Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。
違いが浮き彫りになってもできること

違いが浮き彫りになってもできること

恋愛に限らず、家族は
「ENAがENAらしく幸せに
生きられる人生」ではなく、

「家族にとって世間体を保てて
家族にとって都合がいい人生」を
自分に歩むことを求めてる
というのを確信してしまう瞬間が
日常の中にいくつもあって、

心の中にはすごく疑問を感じながらも
その家族を最優先した生活を
送るのが当然になってる今の
(というかこれまでほぼ全ての)自分に
鬱々としてしまうし

今の生き方をしてる限りは
自分は自分として生きてないのと
同じという感覚が常にある。



自分が毎日の生活の中に
自分の好きなことをしたり
趣味を心から楽しんだり
心を休ませられる機会がほとんどなくて
日々余裕がなく過ごしてるから、

何を考える時も
その“余裕がない”中での気持ちでの
答えになってしまうのもしんどい。



大好きな人が、仕事で成果を出したり
たぶんこれは嬉しいよなと思う
出来事があっても、それはもちろん

良かったね、とかそういう
プラスの気持ちもあるけど

「〇〇(大好きな人)はちゃんと
これを頑張りたいと思う分野で
結果を残してその中で認められてるのに

自分はごく狭い
家族に分からない範囲内での
気分転換や将来に向けての行動しか
できない現実の中で生きてるな」

と、そこの違いや差を感じてしまうと
精神的にとてもモヤモヤしてしまう。


そのモヤモヤを感じながらも
今自分ができることを
将来の自分のために頑張っていくだけ
と自分を奮い立たせて頑張ってる。


自分の努力でどうにかできることなら
努力をしようと思えるけど、
努力のしようがないことというのは
悔しくて仕方ない。


将来の基盤や足がかりになりそうなことは
変わらずコツコツ毎日続けてる。

いつかこういう日もあったなと
写真を見たりして懐かしく
笑顔で思い出せたらいいな‥。

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