Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
だからこそ、これからは

だからこそ、これからは

大好きな人と会えた日の食事。

バタバタと会って
本当はもうちょっとゆっくりしたかったけど
大好きな人だってそんなに余裕のない
限られた中で時間を作ってくれてるから、

それだけでも有り難いと思わないとな。


付き合えて、一緒に地元でご飯食べたり
何でもないような平凡な日常を
ごく普通に一緒に過ごせるようになりたい。


これまで家に色々ありすぎて、

きらびやかなSNS映えなんかより
心が本当の意味で安心して温まるような
普段の生活を大事にできる
地に足が着いた恋愛に憧れてる。


安心、安全、平凡、平穏。

暴力的な家庭に育った自分にとって
小さい頃から喉から手が出るほど
ずっと欲しいと思い続けてるもの。


このおにぎり食べてた場所は
今よりはまだ自由に出かけたりできてた頃に
たまーに行ってた所。

数年前から、家の都合で
それまでより更に自分に自由はなくなった。


大好きな人と会えた日、
地元でもしばらく行ってなかった
その場所に久しぶりに寄ったら
当時と何も変わってなくて。


この6年くらいで家の状況は変わって
本当に紐で縛り付けられたかのような
自由が極端に少ない生活になってるけど、

その間に大好きな人を好きと気づいて
それまでは自分に自信がなさすぎたのが

本気でこの人を好きなら
自分の気持ちを伝えていかないと!とか
見た目も中身も自分磨きをしないと!と
思えるようになって

自分の心がマイナスになりそうなことからは
なるべく離れたり目に入らないようにしたり

どうしてもそこから逃げられないこと
(家の問題とか)については少しでも
考え方を変えたりうまくやり過ごす術を
身につけたりなるべく工夫するようになった。


元々、家族からのDVがある中で
生きてきたから、人を信じられなくて
「自分は心が空っぽのまま
ただ表向き明るい人、元気な人、で
大切な時間を棒に振っていくのかな」と
心のどこかで考えてきたけど、

家族にも誰にも言わずに
自分で決めて動いて
大好きな人と会えて話せて笑い合えて
「またね!」って言えた帰りに

かつてたまに行ってた場所に寄る
というのが、自分の中では少し
成長を感じられて嬉しかった!



もしかしたら、そうやって前より
成長して次のステージに来たから
思うことなのかもしれないけど、

最近、前より思うようになったというか
改めて気づいたことがある。


自分はこれまで、本当に家族にとって
都合がいいように操縦されてきた
ということ。


家族にとって大事な価値観や
これは譲れないという考えがあるのは自由で
それも家族の個性の一部分。

ただ、それを
「これが世間の中での常識」
「家族が言うことを聞いてれば間違いない」
「家族が勧めること以外は甘い考え」
「家族に背くなんてありえないからね」
「そんなに自分が正しいと思うなら
そんなおかしい子、うちには要らない」

とか、洗脳や脅迫で都合良く
家族の望むように生きさせようとするのは
今考えたら、すごくおかしい。

今でもまだ、そういう圧力を感じる。



大好きな人を好きになっただけでなく
周りにいる人たちを見たり
自分とは違う環境で育った人と話したり
そういう日々の中で、

しつけが厳しいとかそういうレベルの
内容ではないよな‥?と思うようになった。


厳しくして恐怖感を与えれば
家族の思い通りになる自分は
家族にとってどんなに都合がいい存在かと
今の自分はすごく思う。


大好きな人に対して自分が恋愛感情を
持ってることは当然家族には
今のところは言ってないけど、

そこまで言う?と疑問に思うくらい
大好きな人の容姿や学歴などに
文句をつけたり否定や批判をするのは

大人になった自分が家族が望む生き方とは
別の人生を歩むことが怖いから、
困るからという理由もあるような気がする。


いつも思うけど、法律に反してたり
倫理的に許されない恋愛なら
たとえいくら本人が「自分は真剣です」
「本気で好き」と言ったとしても

それは堂々とはできないこと、と
自分の考えではそう思う。


好きを理由に何でもありになったら
規律も倫理観もめちゃくちゃになる。

そうなると、必ず未来をぶち壊すような
トラウマを理不尽に抱えるような
人が出てくるのは明白な話。


自分は家族の歪んだ恋愛観で
小さい頃から本当に苦労したし、
恋愛に夢なんて持てずに育った。

もしそういう育ち方をしてなければ
自分はきっとこんなに恋愛で悩み苦しむことは
なかったと思ってるし、そこに関しても
家族を恨んでも恨み切れないから。


自分は人に言えないような恋愛はしてない。

今は自分と大好きな人の身を守るために
誰にも言ってないだけで、
後ろめたいことがあるから
言えないんではない。


ちゃんと社会や世間のルールを守った上での
恋愛なら、何か少人数派に分類される要素が
あったとしても、だからといって

後ろ指を指す人がいたとすれば
その指を指す人が間違ってる。


これまで家族に洗脳されてたな、
自分の人生を生きれてなかったな、と
今改めて気づいたところで
これまでの日々を生き直すことはできない。


家族に支配された日々は
ENAの仮面を被ったどこかの誰かの歴史。


それは今自分がどんなに悔やんでも
変えられないのは本当にやりきれない。


ただ、だからこそこれからの人生は
自分が本当に生きたい道を
自分の手で切り拓いて生きたいと思う。



この前、大好きな人と会えた時
「写真撮ろう」とずっと言いたくて、

でも会ってる間お互い全くスマホなんて
出さないしひたすら顔見て喋ってて、

どのタイミングで写真撮りたいと
言い出せばいいのかを事前から悩んでた。


勇気を出して言ったら
笑顔ですんなりOKしてくれて
その写真を見る度に、

本当に欲しいものがあるなら
その欲しいものが尊ければ尊いほど
簡単に手には入らないし

それなりの勇気や努力を積み重ねないと
得られないというのをすごく感じる。


そんな勇気の先にやっと手にした
その写真を見ながら、これからも自分は
自分らしい人生のためにそんな勇気を
使える人でいたいと思う。


うちは家族がめちゃくちゃ厳しくて
教育虐待の家庭でもあったけど、

勇気を出す大切さや
本当に大好きになると特定の人に対して
どんな気持ちになるのか
心の距離を縮めるためにはどんなふうに
気を遣ったり思いやればいいのかという

どんなに勉強を頑張っても
それだけでは知れないことも
自分はこの恋愛からたくさん学んでる。


これまでの人生は大変なことの方が
圧倒的に多くてしんどかったけど、

大好きな人と出会えたこと
大好きな人を好きになれてることには
本当に感謝するし、有り難いと思ってる。

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