういうところにもある。
行ける時には神様にお礼を伝えにも
行きながら、これからも頑張ろう!
この神社のことで知らなかった新しい話を
聞いてすごく励みになるし嬉しくなった♡
大好きな人が、今出張で
いつもより更に遠い場所にいる。
どっちにしても、普段から
すぐに会えるような場所にはいないから、
出張で急に遠くに行ってるわけでもないし
日常の何かが大きく変わるとかもない。
それでも、距離的にいつもの町より
遠くにいると感じてしまうことが
とても苦しくて寂しい。
だんだん秋に移りつつあるなと
思い始めた頃から、大好きな人は年末
帰ってくるのかなと気になって
無意識にいつもそれが心にあった。
「年末帰ってくる?
帰ってくるなら会いたい」と
言える機会がないかを一生懸命考えたけど、
自分の立ち位置は相手から見て何?と
思った時に、やっぱりそんなふうに
大好きな人の生活に立ち入るようなことは
できないなと、それ以上は考えないように
いつもいつも、自分の心を押し止めてきた。
大好きな人が今住んでる町にいる
自分の知り合いが仕事絡みで
大好きな人と会った時に
自分の話をしてくれて、
「〇〇(大好きな人)と地元が同じ
ENAいるでしょ?知り合いなんだ!
ENA、〇〇が元気かとか
今は地域的には離れてるけど
いつも気にしてるよ。
この前、ENAと〇〇の話になったけど
『〇〇が努力してる姿を見ると
自分も頑張ろうと思えるし、
いい意味ですごく影響を受けてて
いつも〇〇にはありがとうと思ってる』
って言ってた」
と伝えてくれたらしい。
自分はなかなか、距離的にも簡単に
じゃあ会おう!とは言えないし、
話したいことや伝えたいことがあっても
家のことを投げ出して会いには行けない。
大好きな人がこっちに帰ってきて
相手も会いたいと同じように思ってくれたら
会えるかもしれないけど、
こういう機会を逃してしまえば
普段の生活ではなかなか会えないから、
知り合いがそうやって自然に
自分のことを話題にしてくれたのは
本当に有り難かった。
その時に、大好きな人が
「年末は地元に帰るし、
ENAと会えたら会いたいと思う」
というような話をしてたと聞いて、
だから自分も勇気を出せた。
「〇〇が年末帰ってくるって聞いたよ、
すごく嬉しい!
帰ってきたら〇〇と会えたらいいなぁ」
という内容をすごく緊張しながら送った。
大好きな人も、そう言った自分に対して
全然引いた感じではなかったから
それにまずホッとした。
帰ってくる=必ず会える
というわけではないのは分かってる。
大好きな人は、自分と会うために
帰省してくるわけではないことも。
“まだ付き合えてはいない”という事実が
自分の全ての行動を臆病にさせる。
それでも、大好きな人が遠くに
仕事で引っ越した時には
“もう会えないのかもしれない”と
心にとても寂しく悲しい気持ちを
密かに抱えながら生きてたことを思うと、
「帰ってきてくれるのが嬉しい」
「その時にぜひ会いたいな」
と伝えられただけでも
その期間自分なりに頑張ってきたことが
形になってるのかなと嬉しく感じる。
どうか、会えますように‥!!