それは自分が決めること
昼間、家族と話してて
「自分自身を社交的とは思うけど、
友達っていう理由で何でもかんでも
自分の話をあれこれするわけではない、
ある程度仲良くなって
信頼できると思えるような
ごく少人数の人になら
多少はそういう話もするけどね」
とその時の話題の流れから
自分が話した時のこと。
ちょうどその前に、地元の話を
してたのもあって大好きな人の話も
少ししてたのもあって
「例えば地元繋がりとか
昔から知ってるような関係の人たちとかね」
と自分が言ったのを家族が
地元繋がり=大好きな人
昔から知ってるような関係=
大好きな人が今働いてる支社の人たち
という連想をしたらしく、
「〇〇(大好きな人)は
親友とかそれ以上の枠になんか
入るわけないからね!
ずっとただの友達、
たくさんいる中の1人でしょ」
と強い口調でわざわざ強調された。
どこまで感づかれてるかは分からないけど
自分がこれまではっきりと
「〇〇(大好きな人)を(恋愛の意味で)好き」
とは一言も言ったことはない。
まあ、家族の中でも特に自分を
管理して全てにおいて干渉したい
この人にとっては、たとえ何も
証拠はなくても「もしENAが〇〇を
好きと思ってたらどうしよう」と、
その人にとっては理想的で満足がいく
選択肢ではないから牽制してる
というのは容易に想像がつく。
小さい頃からずっと、家族には
「家族の言う通りの言動以外を
することは許さない」という態度を
取られてきたから、今更驚きとかはなく
この家族は変わらないな‥と思うだけ
というか、ここでいくら正論でも
自分が何かを言うと「そうやって
言い返すのは〇〇を好きってことか」
と思われて色々嫌がらせされたり
自分がそうできないように
根回しされたりしても余計ややこしいから
表面上は何も反論的なことはしないけど
昔の自分のように「家族がそう言ったから
絶対にそのように生きないと許されない」
とはもう思ったりはしない。
自分の人生は自分のもの。
何も悪いこともしてないのに
自分がこういうふうに生きたいとか
これを大切にしたいと思うことを、
家族にとって理想や希望通りの
生き方ではないからと言って
諦める必要はどこにもないはず。
大好きな人のことを本当に大好きな
自分のことも大切にしたい。
「自分自身を社交的とは思うけど、
友達っていう理由で何でもかんでも
自分の話をあれこれするわけではない、
ある程度仲良くなって
信頼できると思えるような
ごく少人数の人になら
多少はそういう話もするけどね」
とその時の話題の流れから
自分が話した時のこと。
ちょうどその前に、地元の話を
してたのもあって大好きな人の話も
少ししてたのもあって
「例えば地元繋がりとか
昔から知ってるような関係の人たちとかね」
と自分が言ったのを家族が
地元繋がり=大好きな人
昔から知ってるような関係=
大好きな人が今働いてる支社の人たち
という連想をしたらしく、
「〇〇(大好きな人)は
親友とかそれ以上の枠になんか
入るわけないからね!
ずっとただの友達、
たくさんいる中の1人でしょ」
と強い口調でわざわざ強調された。
どこまで感づかれてるかは分からないけど
自分がこれまではっきりと
「〇〇(大好きな人)を(恋愛の意味で)好き」
とは一言も言ったことはない。
まあ、家族の中でも特に自分を
管理して全てにおいて干渉したい
この人にとっては、たとえ何も
証拠はなくても「もしENAが〇〇を
好きと思ってたらどうしよう」と、
その人にとっては理想的で満足がいく
選択肢ではないから牽制してる
というのは容易に想像がつく。
小さい頃からずっと、家族には
「家族の言う通りの言動以外を
することは許さない」という態度を
取られてきたから、今更驚きとかはなく
この家族は変わらないな‥と思うだけ
というか、ここでいくら正論でも
自分が何かを言うと「そうやって
言い返すのは〇〇を好きってことか」
と思われて色々嫌がらせされたり
自分がそうできないように
根回しされたりしても余計ややこしいから
表面上は何も反論的なことはしないけど
昔の自分のように「家族がそう言ったから
絶対にそのように生きないと許されない」
とはもう思ったりはしない。
自分の人生は自分のもの。
何も悪いこともしてないのに
自分がこういうふうに生きたいとか
これを大切にしたいと思うことを、
家族にとって理想や希望通りの
生き方ではないからと言って
諦める必要はどこにもないはず。
大好きな人のことを本当に大好きな
自分のことも大切にしたい。
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