世界と性格と世間が違うのかな
大好きな人と自分は共通点が多い。
身長など見た目に分かる部分にも
共通点が多いからよく周りからも
「えっ!〇〇(大好きな人)とENAって
それも一緒なの?すごいね!」
と言われたりする。
そんな中で、ここは違うなと
感じるところももちろんある。
1つは、大好きな人は幸せな家庭で育ってて
「地元で実家で住んでた時に‥」
というような家族の話を
おとなしいながらも時々することがある。
2つめに、社交的な自分に対して
大好きな人は内向的で
人と関わるのがあんまり好きではない。
ただ、自分は社交的でも
基本的に人は信じられないから
とにかく表向きの人間関係を
うまくこなしていくのが得意なだけで、
信頼できる心からの友達が
たくさんいるということではなくて、
大好きな人は内向的で
口数も多くないし人と関わること自体は
好きではないと思うけど
たぶん自分よりも人間不信度は少ない。
3つめに、自分が昔から親とか親戚とか
周りの大人を見て感じてきた世の中に比べて
大好きな人は今就いてる職種も
少し珍しいのもあるのか、
周りの大人というか年上の上司や先輩たちが
示す世間というものが何か少し
違うような気がする。
どっちがいいとか悪いとかではなくて
大好きな人本人というか
仕事関係の人たちを見てて
自分が昔から見てきたのとは違う
感覚で生きてる人もいるなと
感じることが度々ある。
前々から、大好きな人は幸せな家庭に
育ってきてるというのは
自分がここにずっと書いてきてる
恋愛に関しての大きな壁というのとは
また別の壁というか‥
幸せな家庭に育ってきたのは
本当に素晴らしい素敵なことで
それを壁とか言ってる時点で
おかしいというかその表現は
ふさわしくないのは分かってるけど、
たまに家族の話題の時に
「親にこんなふうに言われてて‥笑」とか
「兄弟と比べても自分は‥」とか
きっと普段から仲がいいなというのが
伝わる感じで話してる度に
あぁ自分とは違う種類の人間なのかなと
思ってしまうことはあったし、
今一番悩んでるのはそこではなくて
性格と世間の部分。
自分自身は社交的な性格でも
自分の好きなタイプはおとなしい人で、
自分も社交的とはいえ
そんなにずっと話し続けてはいないし
あまりにも口数が多い人は
誠実ではないという感じがして
自分の言葉にある程度責任を
持つ人が多そうという意味でも
言葉数が少ない人の方が好き。
だから、大好きな人がどんなに
おとなしくてもそれそのものは
安心材料にはなっても不満にはならない。
でも、大好きな人とやりとりする時に
極限までそのメッセージの長さを
短くすることに気を遣って
文章の内容が分かるギリギリまで
文字数を削ることに一生懸命な時に
「自分にとっては最大限短くして
スクロールなしでさっと読めるくらい
というのは特別長くはないと思うけど、
〇〇(大好きな人)にとってはこれでも
会話や質問が2つになるから負担かな」
とか考えることにめちゃくちゃ
神経を使ってしまう。
このブログは自分自身の覚え書き+
打ち明け場所、気持ちの吐き出し場所
としても使ってるから
毎回文章が長い(長すぎる)けど、
もちろん普段は大好きな人とに限らず
人に対してこんな長文を
送りつけたりしたことはない。
連絡を取り合おうとしてくれたのも
大好きな人からで、その後も1回も
たぶんしつこいような連絡はしてないし、
文章量や返事の返しやすさにも一応
気を遣ってるし、大好きな人からも
短文ではあるけど元気で上機嫌っぽい
返事が返ってくるから連絡を面倒とか
連絡取り合おうって言って失敗したとかは
たぶん思ってない‥はず。
それでも、自分にとっては短文でも
もしかしたら相手からしたら
3行とかでもしんどい?と思い始めると
連絡したいことがあっても実際に
送るまでにめちゃくちゃ悩んだり
葛藤があったりして勝手に疲れてる。
あと、世間の違いっていうのが
さっきも書いたけど別に自分が見てきた
周りの大人たちが平均的とか正しいとか
そう言いたいんではなくて、
珍しい職種の人たちにはその世間という
知らない空間があると感じることが
たまにあって、その中の一部に
自分にとっては子どもの頃からの
悲しかったり辛い出来事を
思い起こさせる要素があるから
それを一人で誰にも相談できずに
耐え抜くのがすごくしんどい。
大好きな人が何かとんでもない
非常識なことをしてるんではないから
自分自身の考えや感覚を変えないと
たとえ誰と恋愛したとしても
同じようなことで苦しむ場面は
おそらく出てくると思う。
大好きな人を本当に大好きなら
乗り越えられるように頑張ろうとは
いつも考えてできる限り
前向きに生きようとはしてるけど、
それでも苦しくてしんどくて
逃げたくなってしまう時がある。
一旦、心の感情や気持ちのスイッチを
オフにして何も感じない自分を
ひたすらイメージし続ける。
そうやって機械のように生きられたら
毎日こんなに辛くなくて済むのかな。
日々をできるだけ楽しく前向きに
人前では振る舞ってても、
心の中にはいつも葛藤がある。
大好きな人をただ
大好きでいたいだけが
こんなに難しい。
身長など見た目に分かる部分にも
共通点が多いからよく周りからも
「えっ!〇〇(大好きな人)とENAって
それも一緒なの?すごいね!」
と言われたりする。
そんな中で、ここは違うなと
感じるところももちろんある。
1つは、大好きな人は幸せな家庭で育ってて
「地元で実家で住んでた時に‥」
というような家族の話を
おとなしいながらも時々することがある。
2つめに、社交的な自分に対して
大好きな人は内向的で
人と関わるのがあんまり好きではない。
ただ、自分は社交的でも
基本的に人は信じられないから
とにかく表向きの人間関係を
うまくこなしていくのが得意なだけで、
信頼できる心からの友達が
たくさんいるということではなくて、
大好きな人は内向的で
口数も多くないし人と関わること自体は
好きではないと思うけど
たぶん自分よりも人間不信度は少ない。
3つめに、自分が昔から親とか親戚とか
周りの大人を見て感じてきた世の中に比べて
大好きな人は今就いてる職種も
少し珍しいのもあるのか、
周りの大人というか年上の上司や先輩たちが
示す世間というものが何か少し
違うような気がする。
どっちがいいとか悪いとかではなくて
大好きな人本人というか
仕事関係の人たちを見てて
自分が昔から見てきたのとは違う
感覚で生きてる人もいるなと
感じることが度々ある。
前々から、大好きな人は幸せな家庭に
育ってきてるというのは
自分がここにずっと書いてきてる
恋愛に関しての大きな壁というのとは
また別の壁というか‥
幸せな家庭に育ってきたのは
本当に素晴らしい素敵なことで
それを壁とか言ってる時点で
おかしいというかその表現は
ふさわしくないのは分かってるけど、
たまに家族の話題の時に
「親にこんなふうに言われてて‥笑」とか
「兄弟と比べても自分は‥」とか
きっと普段から仲がいいなというのが
伝わる感じで話してる度に
あぁ自分とは違う種類の人間なのかなと
思ってしまうことはあったし、
今一番悩んでるのはそこではなくて
性格と世間の部分。
自分自身は社交的な性格でも
自分の好きなタイプはおとなしい人で、
自分も社交的とはいえ
そんなにずっと話し続けてはいないし
あまりにも口数が多い人は
誠実ではないという感じがして
自分の言葉にある程度責任を
持つ人が多そうという意味でも
言葉数が少ない人の方が好き。
だから、大好きな人がどんなに
おとなしくてもそれそのものは
安心材料にはなっても不満にはならない。
でも、大好きな人とやりとりする時に
極限までそのメッセージの長さを
短くすることに気を遣って
文章の内容が分かるギリギリまで
文字数を削ることに一生懸命な時に
「自分にとっては最大限短くして
スクロールなしでさっと読めるくらい
というのは特別長くはないと思うけど、
〇〇(大好きな人)にとってはこれでも
会話や質問が2つになるから負担かな」
とか考えることにめちゃくちゃ
神経を使ってしまう。
このブログは自分自身の覚え書き+
打ち明け場所、気持ちの吐き出し場所
としても使ってるから
毎回文章が長い(長すぎる)けど、
もちろん普段は大好きな人とに限らず
人に対してこんな長文を
送りつけたりしたことはない。
連絡を取り合おうとしてくれたのも
大好きな人からで、その後も1回も
たぶんしつこいような連絡はしてないし、
文章量や返事の返しやすさにも一応
気を遣ってるし、大好きな人からも
短文ではあるけど元気で上機嫌っぽい
返事が返ってくるから連絡を面倒とか
連絡取り合おうって言って失敗したとかは
たぶん思ってない‥はず。
それでも、自分にとっては短文でも
もしかしたら相手からしたら
3行とかでもしんどい?と思い始めると
連絡したいことがあっても実際に
送るまでにめちゃくちゃ悩んだり
葛藤があったりして勝手に疲れてる。
あと、世間の違いっていうのが
さっきも書いたけど別に自分が見てきた
周りの大人たちが平均的とか正しいとか
そう言いたいんではなくて、
珍しい職種の人たちにはその世間という
知らない空間があると感じることが
たまにあって、その中の一部に
自分にとっては子どもの頃からの
悲しかったり辛い出来事を
思い起こさせる要素があるから
それを一人で誰にも相談できずに
耐え抜くのがすごくしんどい。
大好きな人が何かとんでもない
非常識なことをしてるんではないから
自分自身の考えや感覚を変えないと
たとえ誰と恋愛したとしても
同じようなことで苦しむ場面は
おそらく出てくると思う。
大好きな人を本当に大好きなら
乗り越えられるように頑張ろうとは
いつも考えてできる限り
前向きに生きようとはしてるけど、
それでも苦しくてしんどくて
逃げたくなってしまう時がある。
一旦、心の感情や気持ちのスイッチを
オフにして何も感じない自分を
ひたすらイメージし続ける。
そうやって機械のように生きられたら
毎日こんなに辛くなくて済むのかな。
日々をできるだけ楽しく前向きに
人前では振る舞ってても、
心の中にはいつも葛藤がある。
大好きな人をただ
大好きでいたいだけが
こんなに難しい。
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