大好きな人が今の仕事場で
働き始めて数ヶ月。
初めはそれまでとは違う部分に
戸惑ってるのかなと思う時もあったり、
少し不安を口にすることもあったから
心配もしてたけど、上司に信頼されて
思った以上に色々と仕事も任されて、
それは本当に良かったなと思う。
どこの仕事場にもたぶん言えるけど、
上司によっても仕事上の評価や
仕事場での充実度は大きく変わる。
今の仕事場の直属の上司が
大好きな人以外から見てどれくらい
信用されてるのかは分からないけど、
大好きな人の仕事ぶりを評価してくれて
いつその仕事場に来たとかに関係なく
おそらく上司からしてみたら新入りに
任せるのは勇気要るのかなと思うことも
任せてくれてるのは有り難い話で。
その仕事場近辺の人たちからも
「〇〇(大好きな人)よく頑張ってるよ」
「この前も仕事で周りを助けてた」
と聞いたりすると、本当に嬉しく思う。
それは素直な気持ちではあるけど、
職種上、その支社に限らずたまに
ものすごく遠い場所に転勤していく
人たちもいて、心の中ではそれを考えると
不安な気持ちにかられる時もある。
実際にその支社からも
割合的にはめちゃくちゃ多いとは
言えないん人数ではあるけど
これまでに何人かはそういう遠くの
系列の仕事場に行った人たちもいる。
その人たちはむしろ仕事ができて
認められてそこに行ってる人たち。
その職種の人にとってはある意味
名誉なことでもあるのかもしれない。
これは自分が勝手に大好きな人を
恋愛の意味で好きで将来を
考えてしまうから思うことで
今のところ大好きな人にも関係ない
ましてや大好きな人の仕事場にはもっと
関係ないことって自分でも解ってる。
だけど、大好きな人が今住んでる町の
知り合いたちから大好きな人の仕事の
話を見聞きする度に、認められすぎて
そういう遠くへの転勤要員に
抜擢されたらきっともうただでさえ
日常の生活に多々制約がある自分には
恋愛なんて望めない人になってしまうな
という焦りが最近前よりすごく大きくて
誰にも言えないけど、本当に苦しい。
早く進展しないと!と思ったところで
急に距離感を縮めてしまうと
かえって怪しまれる不審な人になるし、
あまりにゆっくりすぎると
時間だけが経っていくことになる。
恋愛って本当に難しいと思う。
小さい時から、とある理由で
大好きな人が今住んでる地域に
なじみがあった自分は
その町にも知り合いがそこそこいる。
前から知ってるけど
今はそんなに頻繁に連絡を
取り合ったりはしてない人もいれば、
前からの知り合いではないけど
用事があったり
向こうから連絡が来たりして
そこそこ話す人もいて、
自分はその地域と繋がりは深くても
元々そこの出身でもないし
今住んでるわけでもないのに
色々気にかけてくれたり
良くしてくれるのは本当に有り難い。
それはそうとして、
人間関係って難しいなと
思ってしまうことも最近特に増えた。
大好きな人が今働いてる会社に
関係する人たちの知り合いも多い。
その会社の規模がそんなに大きくないから
知り合いの知り合いも知り合い同士とか
一見全然繋がりがなさそうなところで
「あー!あの人知ってるよ!」という
ことも時々あってびっくりしたり。
その会社の人たちとも繋がりがある中の
一人のことで、今モヤモヤしてる。
大好きな人とも面識がある人
というのもあって、目に見えて距離を
とったりするのは難しいけど、
自分が不快になってるのを分かってて
そういうことを繰り返し平気で
してくるのか‥と何回か思ってから
もうその人と心から仲良くするのは
難しいなと考え始めてる。
そういうことは言ってほしくないな、
聞いてきてほしくないなと感じることに
初めはやんわりとかわしてたけど、
分かってくれてないのかなと
思うことも多かったからその後は
「そういう話はちょっと‥」
「正直ストレスになるから」
と人間関係にヒビが入らない程度に
結構はっきり言ってるのに
それでもそれに関する話をその後も
何の悪びれもなくしてくるのか
本当に意味が分からない。
もしかしたら人が嫌な気持ちに
なるのが面白い人なのかな?と
疑うようにもなってきた。
大好きな人の会社関係の繋がりが
ある人というのもあって初めは
失礼がないようにとか
良くしてくれてるから少しは
我慢しようとか考えてたけど、
つい最近もわざわざそれを
自分に言ってくる?
言う必要ある?と思ってしまうことを
何の迷いもない感じで言ってきたり
他の人も見聞きしてる所で
「その話、自分だけは前から
知ってたけどENAって〇〇だよね!」と
その人が自分にとって特別な友達と
アピールするような様子を見せたり‥
一つならまだ流せても
複数になるともう違和感だらけで。
もう心の中では線を引こうと決めた。
大好きな人とも繋がりがある人、
多少でも面識がある人との人間関係は
理不尽でもその人に嫌な感情を
持たれてしまうと嫌がらせなど
被害を受けることもありうるから
表向きにはそれなりに
平穏にやっていくつもりではいるけど、
狭い人間関係ならそれはそれなりに
うまく距離感をとれる人でいようと
ここ最近しょっちゅう思ってる。
毎日の生活に、自分の自由が本当に
少ない日々を送ってると、色んな意味で
孤独感や疎外感を感じることも多い。
大好きな人がいる、というのは
すごく幸せとはすごく思うし
有り難くて感謝もしてるけど、
現状を考えると進展できる機会が
なかなかないのも考えてしまうし
焦る気持ちはいつもある。
でも、大好きな人と出会ってから
色んなタイミングがすごくいいな
とも、しょっちゅう思う。
今の生活からかけ離れたような
とんでもない望みはもちろん
そうそうスムーズに実現は
まだしてないけど、ちょっとした
「こうなったらいいなぁ」という願いは
思ってもないところから叶ったり、
大好きな人関連以外のことに比べて
本当にうまく物事が進みやすい。
生活自体は心が休まる時間もない
とてもしんどいものでも、
恋愛ではそうやってうまく進んでると
思える面もあるから頑張れてる気がする。
“大好きな人との”ということに限らず
今の自分の生活では
自分のために自由に使える時間自体が
ほとんどないから、まずはそこから
どうにかしないといけないというのも
もう毎日実感してるけど‥。
暴力的なことをされたり
脅されたりひどいことをされながら
ここまで育ってきてるから、
自分が誰かに大切にされるとか
自分が誰かの特別な存在になれるとか
そういうのが実際この世界にあるのか?
とまず疑ってしまう部分もあったり。
まずはそこを変えていかないと
恋愛に限らず人生を先に進めることが
難しくなるから意識を変えていきたい。
バスでの移動の時、
周りに全然見られないような
ゆったり乗れる状況なのを見て、
大好きな人の写真が入ったパスケースを
写真を内側に向けて万が一にも
周りには見えないように
抱きしめながら乗ってた。
いくら今考えても現実的には
難しかったと思うけど、
大好きな人が仕事で地元を離れる前に
仲良くなれる手がかりがあれば
もしかしたら今もっと何らかの
進展があったのかな、なんて。
何も悪いこともしてないのに
自分の想いをひた隠しにして、
この恋愛がまるでこの世界に
存在さえしてないかのように
毎日振る舞うのは本当に
心をすり減らすような気持ちになる。
何でこんなに隠してるのかな
と思った時、いつも心が痛くなる。
自分の恋愛は、自分がどう育ったか
とかに関係なく壁があるのは
自分でも自覚してるしよく分かってる。
でも、自分が子どもの頃から親が
恋愛にあまりにもだらしなさすぎて
本当に多くの問題に巻き込まれて、
少しでも何か引っかかると
「だから恋愛なんて信用したらダメ」
という方向に心が向いていくのも
精神的に本当に毎回しんどくて。
この週末は疲れることも多かったけど、
大好きな人と似た人を街なかで
何人か見かけたのは嬉しかったな。
温かい愛とか知らない家庭に育っても
誰かのことを温かく愛してると思える
それ自体がまず奇跡なのかもしれない
と思うと、頑張れば明るい将来も
あるのかもと考えたくなってくる。
家族がいきなり、用事の後の
夜の帰り道でコーラとか飲みたいと
言い出して、ENAも半分飲んでと
言われたからかなり久しぶりに飲んだ。
昔は今よりはこういうのも飲んでたけど、
最近は飲む機会も全然なくて
コーラってこういう味かーと
何となくしみじみ思ってしまった。
大好きな人も、今は体を気遣って
そんなに飲んでないかもしれないけど
前はコーラ好きって言ってたなって
それを思い出すからコーラの味も
昔飲んでた時より特別に感じる。
特別と言えば、用事で出かけた先の
担当者が大好きな人と同じ名字で
そんなにすごく多くはないし
同じ名字と気づいた瞬間、
その人と大好きな人はただ
同じ名字なだけで身内でもないけど
勝手に心臓の鼓動がめちゃくちゃ
速くなって平静を装うのがしんどかった。
それほどまでに好きなのか‥って
今更ながら幸せと戸惑いが同時に
自分の中に押し寄せてる。
同じ地元というのもあって、
大好きな人のことは親も知ってる。
自分が大好きな人に恋愛感情を
持ってることは知らないけど、
大好きな人も自分もお互いに
知ってるというのは分かってる。
大好きな人の容姿をバカにしたり
見下したりという話題が出る度に
「何でそんなに言われるかな‥
そもそも自分は〇〇(大好きな人)の
容姿を悪いなんて思ったことないよ」
とつい自分が言ってしまうからか、
親に歪んだ主張をされたり
自分が大好きな人に対してだけでなく
誰に対してもルッキズムで
判断するのが好きではないことを
ものすごく批判される。
子どもが何でも見た目で判断したり
見た目にこだわりすぎて親に
注意される話は聞いたこともあるけど、
この家では逆‥。
親曰く、顔も頭も何でもいい方が
世の中得なようにできてるし
それは当たり前の世界らしい。
見た目がいい方が得をする
というのは確かに当たってるけど、
その親が見た目と肩書きで選んだ
相手のせいで自分はDVを受けたり
人生に影を落とすような経験を
してるのによく平気でそういうことを
言えるなぁと心では呆れ返ってる。
自分はそういう経験も踏まえて
一番大切なのは人間性
というのを子どもの時からずっと
身にしみて感じてるし、
見た目とかのスペックが良ければ
それでオッケーなんて絶対に思えない。
これは好みの問題もあるから
他の人から見たらどうなのかは
分からないけど、自分個人的には
大好きな人の容姿が悪いとは
全然思ってないし
仮に世間の多くの人たちから見て
整ってない容姿としても
だから何?としか思えない。
親に
「ENAはそういう顔ではないでしょ?
何でわざわざ自分より降りていくの?」
と聞かれるのも納得がいかない。
言ってしまえば、見た目が自分より
劣った人とは恋愛関係はもちろん
人としてもまともに向き合うなと
言われてる気がして本当に感じが悪い。
自分は育った環境上
本当に自分に対しての自信がほぼゼロで
(周りにはそういうのは見せてないけど)
だから大好きな人に対しても
自分が隣に立つなんてとんでもない
という意識がすごくあるから
それも悩みの一つで、
なのに自由気ままにそういうことを
言われてしまうと自分のこれまでの
悩みごと軽んじられてると感じる。
自分の努力でどうしようもないことが
壁になってる恋愛ってそれだけでも
本当に苦しいけど、あまりにも親の
ルッキズムがいきすぎてる気がして
そこまで?と思うくらい
ひどい言い方もされて
もうそこに関しては特に
解り合えないと思うのと
あんまりそこにこだわると
大好きな人への恋愛感情が
バレそうである一定以上は
何も言わないようにしてるけど、
親子でも同じように思うわけではない
全て親と同じ価値観で
親のコピーとして生きていくことは
できないと思う。
自分にとっては、大好きな人は
容姿も含めて本当に魅力的で、
他の人たちがどう思っても
それは別に重要ではないと思ってる。
親は自分にこの先もずっと
親にとって都合がいい
親が求める通りの人生を
歩んでほしいと思ってそう‥
というかそれが当然と考えてそう。
だけど、自分は自分。
これまでもう家族のために
多方面に忍耐を重ねて我慢してきた。
これからは自分の気持ちを大切に
自分が大切と思えることを
大切にして生きていきたい。
普段の生活で、恋愛の話をする機会が
本当にないので、このブログがあって
良かったなと心から思うし、
すごく支えられてます。
ひたすら恋愛のことを主に書いてるし
(身バレが怖いのもあって
自分のことはあんまり詳しくは
書けないなと思ってる)
自分がどんな人かもほぼ書かないまま
恋愛のことばっかり書いてる
楽しくないブログだと思いますが、
読んでくださってる方
本当にありがとうございます!
♡♡
夏の気温の高い空気感とか、
夏の独特の雰囲気とか、
夏を感じる何かがある度に
大好きな人と出会った日を想い出す。
あれは夏のど真ん中の
自分にとって好きな数字の日にち。
朝から「今日は〇日かー!」って
そのラッキーナンバーの日なことに
ちょっとした幸せを感じてた。
昼過ぎくらいかな‥
初めて大好きな人を知ったのは。
同じ地元で共通点もたくさん!
見た目も何となく似てる気がした。
名前も、同じ漢字を使ってるとか
そういうのではないけど
書いた感じとか音の響きに
同じ部分があって、
こんなに共通点がある人は珍しいな
とまず思った。
地元が同じことや
そんなに共通点があるのは本当に
嬉しかったし、大好きな人の
誠実さや心のきれいさを感じて
自分はもうその日たぶん
好きになってしまってたと思う。
自分は複雑な家庭育ちで
恋愛がいいものとも思えなかったし、
それを周りに表しはしなかったけど
“人は信じたらダメ”という気持ちが
いつも心の根底にあった。
友達関係でもそんな人が
更に深い恋愛なんて関係を
スムーズにこなせるはずもなく、
自分は人を好きになること自体も
少なかったと思うし
恋愛というもの自体に消極的で。
だから、大好きな人を知って
その日のうちに惹かれるなんてことは
自分にはすごく珍しかった。
その頃は、自分が一方的に
大好きな人を知ってただけで
相手にはまだ知ってもらってなかったし、
あんまりガツガツ来られたら逆に
引くタイプというのもおそらくそうと
分かってたから、しばらくはただ
密かに見てるだけで過ぎていった。
大好きな人はその時点で
いずれ仕事で地元以外で暮らす
というのは決まってたし、
自分は家の事情で自由に
個人の予定を入れたりできないから
大好きな人をずっと好きでも
安定した恋愛関係を築くのは
難しいのかなと考えたのもあって
できる限りのめり込まないように
大好きな人だけで心を満たすような
ことはしないようにとずっと
心にブレーキをかけて過ごしてた。
その後、半年くらい経って
大好きな人は仕事で他地域に行って
でもその他地域は自分にとって
昔からよく知るなじみの町で、
慎重に心の距離を縮めながら
かなり勇気を出して
「新しい町で不安もあると思うけど、
体に気をつけて、地元のことも
忘れないでたまには思い出してね」
という内容のメッセージを添えて
新生活祝いとも言えないくらい
ちょっとした小物をあげた。
それがすごく嬉しかったみたいで
そこからはそれまでよりは少しずつ
親しくはなれてるのかな?
という気はするけど、
心のドアを当たり前のように
開けて厚かましく中に入るような
ことはしたくないから
(たぶんした瞬間
信頼関係一気になくなりそう)
まだまだ今もかなり慎重に
頑張ってるとこ。
身近な人は大好きな人の顔を
失礼にも密かに笑ってたけど、
自分は心底ホッとしたというか
心が落ち着く顔、この顔も含めて
この人が好き、とその日にもう思った。
あの夏と全く同じ夏は来なくても、
夏という季節は自分を改めて
あの日の初心に帰してくれる。
壁のある恋愛。
くじけそうにもなるし、
しんどくもなるし、
時には逃げ出したくもなってしまうけど、
大好きな人から初めてもらった
手書きのメッセージも
自分だけに向けられた笑顔も
えなちゃんと呼んでくれる声も
どれもこれもいつまでも
当たり前と思わずに感謝しながら、
やっぱりどうしても諦めたくないから
それが叶うまでは心に隠しつつも
自分ができる全力で頑張っていきたい。
まだまだ自分に自信はなかったとしても
あの夏より、今この夏の自分の方が好き。
自分が努力して、その努力によって
少しでも変えられることなら、
「努力する」という「できること」が
残されてるだけまだいいと思う。
これが高い壁と分かってて、
それでいてその壁を壊すなり
乗り越えるなりの方法が何も
見当たらないことが悔しくて辛くて
やるせなさで心が痛くて壊れそうになる。
筋道が通ってるからといって
世間は黙って理解してくれるわけでも
優しく受け入れてくれるわけでもない、
もうそんなことが分かってるからこそ
毎日本当に苦しくて行き詰まってしまう。
何も悪いことなんてしてないからと
胸を張って生きればいいし、
自分はそういうことは比較的できる
人間かなと思ってたけど、
いざ今の状態になってみたら
本当に色んなことが怖くなってくる。
それでも大好きな人を
大好きなのは変わらないけど。
「ENA、今は〇〇(大好きな人)のこと
可愛いとかかっこいいとか
思ってると思うけど、絶対いつか
周りはみんな正しかったって気づくよ。
何であんなにブサイクな人を
そんなにいいと思えるの?」
そう言われた。
確かにタイプとは言ったけど、
顔だけで好きになったんではないし
たとえ自分以外全員が笑ったって
自分がそれがいいと感じるなら
それでいいはずで、
他の人にあれこれ言われる筋合いは
どこにもないと思う。
何で大人数派って偉そうになるのかな。
大好きな人が今働いてる仕事場で
地元方面に出張がある
というのは前々から知ってて。
ただその出張に誰が行くのかは
分からない状態で、もしかして
大好きな人が帰ってくることも
ありうるのかも?と思ってた。
もし仮にそうなったとしても、
あくまでも仕事で帰ってきてるわけで
自由に会ったりはできないけど、
それでもどうなるのかは
ずっと気になってた。
自分は家の状況もあって
自分の予定では自由に出かけられない。
たとえ大好きな人が帰ってきて
少しでも会えそうなチャンスがあっても
まさかその用事のために抜け出して
会いに行くことは、現状難しい。
だから、ひたすらモヤモヤしてた。
本当に出張で帰ってきたとしても
どんなに頑張ったって
会いに行くのは難しいよな、って。
結局、この週末の出張には
違う人が来てて、大好きな人は
こっちには帰って来なかった。
大好きな人にとって
どっちが良かったのかは分からない。
仕事で自由な時間はなくても
地元に帰ってきたかったかもしれないし、
逆に地元に帰ってきたら
次にまた今の仕事場がある地域に
戻るのが辛くなると思うかもしれない。
ただ、自分にとっては
「元々大好きな人は出張でこっちに
帰って来れなかったから、
自分の家の都合とかに関係なく
どっちにしろ今回は会えなかった」
と思えることで精神的にまだ
保っていられるのも正直ある。
ずっと心に気になってた
今回の出張のこと。
自分にとってはこれで
良かったのかなと感じたりする。