あっち側の人間に必ずなる!!
昨日書き忘れたけど、
家族に言われてこれも不可解なのが
「ENAは『顔はそんなに整ってなくても
性格がいいことが人としては一番大事って
自分はずっとそういう考えでいるから』
って言うけど、いくら性格が良くても、
ある一定以上ブサイクならそれは
性格の良さではカバーできないし、
もし〇〇(大好きな人)のことを言ってるなら
別に性格も普通でしょ?
悪くはないのといいのとは違うし。
あのレベルの性格の良さなら
見た目もかっこ良くて性格もいい人が
たくさんいるよ!」
という表現。
元々、身近なところにいる大好きな人が
例えば〇〇とか
という例として挙がるのは分かる。
でも、じっくり話して相手のことを
めちゃくちゃ理解してるわけでもないのに
何で性格の良さのレベルがどれくらいとか
査定みたいなことされないといけないの?
人の顔のことを言いたい放題は
本当に失礼に感じるし、
その家族は元々イケメン好きで
そういう人からしたら自分の好みは
ありえないのかもしれないけど、
自分はその家族が顔顔言うのを
別に止めてもないし何も言わずに
その人の価値観として聞いてるから
その家族にも心の中では
「ENAって変わってるな」と思ったとしても
あれこれ否定的なことを言わずに
「この人はこういう考えなのか」と
黙って受け入れてほしい。
Z世代はルッキズムに偏りがち
みたいな記事を読んだけど、
年齢が若ければ若いほど
容姿にこだわるとは限らないはず。
少なくとも、自分の家族は
自分より年上でも本当に顔にこだわる。
顔が悪ければ人権はない!
くらいのことも平気で言う。
世代とか年齢だけで決めつけるのは
良くないよなあ‥。
今日、今書きたかったのは
その容姿の話題とはまた別の話。
もう日にちが変わってるから
昨日のことになってしまってるけど、
自分が将来的にこういう立場で
生きていけるようになりたいと考えてる
まさにそういう立場の人とたまたま
同じ空間に居合わせて、
話したりは全然してないけど
やっぱり自分はその人のように
ちゃんと夢を叶えて
自分がこうなりたいと思ってるその立場に立って
そうやって毎日を過ごしたいなと
改めて決意した。
そうなりたいと強く思ってから
もうだいぶ経つ。
完全に諦めたことはないけど、
自分の場合家庭が複雑なのもあって
自分がこれを頑張りたいと思った時に
そこに集中して全力で向かっていける
環境ではなかったから、
自分らしく自分の人生を歩むことを
本気でじっくり考えられるようになったのが
本当にここ数年で‥
今更本気でそれを叶えたいと思ったところで
それを知られたら世間に笑われそう、
あまりにも大きい夢を見てるのかもしれないと
何回も何回もすごく怖くなって
その度に自分がちっぽけな存在に思えてきて。
それを打ち消しながら
何とか「やっぱりどうしても叶えたい」
と思って信じて頑張ってるけど、
第三者の目ではたから見たら
とんでもなく場違いな夢を見てるのかも
と、怖い気持ちは密かに常にあった。
だけど、きっと見えない部分でも
たくさん自分を磨いて
やっとその立場に身を置いたんであろう
その人は凛としててかっこ良かった。
すごくシンプルな格好でも
何か自分がそういう格好をするのとは
全然違って見えた。
自分にとって、昔から身近な場所なのもあって
これまでにもそういう類の場に行くことは
何回もあったけど、自分が憧れるような人と
近くで同じ空間にいたのが今日初めてで、
自分が自信をなくしてたり
立ち止まりかけてるこのタイミングで
将来こうなりたいとはっきり思ってるような
状況にある人がすぐそばに表れて
前からその人のことは少しは知ってたけど
普通にそこに居合わせるなんて、
偶然でも自分にはとても励まされる
タイミングも含めて奇跡みたいなことに感じた。
やっぱり、自分もああいう立場になって
ちゃんと夢を叶えて生きていきたい。
あの人がどういう環境に育って
どんなふうに今の夢を叶えたのかは
分からないけど、自分も頑張って
あっち側の人間になろうと改めて決めた。
家族に言われてこれも不可解なのが
「ENAは『顔はそんなに整ってなくても
性格がいいことが人としては一番大事って
自分はずっとそういう考えでいるから』
って言うけど、いくら性格が良くても、
ある一定以上ブサイクならそれは
性格の良さではカバーできないし、
もし〇〇(大好きな人)のことを言ってるなら
別に性格も普通でしょ?
悪くはないのといいのとは違うし。
あのレベルの性格の良さなら
見た目もかっこ良くて性格もいい人が
たくさんいるよ!」
という表現。
元々、身近なところにいる大好きな人が
例えば〇〇とか
という例として挙がるのは分かる。
でも、じっくり話して相手のことを
めちゃくちゃ理解してるわけでもないのに
何で性格の良さのレベルがどれくらいとか
査定みたいなことされないといけないの?
人の顔のことを言いたい放題は
本当に失礼に感じるし、
その家族は元々イケメン好きで
そういう人からしたら自分の好みは
ありえないのかもしれないけど、
自分はその家族が顔顔言うのを
別に止めてもないし何も言わずに
その人の価値観として聞いてるから
その家族にも心の中では
「ENAって変わってるな」と思ったとしても
あれこれ否定的なことを言わずに
「この人はこういう考えなのか」と
黙って受け入れてほしい。
Z世代はルッキズムに偏りがち
みたいな記事を読んだけど、
年齢が若ければ若いほど
容姿にこだわるとは限らないはず。
少なくとも、自分の家族は
自分より年上でも本当に顔にこだわる。
顔が悪ければ人権はない!
くらいのことも平気で言う。
世代とか年齢だけで決めつけるのは
良くないよなあ‥。
今日、今書きたかったのは
その容姿の話題とはまた別の話。
もう日にちが変わってるから
昨日のことになってしまってるけど、
自分が将来的にこういう立場で
生きていけるようになりたいと考えてる
まさにそういう立場の人とたまたま
同じ空間に居合わせて、
話したりは全然してないけど
やっぱり自分はその人のように
ちゃんと夢を叶えて
自分がこうなりたいと思ってるその立場に立って
そうやって毎日を過ごしたいなと
改めて決意した。
そうなりたいと強く思ってから
もうだいぶ経つ。
完全に諦めたことはないけど、
自分の場合家庭が複雑なのもあって
自分がこれを頑張りたいと思った時に
そこに集中して全力で向かっていける
環境ではなかったから、
自分らしく自分の人生を歩むことを
本気でじっくり考えられるようになったのが
本当にここ数年で‥
今更本気でそれを叶えたいと思ったところで
それを知られたら世間に笑われそう、
あまりにも大きい夢を見てるのかもしれないと
何回も何回もすごく怖くなって
その度に自分がちっぽけな存在に思えてきて。
それを打ち消しながら
何とか「やっぱりどうしても叶えたい」
と思って信じて頑張ってるけど、
第三者の目ではたから見たら
とんでもなく場違いな夢を見てるのかも
と、怖い気持ちは密かに常にあった。
だけど、きっと見えない部分でも
たくさん自分を磨いて
やっとその立場に身を置いたんであろう
その人は凛としててかっこ良かった。
すごくシンプルな格好でも
何か自分がそういう格好をするのとは
全然違って見えた。
自分にとって、昔から身近な場所なのもあって
これまでにもそういう類の場に行くことは
何回もあったけど、自分が憧れるような人と
近くで同じ空間にいたのが今日初めてで、
自分が自信をなくしてたり
立ち止まりかけてるこのタイミングで
将来こうなりたいとはっきり思ってるような
状況にある人がすぐそばに表れて
前からその人のことは少しは知ってたけど
普通にそこに居合わせるなんて、
偶然でも自分にはとても励まされる
タイミングも含めて奇跡みたいなことに感じた。
やっぱり、自分もああいう立場になって
ちゃんと夢を叶えて生きていきたい。
あの人がどういう環境に育って
どんなふうに今の夢を叶えたのかは
分からないけど、自分も頑張って
あっち側の人間になろうと改めて決めた。
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