1つ1つの機会を大切に
大好きな人が働いてる支社がある
町に住んでる知り合いと少し前に
話してた時に、「ENAって〇〇(大好きな人)と
すごい共通点あるのに、普段全然実際に
話す機会とかないんでしょ?」と
いうような話題になった。
その話の中で「よかったら協力するよ」と
言われたことがあって、自分は家のことも含めて
これまでの人間関係で人間不信を
色濃く植え付けられてるからか、
本当に信じても大丈夫なのかな?と
思って一瞬迷ってしまった。
その知り合いは、たぶん本当に純粋な気持ちで
「ENAは遠くに住んでるし
色んな事情があって〇〇とも会えないから
ENAと〇〇なら共通の話題もたくさん
あるだろうし、もっと仲良くなれるのに」
というふうに思ってくれてるのは伝わってくる。
その知り合い自身も、自分とは細かい事情は
違うけど身近なところに悩みを抱えてて、
きっとその状況で周りの人と人間関係を
こなしていく中で、色々思うことも
たくさんあると思うし。
その知り合いも含めて周りの誰かに
何かをしてあげると言われても自分は
全面的に頼ったりはなかなかできない。
臆病者なのかもしれないし、その知り合いが
心から善意で言ってくれてるとすれば
すごく失礼なことを考えてるとも思う。
だけど、その知り合いに対しても
この先もいい関係を保てるように考えつつ、
恋愛において誰かを介して何かをしてもらう
ということは直接的に自分と相手だけという
関わりよりは多少のリスクがあると思うから
そこは慎重なほど気をつけたい。
恋愛だけではないけど、人を介すことで
本来自分が思ってたのとは違うふうに
相手に伝わるという可能性はあるわけで。
それでも、今の現状では大好きな人と今より
心の距離を縮めるきっかけというのは
本当にかなり限られてるとすごく思うし、
1回1回の機会を大切にできるように
心がけて頑張りたい。
損得勘定で動く人も多い中で
その知り合いにとっては自分と大好きな人が
どんなに仲良くなってもその知り合いが
何か得するわけでもないのに
自分のために考えて動いてくれることは
本当に感謝しないといけないと思うし。
損得が全てみたいな人(親の片方)を見て
育ってきたからもあるのか、
そういう打算なく動いてくれる人を見ると
「何の得にもならないのに
人のために動いてくれるこの人を
信じてもいいのかな」という疑問は
なかなか心から消えないけど、
考えたら自分だって大切な誰かのためには
自分の損得なんか考えないし
それと同じことなのかな。
人間不信でも、これまでは
「ずっとこの考えは人として寂しいな」と
たまに思うことはあっても
すぐにどうこうしようとは思ってなかった。
それが、大好きな人を好きになって
「この人のことは信じたい」と思ったし、
自分が大好きな人をどれほど恋愛感情で
見てるかまでは知り合いには分からなくても
そうやってもっと仲良くなれるように
協力してくれるのは本当に有り難いと
感謝しないといけないんよなあ。
町に住んでる知り合いと少し前に
話してた時に、「ENAって〇〇(大好きな人)と
すごい共通点あるのに、普段全然実際に
話す機会とかないんでしょ?」と
いうような話題になった。
その話の中で「よかったら協力するよ」と
言われたことがあって、自分は家のことも含めて
これまでの人間関係で人間不信を
色濃く植え付けられてるからか、
本当に信じても大丈夫なのかな?と
思って一瞬迷ってしまった。
その知り合いは、たぶん本当に純粋な気持ちで
「ENAは遠くに住んでるし
色んな事情があって〇〇とも会えないから
ENAと〇〇なら共通の話題もたくさん
あるだろうし、もっと仲良くなれるのに」
というふうに思ってくれてるのは伝わってくる。
その知り合い自身も、自分とは細かい事情は
違うけど身近なところに悩みを抱えてて、
きっとその状況で周りの人と人間関係を
こなしていく中で、色々思うことも
たくさんあると思うし。
その知り合いも含めて周りの誰かに
何かをしてあげると言われても自分は
全面的に頼ったりはなかなかできない。
臆病者なのかもしれないし、その知り合いが
心から善意で言ってくれてるとすれば
すごく失礼なことを考えてるとも思う。
だけど、その知り合いに対しても
この先もいい関係を保てるように考えつつ、
恋愛において誰かを介して何かをしてもらう
ということは直接的に自分と相手だけという
関わりよりは多少のリスクがあると思うから
そこは慎重なほど気をつけたい。
恋愛だけではないけど、人を介すことで
本来自分が思ってたのとは違うふうに
相手に伝わるという可能性はあるわけで。
それでも、今の現状では大好きな人と今より
心の距離を縮めるきっかけというのは
本当にかなり限られてるとすごく思うし、
1回1回の機会を大切にできるように
心がけて頑張りたい。
損得勘定で動く人も多い中で
その知り合いにとっては自分と大好きな人が
どんなに仲良くなってもその知り合いが
何か得するわけでもないのに
自分のために考えて動いてくれることは
本当に感謝しないといけないと思うし。
損得が全てみたいな人(親の片方)を見て
育ってきたからもあるのか、
そういう打算なく動いてくれる人を見ると
「何の得にもならないのに
人のために動いてくれるこの人を
信じてもいいのかな」という疑問は
なかなか心から消えないけど、
考えたら自分だって大切な誰かのためには
自分の損得なんか考えないし
それと同じことなのかな。
人間不信でも、これまでは
「ずっとこの考えは人として寂しいな」と
たまに思うことはあっても
すぐにどうこうしようとは思ってなかった。
それが、大好きな人を好きになって
「この人のことは信じたい」と思ったし、
自分が大好きな人をどれほど恋愛感情で
見てるかまでは知り合いには分からなくても
そうやってもっと仲良くなれるように
協力してくれるのは本当に有り難いと
感謝しないといけないんよなあ。
コメントを書く...
Comments