大好きな人とは地元が同じ。
他にもいくつも共通点はあるけど、
地元が同じというのはその中でも
とても大きいことに感じる。
自分は人の容姿をあれこれと
好き勝手言うのは好きではないし、
その前にまず大好きな人の容姿を
全く悪くは思ってないけど、
親からしたらそうではないらしい。
自分は容姿で人を好きになることは
ほとんどないから、大好きな人も
見た目で好きになったわけではない。
ただ、他の人がどんなに笑おうと
自分はその容姿“も”好きで
それを親は理解できないらしい。
「そんなにあの子が良かったら
もうそっちの家に行けばいい。
〇〇(大好きな人)の家の子になって」
と親に言われる。
本当にそれでいいなら
自分は今すぐそうするよ?
大好きな人は今仕事で地元にいないし
同じ地元でもそんないきなり
大好きな人の家に行くなんて現実的には
できるはずはないけど、
できるなら大好きな人の所に
飛んで行きたい。
この前、もう7月で下半期かー、
って話題にしてた人がいて
もう2025年も半分終わってるのか‥
と本気で驚いてしまった(早すぎ)。
ふと上半期を振り返ってみたら
家の事情でなかなか自分の
思うように外出もできない状況が
続いてるから、充実にはほど遠い
やり残したことだらけの毎日に
振り返るのも正直苦しくなるけど、
恋愛に関してだけで言えば
自分の今できる範囲内の最大値で
頑張れたなと思うと同時に
自分がいくら相手を好きでも
厚かましいことやしつこいことは
一切せずに自分をコントロール
できたのも良かったと思った。
自分は複雑な家庭育ちのせいか
自己肯定感が極端に低い。
そして自尊心もとても低い。
だから、好きな誰かができて
自分なりに自分磨きを頑張っても
無意識に相手より自分を
見下げて考えてしまう癖がある。
「自分にこんなことされても迷惑かな」
「自分に好きになられても困るかな」
という思いが先に立つから、
なかなかアプローチもできない。
特に、大好きな人とは
努力でどうにかできるものではない
壁が初めからあるから、
その壁の存在を常に頭に置きながら
どうしたら少しでもその壁を
取っ払って恋愛できるのか
というのもいつも考えてる。
そのわりには、これをしようと
思うことは勇気を出してできたし、
そのことで大好きな人が喜んでくれてる
というのを知って本当に嬉しかったり、
大好きな人が仕事で他地域にいることや
自分の家の事情を考えたら
そんな中でよく少しずつでも
心の距離を縮められたなあと思う。
恋愛以外の部分では
自分にとって大きな負荷がかかってる
今の現状は結局変えられてないし
自分をこんなに抑圧して生きてたら
精神的にいつかおかしくなると
本気で思ってるからまだまだ
大きく未解決の実情の中にいるけど、
自分の中で大好きな人を想う
というのはとても大きいこと
と考えてるからこそ
難しいと感じられる恋愛でも
今年が始まった頃に比べたら今は
本当に大好きな人との心の距離は
縮まってると思うし
絆が深まったと感じるのも良かった♡
下半期も、家のことをうまく
心の負担がなるべく少ない形で
こなしながら、大好きな人ともっと
たくさん仲良くなれるように
その日にできることを
小さくてもコツコツ頑張ろうと思う。
大好きな人が今仕事で住んでる町は
自分にとって小さい時から
すごく繋がりが深い町。
といっても、複雑な家庭育ちの自分は
いくら繋がりが深くても他県に
自由に行くこともできなくて、
その町に行けるのは家の用事が
そこにあった時だけ。
それでも、大好きな人が今住んでるのが
自分にとってなじみの町というのも
縁があるなと思えて嬉しい。
同じ地元で、そこの町に今住んでる
という人はたぶん少ないし。
自分と同じ県出身くらいまで
広げたら何人かは知ってるけど、
地元の中でも特に地元の人で
そこの町に住んでる人を自分は
大好きな人しか知らないから。
大好きな人が今住んでる町に
10年くらい前に行った時のこと。
そこの建物自体は前から何回も
行ってたけど、その日は珍しく別棟を
歩いててその建物内で迷ってしまった。
真夏でめちゃくちゃ暑くて、
持ち歩いてた飲み物も飲み終えて
自販機を探して長い廊下を
飲み物を求めて歩いてて、
迷いながらも何とか自販機は見つけて
ポカリは買えたけど
元々いた場所まで戻れなくなった。
同じ所をグルグル歩きながら何とか
無事に帰り着いたけど、
当時の自分には本当に緊張した恐怖の
出来事として今も心に残ってる。
夏の明るい時間帯のはずが
そこは窓があんまりなくて
ちょっと薄暗かったことや、
何となくその建物の空気に
においを感じたことも
もう10年も経ってるのに覚えてる。
あの頃は、知らなかったんよなぁ。
10年後、このなじみの町に
同じ地元の人が住むようになるのも、
その人とお互い知り合って
相手はどうか分からないけど
自分はこんなにも惹かれてることも。
「好きなタイプは?」と聞かれても
中身のことならいくらでも言えても
見た目で判断なんかしたって
幸せな恋愛なんてできるはずないと
いつも「タイプとかって外見のことは
考えたことないから分からない」と
それだけ言ってごまかしてたあの頃、
もし外見の好きなタイプを表現するなら
たとえ多くの人が笑ったとしても
自分はこの人がいいと言い切れる人と
出会えるなんて思ってもなかった。
自分は今も、複雑な家庭育ちを
克服できずに生きてるし、
なりたい大人にもまだなれてなくて
当時とは事情がまた変わった家族の中を
がんじがらめになって何とか毎日
自分の心をごまかしながら過ごしてる。
大好きな人がいても
自由に会いに行けるはずもなく、
自分がいくら相手を好きでも
相手の気持ちは分からないのに
そんなにしょっちゅう連絡もできない。
苦しくて切ない恋愛をしてると思う。
それでも、10年前に迷った建物の話に
たまたまなった時、あの頃の自分が
想像もできなかった世界に今
生きてることに気がついた。
自分はこれまでの経験から
基本的に人を信じることはない。
よっぽどこの人なら大丈夫かな?と
思った人にだけ少し話すことはしても
普段の生活でそんな場面はほぼない。
大好きな人が今年から働いてる会社に
知り合いがいたりして詳しい人は
自分にとって身近な町の出身で、
普段から共通の話題が多いのもあって
その時の話題の流れで自分が普段
その話をしないような個人情報が
含まれた話をしてしまった。
人によってはその程度の話と
思うようなことかもしれないし、
抵抗なく話せる人もいると思う。
だけど自分にとっては
その知り合いに話の中でそれを
知られたのは特に問題はなくても、
その知り合いが他の人に
「ENAって〇〇なんだよ」といちいち
ごく普通に話してるのが
個人情報をばら撒かれてる気がして
本当に不快な気持ちになってて、
その知り合いのことももっと警戒して
最低限の話しかしないように
すれば良かった、わざわざその話題に
必要以上に乗ることはなかったと
今すごく後悔してる‥。
その知り合いは自分を苦しめる意図が
あってその情報を人にばら撒いてる
わけではないと信じたいけど、
自分がそれを知られたくない人にまで
簡単にベラベラ勝手に話されて
大好きな人にも繋がりがある人
というのがあるから余計にモヤモヤする。
これからは気をつけて
本当にその時に話さないといけない
最低限のことしか話さないように
気をつけたいと思う。
自分なら、自分を信用して
話してくれたかもしれないことを
本人に確認もなく人に話さないけど、
その辺りの感覚や考えや
口の堅さは本当に人によって
違うというのを学んだ。
家庭環境の話とか
更に個人的なことは話してなかった
というのはまだ助かったと思う。
よく、本当に相性が良かったり
いい恋愛をすると安心感を強く感じて
それまでのその人からは想像も
できないほどゆったりした気持ちになる
という話を聞いたりする。
でも、自分の場合は
相手の行動に問題があって
不安になってるんではなくて、
自分のこれまでのトラウマで
勝手に一人で苦しんでるだけ。
だから、好きになった人が誰か
ということではなくて
自分自身がこれまでのたくさんの
トラウマを乗り越えられてない
ということが問題と分かってる。
それでも、自分ではどうしようもない
不安で夜中もほとんど眠れなくて、
今日は家の用事でいつもより
ハードな日でも仮眠しかできてない。
その不安も、自分ができることの
管轄外のことで、自分が努力して
どうにかできることではなくて、
それならいくら自分がそのことを
グルグル考えたって悩んだって
その努力は意味がないのにな‥。
恋愛だけの話ではないけど、
安心の中で自分が生きていける日は
本当に来るのかなと考えると
正直気が遠くなりそうになる。
いくつか前の記事に書いた
距離感がおかしい人の話。
結論から言えば今でも
大好きな人を追いかけ回してる。
たぶん、大好きな人自身
できる限り少しの接点も
持たないようにしてる感じ。
それでも、距離感がおかしい人は
自分自身が迷惑と分からないのか
分かってても止められないのか
どっちにしても好き勝手してる。
大好きな人の同僚が前に
同じような目に遭った時は
よっぽどひどかったのか
おそらく会社も対処してくれて、
その同僚自身も自分ができる対策は
取ったという話を聞いた。
自分は現状、ただ大好きな人を
好きという立場なだけで
具体的にこのことに関して
どうしてほしいとかは言えない立場。
それはもちろん分かった上で
自分にとって大切な人を
その大切な人が住んでる町で
つきまとってる人がいるというのは
本当に落ち着かない、不快な問題。
よっぽどの証拠がないと
法的には動いてもらえないし、
大好きな人が働いてる会社の内情に
前から詳しい人が知り合いにいるから
時々話を聞くけど、色んな意味で
大丈夫なのか?と言いたくなる状況で、
会社にも何か被害がない限り
勤め先というだけではきっと
守ってもらえないしなあ。
そのつきまとう人の周りの友達も
同じように粘着質な人が何人もいて
それぞれに生活の中に過度に
追っかける対象がいる人が多いとか。
芸能人を追いかけるとか
そういうのなら分かるけど
(もちろんストーカーとかではなく
健全に応援するという意味で)
身近な所に追いかける対象を作って
そこに気持ちもお金もつぎ込む
みたいなのは怖すぎる‥。
同じタイプの粘着質な友達も
その人を止めるどころか
自分たちも協力してもらってるから
もちろん協力するよ!というノリで、
きっと誰かに厳重に注意されないと
社会的なルールを侵してでも
大好きな人にこれからも
つきまといそうで本当に怖い。
ニュースでもストーカーの話題って
明らかに自分が子どもの頃と比べても
今の方が多い気がするし、
何で自分の感情や欲求をそこまで
コントロールできないのか
正直恐怖しかないし意味が分からない。
もっと厳しくするべきよなあと思う。
ストーカーとかつきまといとか。
する側はそこまで深刻な問題として
捉えてなかったとしても
される側からしたら本当に恐ろしい。
何でそのことが分からないのかな。
相手の立場や気持ちを何でそんなに
簡単に無視できるのかな。
2年前の、大好きな人の誕生日の景色。
自分はこの日、何を思って
どんなことを考えながら
この風景の中に身を置いてたのか‥
今考えたってはっきりした答えは
分からないけどそれでも考えてる。
でも、これを撮ったのが
大好きな人の誕生日
というだけで特別に想えるし、
例えば大好きな人と出会ってなければ
この日だって365日の中の
何でもない一日なのかなと思うと、
たとえ誰にも言えなくても
別に悪いこともしてないのに
隠れるように好きでいたとしても
こんな気持ちにさせてもらえて
やっぱり幸せに感じてくる。
大好きな人に郵便を送る用事がある時、
宛名を書くのが本当に緊張する。
大好きな人に送る時は
差出人(自分)側の名前を書くのも
いつもよりは緊張するけど、
宛名は更に比べ物にならないくらい
めちゃくちゃ緊張して
何回も深呼吸して意味もなく
「あと5分したら書こう」と思ったり。
この恋愛には悩みもあるけど、
それでもこんなふうに幸せな気持ちに
させてもらえてるのはすごく
有り難いことよなぁ、って。
喜んでくれてると分かってるから
ある程度までは関わったり
近づいたりもできるわけで、
それだって当たり前ではないから。
あくまでも今の自分の生活は
制限が多い中で無理やり本来の
自分とは違う形のピースを当然に
求められてパズルにはめ込まれてる。
だから、どんなに何かを望んで
今できる努力を全力でしても
だからといってすぐに夢や目標が
叶うなんていうのは難しい。
そんな中でも、ここ最近は
前よりも大好きな人に
近づけてるような気がして、
普段恋愛の話をできる機会は
リアルの世界にはないけど
心の中で自分だけで喜んで
大きな支えにしてる。
まだまだ、大好きな人の
特別な人になってる自分を
はっきり想像するのは難しいけど、
諦めずに一歩ずつでも夢に向かって
前に進める人でいたい。
家のことで心が休まる暇はない。
家の用事で出かけた先の店員さんの
後ろ姿が大好きな人と似てた。
家族もいたから、ただひたすら
真面目な顔をしたままそこにいたけど、
誰にもバレない程度にその店員さんの
後ろ姿を思わず何回か見てしまった。
大好きな人のことが頭からも心からも
毎日全く離れない。
それどころか、こんなに?ここまで?
と自分でも思うほど大好きな人一人で
自分丸ごとがいっぱいになってる。
大好きな人の仕事場で大好きな人と
会った知り合いが「仕事の合間に
〇〇(大好きな人)と話したら
ENAの名前出した瞬間めちゃくちゃ
嬉しそうに顔クッシャクシャにして
笑ってたんだから!
あれをENAにも見せたかったなー!」
と言ってたのを思い出して、
家族とは無難な会話を交わしつつ
心の中ですごくそれを支えにして
大好きな人の笑顔の理由に
自分がなれてるならもう少し
頑張ってみようかな、なんて思う。
自分のこれまでのことを思い返したり
色んな悩みを考え始めると
これだけしんどい思いして
追い詰められて毎日何とか必死で
生き抜くことに疲れ果ててしまう。
だけど、こんな自分でも
人が嬉しく思う理由になれる、
そんなふうに思いきり笑える
理由になれるということ、
そしてその理由になれた相手が
大好きな人というのが本当に
自分も意味がある存在なのかなと
思えて本当に嬉しく幸せな気持ちになる。