Double circle

心が痛いほど大好きと気づいたあの夏の日からの密かな記録。地元も同じで見た目の雰囲気も似てて共通点もたくさんあるその人はずっとずっと特別な人。少人数派の恋愛でも大きい壁があったとしてもそんな特別な人と家族になりたい。
心が痛いほど大好きと気づいた
あの夏の日からの密かな記録。

地元も同じで
見た目の雰囲気も似てて
共通点もたくさんあるその人は
ずっとずっと特別な人。

少人数派の恋愛でも
大きい壁があったとしても
そんな特別な人と家族になりたい。

立場ごとの相応しさ

例えば、恋人同士なら
全然違和感なく受け入れられる
言葉でもそうではない関係性で
それを言われたら引くなあ
と思うことを言ってる人が身近にいて、

本人は自分を信用してくれてるから
そう言ったのかもしれないけど
自分個人的にはちょっと心が
ぞわっとしてしまった。


人のふり見て我がふり直せとは
こういうことなのかも、と思う。


自分は人とコミュニケーションを
取るのは積極的な方でも
誰かと仲良くなる、心を開くことは
本当に慎重になるタイプで

むしろもっと押していけと
言われることも多いけど、

それでも人の心に土足で踏み込んだり
その立場にはそぐわないことをして
引かれてしまうよりはいいのかな
と考えてしまった。


自分がもし、まだそこまで
めちゃくちゃ親密ではない状況で
相手から言われて引っかかることは
きっと今、自分が相手にしたとしても
同じように引っかかられてしまうこと。

だから、焦っても急ぎすぎず
慎重に大好きな人との距離を
縮めていけるようにしたい。



相変わらず、毎日の生活に追われつつ
心の中で大好きな人を想うのを
誰にも言えず人知れずただ心の
拠り所にする日々を過ごしてる。


そんな中でも、地元への愛着や愛は
昔以上に更に深まってると思うし、
そんな大好きな地元が同じ
大好きな人と出会えたことは
自分にとって本当に大きな幸せ。


好きになりすぎないように
頭の片隅に意識し続けて
がんじがらめな世界の中に生きて
本当にしんどい時もあるけど、

今誰にも見えてないような
小さい小さい努力がいつしか
大きな夢を叶えることになるように

今はただ自分ができることを
コツコツ積み重ねるだけかなあ。

知り合いでも何でもない人の
もしかしたら全て嘘かもしれない
電子文字の羅列に心がめいってる。


複雑な環境の中に身を置いて
毎日を何とか生きてるような中で
精神的に参ってるから色んなことに
心が過剰に反応してしまうのかも。


大好きな人のこと、この先も
大好きでいるなら、そういう
つまらないものに振り回されたり
いちいち揺らがない強さを持たないと
いけないなと思う。


ただ平凡でも安心して生きたいだけ。

大好きな人が心にいつもいるのは
とても幸せなこととは思うけど、

本当に、特別な非日常ではなく
何気ないゆったりした日常が
欲しいってただそれだけが
何でこんなに難しいのかな。
立ち位置

立ち位置

いつもの通り道のあじさいが
きれいに咲いてたとかは
自分にとっては心に残ることでも、

そんなことで大好きな人には
いちいち連絡できない

地元のことも忘れないでねなんて
言えるはずもない

それが今の自分の立ち位置と
時々すごく思い知らされてしまう。


何でもないような日常のひとコマに
なぜか立ち止まって感傷的になって

それだけ好きということなのか‥。
息が詰まりそうなストレスまみれの
生活を強いられてるのは毎日本当に
しんどくて気が狂いそうになるけど、

とにかく無難にやり過ごす内側で

大好きな人を想ったり
趣味関係で親切にしてくれる人がいたり
そういうことを支えに頑張ろう。

道半ばと尊敬と

自分は年上でも年下でも
人として合えば特に年齢は気にせず
仲良くなれるタイプ。

前から知り合いではあったけど
お互い何歳か知らなかった人が
同い年と今日初めて知った。


自分は今の時点で、昔思い描いてた
大人に全然なれてなくて、焦りや不安の
気持ちが日々とても強くある。

それに、見た目よりは年齢が大人
というのもあって、自分の年齢を
言うのはちょっと身構えてしまう。


その同い年の知り合いは
自分から見て人生の中での目標も
叶えて地に足を着けて生きてる人。

隣に立ったら自分のダメさが
浮き彫りみたいで抵抗があるな、と
自分は思ったけどその知り合いは

「周りがそうだからそうするとか
大人数派にいて安心するんじゃなく、
人と違っても大変な状況でも
前向きに頑張ってるENAを尊敬する」

と言ってくれた。


大好きな人との恋愛を叶えるためには
人間性を磨いて大好きな人の中で
唯一無二の存在になることは不可欠と
毎日思ってる自分にとって、

知り合いが言ってくれたその言葉は
とても嬉しくて自信になると思えた。
これだけ会えなくて
どうやって進展するのか
と思うと焦りも感じるし、
本当にモヤモヤしてしまう。


だけど、そんな中でも
(恋愛のことは全く知らなくても)
自分に優しくしてくれる人や
親切にしてくれる人がたくさん
いることは自覚しないといけないし、

そういう人たちとも
大好きな人のおかげで
仲良くなれたのも決して
忘れたらいけないなと思う。
誰かがつけてたチャンネルから
あまりにも今の自分からしたら
自由すぎる歌が流れてくる。


毎日の生活に制限が多い中で、
どう頑張ったってお互いが住んでる
所の距離を考えたらそんな簡単には
会えないのに何でこんなに
好きになってしまったのかなと思うと、

とても苦しくて切なくて
気持ち的に本当にしんどくなる。
どんな風景も一緒に見たい

どんな風景も一緒に見たい

息をのむようなきれいな景色と
偶然出会うようなことがあると、

あぁ一緒に見れたらいいのにな
ここにいてくれたらいいのに

と大好きな人のことを想う。


というよりも、景色関係なく
いつでも

ここにいてくれたらいいのに

と思ってるから一緒か‥。笑


いつの間にこんなに
好きになったのかな。

大好きな人を好きと気づいた
あの暑くて晴れてた夏の日は
少なくともこれほどまでには
まだ心が苦しくなかった。
置いてきぼりにならないように

置いてきぼりにならないように

「良かったね!」
「おめでとう!」
いくらそう自分に言ってくれても
その人自身が何か得をしたり
いい思いをできるわけではないのに、

惜しげもなく自分に
そう声をかけてくれる優しい人たち。


その人たちの思いは本当に有り難いし
それに対して嬉しいという気持ちは
もちろん本心。

だから、心からありがとうと伝えた。


でも、心の中はざわざわしてたのは、
そのことによって大好きな人と
ささやかにでも恋愛関係になって
平凡でも仲良く幸せに生きていくのが
難しくなってしまうのかも、
という思いがあったから。


周りがそうやって喜んでくれたり
祝ってくれるのは本当に有り難いけど、

大好きな人との恋愛が
自分にとってあまりにも大切な軸に
なってしまってるのを感じてしまう。


夜にかかってきた電話。

もしかして?と思ってしまった。
まさかそんなはずないのにな。


自分にとっては大きな支えでも
しがみつくような恋愛は
決して健全ではないと
分かってるのに。