夢を叶えたり、壁を恨んだり
ここに記事を更新しない間にも
心の中には本当に溢れ返るような
たくさんの気持ちがあって、
だけどどうしてもそれを
言葉にできなかった。
ここに何も書いてない間にも
色んなことがあった。
大好きな人が、仕事上の理由で
地元を離れる頃によく聴いてた歌を
特にこの時期になるとまた
何回でも聴きたくなる。
好きなバンドも大好きな人と同じで
それもすごく嬉しいなと思いながら
あまりにも自分に重なる歌詞で
そのバンドの歌の中でも圧倒的に
一番好きな歌を、今も変わらず
大好きな人を想いながら
心が痛くなりながら聴いてる。
新生活の役に立てばいいなと
その当時の自分ができる限りの
最大限の想いをこめて選んだプレゼント、
すごく喜んでくれて自分まで笑顔になれた。
日が暮れるのが早くて寒い冬は
季節の中でも決して得意ではないけど、
その想い出を想い出すと
心が暖かくなってとても励まされる。
最近の自分は、恋愛面で
一つ夢を叶えた!
前からずっとこれは叶えたいと思いながらも
そう願い始めた時点では
「でも住んでる所も遠いし難しいかな」
と諦めかけてしまいそうなくらい
自分にとっては叶えるまでには
そこそこ時間がかかるのを覚悟してた。
それがひょんなことから
すごく意外なところで叶って
まるで向こう側から自分の手元に
飛んできたかのような不思議な感覚。
その夢を叶えるために具体的に
直接何かをしたとかではないけど、
普段から自分が意識してコツコツと
大事に努力してきた部分があって
今回実現したのかなと思うから、
これからも直接的に自分の夢や目標と
関係なさそうな所でもちゃんと
頑張っていきたいと思った!
相変わらず、必要以外でネットを
見る時間が前より減った生活をしてる。
地元の天気とか、趣味関係とか、
自分は昔から機能不全家族育ちの人が
大人になってから自分をどんなふうに
大切に生きればいいのかということに
当事者として興味があるから
その関連の記事とかは見るけど、
「これを見ても意味がないな」
「嫌な気持ちになることが多い」
「こうやってダラダラしてても
自分にとって良くないな」
と思ってしまうものは意識的に見ないように
距離を遠ざけるように心がけてて
それを実行するべくその時間を
何かを勉強したり
ストレッチする時間に充ててる。
それでも、心に関する記事は
読んでしまいがちで、この前つい
そういう内容も含むような
恋愛の記事を読んでしまった。
そしたら
「壁があるような恋愛、
少人数派に思える恋愛をしてる人は
自分からアプローチする権利はない」
「そういう壁があったり
少人数派な恋愛をしてる人は
自分では自覚はなかったり
自覚は少ないかもしれないけど、
世間の大半から見たら
気持ち悪いと思われても仕方ないし
正直多くの人にありえないと思われてる」
という話で、すごく悲しく思ってしまった。
自分は、恋愛に限らず自分の話を
人にするのがあんまり得意ではなくて
恋愛の話も、少人数派の恋愛ということに
関係なく人にはほとんどしてないし、
もし好きなタイプとかの流れで
恋愛の話に誰かとなったとしても
大好きな人個人を特定されるような形では
全く話してないし、それがもう習慣。
だからもし、世間一般で
明らかに壁があったり少人数派の恋愛を
気持ち悪いから人に話すなというのが
仮に暗黙のルールとしても
自分は人に話してなくて良かった
と思ってしまった。
でも、この内容を読んでから
心の中でずっと引っかかってる。
倫理的に、道徳的に良くない恋愛は
もちろん暴言とか傷つける言い方は
良くないにしても、一定の批判は
仕方ないと思うけど、そうでなくても
大きな壁があったり、少人数派の恋愛を
してるだけで「相手にアプローチする
権利さえない」と言われてしまうのかなと
大好きな人に対して少しずつでも
アプローチするのが怖くなってる。
大好きな人が、この壁を
「全然気にしない!大したことない」と
笑い飛ばせるタイプなのか
「わざわざそんな壁がある恋愛を
自分からあえてしようとは思わない」
と引いてしまうタイプなのか、
大好きな人にとって自分は
どれくらいの大きさの存在なのか
もしその壁に抵抗があったとしても
「でもENAならそれでもいい」と
思う可能性はどれくらいあるのか、
大好きな人の心の奥しか分からない
でもそうそう簡単には聞けないことを
その記事を読んだ時から考えてしまってる。
人をあざ笑って気持ち悪いとか
言うのは簡単かもしれないけど、
誰だっていつ、恋愛も含めて
人生の中でどうしても叶えたいことの前に
どんな大きい壁が立ちはだかるかなんて
分からないし、少人数派に絶対に
一生カテゴライズされないなんて保障は
どこにもないのに何でそこまで
人をボコボコに完全否定できるのかな。
もちろん、相手の立場や気持ちを考えない
自分の想いだけで暴走するような恋愛は
相手にとって恐怖に思えると思うし
そういうことを否定するなら分かるけど、
それなら壁のあるなしや
一般的によくある恋愛かそうではないかは
そこには関係ないし。
不用意にその記事を読んだ自分も悪いけど、
壁をどんなに恨み倒しても
自分の努力ではどうしようもないから
こんなに苦しんでるのに
その苦しみを更に強めるようで
本当にしんどかった。
心の中には本当に溢れ返るような
たくさんの気持ちがあって、
だけどどうしてもそれを
言葉にできなかった。
ここに何も書いてない間にも
色んなことがあった。
大好きな人が、仕事上の理由で
地元を離れる頃によく聴いてた歌を
特にこの時期になるとまた
何回でも聴きたくなる。
好きなバンドも大好きな人と同じで
それもすごく嬉しいなと思いながら
あまりにも自分に重なる歌詞で
そのバンドの歌の中でも圧倒的に
一番好きな歌を、今も変わらず
大好きな人を想いながら
心が痛くなりながら聴いてる。
新生活の役に立てばいいなと
その当時の自分ができる限りの
最大限の想いをこめて選んだプレゼント、
すごく喜んでくれて自分まで笑顔になれた。
日が暮れるのが早くて寒い冬は
季節の中でも決して得意ではないけど、
その想い出を想い出すと
心が暖かくなってとても励まされる。
最近の自分は、恋愛面で
一つ夢を叶えた!
前からずっとこれは叶えたいと思いながらも
そう願い始めた時点では
「でも住んでる所も遠いし難しいかな」
と諦めかけてしまいそうなくらい
自分にとっては叶えるまでには
そこそこ時間がかかるのを覚悟してた。
それがひょんなことから
すごく意外なところで叶って
まるで向こう側から自分の手元に
飛んできたかのような不思議な感覚。
その夢を叶えるために具体的に
直接何かをしたとかではないけど、
普段から自分が意識してコツコツと
大事に努力してきた部分があって
今回実現したのかなと思うから、
これからも直接的に自分の夢や目標と
関係なさそうな所でもちゃんと
頑張っていきたいと思った!
相変わらず、必要以外でネットを
見る時間が前より減った生活をしてる。
地元の天気とか、趣味関係とか、
自分は昔から機能不全家族育ちの人が
大人になってから自分をどんなふうに
大切に生きればいいのかということに
当事者として興味があるから
その関連の記事とかは見るけど、
「これを見ても意味がないな」
「嫌な気持ちになることが多い」
「こうやってダラダラしてても
自分にとって良くないな」
と思ってしまうものは意識的に見ないように
距離を遠ざけるように心がけてて
それを実行するべくその時間を
何かを勉強したり
ストレッチする時間に充ててる。
それでも、心に関する記事は
読んでしまいがちで、この前つい
そういう内容も含むような
恋愛の記事を読んでしまった。
そしたら
「壁があるような恋愛、
少人数派に思える恋愛をしてる人は
自分からアプローチする権利はない」
「そういう壁があったり
少人数派な恋愛をしてる人は
自分では自覚はなかったり
自覚は少ないかもしれないけど、
世間の大半から見たら
気持ち悪いと思われても仕方ないし
正直多くの人にありえないと思われてる」
という話で、すごく悲しく思ってしまった。
自分は、恋愛に限らず自分の話を
人にするのがあんまり得意ではなくて
恋愛の話も、少人数派の恋愛ということに
関係なく人にはほとんどしてないし、
もし好きなタイプとかの流れで
恋愛の話に誰かとなったとしても
大好きな人個人を特定されるような形では
全く話してないし、それがもう習慣。
だからもし、世間一般で
明らかに壁があったり少人数派の恋愛を
気持ち悪いから人に話すなというのが
仮に暗黙のルールとしても
自分は人に話してなくて良かった
と思ってしまった。
でも、この内容を読んでから
心の中でずっと引っかかってる。
倫理的に、道徳的に良くない恋愛は
もちろん暴言とか傷つける言い方は
良くないにしても、一定の批判は
仕方ないと思うけど、そうでなくても
大きな壁があったり、少人数派の恋愛を
してるだけで「相手にアプローチする
権利さえない」と言われてしまうのかなと
大好きな人に対して少しずつでも
アプローチするのが怖くなってる。
大好きな人が、この壁を
「全然気にしない!大したことない」と
笑い飛ばせるタイプなのか
「わざわざそんな壁がある恋愛を
自分からあえてしようとは思わない」
と引いてしまうタイプなのか、
大好きな人にとって自分は
どれくらいの大きさの存在なのか
もしその壁に抵抗があったとしても
「でもENAならそれでもいい」と
思う可能性はどれくらいあるのか、
大好きな人の心の奥しか分からない
でもそうそう簡単には聞けないことを
その記事を読んだ時から考えてしまってる。
人をあざ笑って気持ち悪いとか
言うのは簡単かもしれないけど、
誰だっていつ、恋愛も含めて
人生の中でどうしても叶えたいことの前に
どんな大きい壁が立ちはだかるかなんて
分からないし、少人数派に絶対に
一生カテゴライズされないなんて保障は
どこにもないのに何でそこまで
人をボコボコに完全否定できるのかな。
もちろん、相手の立場や気持ちを考えない
自分の想いだけで暴走するような恋愛は
相手にとって恐怖に思えると思うし
そういうことを否定するなら分かるけど、
それなら壁のあるなしや
一般的によくある恋愛かそうではないかは
そこには関係ないし。
不用意にその記事を読んだ自分も悪いけど、
壁をどんなに恨み倒しても
自分の努力ではどうしようもないから
こんなに苦しんでるのに
その苦しみを更に強めるようで
本当にしんどかった。
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