いい人なのかもしれないけど
この人は調子に乗ると人を
嫌な感じでいじってくるなぁ、
人の秘密もしれっとバラすよなぁと
数ヶ月前にすごく思うことがあって、
大好きな人が働いてる支社とも
繋がりが深い人ではあるけど
というか、繋がりが深いからこそ
自分の大事なことを話すのはやめようと
思ってずっとそれを心に留めてる。
今日もそういう出来事があって、
まだその人を少し信用してた頃に
恋愛以外の自分の個人的な話を少し
してしまったのは良くなかったけど、
恋愛の話は本当に無難な程度にしか
話してなくて助かったと思った。
大好きな人が働いてる支社繋がりの
人間関係に助けられることも
たくさんあったけど、その支社は
小規模なのもあって自分がどこかで
何気なく話したことが思いがけず
広まる危険もあるなと改めて
実感した一年でもあった気がする。
前に、小さい犬2匹と暮らしてる
自分の地元に住んでる人と会って
話したことがある。
すごく感じがいい人で、犬も可愛くて
犬たちの名前も2匹に繋がりを持たせた
素敵な名前で印象に残ってた。
今日、自分よりその人と何回も会ってる
そこそこ親しい人と話してたら、
その人は自分が今悩んでるのと近い
状況を乗り越えて結婚したというのを
初めて知った!
周りの人は誰も、今自分がそういう
大きな壁がある恋愛をしてるのを知らないし
今日それを知った時も心の中では
どうやって乗り越えたのかとか
参考になるようなことを知りたいと
すごく思ったけど、その本人と
話してたわけではないし、
そんな個人的なことはあんまり色々
聞くべきではないかなと思うから
すぐにその話題は別の話題に
なってしまってそれ以上のことは
ほとんど何も分からなかった。
それでも、ネット上の誰かではなく
自分の生活圏内で、しかも
会ったことがある人で、似たような状況を
乗り越えて結婚した人がいるというのは
今の自分にとって大きな励ましになった。
普段からそこそこ話してる人、
久しぶりに話した人‥
数日前、いつもより何人もと
色んな話をした日があった。
世間話や何気ない日常の話、
趣味の話はするけど
自分の個人的な話はしない、
誰と関わる時も基本的にそう決めてる。
その日も、普段より人と話しても
その場の空気や流れでつい
自分のごくプライベートなことを
話さずに済んだのは本当に良かった。
自分のことを気にかけてくれる人、
優しい言葉をくれる人、
自分が好きなことの話を
楽しそうにしてきてくれる人、
そういう人たちのことを本当に
有り難いと思うけど
誰に対しても自分のごく個人的なことは
怖くて話す気持ちにはなれない。
大好きな人の仕事場は
カレンダー通りの休みではない
というのはずっと前から知ってるけど、
昨日大好きな人の支社関係の人から聞いて
知った話に、正直悲しくなってしまった。
思いがけず、大好きな人が
元々予定には入ってなかった大事な仕事を
任されてるのは前から知ってたけど、
その支社関係の人曰く
もしその仕事がうまくいったら
年末年始もこっちに帰省はできないって。
元々カレンダー通りの仕事ではないし
その仕事上どうしてもその日程で
行かないといけない場所があるとか。
元々予定にはなかった大事な仕事を
任されてることにもびっくりしたけど、
そんなふうに信頼されるのは
とても幸せなことで、すごく忙しくなって
年末に会えないかもしれなくなるのは
苦しいけど仕事なら仕方ないもんなと
思うようにしてた矢先に
その任された仕事にはまだ続きがあって
今の時点で頑張ってることが更に
認められたら年末年始も帰省自体
取りやめということになるのは
昨日まで知らなかった‥。
生きるために、そのお金を得ないと
いけないから無になって労働してる
自分に対して、大好きな人は
昔からこの仕事に就きたいと
逆境の中でも目標にしてきた職種に
実際に今就いてる。
その分、こうなりたい!とか
こういう仕事をしてみたい!という
情熱もすごくあるように思えるし、
今回のその仕事だって大好きな人は
帰省できなくてもその更に大きな仕事を
したいと思ってるのかもしれない。
そんな熱意を応援するべきで
本来なら帰省してくるはずが
それができなくなって残念とか
辛いとか悲しいとかは
ここには書いたとしても
大好きな人の前では見せたらいけない
気持ちというのを自分に言い聞かせてる。
それでも、自分は心のどこかで
大好きな人が帰省してくること、
そしてその時に会えることを
心の道標や指針にしてたと
今改めて思い知らされてる。
なるべく食べすぎないようにするのも
だいたいでもカロリーを計算するのも
ストレッチするのもなるべく早く寝るのも
いつもより身なりに気をつけるのも、
本当は自分のためにすることで
大好きな人のためにするわけではないのに
いつしか大好きな人と会える日に
少しでもいい自分で会えるように
頑張ってるということに気づいてしまう。
自分は、生活のためにお金を得る手段
という以外に今の労働に意味を
見出すことができないけど、
大好きな人は昔からの夢を叶えて
憧れてきた職種に就いてるから
自分には計り知れない仕事への
熱い気持ちもあると思うし、
仕事にそんなふうに熱意を持てるのは
素晴らしいことでもあるから
仕事に関して応援しないといけないと
いつも思ってるけど‥
すごく楽しみにしてた予定も
こんなにあっさりと中止になるのかも
これからだってこういうことも
ありうるのかもと考えると、
それは正直しんどいなと感じる。
こんなふうに、もしかしたら
年末年始も会えないのかもと考えると
この前書いたネットのことも含めて
恋愛の話ではあるけどその仕事日程の
話以外のことについても
たまらなくモヤモヤしてきてしまう。
ネットのことも、大好きな人が
積極的にネットで異性と関わってるとか
そういう要素は自分が見る限りは
全くないから、大好きな人と恋愛しても
付き合っても家族になっても
疑わしい何かがありそうとか
そんなことはないけど、
これまで育った環境によるトラウマは
どんなに努力してもそうそう治らないし
毎日顔では笑いながら
こういうことに苦しみ続けてるのが
本当にやるせなくて辛くなってくる。
普段、なるべく考えないようにしてる。
誰と恋愛しても根本的な問題というか
課題そのものが解決するわけではないし、
人がそれぞれ性格や考え方や理性の質が
違う以上悩んだところで確実に
これで解決とはならない、
結局は自分個人の問題と自覚してるから。
でも、時々たまらなく不安になること、
それはネット関係のこと。
前にも少し書いたことはあったけど、
親は自分が子どもの頃から
何台も携帯を持ち歩いて
それぞれの端末でおびただしい異性と
連絡を取っては遊びまくってた。
そのせいで、その不倫相手たちに
なぜか家族にまで嫌がらせをされたり
危険が伴うからと学校に行けずに
休まざるをえない時もあった。
家族の誕生日やイベントは無視、
でも外の異性たちとはいつも
派手に誕生日や記念日を祝ってた。
その異性関係でトラブルが起きると、
容赦なく家族に暴力を振るってきた。
昔みたいに、家の電話にかかってきたら
そうそう誰とでも安易に関わったりは
いくら異性にだらしない人でもできない
またはすごくしづらいと思う。
でも、携帯なら直接その人本人と
電話でもメールでも何でもできるから
家族にも隠し通しやすい。
異性関係が不誠実な人にとっては
すごく便利で都合がいい
時代なのかなと思わざるをえない。
小さい頃からそんな親を見て育って
恋愛に対して嫌悪感、不信感、
恐怖感がものすごく色濃くある。
親の貞操観念や倫理観は
あまりにとんでもなさすぎると
間違いなく子どもの人生に影響する、
と自分はいつも思ってる。
異性問題以外にも、育った家には
本当に色々あったから
恋愛以外に関しても自分は見事に
どんな時でも人間不信で、
でもそれを表面に出してたら
世の中生きていけないから
人を信用してないけど人とは話すし
見た目だけなら仲良くできる。
普段の人間関係ならもうそれでいい。
大事なこと、個人的なことを
周りの人に話そうと思わないし、
相手が何かを打ち明けてくれたら
それを誠実に聞くだけ。
ただ、恋愛になると
好きになった人のことはちゃんと信じたいし
相手側も誠意を見せて接してきてくれた場合
特に自分もしっかり向き合いたいと思う。
でも、親が毎日ヘラヘラと
携帯を何台も持ち歩いて
堂々と自分の目の前で色んな異性と連絡して
家族を踏みにじって傷つけてきたことは
大人になっても決して忘れられない。
家族が病気になったことにして仕事を休んで
異性をとっかえひっかえデート
なんてことも当たり前にしてきた人。
親の当時の上司から
「ENA、入院してたんでしょ?
〇〇さん(親)が毎日病院行ってたって?
体調大丈夫?」
と聞かれて何を言ってるのかと
疑問に思ったことから分かったけど、
あまりにもひどいことがたくさんあった。
異性関係でお金を使いすぎて借金して
それを返せないから家族で返してくれとか
それもできないなら一家心中するしかない
みたいな危機もあったし、
正直未だに親を恨んでる部分も多い。
子どもの時からデジタル優勢の
世の中に生きてきた。
だから、すごく年上の人たちが言う
“不便な時代”は知らないけど、
今はネットでも人と繋がる方法は
たくさんあるし、親みたいに不純な動機で
あっちこっち手を出せば何の苦労もなく
異性と遊び呆けてしまえる時代。
人を裏切ってるとか不貞行為をしてるとか
そういう実感もなく先にスマホを触る手が
動いてるような人たちもいると思う。
自分の好きになった人のことだけでも
信じようと思うけど、昔自分の家に
あったことを色々思い返すと
普通の顔して何でもないように
自分とも繋がりながらいくらでも
他の人とも繋がれるよな、という
不信感がものすごく出てくる時がある。
自分はSNSが好きではなくて
だから基本的に趣味関係の公式情報を
得るためくらいしか使ってないけど、
SNSだって誰がどれだけの人を
フォローしてるかとか色々
知りたくなくても情報は可視化されるし
便利かもしれないけど面倒な時代にも
思えて仕方ない。
こんなふうに安易に誰とでも繋がれる時代なら
誰か一人のことを本当に大切にできる人なんて
ほんのひと握りなのかもしれないとか、
大好きな人はたぶんすごく勇気を出して
普段離れた場所に暮らしてても
連絡を取れるように考えてくれたと
思ってるけど、もしかしたら
「この人自分のこと好きっぽいし
共通点も多いからキープしとこ!」
程度のノリなのか?と心の片隅で
きっとありもしないのについ考えて
自分が傷つかないように
バリアを張ってしまったり。
自分の今の恋愛と、自分が育った環境は
また別の話で全然関係がないと
自分でも分かってるのに、それでもずっと
自分が子どもの頃からの家での出来事を
ずっと引きずってしまってる。
ネットがない
というのはもう想像できなくても、
ここまで発達してない世界なら
もしかしたら自分はここまで
不安にさいなまれなかったのかな?
ネットがある時代に生きてるからこそ
自分は誰にも言えない恋愛の話を
こうしてブログに書くことができてるし、
ネットがあるからこそ大好きな人と
離れた場所に暮らしてても
連絡を取り合えるし瞬時にやりとりできる。
不安になる部分だけではなくて
有り難く感謝すべき部分もあるのに、
それでも自分はついつい不安を
止めることができずに
消えてしまいたいほど苦しんでる。
親が軽々としてきたことが今
本当に自分の心を苦しめてると思う。
親は当時楽しかっただけでも
自分は毎日トラウマと闘ってる。
大好きな人のことだけでいい、
たった一人でいい、
信じられる勇気と強さが欲しい。
子どもの頃に来たことがある場所に
家の用事で久しぶりに来てる。
その街に対して懐かしいという気持ち、
そして家のことでこれだけ色々と
ありながらよくここまで生き抜いたなと
いう気持ちがこみ上げてくる。
その街の案内で、大好きな人の名字と
同じ地名が何回も出てくることに
家族の前では平然としながら心の中で
めちゃくちゃニヤニヤしてしまう。笑
考えたら、前にここに来た時は
大好きな人のことも知らなかったし
ましてやその人と恋愛するなんて
想像もしてなかったな、とつくづく思う。
自分は、家のゴタゴタもあって
人を信じる気持ちがすごく薄くて
だから恋愛といってもあんまり
ピンとこなかったというか
こんなに心が通った人と人との繋がりを
持てるとさえ想像できなかったから、
家族の前では全くこういうことは
顔や態度には出せないけど心の中で
嬉しいなーと幸せに感じる。
前にここに来てから今日までの間に
家の中に起こったたくさんのこと。
家族の体の事情に関しては
家族も好きでそうなったんではないし
それに文句を言ったり責めたりは
できないと思うけど、
それ以外のことは
家族の身勝手やわがままがなければ
自分が苦しまなくて済んだこと。
生きるだけで精一杯という時期を
長く過ごして、やっとの思いでまた
ここに来れたというのが自分でも
本当にすごいというか、褒めたいというか‥
こうして生き延びたからには
幸せになるために生きないとなぁと思う。
まだ大好きな人と出会う前の自分が
来た場所に大人になった自分が今来てる。
2つの時間が交差するような不思議な
気持ちになってくる。
“せっかくそこまで頑張ってきたなら
絶対に幸せになることを諦めるな”
きっと当時の自分は言いそうな気がする。
本当に大切なもの、
本当に人生の中で重要なものは
掴み取らないといけないと
この街に久しぶりに来て改めて思う。
大好きな人が働いてる支社と
関わりがある知り合いが距離感を
めちゃくちゃ詰めてくる感覚に
ここ最近、苦しい気持ちになってる。
厳密に言えば、その知り合いがその支社で
働いてるわけではないけど、広い意味で
それに関係する人ではあるし、
自分のことを気にかけてくれる面も
あるからあからさまに他人行儀な態度も
とれないなと思ったり‥。
自分が家庭環境上、時間的にも
精神的にも余裕がないから余計に
気になってしまうのかもしれないけど、
普段の生活だけでもやっとという時に
めちゃくちゃ長文の連絡が来たり
寝てるような時間帯に次々連絡が来ると
すごくしんどくなってしまう。
自分は、見た目には「悩みなさそう」と
言われるような人にも関わらず実際には
複雑な家庭の悩みをずっと抱えて
ここまで生きてきた。
だから、他の人に対しても、
いくら楽しそうな人でも
本当は色んな苦痛を抱えてるかもしれないし
いくら色んな場所に出かけてても
家では孤独かもしれないと思う。
自分がそこまで考えるからといって
周りの人たちにも人に対して
そういう側面を見ろとは言えないけど、
自分がいつも気を遣ったり色々考えて
大好きな人にしつこく連絡してないのは
本当に良かったなと感じる。
なるべく長文にならないように、
頻繁に連絡しないように、とか
ずっと気にしてるのはとても神経を使う。
それでも、その時その時の適度な距離感を
保つためにはそういうことは
必要なこと、と改めて思ったりする。
過ぎたるは及ばざるが如し、って
本当にその通りなのかもしれない。
心に土足で遠慮なく踏み込んでこられてる
と思った時に、その人に対して
警戒心を持ってしまうことって、
他の人はどうか分からないけど
自分には確実にある。
いつでも連絡をとれる時代は便利で
きっと一回そういう時代に生まれれば
不便な時代には生きられないかもしれない、
でも相手への配慮とか気配りは
大切にしたいと最近改めて思う。
「年末帰るから、会えたら会おう」
という行動を先に起こしてくれたのは
大好きな人から、のはずが
具体的に「〇日くらいは?」という話には
ならないことが心にずっと引っかかってた。
大好きな人と同じ支社で働く人の中には
カレンダー上の休日より早めに
年末年始の休みに入る人たちもいるし
「周りより早く帰省する!」という人もいて
だから勝手に自分の中でも
「あの支社の人たち、結構早めに
休みになるのかな、帰省したりもするのか」
というイメージができてしまってたし、
他の会社に比べたら少し早めに
年末年始の休みに入れると思うのに
それならだいたいでもいいから
〇日か△日か□日辺り‥とかある程度
日にちが決まってたらいいなと
正直思ってしまってた。
でも、今日になって実は
今月下旬にも大事な仕事があって
前から少しずつその系統の仕事もしてたのが
今回もその仕事を任されて
そんなに早くには地元に帰ってこれない
というのを知った。
その仕事はその支社の中でも
全員に任されるものではないから、
もしかしたら自分がその仕事を
任される立場になるかもと思ってても
早とちりや自慢になるかも?と考えて
きっと言わなかったのかな。
それなら、これまでの大好きな人の
言動も理解できると思った。
大好きな人は、自分の家庭環境が
複雑とは知らないけど、家族の健康上の
理由でいつでも自分の予定を入れたりは
しづらいことは分かってる。
だから、もしその仕事を任されないと
勝手に思って「早めに帰れるよ」って
会う日にちを決めたりしてたら
自分はその日だけは絶対に空けとくから、
ギリギリになって「やっぱり急遽
仕事になったからその日には帰れない」に
なってしまった場合に、その時点で新たに
「じゃあ〇日に!」というのは
ちょっと難しいかもしれない。
大好きな人はたぶん自分みたいな家庭には
育ってないから、そういう事情をどこまで
考えてくれてるかは分からないけど、
大好きな人はもしかしたらこの仕事が
今月下旬に入るかもしれないことを
念頭に置いて、具体的にはいつとかの
約束はできずにいたのかなって。
自分なら「まだ仕事上のスケジュールが
確定ではないから、早めに地元に
帰れるかも分からないし、確定したら
またこの話も連絡するね」とか
一言言うかなーとは思うけど、
自分の場合はとにかく何でも
家族が絶対で優先という環境に
ずっと生きてきてるから
絶対にこれだけは!という予定は
ずいぶん前からどんなふうに
それを実現するか計画を練って
やっと守り抜くというのが
日常という生活をしてきて
そう思うように癖がついてるのかも。
自分は昔から、大好きな人の職種が身近で
その支社のことも色々知ってるけど、
実際にその職種に就いたり
その支社で働いたりはしてないから
やっぱり仕事の細かい部分とかは
知らないこともあると思うし。
だけど、一番最新の仕事の予定を知って
あぁそういうことか、とは思えたし
それなら仕方ないなとも感じた。
モヤモヤしてたことが1つ解決した気がする。
毎日のようにとか、そんなに頻繁に
聞いてはこないけど、親に度々
大好きな人が働いてる支社の人たちは
年末年始どうするの?と聞かれる。
自分が昔から、そこの支社の人たちと
繋がりが深かったのもあって、
地域的には近くはなくても関わりは
たくさんあったから、親がそれを
聞いてくることには何の不思議もない
とは思ってるけど、正直なところ
自分の人間関係、特に恋愛関係を
管理しておきたいという気持ちが
あってのことに思えてくる。
そこの支社に限らず、他の支社も
何なら他の職種の人たちも
年末年始に帰省する人もいれば
しない人もいる、それはどこの会社でも
どんな仕事に就いててもそれぞれ
という気が個人的にはする。
大好きな人は、すごくシャイで
人前に出るのも好きではないし
おとなしくて静かな人。
それでも、恋愛に鈍感な自分でも
気づくくらい特別扱いをしてくれて、
思い上がりかもしれないから
人前ではそんな顔はしてないけど
「色んな制約が事情があるわりには
この一年でだいぶ進展したな」という
手応えみたいなものはある。
大好きな人とは、学年は違うけど
地元が同じなのもあって
家族もおそらく色々
情報が入ったりもしてると思うし
家の中で大好きな人の話に
なることもあるけど、
恋愛感情で好きというのを
知られるような言い方はしないように
それが分かる態度はとらないように
細心の注意をいつも払ってる。
自分は基本的に、誰に対しても
プラス面の話をすることが多いし、
ポジティブな印象の会話をよくするから
たとえ“人として”褒めてても
それくらいなら普段から老若男女関係なく
よくあること、という感じで
いきなり大好きな人のことだけを
褒めてるという印象にはならないと思う。
この前も、あくまでも恋愛面を
強調しない形で褒めてたら
「まさか本人の前でもそうやって
褒めたりしてるの?」と親に聞かれて、
「心から本当にそれを素晴らしいと思って
誰かを褒めるのはいいことでしょ?
もちろん〇〇の前でも褒めてるよ」
と返したら、親が一言
「それで恋愛に進展したらどうするの?
〇〇だってENAのこと
本気で好きになるよ?」
‥うん、だからそうなってほしいから
自分は日々自分磨きしてるし、
大好きな人が働いてる支社に
関係する知り合いたちには
面白おかしく噂になったら困るような内容は
話さないように気をつけてるし、
どんなに大変な時だって
歯を食いしばって先の幸せを信じて
頑張り抜いてるけど、それはダメなこと?
ダメなことなはずがない。
何か問題があるようなことなら
家族として止められたり
とがめられたりするのも仕方ないけど、
今自分が頑張らないといけないことを
頑張ったその上で、自分の将来のために
こう生きたいと思う道を歩むのが何で
そんなに不機嫌な顔をされること?
親にとって、都合が悪いから
ただそれだけ。
家族にとっては、自分がこの先
誰とも恋愛せずに毎日家族を
最優先して生活の色んな面で
支えてくれるのが一番最良。
家族にとって都合がいい恋愛以外は
これまでみたいに親が不機嫌になって
ちょっと脅せばENAは諦める、
そう思われてるとさえ感じてしまう。
家族は「自分たちが常識的で普通、
ENAがおかしい、だから正してあげてる」
という態度をとってくるけど、
どんなふうに生きたいかということに
正解なんて決してないと思う。
誰かにとっての正解も、また別の誰かには
決して正解ではないかもしれないし、
その人その人の価値観や考えや
人生の中で優先したいこと、
特に大切にしたいものも違うから、
親と子どもは別人格にも関わらず
「黙って親の言う通りにしとけ、
そうしないと許さない!」という
親からの一方的な主張は子どもにとっては
ただの理不尽な言いがかりでしかない。
本当に色んなことがあった家庭で
安心して暮らせる環境には全然ない中で
昔から育ってきたけど、それでも自分なりに
家族をサポートしてきたし、家族の生活も
維持してきたと思ってるのに、
「自分の幸せより家族でしょ?」
「もし恋愛するとしても結婚するとしても
家族が納得した場合のみ許す」
みたいな態度をとられると
毎日本当に行き詰まって逃げ場がない。
先のことも大事、でもその日の生活を
何とかこなしていかないといけない自分は
本当は言いたいことがあっても
我慢してしまう時だらけ。
でも、昨日は思い切って
「△△さん(親も知ってる知り合い)みたいに
子どもを親のコピーみたいに考えて
思い通りにならなかったら怒ったり
そういうのは違うと自分は思うよ。
そこまで干渉されて管理されて
全て親と同じを求められたら、
△△さんの家の子どもみたいに
住所も言わずに逃げたくもなる。
よっぽどグレーゾーンなこととか
人として止めないといけないことの場合は
親が注意したりたしなめることが
必要な時もあると思う、
でも親の理想通りにならないから
親が勝手に決めたレールから外れてるから
そういう理由で子どもを無理やり
親の希望通りにさせようとするのは
子どもにとっては幸せではないよね?
子どもが幸せではないのに
それを強要するのは子どもを本当に
大事に考えてることにはならないと思う」
親にめちゃくちゃに
言い返されると思ったけど、
親は何も言わずに黙って聞いてた。
これまで大概親の言う通りの子どもとして
必死に生きてきたけど、これまでみたいに
それを当然みたいに思って
自分の人生を無理やり操ろうなんて
今でも親が考えてるとしたら、
それは親の身勝手であって
子どもの幸せは考えてないってことになる。
親からしてみたら、第一の希望は
自分がこの先もずっと
生まれ育った家族のためだけに
延々と働き続けて支え続けること。
生活のサポートも「当たり前」って
笑顔で引き受けて、趣味や生きがいを
半ば諦めて耐えて自分を消して生きること。
もしそうでないなら、親が決めた人か
親が全面的に気に入った人、
文句の付け所がない人と一緒になって
その後も家族が求めるように
家族が考える「普通」「常識」から
1ミリも外れずに振る舞って過ごすこと。
それ以外は全てダメという考えと
最近、つくづく気づいてきた。
自分も、そして大好きな人も
人間である以上完璧ではないし、
家族から見たら欠点や短所だってある、
それは分かってる。
好きになった人=全て完璧
なんて自分だって思ってないし、
それ以前に自分自身が不完全な人間。
でも、それは親だってそう。
ENAは‥とか〇〇(大好きな人)は‥
とか上から目線で言うけど、
家族にだって短所も欠点もあるし
苦手なことだってあるのに、
自分たちだけが責められたり
否定されるのは違うと思う。
大きな壁がある恋愛をしてると
まずそこをどう越えるか
ということにも日々神経を使うし、
相手を心から好きで大事なことは
もちろんすごく重要ではあるけど、
それだけではやっていけない面も
あるのも分かってる。
もうちょっと心が花畑でも
いいように思えてしまうほど
いつも恋愛のことではあれこれ
真剣に考えて行動してるのに、
親が自分に対して思う理想と
全く同じではないからといって
文句を言ってくるようなことは
もう本当にやめてほしいし、
子どもは親の承認欲求を満たすための
道具ではないのになと思う。
機能不全家族で生きるのは
とてもとてもしんどいこと。
それでもここまで頑張ったでしょ?
家族としての模範なんて
見せてもらってないのに
あれが常識これが普通と言われても、
じゃあまず健全に家族として
安心して暮らせる環境に育ちたかった。
自分は自分の恋愛を守りたい。
まだ付き合えてるわけでもないし、
ただ一人で闘ってる現状で
すごく心細いし不安も多いけど、
昔の自分なら大きな壁があるだけで
きっと諦めてしまってたとしても
大好きな人のことは諦められない。
今年に入ってまだそんなに
日にちが経ってないような頃に、
「(実際には難しいかもしれないけど)
これを叶えたいな」ということを
今年の目標の一つとして書き留めてた。
めちゃくちゃ夢のまた夢みたいな
そこまでの無理難題ではないけど、
心のどこかでは「でもなー、難しいかな」
と思ってしまいそうなくらいのこと。
人によってはさっと叶えるのかもしれない、
でも今の自分にとっては
色んな条件がうまく噛み合わないと
実現は厳しいかもと思うようなこと。
それが、予想外の展開で叶った!
大好きな人にもすごく関係することで、
叶ったことをおおっぴらに周りに
叶った叶ったなんて言えないけど、
心の中で静かにそっと喜びを噛みしめる。
数日前。
叶いそうな予感というか
今回それが叶うきっかけはあった。
普段から気にかけてくれる人との会話で
ちょうどそれに関する話題になった時に
「いいなぁ、でも自分はなかなか
それをできる機会もないからなぁ‥苦笑」
と自分が答えたのが始まりで、
そこから思わぬ形で実現することに!!
本当は、信頼できる人にだけでも
「前からずっと叶えたかったけど
難しいかなって思ってたことが
ついに叶ったよ!」と伝えたいけど、
自分は恋愛に関係する話は
普段から人にはなるべくしないように
気をつけてるし、実際本当に世の中
色んな人がいるから、大事なことほど
話さないという習慣が身についてる。
だからこそこのブログもある。笑
ここに書いてることは普段誰にも
言えないことばっかり。
それでも、どんな状況で生きてても
その夢や目標に全然届かなさそうに見えても
その日にできることをコツコツ
積み重ねてればめちゃくちゃ意外な所から
そのチャンスが飛び込んでくるようなことも
あるのかとちょっとびっくりもしてる。
自分がすごく不思議に思うのは、
この恋愛では何かすごく悩むことがあっても
その後に前から願ってたことが叶って
階段で言えば1段上に上った
みたいに感じる、という流れが
分かりやすくいつもあること!
本音を言えば、諦めかけるような
しんどい要素もいくつもある恋愛をしてる。
大きな壁が一つあること、
地元は同じでも大好きな人は今は仕事で
離れた地域の支社に勤めてること、
そこの支社の業績や経営状態の不安で
もしかしたら自分も恋愛とか言ってる
場合ではないのかもしれないということ、
自分の側の状況として
家族の暴言や脅迫や色んなことを
抱えてきて今もその状態にいること、
これも自分側の都合で
そういう中で育って心の方の
健康状態が不安定ということ。
会おう!と言って予定を立てて
すぐに会えるなんてこともないし、
育った環境もあって自分はなかなか
人を信じられないから心の中では
ちょっとしたことで大好きな人のことも
疑って勝手に更にしんどい恋愛にして
大好きな人はちょっと表現が
不器用なだけで信じられる人かも
しれないのに一人で悩んで苦しんで、
そんなに好きと思える人がいるなら
その気持ちを大切に幸せに想って
感謝だけして生きられればいいのに
心の中でずっと泣きたいくらい辛くて、
だけどそういう中で
「どんなに好きでももう難しいかも、
自分の努力でこれ以上どうにもできない」
というふうに追い詰められると
まるで空から何かが降ってくるように
これまでに願ってたことが突然叶う。
単純な自分は、それにすごく嬉しくなって
「もうちょっと頑張れるかな」
「これは神様が大丈夫って
言ってくれてるのかもしれない」
(特定の宗教を信じてるとかではないけど)
と思って、またこの恋愛を頑張る
という繰り返しでずっと過ごしてる。
誰が見てるのか?と思ってしまうほど
絶妙のタイミングで実現の瞬間が来る。
もちろん、誰かが作為的にそうしてる
というわけではないのは分かってるけど、
諦めそうになる度にそうやって心を
持ち上げて世界を鮮やかに思わせてくれる
嬉しい出来事があってこの恋愛から
離れないようになってるのも、
もしかしたら縁なのかな
とは思うし、そう信じたくなる。
大好きな人は仕事で他地域に
行ってしまったけど、帰省してきた時には
会ってもっと心の距離を縮めたい、
できれば付き合おうというところまで
進展したい、と願ってるけど、
それもいきなり叶ったりするのかな?
自分の今の立場は、まだまだ
ゆらゆらしてて弱い立場に感じる。
付き合ってもないのに
「会おう」なんてそうそう言えない。
少し前に「〇〇(大好きな人)が
帰ってきたら会いたい」とは伝えたけど、
あんまり重くならないようにさらっと
伝えたから相手から見たらどれだけ本当に
そう思ってるか分かってくれてるのか
それも分からない。
自分ではそのつもりはなくても、
相手にとって「しつこい」と思われたら
それはしつこいと同じになってしまうから
それが本当に怖くて臆病になる。
日々、恋愛に関係なさそうなところでも
淡々と黙々と徳を積んで生きてる(つもり)。
どうかこれからも一つ一つ着実に
夢や目標が叶っていきますように‥☆
ついこの前、大好きな人が働いてる
支社関係の用事で自分の知り合いが
「ENAが‥」と自分の名前を出した瞬間、
大好きな人はすごく嬉しそうに
「ENA!?」みたいな反応を笑顔でしてくれた
という話を知り合いから聞いて
大好きな人はあんまり自ら何か
行動に起こしてくることは少なくても
自分のことを良く思ってくれてるのかなと
本当に嬉しい気持ちになってた。
大好きな人はあんまり人と関わるのが
好きではないタイプなのは知ってるから
普段なるべく“絶対必要に思える”こと以外は
連絡を控えるようにしてるけど、
どうしてもこれは伝えておかないとと
いうことがあったからできる限り
文章を短くまとめて送った。
仕事が夜遅くまであったら
スマホを見てる場合ではないし
その日のうちには返事は来ないよなぁと
思ってたら次の日の朝に返事が来た!
自分も決して朝ゆっくり
寝てはいないけど、大好きな人は
意外と早起きなのかー、と思う。
自分が知る以外にも仕事は色々
あるように感じるし、そんな中で
返事をくれたのは本当に有り難いし、
こうして連絡を取り合えてなかった頃を
思えばとても幸せなのは大前提として、
その文章を読んで本音を言うと
どういう気持ちでこれを書いたのかな
と思ってしまった。
全くズレた内容を
返してきたわけではないけど
何て言えばいいのか‥。
大好きな人は前々から
「人と関わるのが苦手」
「言葉足らずの部分がある」
「人が話しかけてきたら答えるけど
自分からはいけない」
と言ってて、親の片方が
嘘をつきまくってでも異性を手玉に取って
好きなように扱うような性格なのが
本当に嫌な自分にとっては
大好きな人のそういう性格も
誠実で信頼できると思って
それも好きになった理由の一つ。
だから、それは理解した上で、
もし大好きな人も自分を好きでいてくれたら
付き合いたいと思うし
その先も考えたいと真剣に思ってる。
普段、大好きな人が話すのを聞いてても
(文字で読んでても)
そんなに語彙が多いわけでもないし
表現方法がたくさんあるわけではなくて、
それも自分は嫌とか不満には思わない。
ただ、例えるなら
「お好み焼き食べたいね」と自分が
大好きな人に言ったのに対して
お好み焼きを作る材料を買うとか
お好み焼き屋さんの場所を探すとか
そういう行動ではなくて
「いくよー!」ってソースだけを
投げてくるような感じかな‥。
全く間違ったことやズレたことを
してはいないけど、えっ!?それ?という
斜め上の反応をしてくるというか、
そういう感覚がたまにある。
大好きな人の性格や言動からいって
わざとのらりくらりして人を振り回したり
思わせぶりな態度をとって異性をキープ
とかそういうことをする人ではないはず。
自分と少しでも関わる時
嬉しそうにしてくれるわりに
いざ何か進展しようとすると
いきなり立ち止まる‥
いや、本人は立ち止まってるつもりは
ないのかもしれないけど、
現状維持が楽で都合がいいと
思われてるのかな?と感じたりもして。
本当に天然というか
何の意図もなくそういう返信なのか、
自分では全然一気に進展しようとか
焦らせてるつもりはなくても
相手からしたら「え、ちょっと待って」と
思われてるのか、いくら自分で答えを
出そうとしても本当の答えなんて
大好きな人にしか分からないし、
何なら大好きな人自身も無意識に
深い意味はなくしてるだけかもしれないし、
前より進展したからこそこういう悩みを
抱えてしまうのかもしれないけど
正直、精神的にしんどいなと
ちょっと思ってしまった。
大きな壁がある恋愛。
今、この大きな壁について
一人で悩むことは当たり前、と思う。
大好きな人ももし自分のことを
好きでいてくれてるとすれば実質的には
片想いではないのかもしれないけど、
実際に「付き合おう」という形には
今のところまだなってない以上は
その大きな壁の話をする段階にすら
立ててないし、実際それについての
話も全くしてない。
だけど、もし付き合えたとしても
その大きな壁について真っ向から
真剣に向き合うのは自分だけなのかな、
という気もしてしまう。
複雑な家族関係で、昔からずっと
気を遣いながら家族の機嫌を
事細かに観察しながら自分の身を守って
必死に生きてきたから、
本来ならそこまで深く考える必要がない
ことにまで敏感に心が反応するのが
癖になってしまってるのかもしれない。
もしそうなら、大好きな人が
ちょっとズレた斜め上の反応を
してるんではなく、自分が人との関係性に
勝手に心をすり減らしてるだけなのかな。
「来年も」とか「これからも」とか
先のことを意識した言い方をしてくれると、
これまで散々身近な人間関係で
傷ついてきたくせに、期待してしまう。
来年も、これからも、自分と関わりたい
という意思表示をすることだって
社交的な自分に比べたら
勇気が要ることなのかもしれないと
考えるのは都合が良すぎるのかな。
ここまで好きになってしまってるから
もういいやなんて投げ出すことはできない。
でも、大好きな人のことは好きでいても
違う道、違う方向性、違う将来も
考えないといけないのかなと考えただけで
苦しくて辛くて泣きそうになる。
仕事で遠くに行ってしまってからは
地域的には身近とは言えない距離でも
その町に住む知り合いが自分の話をする度に
嬉しそうにするその表情や仕草や言葉を
自分は適当な嘘とは思いたくない。
本気で誰かを好きになることは
本当に心のエネルギーを使うし、
楽しくて幸せなことばっかりではない
苦しいことやしんどいこともたくさんある。
年末、本当に会えるのかな。
大好きな人が年末帰ってくることも
会いたいと思ってくれてる態度を
見せてくれたことも本当に嬉しいけど、
今更本当に会えるのか心配になってきた。
会おうって自分からあんまり誘ったり
しつこいことをしたら逆効果そうで、
年末会えるかどうか以前に
人としてめんどくさいと思われたら
付き合うこと自体が遠くなってしまう
と考えたら、それもできないからな‥。
知り合いと話してる時に
改めて考えさせられたことがある。
その知り合いとのその時の話題は、
その知り合いが普段からよく話題にする人が
仕事が休みの日に遠くの県に出かけるらしい
という内容で。
あー、そうかぁ‥
一般的にはそうやって休日に
自分の都合で遠くの県に行くという自由が
あっても不思議ではないのか、と
改めてそういう行動ができる人を
遠く感じてしまった自分に気がついた。
今の自分の生活に置き換えて考えると、
本来なら自由な時間、自分の好きなことを
してもいいはずの時間も、実質的に家族に
全て支配されてるように思える。
家の事情を考えたら、それも仕方ないと
考えないといけない部分もある。
でも、自分の自由なはずの時間も
「家族の予定を入れたら当然それが優先」
「家族の都合と言えばそれをまずして
自分の予定なんて諦めるのが普通」
という空気がものすごくある家庭に
生きてるというのを時々改めて
実感させられる時がある。
小さい時は気付かなかったことにも
だんだん成長して大人になるにつれて
「これって自分の家だけ?」
「何で周りの家ではそれが許されるの?」
と思う機会は増えていったけど、
家には小さい頃から常に何らかの
大きな問題があって、安心して学校に
通ったり生活を楽しめるような環境では
なかった上に、親からの暴力的な言動も
多くあったから我慢するしかなかった。
大人になってからは、自分の心の不調や
子どもの頃とはまた違うあれこれが
出てきたりして、やっぱり自由があまりにも
許されないのは変わりなく‥。
大好きな人と少しずつでも
進展しようと自分なりに頑張ってるけど、
大きな壁は越えられたとしても
普通に生活してるだけでも多々制約がある
現状でどうやって人と恋愛関係になって
付き合えばいいのかな、と悩む。
これまでは、家族の目を盗んで
嘘をついて会いに行かないといけない
というような状況になりうる恋愛は
してきてないから、深くそこまで
将来に関することと自由のなさがこんなに
直結してるという意識を持つことは
なかったけど、家族に壊されないように
何事もない顔してうまく抜け出したりして
大好きな人と会ったりして恋愛を
温めて育てていくというのは
自分みたいに恋愛経験が浅くて
なおかつ長いこと家族の言うことは
何が何でも強制的に絶対!みたいな家庭に
育った人にはなかなかハードルが高い。
自分が大好きな人を恋愛感情で好きと
知られたらその恋愛を温めたり
育てたりという段階の前に家族は
無理矢理にでもきっと壊しにくる。
そんなことは許さない、と自分は思ってる。
家族にとっては、理想や予定や想定とは
違う道かもしれないけど、そもそもそれは
自分が決めることであって、家族が
こうしろああしろという話ではないはず。
自分は家族の操り人形ではないし、
これまでも今も、その時その時の
家庭内での自分の役割はどんなに
無理してでも頑張ってこなしてきた。
初めから自由な道に逃げたりはしてない。
大好きな人は普段仕事で遠い地域にいて、
もし付き合えてもそうそうしょっちゅう
会うのは難しいとは思う。
家庭事情とかに関係なく
遠距離でお互いに社会人で仕事も不規則、
そして自分には家族に事情もあるとなると
そんなに頻繁に会ったりは難しい、
全てにおいて辛い苦しいではなく
仕方がないというか我慢するしかない面も
確かにあって、それは覚悟してる。
きっと、大好きな人が地元に
帰ってくる時に会えたらそれで充分
と思うくらいの頻度になるとは思う。
付き合えたらそれ以外にも何とか
会える機会は作りたいとは考えてるけど、
ある程度将来に向けての形になるまでは
家族にはこの恋愛は知られないように
というのはずっと最重要事項として
考えざるをえないからなあ。
だけど、これだけがんじがらめな状況で
家族に黙って恋愛関係を築いていく
というのは、元々悩んでる大きな壁と
同じくらい大変で難しいのかもと
知り合いと話してる時ずっと考えてた。
家が複雑な人、家に何か事情がある人は
どうやって密かに恋愛を頑張ってるのか
相手との信頼関係を築いてるのか、
普段誰かとそんな話をする機会はないけど
どうしてるのかなぁとすごく思う。
自分は人を信じるのが苦手で、
恋愛も含めて個人的な大事な話は
ちょっと親しい人にでも基本的にしないから
そんな話をリアルの場ではする機会もない。
家に何か事情がある人というのは
一定数はいると思うけど、
そういう人は恋愛ってできてるのかな‥。